フィリップ・来人は検索したい~魔少年の高校生活~   作:ディルオン

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投稿空いて、申し訳ありませんでした。
感想、メッセージ、評価など本当にありがとうございます。
もう一つのSSと並行して書いていくこととしました。

これからも、どうぞ応援よろしくお願いします。




21話【風と友とF/フィリップ・来人は守りたい】

 

 

「ただいま」

「おう、お帰りフィリップ」

 

 夏も盛りに入った7月下旬。

 いつものように鳴海探偵事務所に帰ってきたフィリップを、翔太郎が迎え入れた。

 

「どうだった? 学校は?」

「問題ない。この間のネコも、無事に店長に届けたよ」

「そっか。ま、何かあったら言えよ」

 

 キッカケは、ほんの小さな翔太郎の一言であった。

 

「ん? どした?」

「翔太郎……最近いつも同じような事を聞いてないかい?」

「そうか? 別に普通だろ?」

 

 キョトンと首を傾げる翔太郎。

 しかしフィリップは目を細めて相棒に詰め寄った。

 

「『何かあったか?』『大丈夫か?』『何かあったら相談しろ』……昨日もそうだったし、一昨日もそうだった。ついでに言うなら、それを聞かなかったのは先週の木曜日だけだ。依頼人が来ていたからね」

「そうかぁ? あー……まぁ、お前が無事にやれてるか念の為だ。あんま別に気にすんなって」

 

 雑多に返す翔太郎。

 その一言が、フィリップの中に感情の種を無自覚に植え付けていた。

 

「……」

「何だ?」

「別に」

 

 自分でも素っ気ない言葉が出たことに驚いたフィリップ。

 しかし表にそれを出さないまま、鞄を机に置き、カーディガンをハンガーに掛ける。

 

 そのまま鞄から白紙の本を取り出すと、黙々と『本棚』からの読書に入った。

 翔太郎はその様子をじっと見て言った。

 

「何かあんのか? 遠慮すんなよ、相棒」

「……」

 

 その言葉に、フィリップはピクリと眉を動かし、本から目を上げて翔太郎を見返す。

 一瞬腹を立てたのかと思うようなフィリップの表情。

 しかし、次の瞬間には既にそれは顔から消えていた。

 

「何故僕が、今更君に遠慮しなくてはならないのかな?」

「……ま、そりゃそうか」

 

 そう答えるのは、いつもの飄々とした態度のフィリップである。

 若干肩透かしを喰らったような翔太郎。

 フィリップの態度に違和感のようなものを感じた翔太郎であったが、本人は至って普通の様子である。

 こうなると下手に突っ込めばヘソを曲げる可能性がある。

 

(ま、何にもないならいいか)

 

 その時、ドアの向こう側でドタドタ音が鳴り響く。

 所長の鳴海亜樹子が買い物袋を抱え、飛び込むように帰ってきた。

 

「ただいま〜! いやー、あっつ〜い! 今年の夏はとりわけ……あ、フィリップ君。お帰り」

「ああ、ただいまアキちゃん」

 

 頷いて返すフィリップ。その様子もいつも通りである。

 やはり気のせいだと、翔太郎は気を揉むのをやめた。

 すると、亜樹子はエコバックから事務用品や生活用具を出しながら口を開く。

 

「ねえねえフィリップ君」

「ん? なんだい?」

「もうすぐ夏休みでしょ? なんか予定ある?」

「いや、生徒会も夏休みは活動休止だ。明日の生徒総会も、僕の用意した資料があれば反論も出ない。後は終業式でお終いさ」

「そういうのじゃなくてさ。友達と遊ぶ予定とかないの?」

「……特にそういうのは決めてないけど」

 

 一瞬、言葉に詰まったフィリップ。

 聞かれた内容自体が意外であった、という顔である。

 

「そう? でも、もし何かあったらその時は言ってね。所長権限で、フィリップ君に休暇を取らせます」

 

 そう言ってカレンダーを指差して宣言する亜樹子。

 福利厚生は手厚く、というのが亜樹子の方針である。

 ただし、それに左翔太郎は含まれない。

 

「おい亜樹子、俺にはねえのかよ夏休み」

「あるわけないでしょ。夏は街中が浮かれる季節よ。当然トラブルも増えるわ。そんな時こそ探偵の出番よ。いわばウチらの書き入れ時やでっ」

 

 ドン!

