フィリップ・来人は検索したい~魔少年の高校生活~ 作:ディルオン
どーでもいいですが、ロングホープフィリア聞きながらこれ書いてます。
怒涛の勢いで亜樹子が事務所を去った後、残されたフィリップとかぐやの間に、しばらく沈黙が流れる。
(どうしよう……)
かぐやと二人きり。
それに学校ならいざ知らず、ここは自宅である。
何をすればいいのかさっぱり分からない。
本来ならお茶でも振る舞うべきだが、自分は今半病人の体である。
一応、探偵事務所の一員として、慣れないながらも礼を尽くそうと考え直した。
「……」
「えっと……すまない、アキちゃんが勝手に…」
「いいえ、構いません」
「四宮さん、彼女には僕から言っておくからもう……」
「お気になさらず」
はぁ、とため息を吐き、かぐやは問題ない、と言った様子で答えた。
「なし崩しとはいえ、四宮の人間が一度頼まれた以上、放ってはおけません」
かぐやは、なんだかんだで面倒見の良い性格である。自分を頼ってきた者や、自分より非力な人間が弱っているところ、困っている所を見ると、自然と体が動く。
今回も、自分を慕うフィリップが弱々しくなっている様を見ると、このまま投げ出すわけにもいかなかった。
それだけではない。
(それにあの人……何となく藤原さんと同じオーラを感じるわ……下手に考えるとますますドツボにハマる気がします)
かぐや、出会って間もないにも拘らず、持ち前の直観力と観察力で、亜樹子の本質をほぼ見抜いていた。
「お姉さんが戻るまでは、ここにいるつもりです。帰りは車ですし、多少は大丈夫ですよ」
「……はぁ」
「それとも、私がここにいるのは迷惑かしら?」
「い、いや、そんなことないよ……」
一瞬垣間見える、鋭い眼光。
フィリップは一も二もなく頷くしかない。
大人しく、ベッドに身体を横たえた。
(……なんだか不思議だ。この事務所に、学校の知り合いが来るなんて)
天井を見上げながら、フィリップは思う。
(いや……そもそも、僕が学校に通うこと自体おかしな話だ。本当なら、今も検索に没頭して……あれ?)
幾ら体調を崩そうと、思索に没頭する癖は中々消えるものではない。しかし、ふと我に返る。いつも手放すことのない『アレ』が消えている。
再びベッドから飛び跳ねるように起きて、事務所中を見渡した。
すると、かぐやの冷たい言葉が飛んでくる。
「探し物はこれですか?」
「あっ…」
「また、無くなった記憶から引っ張り出すつもり?」
「ど、何処でそれを……」
かぐやの手には、フィリップがいつも検索をする時に使う、白紙の本が握られていた。
慌ててフィリップが取り返そうと手を伸ばすが、かぐやはヒョイと手を捻り、軽くあしらう。
「無理をするなと言われた筈よ」
「そ、それは……」
「全く油断も隙もない……ますます一人にはさせられませんね」
「……」
フィリップはかぐやの鋭い視線を直視できずに、そのまま俯く。
何回か厳しい面持ちの彼女を見たことはあったが、今日の雰囲気は少し異質であった。
髪を下ろしているからだろうか。普段よりも数段、冷徹さを感じる。
(どの道、彼女の目を盗んで検索は不可能だ……)
愛用の本を取り上げられては、何も出来ない。アレがないと集中力が格段に落ちる。体力を消耗している今の状態ではロクに思考できない。
フィリップは観念するしかなかった。
「私はそこにいますから、何かあったら呼んでください」
「わ、分かった…」
かぐやは事務所前のソファに改めて座ると、なにか文庫本のようなものを取り出して、読み始める。
暫く、かぐやの行動を目で追っていたフィリップだが、そのうち自分も再びベッドに横になって天井を眺めた。
(何もすることがない……こんなの初めてだ)
呆然と天井を見つめるしかないフィリップ。さっき起きたばかりで眠れない。
その様子を、本を見ながら観察しているかぐや。
(全く……心ここにあらずと言った様子ですね。ご家族が心配するのも分かります。ここは無理にでも元気になってもわらないと)
