フィリップ・来人は検索したい~魔少年の高校生活~   作:ディルオン

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20話【となりのK/白銀圭は呼び掛けたい】

 真実を突き止めたフィリップは、急ぎ生徒会の仲間が待つ真下まで向かう。

 そろそろ探索を再開しようかと皆が意気込んでいるところだった。

 

「やぁ待たせたね、みんな」

「おう、フィリップ庶務。大丈夫か?」

 

 心配そうに白銀が覗き込む。

 彼のこう言う気配りは長所だと思いつつ、白銀の今日の機転にフィリップは感謝をした。

 

「問題ない。ちょっとトイレで考え事をしていてね」

「考え事?」

「ああ、藤原さんのヒントのお陰さ」

「え? 私何か言いました?」

 

 キョトンとしている藤原。

 こう言うところは亜樹子に似ている。鳴海探偵事務所の所長の彼女は、いざと言う時には思いもよらないヒントを出したりする。

 

「っていうか、フィリップ……そのバール、何に使うんだ?」

 

 石上が首を傾げて尋ねてきた。

 彼の言う通り、フィリップの手には工事やDIYでもするような大型のバールが握られている。

 

「用具入れにあったのを借りてきたんだ。僕の推理が正しければ、多分、必要になる」

「推理?」

「ネコの居場所が分かったよ。ここにはいない」

 

 不適に笑うフィリップ。

「えっ?」と面食らった顔になる一同。

 恐る恐る藤原が口を開いた。

 

「まさかフィリップ君……壁とか土に埋まってるとか言うんじゃないですよね?」

「怖いこと言わないで下さい……」

「まさか」

 

 かぐやがゾッとしている中で、フィリップは微笑して首を横に振る。

 

「そもそも、いるのは高等部じゃなくて……あっちだ」

 

 一同にも分かるように、ある方向を指差す。それは、藤原が発見したフェンスの穴……の、さらに向こう側。

 秀知院学園、その中等部の校舎であった。

 

 

 

【となりのK/白銀圭は呼び掛けたい】

 

 

 

「悪かったね、会長。折角点けてもらったのに、今度は中等部の方まで頼んでしまって」

「いや、元々中等部を探す可能性も考慮したからな。それ自体は構わないんだが…」

 

 生徒会メンバーに、圭を含めた5人は半信半疑のままフィリップの後をついていく。

 いきなりトイレに走ったと思えば、今度はバールを持っての登場。

 

 いつもの奇行に慣れたとはいえ、未だによく分からない。しかしフィリップは多くを語らず、ついてくるようにだけ言うと、中等部の敷地へと歩き出したのである。

 

「大丈夫です」

「四宮さん…」

「フィリップ君は、会長が認めた生徒会のメンバーです。必ずやってくれますよ」

「……はい」

 

 頷く圭。

 

 かぐや自身も、中等部の方にいるのではないかと言うフィリップと同じ予測を立てていた。

 しかし具体的な場所に関しては未だ推測が追いつかない。

 ここはフィリップの閃きに託すことにした。

 

「そもそも、ネコはどうして逃げ出したのか……籠の中にいれば安全なのに、戻らないのはどうしてなのか。最初にそれを考えるべきだったのさ」

 

 中等部の敷地へと入り、校庭を抜ける道中、フィリップは説明し始めた。

 既に校舎に殆ど人は残っていないが、高等部と同様に電気は点けてもらっている。

 

「自由を求めたんじゃないですか? ネコは気紛れだし、広い青空を見て心躍ったのかもしれませんよ?」

「藤原先輩何言ってんですか?」

「確かにネコは束縛を嫌うけどね、怪我をしているなら話は別さ。ネコは怪我をしていて、おまけに臆病な性格だった。なら普通はじっとしている」

 

 フィリップは人差し指を上げ、藤原の言葉を受ける。

 ただのポーズではなく、風向きを彼は見ていた。

 建物の空気の流れを観測するに、恐らく自分の推理は間違いないと、フィリップは思いつつも続けた。

 

「フィリップ庶務、校舎に行くんじゃないのか?」

「その前に見て欲しいものがある」

 

 言って、校舎の裏を抜ける。

 来たのは白ネコが飼われていたプレハブ小屋であった。ネコの脱出口と思しき小窓の外に立つと、フィリップはポケットからあるものを取り出した。

 