 地面を踏み締め、亜樹子は大きなポスターを取り出した。煌びやかで華やかなイラストが描かれた宣伝用の広告である。

 こうした時世を見逃さない商売人としての気質は、亜樹子の大阪人の血が受け継がれている確かな証拠だった。

 

 ガツガツと仕事を取りに行くなど、左翔太郎のポリシーからすると相当みっともない行為。だが事務所の財布を握る亜樹子に、そんな言い分が通じるわけもない。

 

「今年は夏のキャンペーンも設けることにしたわ。みんな張り切って行くわよー!」

「おい、じゃあフィリップが休んでる間は俺が働き詰めじゃねえか!」

「そんなに休みが欲しければ働け。ほれ、次の依頼じゃ」

「はぁー? お、お前、俺を馬車馬か何かと思ってねえかっ?」

「何言ってんの。馬の方がまだ働き者よ。さあキビキビ動けい!」

「待て! 俺も今帰ってきたばっかなんだよ! おい!」

 

 抵抗するも、尻をスリッパで叩かれながら強引に仕事へ向かわされる翔太郎。

 その様子を見て、いつも通りの光景に微笑するフィリップ。

 

 傍目には、いつもの鳴海探偵事務所。

 しかし彼の中で、確かに兆しは訪れていた。

 

 

 

【風と友とF/フィリップ・来人は守りたい】

 

 

 

 翌日の秀知院学園高等部。

 フィリップは生徒会室への廊下を軽やかに歩いていた。

 生徒総会はつつがなく終了しだが、マイクなどの備品整理の為、彼一人が遅れて向かうことになっていた。

 

(これで全ての業務は終わりだ。部活連との競合も上手く行った)

 

 教師や生徒から厚い信頼を寄せられている白銀やかぐや。ある意味2人よりも人気者で、人間心理に長けた藤原。そしてデータ処理や実績の演出面に於いて他の追随を許さない石上。

 

 ここにフィリップの頭脳が加われば、反対派も押し黙るしかない。本日の生徒総会は、近年稀に見る落ち着きぶりであった。

 

(全く翔太郎も、会長や四宮さんの頭の半分でも有ればいいのに)

 

 心の中で悪態を吐きながらも、彼は悠々と廊下を歩く。

 欠点があるのはお互い様である。しかし、こうして天才秀才に囲まれた生活を送ると、やはり相棒はもう少し勉強した方がいいのではないかと思ってしまった。

 

(授業参観日にでも、翔太郎を呼んでみようか……ゾクゾクするねえ)

 

 頭の良い面々を見て顔面蒼白となる翔太郎の顔を想像し、フィリップは顔がにやけるのを感じる。

 しかしそこまで考え、ふと思い出した。

 

(……学生は夏季休暇が一ヵ月あるのか)

 

 あとは生徒会で、今後の活動内容と招集日を確認するだけである。

 そうすれば、自分は故郷である風都へと帰る。

 

(夏は皆とは会えない……)

 

 フィリップの中に、言葉にできない気持ちが生まれた。

 

(……別に、ただの一ヵ月程度だ。それに、今までと同じ生活に戻るだけ……)

 

 むしろ、この3ヶ月が特別だった。

 それまで春夏秋冬、常に知識の検索に溺れていた自分にとって、学校は初めての別世界。

 それを終えたところで、フィリップには既に風都で探偵として戦う日常が待っているだけである。

 

(なんだろう……これは)

 

 フィリップの胸の奥は、チクリと痛んだ。

 しかし、その思いを検索しようとした次の瞬間。

 

 

「おはようござ……」

「うわああああああんっ!」

 

 

 生徒会の扉を開けた途端、飛び込んだ少女の泣き顔を見て、フィリップの思考は一度飛んでしまった。

 

「ふ、藤原さん?」

「フィ、フィリップ君……!!」

「どうかしたのかい?」

「う、ううっ……!!」

 

 フィリップは目の前に現れた藤原をまじまじと見る。

 全身を震わせ、目には大粒の涙を浮かべている。

 今まで見た事のない表情であった。

 

「お、おう、フィリップ庶務。お疲れ……」

「フィリップ君、生徒総会はご苦労様でした」

「いや、それは大したことないけど」

 

