フィリップ・来人は検索したい~魔少年の高校生活~   作:ディルオン

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いつも感想、メッセージ、評価等々、本当にありがとうございます。
かぐや様熱は私の中では終わらず、書き続けています。

これからもどうか、応援していただければと思います。
よろしくお願いいたします。




23話【風と友とF/打ち上げ花火は見られない(前編)】

 

 数日前。

 ネコ探しを終えて暫く経った頃だった。

 

「それにしてもフィリップ君、この間の推理劇は凄かったですねえ」

「ん?」

「流石、探偵の助手さんですよ。いやぁ、目からウロコでした」

「確かに、本職の探偵顔負けの推理だった」

 

 生徒会室で、修理に勤しんでいるフィリップに、藤原が尋ねた事があった。

 会長の白銀もウンウンと頷きながら同意する。

 しかし当の本人は少ししかめ面だった。

 

「助手ではなく、僕も探偵だけどね」

「え、そうなの?」

「ああ、そうとも」

 

 目を丸くする藤原に対して、事もなげに言うフィリップ。

 自分の身分を殊更ひけらかすつもりもないが、やはりこの職に携わるはそうおらず、好奇の目で見られることも多い。

 

 藤原もそんな人間の一人であった。

 

「僕がいないと、彼は何も出来ない男だからね。陰ながらサポートしているんだ」

「ふーん…!」

 

 嘘ではない。

 フィリップの推理力なしで数々の難事件を解決するのは非常に困難であった。

 とは言え、彼自身翔太郎の力に助けられたことも数えきれない。

 

 しかし、学友の前でそれを正面から言うのは憚られた。

 彼も思春期である。左翔太郎無くして自身は成り立たない、などと口が裂けても言える筈はない。

 

「ねえねえ、他にはどんな事件を扱うんですか?」

「どんな?」

「探偵って、ホントにドラマであるような事件も捜査するんですか?」

 

 そんな会話をしている最中、聴き入っていた藤原が、目を輝かせながら質問してきた。

 

「殺人事件の犯人を追ったりとか、マフィアのアジトを突き止めるとか、人身売買の現場を押さえるとか、そういうのやるんですかっ!?」

「怖いこと言わないで下さいよ……」

 

 ワクワクして矢継ぎ早に尋ねる。

 隣で石上が若干震えていた。不思議な雰囲気を醸し出すこの少年なら、あり得ない話ではない。と考えてしまう。

 

「そんなことしないさ」

 

 フィリップは微笑しながら答えた。

 

「僕は家の中で推理するのが役割だからね。外に出ることは滅多にないよ。依頼の内容も、この間のネコ探しみたいのが殆どだ」

「えー……じゃあ銃撃戦とかは?」

「いや普通に銃刀法違反じゃないですか」

 

 ゲーム機を弄りながら石上がツッコむ。

 

「大体、昼間の探偵ドラマって違法の塊ですよ。何で捜査権の無い主婦とか家政婦が殺人事件の現場にしゃしゃり出てくるんですかね? おまけにああいう番組って、大抵警察官が無能じゃないですか。普通に考えたらそこいらのオバちゃんとかオッサンに解決できる事件が警察官の手に余る時点でおかしいですって」

「わー石上くん夢がなーい。そういう人モテないですよホント」

「……」

 

 いじける石上。

「ホントのこと言っただけなのに……」とブツブツ言いながら丸まった。

 

 普段、藤原をやり込め、泣かせているだけに、こうした光景は珍しかった。

 

「ま、フィリップ庶務が難事件に関わってるとか言われても、今更驚かないけどな」

「ですよねーっ」

 

 苦笑する白銀の言葉に、藤原もあはは、と笑う。その様子を見て、フィリップも自然と笑みが零れていた。

 大したことはしていないのにどこか懐かしいような、嬉しいような、そんな感情である。

 

「……フィリップ君」

 

 ふと、横で紅茶を入れている四宮と目が合う。

 彼女も、微笑を浮かべたまま、何の気なしに尋ねてきた。

 

「本当に…厄介ごとに首を突っ込んでいませんか?」

「……ああ、もちろん」

「それならいいのですけれどね」

 