「これはネコの毛だ。小窓の近くや、ケージの中にあった。ネコは換毛期以外で毛が抜けることは滅多にない。病気か、あるいは強烈なストレスを感じる時以外はね」

「つまりネコは……何らかの理由でここには居たくなかった。そう言うことですね?」

「そう。だから戻ることもなかった。そして、その原因が……」

 

 かぐやの言葉にニヤリと笑うフィリップ。そうして彼は、一旦来た道を戻り始める。

 やがて目的地に着くと、ある一点を指差した。

 

「これだ」

「これって……園芸部の」

 

 圭がまじまじとフィリップを見る。

 彼が案内した場所、それは初めてプレハブ小屋を訪れた際に見た、ハーブを植えている花壇であった。

 

 それを見た石上、納得したように手を叩く。

 

「ああ、なるほど。そう言うことか」

「え、石上君分かったんですか?」

「ハーブの香りって、凄いネコが嫌がるんです。あと虫除けに使う木酢液も嫌いで、使うとしばらく寄ってきません」

 

 周りからは意外に思われるが、石上は植物や花に関してはかなり詳しい。

 彼の言う通り、様々なハーブが植えられているだけではなく、周囲には木酢液も散布されている。

 これが事件の鍵の一つであった。

 

「そう、ここに植えられたハーブや木酢液の匂いが漂ったのさ。締め切られていた時にはそれほど感じなかったが、換気の為に小窓を開けた途端、匂いが流れ込んできた。怪我や運動不足でただでさえストレスが溜まっている状態で、ネコは必死に我慢したが、とうとう耐え切れなくなり暴れ出した」

「……全然気付かなかった」

「ネコの鼻は敏感だからね。人間には判らない微かな香りにも反応してしまう。君の責任ではない」

 

 俯く圭に、フィリップは優しく言う。

 自分もネコの行方や圭に関する興味で、周りのことが目に入らなくなっていた。

 もっと周りを見渡していれば気付けたかもしれない。

 

「で、ネコはどうして中等部にいるんだ? ここが嫌なら、なおさら来なさそうなもんだが」

 

 白銀が花壇をまじまじと見つつ問う。再びフィリップは指をピンと立てて答えた。

 

「臆病と言ったろう? ここには近付きたくない。けれど他に安全な場所をネコは知らない。なら何処へ行こうとするか……簡単な話さ。一番安心できて、安全だと判断できる人間の場所」

「まさか……」

 

 ハッとなって白銀は振り返る。

 彼の目線に立っていたのは、文字通りこの事件のキーパーソン。

 

「圭かっ」

「え?」

「そう。ネコは君の所へ行こうとしたのさ」

「……私のところ?」

 

 あまりに唐突な名指しに、圭は目を丸くして呆然となった。

 その様子を横目に、かぐやもフィリップに対して尋ねた。

 

「ではそもそも、ネコは高等部に来ていなかったと言うことですか? 化け猫騒ぎも、ただの噂だと?」

「いや、ネコは一度、高等部を訪れていた。それが事態をややこしくした」

 

 そう言うと、裏の林を指差す。ちょうどフェンスの穴が空いている方向だった。

 

「さっきも言ったように、ネコは臆病だ。だから音や人の気配が多い日中はじっと息を潜めて、夜になって移動を再開する。君の匂いを辿ってね」

「ん? それでどうして高等部へ行くんだ? 妹を追うなら中等部の……」

「……あ」

 

 その時、かぐやにも閃きが走る。

 これまでの情報を時系列順に並べ立てれば、自ずと答えが見えてくるのだ。

 

「さすが四宮さん。気付いたようだね?」

「ええ。まぁ何となくですが……」

「かぐやさん?」

「妹さんは最近、高等部を訪れています。私が初めてお会いした時……4、5日前ですか。そして石上君が生徒会室の真下で何か横切ったのを見たのが3、4日前。となると、ネコは彼女がウチに来た直後に逃げ出した……つまり、高等部の方から漂う妹さんの香りを嗅いで、ネコは彼女が高等部にいるのだと勘違いしたんです」

 

 スラスラと説明する。

 ここでようやく、石上と藤原も合点がいった。

 

「あ! 分かっちゃいました! つまり」

「彼女が生徒会室に来た直後に、ネコはその匂いを追って高等部へ来た。けど本人はもう中等部に戻ってるし、夜だから誰もいない。でもネコは鳴き声を出して必死に呼びかけた。それが化け猫の噂の正体だったんだ」