 彼女の後方で、白銀とかぐやが苦い顔をしてこっちを見ている。

 ふと二人と目が合うが、気まずそうに顔を逸らした。

 

「う、ううう~~~っっ」

 

(いつも明るい藤原さんが……なにかあったに違いない)

 

 事件の予感を察したフィリップ。

 藤原を何とか宥めつつ、状況の整理に努めることにした。

 

「フィリップ君……!」

「藤原さん。何があったのか、どうか落ち着いて話して欲しい」

「っっ……ぐすっ」

 

 涙を拭いながらも藤原は口を開く。

 うっすら鼻水が滲んでいた。

 

「う、ううっ……フィリップ君は優しいんだね……! それに比べて石上君は……」

「優?」

「……」

 

 恨めしげな視線を後ろへと投げかける藤原。

 よく見ると、クラスメイトの石上優はソファでヘタれていた。酷く落ち込み、うな垂れている。

 それを見た瞬間、謎への好奇心がシュンと薄れているのを感じた。何となくやり取りが想像できたのである。

 

「どうかしたのかい?」

「うっ、うっ……前髪長すぎだし……」

「それは前からだろう?」

 

 でも取り敢えずは訊こうとするフィリップ。

 二人とも友人であることに変わりはない。

 

「うわあああっん! 屋台のリンゴ飴で石上君の銀歯取れちゃえばいいんですぅ──!」

「え?」

「今までセクハラ発言しても心のボディーブロー食らっても許したのに! 石上君のばかぁーっっ!!」

 

 藤原も泣きながらへたり込む。

 滝のような涙を流しながら訳の分からない暴論。

 予想通り、フィリップの理解の及ばない謎理論。

 

「おい落ち着け藤原書記」

「……僕、そんな酷いこと言ったの……っ!!?」

「言ったもん! 勝手に一人でトマト投げてろって言ってたもん!」

「言ってないですよ……っ」

 

 藤原の叫びに、石上もうな垂れていく。

 ここ最近、石上も度胸がついてきたのか、正論という名のナイフを突き立てることが多くなった。その被害者は大抵、目の前で泣きじゃくる乙女である。

 しかし長年染みついた癖か、やはり石上自身メンタルは弱いままであった。

 

「……あまり興味は持てないけど、一応事情を理解したいんだけど」

「本当にフィリップ君は優しいですね」

 

 石上と藤原を交互に見たかぐやの目は、憐みに満ちている。

 そうして、ため息を吐いたかぐやの横で、石上は身体を震わせながら呟いた。

 

「花火大会……」

「え?」

「思い出作りたかっただけなのに……」

「何の話だい?」

 

 キョトンとしてフィリップは石上を覗き込む。

 すると、白銀が自分へと尋ねてきた。

 

「えっとだな……フィリップ庶務は、夏休みに予定はあるのか?」

「特に決まってはいないけど」

「そ、そうか。実はさっき、夏休みに皆で遊びに行こうかって話をしていたんだ」

「皆と言うのは、生徒会のメンバーという意味かい?」

「まあそう言うことだ。今期のメンバーは夏休みが明けたらすぐ解散だし、皆でワイワイやれる機会も、そう多くないだろうしな」

 

 頷く白銀。

 

 尤も、この結論に至るまでには、いつものような白銀とかぐやの恋愛頭脳戦──如何にして向こうから夏祭りに誘わせるか──が繰り広げられていたのだが、それは別の話である。

 

「それで、皆で夏祭りにでも行きましょうと言うことになったんですが……」

 

 と、かぐやが続ける。

 その悩ましげな視線の先には、嗚咽を堪えながら未だに石上を睨む藤原の姿が。

 

「……藤原さん、毎年夏はご家族で海外旅行へ行くんです。それと被ってしまって……」

「……つまりこのままだと、藤原さんは参加ができない?」

「まあ、そう言うことですね」

 

 うっうっ、と藤原がしゃくりながら頷いた。

 

「私、行くなら皆で行きたいのに……石上君は私以外皆で行くって言うし……!」

「……いや、僕だってできれば皆で行きたいですよ……でもしょうがないじゃないですか」

「なるほど。除け者にされたと思い、ヘソを曲げたわけだね?」

「……っ!」

「藤原さんの様なタイプはコミュニティから外れた行動をとる時、疎外感を覚えてしまう。恐らく優が『え、行きますよ? 当たり前じゃないですか』のような事を言って、藤原さんを怒らせたに違いない」