 はぁ、とため息を吐いたかぐやは、それ以上追及はしてこなかった。

 

「貴方はもう、この生徒会のメンバーです。皆を困らせる様な真似をしてはいけませんよ」

「しないさ」

 

 嘘ではない。

 ただ真実を話さないだけ。

 首を突っ込んでいるのではなく事件の渦中にいるのがフィリップであり、鳴海探偵事務所が扱う事件は、ドラマで起こるような生易しいものではない。

 

 だから皆に知らせる必要は無い。この時はそう思った。

 

 

 

 ・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

「ぐあああっ!!?」

 

 激しい閃光と爆発が、風都の嵐波埠頭に響き渡る。

 轟音が辺りにこだまする。

 奥の一角……誰も寄りつかない深夜のコンテナ付近で、煙と爆発が巻き起こっていた。

 

「う、ぅぅ……っ!」

 

 やがて爆炎の中から、一人の男が飛び出す。

 息も絶え絶えと言った様子の中年男性は、よろよろとその場から逃げ出そうとするも、力尽きて失神し、その場に倒れ伏した。

 

 傍らには、身体から排出されて、粉々に砕け散ったUSB状の物体──ガイアメモリが落ちている。

 

 そして、煙をかいくぐって表れたもう一人の影が一つ。

 

「ったく、手間取らせやがって」

 

 左右の半身を、それぞれ黒と緑に縁どられたその影は、倒れた男を起き上がらせると、片手で軽々と掴み上げ、火の気のない場所まで運んでいく。

 埠頭の端まで連れて行くと、黒と緑の影──仮面ライダーWはその場で男を寝かせた。

 

「ほいっと」

「…っぐぇ」

 

 寝かされたのは白いスーツと柄シャツを着た、いかにもチンピラと言った風体の男である。

 

「さてと」

 

 パトカーのサイレン音と、赤いランプの光が仮面ライダーの目に入った。

 住民の通報を受けてやってきた風都署の警官だ。

 

「後は警察の仕事だな」

 

 倒れた男を一瞥すると、仮面ライダーW──左翔太郎はそう言い放った。警官が駆けつける前に、急ぎ撤退しなければならない。

 踵を返して退散しようとする。

 

 しかし、その時、右側の赤い眼が発光した。

 

「よし、じゃあ俺達は…」

『待ってくれ翔太郎』

「あん?」

『この男……最近勢力を伸ばしているギャングの一員だ。奴等は首元に独特のタトゥーを入れている』

「何だって?」

 

 仮面ライダーから、もう一人──フィリップ・来人の声が聞こえる。

 翔太郎はそれに疑問も持たず、再び倒れている男を見た。

 確かに、彼の首元には菱形のマークが刻印されている。

 

『この男を調べよう。アジトを突き止めるんだ』

「……」

『翔太郎?』

「ああ……分かった」

 

 仮面ライダーは倒れた男を担ぎ上げると、常人では考えられない程の俊敏さとパワーで跳躍し、その埠頭を後にする。

 

 数時間後、風都の歓楽街を中心に暴れていた犯罪グループのアジトが匿名で通報された。

 警官隊が踏み込むと、既に構成員は気絶した状態で転がっており、破壊されたガイアメモリがそこいらに散らばっていたのだが、それは別の話である。

 

 

 

【風と友とF/打ち上げ花火は見られない(前編)】

 

 

 

 季節は夏真っ盛り。

 太陽の日差しも中央から降り注ぐ正午の時刻。

 左翔太郎は鳴海探偵事務所に戻ると、そのまま愛用の椅子に腰かけ天井を仰いだ。

 

「うーっす」

「おーっす、おつかれー。ほいっ」

「おう、サンキュ……んぐ、んぐ……ぷはぁ! やー疲れたぜ!」

 

 亜樹子がアイスコーヒーを淹れて、机まで運んでくれると、それを手に取り一気に流し込む。

 

「大変だねえ。今月に入ってもう5件目だよ」

 