「……」

「で、次第に匂いも薄くなったから、手掛かりを求めてネコは中等部へ戻って、彼女の姿をもう一回探し始めた……ってこと?」

「その通り」

「……」

「いたっ! 何するんですか藤原先輩!?」

「むきーっ! 私が説明する筈だったのにぃー!」

 

 ポカポカと石上を叩く藤原。

 もはや恒例となりつつある光景だが、一同華麗にスルー。

 

「優の言った通り、ネコは彼女の匂いを追って再び中等部へと戻る。けど餌箱の場所には行けない……」

 

 フィリップはプレハブ小屋を離れ、花壇とは逆方向へと歩き始める。敷地をぐるりと半周する形となり、校舎の側面へと移動することとなった。

 

「ハーブの香りから逃げつつ、彼女の匂いを追跡すると……この場所に辿り着く」

「換気ダクトか!」

 

 白銀が思わず叫ぶ。

 視線の先……校舎の壁に、業務用にも使われる換気ダクトの口が開き覗いている。

 

「そう。ここから猫は微かに流れてくる匂いを嗅ぎ取った。このダクトは大型で、仔猫ならスキマから中へ侵入できる」

 

 フィリップは更に校舎を壁伝いに歩き始めた。

 

「校舎へ入ろう。会長、僕らが入っても問題はないよね?」

「ああ、もちろんだ」

 

 白銀の言葉を受け、フィリップは更に歩を進める。推理を流々と語るにつれ、口調も熱を帯びてくる。

 5人もそれに続いた。

 

「そっかぁ。それでフィリップ君、ネコは中等部の校舎にいるって言ったんですね?」

「ああ。そして中へ入ったネコは、天井裏を歩いて再び彼女の姿を探す」

 

 藤原に対して答えると同時に、中等部校舎の玄関口をくぐり中へと入る。

 正面の階段を登り、ダクトが繋がっているであろう階を目指した。

 

 フィリップは中等部校舎の図面も既に把握しており、換気ダクトがどの部分に通じているのかも理解していた。

 

「この中等部で、その存在を一番感じ取れるのは、当然彼女が一番多くの時間を過ごしている場所に他ならない。天井裏の構造とダクトのルートを合わせて計算すると……ここだ」

「ここって、圭ちゃんの教室?」

「うん」

 

 頷く圭。彼女の言う通り、辿り着いたとある教室の前に、彼女が所属する教室のクラス名がプレートに書かれている。

 

「教室内でネコがいそうな場所は……」

 

 フィリップはガラッと扉を開けた。早足で中へと入り、ある一点を目指して歩いていく。

 そして1人の女生徒の机の前に立ち、一同を見渡して言った。

 

「この真上になる」

「……私の席」

「ネコは近くにいたのさ。ずっと君の姿を探してね」

 

 灯台下暗し。

 皮肉なことに、一番ネコの身を案じていた白銀圭の一番近くにいて、お互いにその存在を見られずにいたのである。

 

 藤原は唖然とした表情で言った。

 

「まさか……今もこの上にいるんですか!?」

「可能性は高い」

「誰も気付かないなんて……」

「多分、ここで歩く体力を使い果たしたんだ。餌も食べずに三日三晩、歩き続けてたことになるからね」

 

 ネコは屋根裏や天井裏、それに軒下に姿を潜めることは多々ある。

 しかしまさか、それが自分たちの学び舎の真上にいるなどとは誰も考えない。

 

 じっと上を見つめる一同。

 その時だった。

 石上が何かに気付き、天井のある一点を指差した。

 

「ん? ちょっと、あれ」

「どうした、石上?」

「赤く滲んでるの……血じゃないですか?」

 

 恐る恐る口にする石上。

 コンクリートタイルが敷き詰められた天井の僅かな隙間から、赤い染みが一点、滲み出していた。

 質感は、確かに血の色に似ている。

 

「おい……まずいぞ!」

 

 それを見た瞬間、白銀が叫ぶ。

 

「猫はストレスを感じ続けると血を吐くんだ。食べ物も無い状態じゃ、もうかなり体力を削られてる筈だ!」

 

 全員の背筋に冷たいものが走る。

 フィリップは目を細めた。恐らくネコの空腹やストレスの状態から考えても限界ギリギリである。

 フィリップは1人の少女を真っ直ぐに見た。

 