 

 ようやく得心が言ったと、一人手を叩き納得する魔少年フィリップ。

 彼もまた、人の心を抉る達人であった。

 

「ううっ……!!」

「藤原さん?」

「ばかー! フィリップ君は味方だと思ってたのに! やっぱり私を仲間外れにするんだぁー!」

「え、え?」

「わぁああああああーん! やっぱりフィリップ君は悪魔の手先だったんだ! ある時は正義の味方でも、リモコン一つで良いも悪いも変わっちゃうんだぁー!」

「どこの鉄人だそれ」

「ま、待ってくれ藤原さん……意味が分からない……!」

「いいもん! フィリップ君なんて『金魚すくい!? 興味深いね、ゾクゾクするよ!』とか別のことに熱中して花火見逃しちゃえばいいんですぅ──ーっっ! わーんっ!」

「ぐえっ!?」

 

 ソファに座っていた石上を押し退け、代わりに藤原自身がダイブする。

 そのまま背もたれを枕にして、わんわん泣き始めてしまった。

 目を瞬かせて、フィリップは白銀たちを見た。

 

「僕は悪い事をしたんだろうか……?」

「いや、お前は何も悪くない。強いて言うなら、追い打ちする必要は無かったな」

「もらい事故みたいなものです。石上君も気を落とすことはありませんよ。今日は貴方が正しいわ」

「というか基本石上会計のツッコミは正論だからな」

 

 流石のかぐやも、藤原謎ヘイトに晒された石上は憐れに思ったらしい。優しく肩を叩いている。

 混沌とした生徒会室の中で、フィリップは自分でも驚くほど冷静に、状況を分析していた。

 

 要は、皆と夏休みが過ごせないことがネックなのである。

 

(確かに、予定が合わないのは仕方がない……けど、皆と過ごす初めての夏休みだ。外になんて殆ど出たことも無かったし、前の花火大会はそれどころじゃなかった)

 

 風都で行われている花火大会は、メイン会場の風都タワー占拠&破壊事件の影響で小規模となり、フィリップも花火は遠目に見ただけであった。

 

(見てみたい……学校の仲間と一緒に行く花火が、どういうものなのか……)

 

「皆……」

「ん?」

「藤原さんの都合の付く日で、別の花火大会を観に行くのはどうだろうか?」

 

 自然と、その言葉は出ていた。

 

「少し遠出になるけど……僕も、皆と一緒に花火を見てみたいんだ」

 

 フィリップは全員を見渡す。

 彼自身、今まで夏休みをどう過ごすかなど考えもしなかった。

 しかし、いざ話題に出てみると、新たな検索対象として俄然興味をそそられてきたのである。

 

「フィ、フィリップ君……!」

「藤原さん、どうだろうか?」

「わーん、フィリップ君が優しぃよぉーっ! やっぱり私の目に狂いはありませんでした!」

「手の平返し甚だしいですね。そのまま腕ごと捩じ切れるんじゃないですか?」

 

 ソファから弾き飛ばされたままの恰好で、石上が藤原を睨み付ける。

 とは言え、石上とて、全員で行けるアイデアがあるというのならばそれに越したことは無い。

 

「フィリップ君がそういうのなら、仕方ありませんね」

「そうだな。別の花火大会を探してみるか」

「会長、かぐやさん……!」

 

 苦笑しつつ頷く会長と副会長。

 藤原もそれを見て、目を潤ませた。

 

(ぶっちゃけ嫌な予感しかしないんだけどな……)

(屋台の飲み物に睡眠薬か何かを混ぜておきましょうか……)

 

 などと、学年トップの二人がとんでもない考えに至っているのは誰も予想していないが。

 

「……」

 

 それでも、フィリップ・来人の顔は明るかった。

 今までと同じ毎日を過ごすだけかと思っていた。しかし、知り合いが一人二人と増えるだけでこんなにも世界は変わるものなのだと、秀知院学園に通うことで、フィリップは初めて知ることができた。

 

「じゃあ早速近くの……」

 

 スマホを取り出して、近隣の花火スケジュールを押さえようとする白銀。

 フィリップの想いは、この部屋にいる全員が共有している。

 

 

『フィリップ』

「…っ!?」

 

 

 しかし。

 それでも。

 

『フィリップ、聞こえるか? ドーパントだ!』

 

(こんな時に……っ!?)