四宮かぐやは、その日の体調や会う相手によって、性格が大きく変動する。
厳密に言えば変わっているのでは無い。彼女はその状況に応じて他人の前で被る仮面が変わるだけ。
それは人間ならば誰しもあること。
ただ彼女の場合、それが極端に顕著であるだけの話。
優しい性格こそそのままだが、今の彼女は目的のためならば多少の無茶を押し通す氷の面がやや浮き出ていた。
「スイカ」
ソファから立ち上がったかぐやは、フィリップの元へ再び歩み寄る。
「え?」
「食べないんですか?」
「ああ……じゃあ、頂きます」
「はい、どうぞ」
「…え」
フィリップは目を丸くする。
机の皿を手に取り、そのうちの切り身を一つ、自分の目の前に差し出してくる。
何の冗談なのかと戸惑うも、かぐやは大真面目にフォークを突き出す。
「あーんしなさい」
「いや……一人で」
「そのままじゃ食べ辛いですから。どうぞ」
「けど…」
「いいから食べなさいネジ込みますよ」
「……っ」
「あーん」
「……あ、あーん」
従わなければそのままフォークで目を刺されそうである。
止むを得ず口を開けた。
「美味しいですか?」
「うん……」
「よかったです。さぁどんどん食べて下さいね」
「む、むぐ……っっ」
かぐや、そのまま次々とスイカを口に放り込む。
秀知院の生徒が見れば、羨ましいどころでは済まされない光景であった。
白銀が見れば1ヶ月は悶え苦しむのは必然である。
しかし当のフィリップに労られている感覚がまるで無い。
(結局全部食べてしまった……)
「足りましたか?」
「あ、ああ。ありがとう」
実は少しもたれ気味だった。
しかし彼女の好意自体は純粋に嬉しいので言わずにいた。
「じゃあ私は食器を洗ってきますから」
「いや、いいよ。そこに置いておいてくれ。あとで僕が…」
「気にしないで下さい。私もこうしていた方が楽ですから」
食べ終わっても、やはり問答無用なかぐや。
「台所お借りします。フィリップ君は、もう少し横になっていなさい」
「ああ、うん……」
腹をさすりながら、フィリップはベッドに仰向けになる。
やがてシンクから水音が響く。
改めてフィリップはこの珍妙な光景に困惑していた。
(学校の友達か……)
かぐやが来るまで考えなかった……いや、考えないようにしていた。
(他の皆はどうしているんだろうか……)
藤原は旅行へ行くと言っていたし、石上はゲームや関連イベントに明け暮れているだろう。
白銀は、バイトや勉学に精を出しているに違いない。
ふと、かぐやの背中が目に留まる。
(……用事で立ち寄ったと言ってたけど……まさか)
「四宮さん」
「はい」
「買い物は良いのかい?」
「……」
ピタリと、かぐやの手が止まる。
構わずフィリップは続けた。
「藤原さん達と一緒じゃ……」
「いえ、買い物は中止になりました」
「中止?」
「私の予定が合わなくなったので」
淡々と返すかぐや。その声に僅かな震えがある。
フィリップはそれを観察していた。
そして次の瞬間、とんでもない質問を口にする。
「京都の四宮本家の人達から、風都に来るように言われた……とか?」
「どういうことですか?」
洗い終わった皿を棚に置き、かぐやは振り返る。
冷たい、氷の女王の視線がフィリップに突き刺さる。しどろもどろにフィリップは答えた。
「いや……四宮さんが正装をしているから、多分そういう相手に会っていると思ったんだ。最近、風都に他所の企業や会社も進出しているし……その……」
「……」
「……中には、四宮グループから分派した四条グループもあったから。それを観察しに来たとか…」
言っていてフィリップは自分の発想に困惑していた。
(何を言ってるんだ、僕は……四宮さんを疑うなんて…)
しかし、風都へ介入してくる一派となれば、四宮財閥はその筆頭になり得る。
もし四宮家がガイアメモリの秘密を知り、それを利用しようなどと目論んだら……考えるだけでも恐ろしかった。