「四宮さん」

「はい」

「『どんな手を使っても構わない』……と、言ってくれたよね?」

「……」

 

 動物を助けるためとはいえ、校舎の一部を破壊すれば、立派な器物破損である。

 

 狡辛い方法と分かっているが、穏便かつ迅速に目的を果たす為には、四宮かぐやの家の力がどうしても必要となる。

 

 だが。

 

「ええ、構いません。壊してください」

「四宮……」

「会長、後のことは私が何とかします。四宮の名に於いて必ず」

 

 四宮かぐやは堂々と宣言した。

 たとえ理由や子細が何であれ、四宮家の者が一度口にした以上、それは絶対。

 何より、仲間や後輩がここまで頑張っている姿を見てなお保身に走るなど、彼女の誇りが許す筈もない。

 

「ですから……助けてあげて下さい」

「すまん、恩に着るぞ」

「四宮さん……」

「安心しろ。絶対に助ける」

「……うん」

 

 圭はかぐやを見て、そして肩に手を置いた兄の姿を見る。

 力強く、そして優しい白銀御行の顔。

 圭はそれを信じた。

 

「フィリップ、バール借りるぞ」

「ああ」

「皆、そこの机を並べてくれ。重ねて台を作る」

「了解ですっ!」

 

 藤原の掛け声の元、生徒会メンバーは一気に動き出す。圭の机を中心にして、机を並べ立てて土台を作り、その上に更に椅子を置き、階段状にする。

 

 一番体格の良い白銀がそれに登り、石上とフィリップで椅子を支えた。

 

「行くぞっ。破片が落ちるから気を付けろっ」

 

 バールを逆手に持ち変え、白銀は一気に天井のコンクリートに突き立てた。

 工事現場でのバイト経験もある白銀は、この手の道具の使い方は慣れている。

 しかしそれでも頑丈な作りの天井は中々壊れない。

 

「会長、頑張って!」

「任せておけっ。こんな時の為に工事士の資格取ったんだからな」

「持ってるんですかっ!?」

 

 藤原が驚くのを尻目に、何度もバールを突き立て、円を描くようにして小さな穴を開けていく。脆くなったところで一気にバールを突っ込ませると、テコの原理を利用して強引に引き剥がした。

 

「何とか外せたか……」

 

 天井に大穴を開け、そこへ頭を突っ込む。

 下から皆が固唾を呑んで様子を見守った。

 

「会長、どうですか?」

「かなり狭いな……おまけに配管や配線が入り組んでる」

 

 かぐやの問いかけに、頭を入れたまま白銀は苦々しく言う。

 流石の彼も天井裏の配管工事までは経験が無い。

 

「兄さん、肩車」

「え?」

「私が入った方が、ネコも安心して寄ってくると思う」

 

 下から見上げながら言う圭。確かに、狭い天井裏を探すならば、小柄な彼女の方が適任である。

 

「よし、分かった。ここまで来られるか?」

「うん。んしょ……っ」

「わっ、ちょっと圭ちゃん、スカートっ」

「男子たち、下向きなさい今すぐ」

「「はい」」

 

 かぐやの命令を受けて、フィリップと石上は即座に真下へと視線を逸らす。心置きなく、圭は制服のまま机と椅子をよじ登り、兄の肩へと乗った。

 

(圭ちゃんを肩車するなんて何年ぶりかな……?)

 

 久しぶりのスキンシップに、内心少し喜んでいる白銀。ネコに感謝……と、思いつつ、すぐに振り払った。今はその幸運を連れてきてくれたネコの命が危ういのである。

 その時、圭は持ち前の運動能力を生かし、身軽に天井の穴まで手を掛けるとするりと中へ入っていく。

 

「どうだ?」

「……暗くてよく見えない」

「血が染みついたってことは、ネコは換気ダクトから外に出たってことだ。何処か狭いところに挟まってるかもしれん」

「うん」

 

 白銀の指示を受け、圭は天井裏を探索する。

 ガサゴソと音だけが聞こえてくる中、緊迫した面持ちで一同は様子を見守った。

 

 血の滲んだ箇所から、そう離れてはいない筈。

 しかし、もし万が一仔ネコが人間の手の届かない場所にまで入り込んでしまっていたとすればアウトである。

 

 

 ──……ャァッ

 

 