 

 世界が例え変わったとしても。

 フィリップはフィリップである。

 例えどれだけ成長し、心を学び、人として大きくなろうとも。

 全てが終わるわけでもリセットされるわけでもない。

 

(翔太郎…っ!?)

『おうフィリップ! ドーパントだっ、風吹岬で暴れてやがる!』

(っ……!)

 

 頭の内側にだけ響く、相棒・左翔太郎の声。

 

 制服のカーディガンの内側で、銀と赤に縁どられたメカニカルなバックル──『ダブルドライバー』が腰部に出現していた。

 

「フィリップ庶務、どうした?」

「フィリップ君?」

「あ、いや……ちょっと、気分が」

 

 かぐやと白銀が、自分を覗き込んでくる。

 慌ててフィリップはソファで身体を隠した。

 

 突然現れた腰のドライバーを見れば、全員が不信感を抱く。このまま優秀な彼等の頭脳を誤魔化し続けるのは無理があった。

 一刻も早くここを離れなければいけない。

 

「え、大丈夫ですか?」

「ああ……ちょっと、トイレに行って来るよ」

「あ、ああ」

「すぐに戻る」

 

 言うが早いか両腕で膨らんだ下腹を隠しながら、そのまま仲間を置き去りに扉を開け、一目散に廊下を走った。

 校則違反だろうとこの際関係ない。下手をすれば死人が出るのである。

 

 

「凄い勢いで走って行きましたね……」

「藤原先輩が泣き出すから言えなかったんじゃないですか?」

「えっ、そんな!?」

「フィリップが漏らしたら藤原先輩のせいですよ」

「……」

「痛っ! 痛い!? 何するんですか!!?」

「最低! セクハラ! 北京原人!」

「ワケ分かんない罵り言葉止めて下さいよ!」

 

「……」

「四宮、どうかしたか?」

「いえ、何でもありません」

 

 藤原と石上がいつものやり取りを再開した時。

 フィリップのいなくなった廊下を見つめるのは、やはり四宮かぐやであった。胸に一瞬だけ、チクリとハリが刺すような感覚を、彼女は覚えていたが、すぐに忘れていた。

 

 

 

 ・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

「すまない、翔太郎! 生徒会室を抜け出すのに時間が掛かった!」

 

 そう言ってフィリップは誰もいない廊下の中で叫ぶ。

 携帯すら取り出さず、傍目には空に向かって話している様子にしか見えない。

 だがフィリップは今、遠く離れた風都にいるであろう翔太郎に向かって呼びかけている。

 

「今から誰もいない所へ行く! もう少し…っ」

 

 だが、廊下を駆け抜け、人のいない教室にまで入った時である。

 翔太郎からの連絡がない事に気付いた。

 

「翔太郎?」

 

 何度も声に出し、頭の中でも相棒に向かって呼びかけるが、それでも向こうからの反応がない。

 それだけではなかった。

 

(『ドライバー』を外している……?)

 

 フィリップが視線を落とすと、腰部のベルトガジェット、『ダブルドライバー』は消滅していた。

 ダブルドライバーは、フィリップと翔太郎が仮面ライダーに変身する際のツールである。これを翔太郎側が装着することで、フィリップにも同様の形状のドライバーが出現し、二人の意識がリンクする。

 

 しかしそれが無いと言うことは、ドライバーが外れたことを意味する。

 本人が外したか、あるいは無理矢理外れたか。

 

(まさか…!)

 

 悪寒がする。変身できなければ、翔太郎は生身で戦わなければならない。

 焦ってフィリップはスタッグフォンを取りだし、翔太郎へコールした。

 

(頼む、出てくれ!)