 亜樹子は8月に入ってまとめられた報告書を取り出し、ぱらぱらとめくる。

 先日、付近のネオン街で暴れていたところ、警官によって取り押さえられようとした男の事件も、そこには記載されている。

 

「っていうか、多すぎじゃない? 下手したらミュージアムがいた時よりも忙しいかも」

「……照井の言ってた通り、園咲家にとって代わろうって連中が出てんのかもしれねえな」

「中央辺りにも、新しい建物ちらほら見え始めてるもんねぇ」

 

 今日は8月19日。夏休みも終盤に差し掛かっている。

 この商売をやっている以上覚悟はしていたが、それでも休みの一つも取れないというのは予想外。

 

 依頼の件数そのものは例年通りでも、その一件一件が難物であった。

 

「……」

 

 翔太郎は亜樹子のボヤきを聞き、ここ数週間の活動を思い起こしていた。

 

 生まれた時からこの街で暮らす根っからの風都っ子である翔太郎は、どんな些細な変化も見逃さない。

 街に介入してくる新たなコミュニティの中に、淀んだ空気が蔓延っているのは明白である。

 

「……燻りが収まらねえな」

「え?」

「まだどっかで、誰か泣いてる気がするぜ……」

 

 前髪を弄りながら、ガレージへと続く扉を凝視する翔太郎。扉には彼の愛用の帽子……そして彼が敬愛してやまない師の遺品が掛けられている。

 

「例えるなら、愛の板挟みになった女の気配……ってとこか」

「ていっ」

「いってえなっ!」

「気取ってんなアホッ!」

 

 亜樹子、翔太郎の頭を叩いたスリッパを撫でつつ、次の依頼用紙を突き出す。

 

「ほれ、次は逃げちゃったイグちゃんを探して!」

「はっ!? また逃げたのかよイグちゃん!?」

「多分またあの用水路だと思うから。キビキビ働けい!」

 

 文字通り、尻を叩きながら翔太郎を次の現場に向かわせる亜樹子。

 人を人とも思わないこの手腕、所長の貫録である。

 

「しょうがねえ……待ってろイグちゃん!」

 

 イグアナのイグちゃんの飼い主は金払いも良く、お得意さんの一人である。翔太郎も夏のボーナスが掛かっているのを考えると、断るに断れないのであった。

 

 そして翔太郎、なんだかんだでイグちゃんを好いている。あの緑色の質感を見ると、どこか癒された気分になるのである。

 明らかに末期症状だった。

 

 

「翔太郎! 帰っていたのかい?」

「ん? おうフィリップ、どうした?」

 

 

 その時、ガレージの扉が開き、フィリップが向こうから飛び出してきた。

 いつもの様に飄々とした雰囲気ではなく、顔をしかめさせて、目を見開いている。

 それを見て翔太郎は明らかに違和感を覚えたが、フィリップは意に介さず、ツカツカと机まで歩み寄った。

 

「例のバイヤーの足取りが追跡できそうなんだっ」

「何?」

「現場に向かおう。照井竜とも連携して、奴等を捕えるんだっ」

 

 矢継ぎ早に言うフィリップ。

 彼の言うバイヤーとは、街に散らばったガイアメモリを掻き集め、ならず者たちに売り捌く連中の一部である。

 長らく正体を掴めずにいたが、件のギャングから手掛かりが得られていた。

 

「さあ急ごう、翔太郎っ!」

「お、おい待てよ…!」

「ちょ、ちょっとフィリップ君、幾らなんでも急ぎ過ぎだって……夏休みに入ってから、ずっと検索しっぱなしだよ?」

 

 堪らずに亜樹子が翔太郎を引っ張ろうとするフィリップの手を掴む。

 確かにバイヤーの行方は照井から依頼されていた事件の一つ。

 しかし、この手の犯人は往々にして逃げ道を用意しているもの。正体を確実に突き止め、じっくり追い詰める必要があった。

 

「奴らは既にメモリを幾つか売り捌いている。一刻も早く止めないと、大変なことに…!」

「フィリップ、落ち着けって」

「そんな場合じゃない。僕の検索によると、奴等の持つメモリには……」

「焦って失敗したらどうすんだっ」

「……っ」

 