「考え過ぎです」
「痛っ」
だがフィリップの予感は、かぐやの繰り出したハリセンですっ飛ばされた。
何処から取り出したのか、いつも自分を叩く為に使うそれを構えて、かぐやはフィリップを見据えた。
「それとも仕事を手伝い過ぎて、そんな突拍子もないこと言い出したのかしら?」
「えっ?」
「そんな重要な社用を、私のような高校生が受け持つわけないでしょう。常識で考えなさい」
「あ……」
「確かに買い物が中止になったのは、京都の本邸に呼び出されたからだけど、別に何もなかったわ。ここへ寄ったのはその帰り道だから。ただそれだけ」
自分を見下ろすその視線に押されて、フィリップは自分を恥じた。
確かに、ここ最近の事件が四宮家の手によるものなら余りにお粗末である。
「……すまない」
「……まぁ、四条グループの動きが気になったのは確かですけどね」
「そうなのかい?」
「あっちは海外で勢力を伸ばしているけど、代わりに国内では沈黙を保っていた。それが最近になってこの街にも進出してきたの……風都は、私達の緩衝地帯でもあったけど、今は外資系も参入しているから」
かぐやはため息混じりに言う。
(そうか……園咲家が、よそ者に干渉されないようにしてたんだ……)
或いは園咲のスポンサーでもあった謎の組織──財団Xの手によるものかもしれない。
「……僕に、そんなことを言っていいのかい?」
「別に。この位、経済誌を読んでいれば誰でも知ってます。それにフィリップ君のお兄さんは、この街の探偵なのでしょう。ならどの道、噂程度は耳に入りますからね」
「それも、そうか……」
「それはそうとフィリップ君」
「え、わっ」
瞬間、かぐやの腕がフィリップの耳元まで伸びていた。
眼前にまで顔を近づけられ、逆の手で右手首を掴まれる。
長い黒髪が垂れて、自分の顔にまでかかる。
しかし少女は意に介さず、フィリップを組み敷くように抑えつけた。
「下らないこと考えてないで、今は休んで身体を治しなさい。さもないと無理矢理に眠らせますよ」
「わ、わかった……」
「よろしい」
かぐやが寄せていた顔を離す。
遅れてフィリップの心臓が高鳴っていた。
女性に詰め寄られたからなのか、純粋に驚いたのかは分からなかった。
(……怒らせてしまった……やはり失礼なことを聞いたんだ……)
ただ、体調の変化のせいで、普段よりも、ナイーブだったのは確かである。
「……ごめん、四宮さん」
「何がですか?」
「その……皆と花火……行けなくて」
「仕方ありません。お家の都合ですから。私だって、今日は藤原さん達との約束を破りましたからね」
再びソファに座ったかぐやが、こともなげに言う。
終業式の日、殆ど会話もせずに自分は学校を去った。石上とメールのやりとりは、何回かあったが、その程度。
明日は都内で花火大会。
かぐやも含め、皆は明日、思い出を作るのだろう。
屋台で遊んだり、出店で食べ物を買ったり、そして……
(……僕には、打ち上げ花火は見られない)
それだけ。
ただ、それだけなのに。
「ただ」
「え?」
「皆さん、全員で観たがってましたよ」
何故、自分は伏しているのか。
自分はただ、日常に戻っただけなのに。
それなのに、どうしてこんなにも悲しくなるのか。
「……ごめん」
「ですから謝る必要はありません」
「……迷惑掛けてばかりだ」
「……何をですか?」
「会長や四宮さん達を……困らせてばかりいる」
「……」
「僕は、僕の知っていることしか知らないんだ」
杭で穿たれるような痛みがあった。
喉の奥から臓腑の底にまで到達する哀しさがあった。
「僕は、僕のやり方しかできない」
望んでいるのは、こんなものじゃない。
「僕の世界は小さくて……皆と知りあって、世界が広がっていくのを感じた……でも」
或いは、水の中でもがいているのか。
誰かが、胸の奥を心の爪で掻き毟る。
「見るもの全てが新しいから……いつもどうしていいのか分からない」
「……」
叩くのは誰だ?