 

 不安と焦燥が入り乱れる中で、必死に気持ちを落ち着けようとするフィリップ。

 コール音が耳に響くのが、余計に鬱陶しく感じる。

 随分長く感じられたコールだったが、やがて翔太郎のもつもう一つのスタッグフォンへと繋がった。

 

 

『もしもし?』

「僕だ、翔太郎!」

『……おー。フィリップか』

 

 

 最悪の事態を予想したが、幸いにも相手は翔太郎だった。声も柔らかく、危機が迫っている様子にも感じられない。

 しかしフィリップは動転していた。慌てて呼びかける。

 

「翔太郎! 大丈夫か!? 今そっちはどうなって……」

『あー、悪い悪い。もうこっちは問題ねえ』

「え?」

 

 戸惑うフィリップ。

 頭に上った血が急激に下がっていくのを感じた。

 同時に、電話の向こう側で、人のザワめきやパトカーのサイレン音などが聞こえてくる。

 

「ど……どういうことだい? ドーパントは……?」

『ああ、照井が駆けつけてくれてな。一足先に片付いた』

 

 溜息を吐きながら答える翔太郎。

 照井とは、風都にて戦うもう一人の仮面ライダー、『照井竜』のことである。

 亜樹子の夫でもある彼の活躍で出番はないと分り、フィリップの身体から緊張が解けた。

 

「……そう、か」

『メモリもブレイクしたし、犯人も捕まった。今ジンさんがしょっ引いてるトコだ』

「……」

『悪かったな、フィリップ。学校の最中に呼び出しちまってよ。無駄骨折らしちまった』

「……いや」

 

 危機は去った。

 翔太郎が敵に無防備なまま襲われたのかもという考えも杞憂だった。

 しかしそれは、安堵よりも激しい自責の念をフィリップに抱かせた。

 

「謝るのは僕の方だ」

『え?』

「すまない……君との約束を破ってしまった」

 

 フィリップは約束をしていた。

 何時如何なる時だろうと、戦いを優先すると。

 自分で言い出した事だった。

 

 翔太郎とフィリップは二人で戦い、初めて真の力を発揮する。

 学生として日々を送るからこそ、自分たちの戦いを投げ出すことは許されないと、自分自身でそう誓いを立てた。

 

 実際、授業中に仮面ライダーとして戦わなければならない時もあった。

 テスト期間中に敵が現れ、教室に戻ってラスト五分で問題を解かなければならない時もあった。

 定期試験では伊井野ミコに学年一位を譲ったが、フィリップはそれで良かった。

 

『んなもん気にすんなって。怪我人も出てねえし、街も殆ど壊れてねえ』

「……」

『フィリップ? どうかしたか?』

「いや……何でも無い。今から、帰るよ……」

『おい、フィリ』

 

 翔太郎が何か言い掛けたが、フィリップはスタッグフォンを切ってポケットにしまう。

 情けない気持ちだった。

 石上とのトラブルの時とは違う惨めさだった。

 

(……僕は、何を……何てことを……)

 

 偶然?

 たまたま?

 間が悪かっただけ?

 

 違う。

 フィリップはその場にへたり込んだ。

 

「……くそっ」

 

 普段ならば絶対に吐かない言葉だった。

 

 

 

 ・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

「……ただいま」

 

 失意のまま、生徒会室に戻る。

 全員が心配そうにフィリップを見る。

 

「フィリップ庶務、大丈夫か?」

「ごめん皆、いきなり出て行ってしまって……」

「顔色が悪いですよ? 何かありましたか」

 

 藤原も心配して覗き込む。

 彼等には、全く自分を疑う気持ちは無かった。

 ただ純粋に、気掛かりに思っている。

 

 それが、彼の心を痛めた。

 

「ま、まさか、間に合わなかったとか……」

「……ああ」

「えっ!?」

「……藤原先輩」

「フィリップ君! 間に合わなかったの!? おトイレ漏れちゃった!?」

「そうじゃないよ。そうじゃなくて……」

 

 もし、自分の予想が当たっていたとして。

 風都で暴れる怪物──ドーパントが彼等に襲い掛かったならば。

 考えるだけで恐ろしい。

 

 

「……すまない、僕は……皆と花火は、行けそうにない」

 

 

 自分は、また勘違いをしていた。

 油断を招いたのは、自分自身だった。

 どこかで甘えていたんだと、今更ながらにフィリップは思い知らされた。

 まだ自分の罪は終わっていないのだと。

 

 例え人の心を学び、友に恵まれ、誰にも届かない頭脳と才覚を得たとしても。

 フィリップが戦うべき役目と使命は、決して消えない。

 

 罪と償いは、一生続く。

 

 

 






「さよならを言うのは、少しの間死ぬことだ」
レイモンド・チャンドラー『長いお別れ』より

次回、夏休みに入ります。
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