 思わず声を張り上げ、手を振り払う翔太郎。

 その言葉に流石のフィリップも目を見開いた。

 

「ったく……そういう暴走を止めんのがお前の役割だった筈だろ? そっちが熱くなってどうすんだ」

「それは……っ」

 

 フィリップは戸惑いがちに顎に右手を当てる。彼が狼狽したり、気落ちする時の癖だった。

 

「フィリップ君……ちょっと休んだら?」

「……何か検索してないと、落ち着かないんだ」

 

 亜樹子の言葉に、首を振るフィリップ。

 

 夏休みに入って以降、フィリップはいつにも増してガレージに篭り、検索に没頭するようになった。ガイアメモリの気配を嗅ぎ付ければ、すぐさま捜査を開始した。

 その姿は、今まで翔太郎や亜樹子の見ないものであった。

 

「ん?」

 

 項垂れるフィリップを見つめる2人。

 その時、事務所の古びた固定電話がけたたましく鳴り響く。

 

「あ、私出るよ」

 

 亜樹子がそそくさと受話器を取る。

 すると向こうから聞こえてきたのは、皆がよく見知っている人間のものだった。

 

「はい、鳴海探偵事務所……あれ、竜君?」

『所長か。今、フィリップは居るか?』

「いるけど……」

『検索して欲しいことがある。頼めるか』

「え、あ……ええっとぉ」

 

 受話器から漏れる声は、その場にいる探偵コンビ2人にも届いている。

 ある意味で間が悪かった。

 

 気まずい雰囲気の中、亜樹子は恐る恐るフィリップを見る。

 だがフィリップは何の躊躇いもなく、顎に当てた右手を彼女へ伸ばした。

 

「……フィリップ君」

「構わないよ、アキちゃん」

「で、でも」

「すぐに『地球の本棚』に入る。照井竜にキーワードを…」

 

 そう言って受話器を半ば強引に受け取ろうとした時だった。

 

「照井、俺だ」

 

 フィリップより先に、翔太郎が受話器をもぎ取っていた。

 

『……左?』

「悪いがフィリップは病欠だ。今は頼れねえ」

『なんだと?』

「翔太郎、何を……っ!?」

 

 戸惑うフィリップ。

 亜樹子でさえもポカンと口を開けている中で、翔太郎は言葉早く会話を続けている。

 

「ホント悪ぃな。代わりに俺がそっちに行くぜ、じゃあな」

『おいひだ』

 

 言いかける照井の声は、甲高い通話を切る音で中断された。

 2人が唖然として翔太郎を見るが、彼はそのまま壁に引っ掛けたままの帽子を取り、それを被る。

 

「つーわけだ亜樹子。イグちゃんを捕まえたら、そのまま照井のとこに行ってくるぜ」

「翔太郎……」

 

 そのまま事務所のドアまで行こうとする彼の肩を、フィリップの右手が引き留めていた。

 

「どういうつもりだい?」

 

 フィリップは更に詰め寄った。その目には灼然たる怒りを覗かせて。

 だが相棒は振り返ると毅然と言い放つ。

 

「聞いての通りだ。フィリップ……ちょっと休んでろ」

「ふざけないでくれ」

「ふざけてねえよ。このままじゃお前倒れちまうぞ」

「僕は平気だ。それより照井竜に連絡を。彼の捜査に協力しないとっ」

「離せっつってんだろ」

「いい加減にしてくれ、早くガイ」

「いい加減にすんのはテメエだこの馬鹿!」

「っ!?」

「そうやってガムシャラに動いても何の意味もねえんだよ! 俺にだって解ることが、お前に解らねえ訳ねえだろうが!!」

 

 狭い事務所に、翔太郎の怒号が響く。

 それはフィリップでさえ滅多に見ない、翔太郎の純粋な怒りだった。

 

 左翔太郎には分かっていた。

 フィリップが検索したいものは、この街の中には無いのだと。

 

「……」

「……」

 

 睨み合う2人。

 亜樹子は黙ってその様子を見ている。喧嘩はいつものことだが、ここまで本気でぶつかれば彼女の手では止められない。

 