 だが瞬間、教室にいた全員の耳が、微かだがハッキリとした鳴き声をキャッチする。

 

「あっ……!?」

 

 藤原は思わず息をのむ。

 緊迫した空気の中、沈黙は何十秒にも、それこそ何分にも感じられた長い時間であった。

 

 やがて……

 

「……っ」

「圭ちゃん…?」

 

 白銀圭の、僅かにしゃくりあげる様な声。

 つい兄は学内での取り決めも忘れ、「ちゃん」付けで妹を呼ぶ。

 圭は答えない。ただ天井裏から、微かに漏れる息と、涙の気配を響かせるのみ。

 

 まさか、と。

 全員の頭に予感が走る。

 その時だ。

 

「……ごめんね」

 

 圭が天井裏で、ポツリと呟いた。

 

「ごめんね……気付いてあげられなくてごめんね。もう、大丈夫だから……すぐに出してあげるからね」

 

 何度も何度も、か細い、慈しむ声で、ようやく見つけ出したネコを、天井裏で撫でていた。

 圭の匂いと気配を察知したネコは、最後の力を振り絞って、彼女の元へ歩いていた。

 

「圭ちゃん、ネコいたのっ!?」

「うんっ、いるよっ……まだ、息してるっ…!」

「っ……!」

 

 瞬間、藤原は力が抜けたようにその場にへたり込む。

 白銀は急いで天井裏の妹に呼びかけた。

 

「圭、ネコをこっちに」

「もしもし、私よ。今も空いてる近くのペット病院探して。ええ大至急……そう、まだ小さくて、かなり衰弱してるわ」

 

 かぐやが携帯を取り出し、相手に向かって即座に指示を飛ばしている。

 そして、白銀が見る影もなく痩せ衰え、埃と泥まみれのネコを受け取った時、フィリップはようやく安堵した。

 

「よがっだぁああああっ! ネ”コ”ぢゃんぶじだっだぁあ”あ”あ”っっ!!」

「ち、千花姉ぇ、痛いよ」

「よがっだね! よっがだねえ、けいぢゃあんっ!!」

 

 天井裏から降り立つ圭。涙ながらに圭を抱きしめる藤原。

 それを見守るかぐやと、何より幸せそうな妹を見守る白銀の顔。

 

 この光景を見る為なら、多少の労力など苦でも何でもないと、今更ながらフィリップは気付いた。

 

「フィリップ」

 

 肩を撫で下ろすと、ふと隣にいる石上と目が合った。微笑して、拳を作って自分に差し出している。

 

「お疲れ」

「……ああ」

 

 自分も拳を握って、突き出す。コンとお互いに手の甲を叩いた時、フィリップは、どうして相棒があれ程までにペット探しに躍起になるのか、少し分かる気がした。

 

 皆に見守られる中で、白いネコがにゃあと鳴いた。

 

 

 

 ・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

「わぁ、すっかり元気になりましたね」

 

 数週間後、高等部の生徒会室で美味そうにペットフードを貪るネコを見ながら、藤原は微笑んで言った。

 

「一時はどうなる事かと思いましたけど……」

「うん。今はもうご飯も沢山食べるんだ」

 

 圭も笑いながら、連れてきた白ネコの背を撫でる。

 

 痩せ細っていたネコだったが、その後は見る見るうちに回復していった。かぐやが早坂に言って探させた獣医の腕も素晴らしく、今はもう後ろ脚の怪我も完治している。

 

 今日はそのネコを連れて、圭が再び生徒会室を訪れた日だった。

 

「取り敢えず一安心ですね、会長」

「まあ、天井を壊しちまったが。動物愛護の精神だ。大目に見てもらおう」

「にゃーん」

 

 白銀が苦笑しながらネコを見下ろすと、キャットフードを食べ終えたネコは満足そうにして喉を鳴らす。

 まるで自分が遭難し死に掛けたことなど忘れているかのようなリラックスぶりである。

 

 しかし、その様子を見て白銀は癒された。

 

「……にしても全く可愛いなぁ、オイ!」

「にゃおん」

「おーよしよし、人懐っこいなぁ」

「あ、会長ズルいですよ。私にも抱っこさせてください!」

「俺の後だ」

「えー!」

 

 ネコを抱き上げ、顎をくすぐる。自分を世話してくれた人間と近い匂いがするせいか、ネコはうっとりした様子で身を預けている。

 

(全く……会長のネコ好きも相当ですね。理解できません)

 

 やれやれと、一歩後ろからため息を吐くかぐや。

 

(ネコ一匹助け出す為にあんなに苦労して……お人好しも大概です。大体、どう考えてもネコよりイヌの方が良いじゃないですか、もう)

 

 決して! 