左翔太郎ではない。
「フィリップ君は」
凛として冷たい言葉が、フィリップに滴り落ちた。
「どうして、そんなになるまで無茶をしたの?」
「え?」
「お小遣い稼ぎや社会勉強なら、探偵の助手までする必要もないでしょう?」
かぐやが無表情のまま、フィリップを見下ろしている。
「……」
「ごめんなさい。不躾だったわ。今のは無かったことにして頂戴」
四宮かぐやは、自ら仮面を被っている。
家の為すがままに、言いなりに生きる為に。
冷たさと、強さで生きる。
人は彼女にそうあれと求める。
誰もがそう、決めたのだ。
大丈夫。私は恵まれている。別に不幸でもない。これは当たり前のこと。だから、平気と。
自分に言い聞かせて生きていた。
けれどもフィリップに触れていると。
いつもばかなことをして。私自身もばかなことをしたものだと。ときどき後悔するけれど。
でも放っておけないのだ。
「……償い、だから」
「償い?」
フィリップは真実を話した。
言葉は選んだ。闇を話さないようにボカした。
それでも、この気持ちだけは本当。
「何も考えず、ただ流されるままに今まで生きてきた……ただの人形だったことに対する」
「……」
「『フィリップ』は、僕を引き取ってくれた人のつけてくれた名前だ。自分で考えて、自分で決められるようにと……」
それが、彼の決意。
その目はとても純粋で。
優しさに溢れていた。
「だからその為に、僕は生きなきゃいけないんだ。自分の罪を数えながら」
違う。
(この子は、四宮かぐやとは……違うのよ)
自分とは違う。
籠の中の鳥ではない。
必死に、飛び立とうとしている。
「昔々」
「え?」
「あるところに、一人の女の子がいました」
そしてそれは、唐突に始まった。
「……」
「その女の子は、人の心が分かりませんでした」
「し、四宮さん?」
かぐやは徐に、口を開くと、何かを朗々と話し始めた。
いつの間にか、彼女の手でフィリップが使う白紙の本が開かれている。
フィリップは当惑して尋ねた。
「まだ睡眠が必要なようですから。絵本でも読み聞かせれば眠くなるでしょう? 生憎、本はフィリップ君の物ですが、私のオリジナルです」
「え、どういう……」
「いいからお聞きなさい」
やはり、かぐやの有無を言わさぬ言葉。
しかし今の口調は少し穏やかであった。
そして、かぐやは話を再開する。
「……女の子は、周りの人の気持ちが分かりません。なのでいつもいつも、誰かを困らせたり、悲しませたり、傷付けました」
それは冷たさが、温かさに触れた物語。
誰もが欲しいもの。彼女しか持たない物。
誰もが持ちえないものを多く持ちながらも、今以上を望む少女は語り続ける。
「そのうち、誰も女の子には近付かなくなりました。遠くからイジワルをしたり、悪口を言う子もいましたが、女の子の心はずっと軽くなりました」
──これで誰かを傷つけなくていい
「ところがある日、女の子に一人の男の子が話し掛けました。『どうしてこんな所にいるんだ?』……女の子は答えました。『一人の方が良いからよ』……また男の子が言います。『そんなわけないだろう。皆と遊んだ方が楽しいぞ』……女の子が答えます、『私はいいの』」
──私と一緒にいると、皆が悲しい顔をするわ
「……」
フィリップはいつしか、かぐやの話に聞き入っていた。
これは、何の話だ?
いつしか心のモヤモヤも忘れて、耳に流れ込む物語に心を委ねる。
「女の子は、ずっと皆と遊びたかったのです。けれど、女の子には、どうしても普通のやり方が分かりません。心を傷つけずに、明るく笑顔でいる方法がどうしてもわかりませんでした」
かぐやは白紙のページをめくる。
それが、彼女の『
「けれど」
──そんなことは無い。俺が笑顔になる方法を見せてやる
「男の子はそう言って、女の子の側で遊び始めました。それはとても楽しそうでした。皆が笑っていて、明るくて、それは女の子が憧れた世界そのものでした。それを見ている内に、女の子は思いました……」
──私も、一緒に遊びたいな
「恐る恐る、女の子は男の子に話しかけました。男の子は何も言わずに、その手を取って、一緒に遊んでくれました」
──ほら、楽しいだろ
「男の子は言いました。女の子は、次第に笑顔になっていきます。それは遠い昔に失くしてしまった大切なものを取り戻したような、とても嬉しい気持ちでした……その内、女の子は、思うようになります」
──私も、この人と一緒がいい。この人と一緒に笑いたい。
「けれど女の子は、どうやって笑えばいいのか分かりません。『こうしたら、男の子は笑ってくれるかしら?』『どうしたら、男の子は楽しんでくれるかしら?』……考えても、上手くいきません」
──私には、やっぱり友達は出来ないんだわ
「女の子は、また悲しい気持ちになりました。やっぱり一人ぼっちだと、泣きたくなりました」
──そんなことありません
「そう言って引き留めたのは、男の子の友達でした」
──もう、みんな友達です
「男の子の友達と、そのまた友達と、その友達……いつの間にか、女の子の周りには、大勢の人が集まっていました」
──どうして? 私の側にいても、楽しくないわ。笑えないわ。
「戸惑う女の子の前で、一人の子が言いました」
──あなたが笑えばいいのよ。そうすれば、皆が笑ってくれるわ
「女の子は、次第に分かり始めます。世界には、自分を見ても恐がったり、怒ったりしない人がいることに。女の子は、次第に変わり始めます。傷付けないように、嫌われないように、段々、自分を変えることにしました」
──この人たちと、ずっと一緒にいたい
「まだ女の子は、誰かを傷つけることがあります。その度に嫌な思いをして、落ち込んで、傷付きます。でもその度に、男の子や、その友達の温かさが、女の子を元気にしてくれるのでした」
──みんなのために、変わりたい
「今でも、女の子は頑張っています。いつか、皆を傷つけずに、普通の女の子になれるように。そしていつの日か……」
──どうして、私と友達になってくれたの?