「君に……」

「……」

 

 やがてフィリップの口元が動き、

 

「バカと、言われる……筋合い、は……な」

「おい、フィリップ?」

「フィリップ君!?」

 

 その身体が、ぐらりと揺れる。

 フィリップの視界はグルグル回転し始めた。

 

 翔太郎達の声がどこか遠くへ聞こえたが、気付いた時、彼は床に倒れ伏して、意識は闇へと溶けていく。

 

 

 

 ・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

『来人』

 

『来人』

 

『来人起きて』

 

 君は…

 

『あはっ、起きた起きた。もー、お寝坊さん』

 

 誰だい? 

 

『まだ寝ぼけてるの? 相変わらずボーッとして、しょうのない子っ』

 

 君は、何処かで会ったことが

 

『ほら、食堂へいきましょう。みんな待ってるわ』

 

 ま、待って

 

『ねえ、来人が目を覚ましたわ』

『ああ、ようやく起きたか来人』

『来人、こっちよ。お母さんの所へいらっしゃい』

 

 あなたは……

 

『聞いてお姉様。来人、またミックとお庭で寝てたのよ』

『あら、またなの? 来人ってばミックが大好きなのね』

 

 そうか、貴女は……

 

『さあ今夜は晩餐会だ。家族が全員集まった』

『まだですわお父様、若菜が来てません』

 

 えっ? 

 

『ごめんなさいお父様! 遅れてしまったわ!』

『遅いわよ若菜』

 

 若菜姉さん。

 

『だってお姉様、しょうがないじゃない。ミックを探してたら、来人と庭で寝てるっていうんですもの』

 

 どういうことだ、彼女が若菜姉さんなら…

 

『若菜お姉様。来人も目が覚めたわ』

『あ、ホント。ようやく起きたのね』

 

 じゃあ僕を起こした、この人は誰だ? 

 

『さあ、今夜は楽しもう。食事の後は、いつものように皆で踊ろうじゃないか』

『来人、また私と踊りましょう。ね? ステップのやり方、教えてあげるわ』

 

 待って。

 君は……君は、誰なんだ? 

 

『来人、どうしたの?』

 

『来人』

 

『来人』

 

 

 

 ・・・・・・・・・・・

 

 

 

 ぐらぐらする。

 目を閉じているのに、視界が揺れているのが分かる。

 

 ふと、ひんやりとした何かが、額に当たっているのを感じた。

 

「……」

 

 未だに半覚醒の頭を無理矢理に叩き起こすようにして、額に手を伸ばす。

 コツンと何かにぶつかった。

 次第にハッキリする意識を集中させて、目をゆっくりと開ける。

 

 そこには、思いもよらない人がいた。

 

「起きたかしら?」

「……四宮さん?」

「はい」

 

 四宮かぐやが、ベッドに伏せっている自分を見下ろしていた。

 

「……」

 

 言葉が出ないフィリップ。

 呆然として彼女を見上げた。

 

「具合はどうですか?」

「……どうして」

 

 半端な問いかけしか出ない。

 しどろもどろに困惑して、あたふたしているフィリップだったが、その時事務所の扉が開く音が聞こえた。

 

「おー、フィリップ君起きたー?」

 

 フィリップが僅かに上体を起こすと、亜樹子が大量の買い物かごをぶら下げて事務所の中に入るところだった。

 

「ごめんね、四宮さん。お客様なのにフィリップ君のこと任せちゃって」

「いえ、こちらこそ突然すみませんでした」

 

 かぐやが慇懃に頭を下げる。いえいえ、とお辞儀を返す亜樹子。

 

 二人は一度、翔太郎と共に学校を訪問した際に遭っているのだが、フィリップはそれを知らない。

 彼は状況を整理すべく、ただ自分のいる空間を眺めるだけだった。

 

 

(ここは……事務所、か)

 

 

 確かに、いつも自分が暮らす鳴海探偵事務所の中である。そして目の前に居るのは、自分が通う学校の生徒会副会長・四宮かぐやに違いない。

 呆然としたまま、フィリップは尋ねた。

 

「どうして、四宮さんがここに……」

「別件でたまたま通りがかったんです。そうしたら、フィリップ君が倒れたと聞いて」

「わざわざ……東京からここまで?」

「道中でしたから。寄り道のようなモノです」

 

 ふと彼女の服装が目に留まる。

 いつも留めている黒髪を降ろし、白いブラウスとタイトスカートと言う、地味というより、事務的な服装だった。

 

(家の事情か、何かか……?)