 ネコに嫉妬しているのではない! 

 そう決して! 

 

「四宮さん」

「え?」

「その……今回はありがとうございました」

 

 その時不意に横から、圭が話し掛けてきた。

 

「すぐに獣医さんも紹介してくれて……あと、天井壊した件も、怒られずに済みました」

「ああ、その事でしたら気にしないで下さい。ウチの業者に頼んですぐ直させましたし。ネコは私も大好きですから」

 

 嘘である。

 

 さっきまで何故ネコ一匹の為にここまで奔走しなければならなかったのかと、寧ろタダ働きの大元となったネコが飯を貪り食っているのを見て、腹立たしささえ感じている。

 

「本当に……感謝してもしきれません。私がもっと……ちゃんとしてあげられてたら、こうはならなかったのに」

「……白銀さん」

「えっ」

「もっと私達を頼って下さい。貴女も、私の可愛い後輩の一人なんですよ?」

「は、はい……ありがとう、ございますっ」

 

 そう言って、微笑むかぐや。

 圭は顔を赤らめて俯きながらも、再び礼を言う。

 はにかんだ笑顔と、喜びに満ちた言葉は、かぐやにとって最高の報酬であった。

 

(あぁ……か、可愛い! やっぱり、会長の面影があるわ……天井の修理とか、急な病院探しで、大分周りに負担掛けちゃったけど、この笑顔と引き換えなら安い出費よ!)

 

 これを足掛かりとして圭とも仲良くなれば、白銀御行攻略も一気に捗る。

 

(今回の件で妹さんの信頼も得たし、ネコを見つけたフィリップ君は大金星ね。あとで油揚げをあげましょう)

 

 やはり自分の目に狂いは無かったと、フィリップを見出した自分自身を褒めるかぐや。

 

 だが……

 

「それで、この子どうするの?」

「あ。よろしければ、私の方で里親を探しましょうか?」

 

 微笑んで提案するかぐや。しかし失念していた。

 フィリップは生徒会の『新風』であると同時に『暴風』を巻き起こす存在であると。

 

 

「いえ、フィリップさんが」

「え?」

「やあ、おはよう圭」

「あ、フィリップさん」

 

「………え?」

 

 

 扉を開けて、揚々とフィリップが中へと入ってくる。

 瞬間、圭はパッと顔を明るくさせ、フィリップの元へと歩み寄った。

 

「店長と連絡が付いたよ。店で引き取ってくれるそうだ」

「本当ですかっ?」

「人柄はしっかりしている人だから、安心して良い」

「ありがとうございます」

 

 彼自身は何事もない。いつもと同じような飄々とした雰囲気である。

 

 しかし、もう片方はそうはいかない! 

 

「……」

 

 ネコを抱きかかえたまま、全身が硬直する白銀。

 今回の件で、家でも多少、態度を軟化させた妹。しかし、今フィリップに接している圭は、それとは比べ物にもならない位に満面の笑顔を浮かべており、明るい顔をしている。

 

「連絡先も教えておこう」

「お願いしますっ」

 

 こんな表情の彼女を、白銀は殆ど見たことがない。

 少なくとも、男性相手にこんな表情を見せるのは、たまに会う田舎のお祖父ちゃんくらいしかいない! 

 

「……フィ、フィリップ庶務」

「ん?」

「……い、いつの、間に……」

 

 良くない汗が、白銀の全身を襲う。

 そして、同様の現象がかぐやをも襲っていた。

 

「あ、あの……フィリップ君、彼女と、何を?」

「あぁ、風都でペットショップを経営してる知り合いがいてね。引き取ってくれることになったのさ」

 

 丁度ネコが白銀の腕の中を離れて、絨毯へ着地する。

 そのままフィリップの元へとスタスタ歩いていく。脚にすり寄ってくるネコを、フィリップは優しく撫でた。

 

「へえ、そうなんだ。良かったね、圭ちゃん!」

「うん」

 

(フィリップの奴……いつの間に圭ちゃんと仲良く……いや)

(大事なのはそこじゃないわ……わ、私の耳が正しければ、さっきフィリップ君……)

 

 ワナワナと震える会長と副会長。

 聞き間違いだ。

 そうに違いない。

 圭の笑顔も、ネコが元気になったから。フィリップにはあくまで恩を感じているに過ぎない。

 頭で何度もそう考えた。

 

 

「じゃあ日取りが決まったら連絡するよ。圭」

「はい、お願いします」

 

 

 間違いではない! 

 まさしく真実! 

 二人には雷が直撃するかのごとき衝撃が奔った! 

 

「じゃあ皆さん、私は中等部の方へ戻ります」

「またね、圭ちゃん!」

「あ、フィリップさん。石上先輩にも、よろしくお伝えください」

「ああ。風都に行く日は、圭の都合のいい日で構わない」

「はい」

 

 そんな様子に気付くことなく、圭はネコを抱きかかえて、生徒会室を後にする。

 

 しばらく室内には静寂が訪れるが、フィリップが携帯で風都でペットショップ店長──サンタちゃんにメールを打っている時、藤原がニヤニヤして近付いた。

 

「ねえフィリップ君?」

「ん?」

「いつの間に圭ちゃんのこと、下の名前で呼ぶようになったの?」

「ネコ探しの最中さ。話している内に仲良くなった」

「へぇえええっっ!」

 

 藤原、ラブ探偵の血が騒ぐ。

 爛々と目を輝かせながら、ぐいとフィリップに近付いた。

 

「ねえねえどんな話したの!? どこまで仲良くなったの!? 教えてよぉー!!」

「……内緒さ」

「えー!?」

 

 フィリップは特に他意があった訳ではない。

 

 ただ……何故か、話したくなかった。

 圭とフェンス越しに語った内容は、二人だけの秘密……そんな風に考えると、どこか面白いような、楽しい気持ちになっていた。

 

「怪しいぃー、ちょっとちょっとぉー! お姉さんにだけでもいいから教えて!」

 

 だが藤原、フィリップのぼかした発言にますます顔をにやけさせた。

 まるで軟体動物の様にフィリップに巻きつかんばかりである。

 

 

(フィ、フィリップが……圭ちゃんと……俺の、い、妹と……)

(先を越された……藤原さんじゃなくて……よりにもよってこんな、フィリップ君だなんて……)

 

 

 かぐやと白銀は脳天をハンマーで殴られた気分になった。

 

「ねえねえ圭ちゃんは中等部じゃ凄くモテモテって知ってた?」

「いや、知らないけど……」

「もう、そんな態度じゃ、圭ちゃん誰かに取られちゃうよー!」

 

「「っっ!!!??」」

 

「いやぁ、圭ちゃんにもとうとう春が来たんだねえー!」

「春? もう夏だけど?」

「またまたとぼけちゃって!」

 

 藤原が何を考えているのか分からず、ただ目を丸くして尋ねるフィリップ。

 フィリップ・来人には、未だ人の心は難しい。

 彼自身、いま立ち去った少女にどんな感情を抱いているのか、定かではない。

 

(フィリップゥーッ! てめええええええっっ!!!)

(何ちゃっかり掠め取ってるの貴方はぁー!!?)

 

 当然、後ろの二人が何を想い、何に嫉妬しているかなど、理解できる筈も無い。

 

 

((この泥棒ネコォおおおおおおっっ!!))

 

 

 心の叫びを代わりに受け取った白いネコが、圭の腕の中で面倒そうに「にゃあー」と鳴いたが、それは圭にしか聞こえていなかった。

 

 

『本日の勝敗……白銀とかぐやの敗北(敗因:泥棒ネコ)』

 

 

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 ちなみに。

 

「おはようございまーす……ひぃっ!?」

 

 かぐやと白銀の放つ殺気に怯え、石上は一人、生徒会室を後にしていたのだった。

 

 




推理を説明する部分で少々長くなりましたが、お付き合いいただきありがとうございます。
今回のネコ探しは、実際に筆者が友人から聞いた話を元に作らせていただきました。

次回、夏休み編にはいる……予定です。
その前に、もう一つのSSに取り掛かるかもしれませんが、お付き合いいただければ幸いです。


そして今週のかぐや様。
石上「今こそ呪われた過去を、振り切るぜっ!!」
本編・ED共に石上マジ卍。
希望がお前のゴールだ。
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