 

 フィリップは推理した。彼女も財閥の一人娘として、様々なしがらみがあるのかもしれない。

 要は自分が探偵の仕事に就いているのと同じように……

 

 

(そうだ、翔太郎!)

 

 

 そこまで考えた時、フィリップの頭は一気に覚醒した。

 

(僕は翔太郎と言い争いになって、確かその前に照井竜からの電話が……!!)

 

 急ぎ、相棒の姿を求めるフィリップ。

 一気にシーツを引っぺがし、起き上がろうとする。

 

「翔太郎! 翔太郎はどこに…!?」

「まだ寝てなさい」

「っ……!」

 

 しかし上体を起こしたフィリップは、急に肩を押されて、ベッドまで引き戻されてしまう。

 戸惑う彼の顔を、かぐやが覗きこんでいた。

 

「熱中症でも、油断すると命に関わりますよ」

「熱中症……?」

「四宮さんの言う通りだよ。あれだけ検索に没頭して、ろくに何も食べないんだもん。そりゃ倒れるわ」

 

 亜樹子はエコバッグの中身を一通り整理し終えると、自身もフィリップのいるベッドの近くまで歩み寄る。

 

「ごめんね……もっと私がしっかりしてなきゃいけなかったのに。気付いてあげられなくて」

「……いや」

 

 心配そうに亜樹子が覗きこむ。

 亜樹子は親のいないフィリップにとって自分が姉代わりだと考えている。

 彼女はずっとフィリップの身を案じていた。

 

(そうか……それであの時…)

 

 フィリップは自身を顧みた。

 密閉されたガレージの中はかなり温度や湿度が高い。

 検索に没頭し、集中力を消費し続けたフィリップが気を失うのは当然である。

 

「アキちゃん……翔太郎は?」

 

 恐る恐る聞いた。

 最後に覚えている翔太郎の姿は、自身を怒鳴りつける顔であった。

 それに対して、亜樹子は苦笑しながら答える。

 

「翔太郎君なら、事件を追って外に出てるよ」

「え?」

「フィリップ君の負担をちょっとでも減らすんだって言って」

「……」

 

 見ると、彼の帽子が一つ無くなっている。

 いつものではなく、気合を入れる時用のお気に入りの物だった。

 彼の決意が窺えた。

 

 そして、そうさせた原因が他ならぬ自身であることも、フィリップには分かった。

 

「まぁ、今回ばっかりは翔太郎君の方が正しいわ。私も早めに止めるべきだったし……」

「……ごめん」

「とにかく所長命令です。今日一日はゆっくり休むこと。いいわね?」

 

 ピシッと、指を突き付ける亜樹子。その有無を言わさぬ姿に、フィリップも従うしかない。

 普段彼には甘いが、こうなるともう鳴海探偵事務所では彼女が一番強い。

 

 素直に頷いた。

 

「疲れた時には甘いモノが1番! さあさあ、これを食いねえ」

「……これは?」

「スイカだよ。四宮さんからの、お見舞いの品!」

 

 そう言って、白い皿を突き出す亜樹子。スイカの切り身が、これでもかと言う程高々と山盛りにされていた。

 キョトンとして隣に腰かけるかぐやを見ると、彼女は微笑して答える。

 

「熱中症に効きますよ、スイカ」

「え?」

「水分とか、糖質とか、カリウムとか。夏バテに効く成分がたっぷり入ってますからね。もう一つありますから、そちらは事務所の皆さんで召し上がってください」

「ありがと~!」

 

 机の上にスイカを置くと、亜樹子は「これだよ!」ともう一つの分を冷蔵庫から取り出してフィリップに見せる。

 丸々として大きく、濃い緑色。市場でもかなりの額で取引される高級品なのは明らかである。

 

「……ありがとう、ございます」

 

 おずおず頭を下げるフィリップ。

 かぐやはそれには何も言わず、ただフィリップの額に掌を置いた。

 

「フィリップ君、貴方が頑張り屋なのは分かってます。ですが、倒れて周りを不安にさせるのは良くないわ」

「うん……」

「探偵の仕事は分かりませんが、少しは休みなさい」

「…はい」

 

 ヒンヤリとした感触。それでもどこか温かい。

 フィリップはいつの間にか、全身から力が抜けるのを感じた。

 意識を失う前には、あれ程まで焦燥と不安じみた気持ちが支配していたというのに。

 

(初めて会った時みたいだ……)

 

 知識の暴走がいつしか抑えられていた、かぐやとの出会い。

 彼女の持つ淑やかで、冷たく、それでいて暖かな雰囲気が、自分の凝り固まった箇所を融かしているような、そんな感覚に襲われる時が、間々あった。

 

 それがなんなのか、今のフィリップには分からない。

 

 

(ふむふむ……なるほどナルホド。興味深いわ……ゾクゾク……いや、ニヤニヤするわねぇ。にょほほ~!)

 

 

 亜樹子にも分かっていなかった。

 厳密に言うと勘違いをしていた。勝手な妄想をしていた。

 

 

(おほほほほ~~!! まさかフィリップ君のお相手があの時のお嬢様だったなんて……! しかもわざわざお見舞いにまで! こりゃあ年上として気を利かせないとね。照井亜樹子はクールに去るわ!)

 

 

 かぐや本人は、ただ純粋に後輩を善意で見舞っているに過ぎない。

 

 しかし……彼女も中々の恋愛脳の持ち主。

 それが親愛の情であれ、後輩への思いやりであれ、男女の二人組を見れば恋愛関係へと脳内保管してしまうのは自明の理である。

 

 亜樹子の脳内では、既にフィリップ×かぐやの構図はほぼ公式化されつつあった。

 

「あっと、私とした事がお客様にお茶も出さないなんてっ。ちょっと待っててね~」

「あ、お構いなく」

「ああ! おちゃが、なーいー!」

 

 凄い棒読みだった。

 

(フハハハ、初めて会った時からピーンと来ていたのよね。恐らくこの女の子、恋が芽生えてる途中だわ! 間違いない!)

 

 推理が中途半端に合っている分、余計にタチが悪い。

 

「私ちょっと買い出しに行ってくるね~」

「ア、 アキちゃんっ?」

 

 目を丸くするフィリップ。

 客をほったらかしにして何処へ行こうというのか。

 しかし亜樹子は勘違いを重ねたまま、揚々と財布を掴んで入口まで向かう。スキップで。

 

「あ、そうだ四宮さん!」

「はい、なんでしょう?」

 

 亜樹子はくるりと振り返ると、同じく呆然としたままのかぐやに対し、顔をニヤけさせたまま言った。

 

「ゆっくりしてって、ついでにフィリップ君を見張ってて貰えると、お姉さんとっても嬉しいわ。この子時々無茶するから。うふふ!」

「え?」

「じゃあちょっくら行ってくるからねー! 何かあったら電話ちょうだい!」

「あ、ちょっとアキちゃん……!?」

 

 亜樹子の珍妙な行動は今に始まった事ではない。しかし、それでも急に自分をかぐやと二人きりにして出る意図が不明である。

 目を瞬かせるが、フィリップの制止も聞かずに、亜樹子はドアを蹴飛ばすようにして出て行ってしまう。

 

 

「あ、翔太郎君? しばらく事務所に帰って来ちゃダメだからね。え? なんでもよ。所長命令! でないと夏のボーナスなし!」

 

 

 謎の命令を受けた翔太郎は、帰る場所を失い、しばらく呆然と立ちすくむが、それも別の話である。

 

 

 





一気に書き上げようとしましたが、また量が多かったので分割します。
中編に続きます。
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