「男の子に、訊きたいことを訊くために」
「……」
「おしまいです」
そう言って、かぐやは本を閉じる。
何も書かれてない筈なのに、まるで今そこに映し出されているかのように、かぐやは朗誦し続けた。
まさか、彼女にも『地球の本棚』が使えるのかと、一瞬錯覚したほどである。
「……興味深い、話だったね」
フィリップは、今聴いていた話を噛みしめながら答えた。
「それは何よりです」
「……めでたしめでたし、とは言わないのかい? 絵本は大体、そうやって終わると調べたけど」
「まだ、終わっていませんから。このお話は」
微笑するかぐや。
それをフィリップはじっと彼女を見つめる。いつしかこの物語を、自分に置き換えていた。
「終わって……ない?」
「女の子は、全部変わったわけではありません。まだ変わっている最中なの」
「……」
「貴方が何に悩んで、躓いているのか、私には分からないわ。けどね……貴方の世界は、まだ広がっている」
「四宮さん……」
「だからここで投げ出すのはお止めなさい。見えるものも、見えなくなりますよ」
けれども、これは彼女の物語。
四宮かぐやの、恋のお話。
「……」
だが、フィリップ・来人に恋心はまだ早過ぎる。
だから自分で見つけなくては。
自らの続きを、作らなければ。
そんな思いを込めて、かぐやは似つかわしくない真似をした。
「ごめんねー、おそくなっちゃったぁー!」
丁度その時、再び事務所の扉が開く。
ワザとらしく、ビニール袋に入っている新しいお茶葉の缶をガサゴソと振り回しながら、亜樹子が入ってきた。
それを見て、かぐやは立ち上がる。
「では、私はこれで失礼しますね」
「あ、もう帰っちゃうの?」
「はい、家の者を待たせておりますので」
そう言って、亜樹子に対して丁寧に頭を下げる。
もう日が暮れていた。
流石に引きとめるわけにもいかない。と亜樹子は玄関まで彼女を送ることにした。
「ホントに今日はごめんね、大してお構いも出来なくて。また今度、遊びに来てね」
「ありがとうございます。それじゃあフィリップ君、安静にしてるのよ」
「……ああ」
一瞬、彼女と目を合わせたフィリップだったが、すぐに俯く。
かぐやはそんなフィリップに、最後の言葉を送る。
「いつかきっと、貴方にもできるようになります。今までの貴方にはできない、貴方にしかできないことが」
「僕にしか……できないこと」
「はい」
フィリップは顔を浮かせ、かぐやを見る。
そこには、今までのどれとも違う、四宮かぐやの素顔があった。
優しさも、冷たさも、熱さも、喜びも、悲しみも、全てをたたえた顔で、かぐやは笑う。
「それじゃあね」
かぐやは、扉をくぐって、事務所を後にする。
待ち構えていたように、外から車の排気音がした。恐らく近くで待機していたのだろう。やがてクラクションが鳴ると同時に、エンジン音が遠ざかった。
(僕にしか、できない……)
そんなものは沢山ある。
けど、今の自分に出来ない、とはどういう意味なのか。
考えを重ねようとする時。
「ねえねえ、さっきの子って、前に話した生徒会の人でしょ?」
亜樹子が顔をニヤニヤさせて近付いた。
「ああ、うん……副会長の、四宮かぐや先輩だよ」
「ほっほーうっ! 年上かね! 興味深い……ゾクゾクするでぇ! うひひひひひ」
「アキちゃん、目が怖いよ」
「さあさあ、お姉さんに言いねえ!」
「何を?」
「とぼけるでねえ! さあキリキリ白状しませい!」
その後、亜樹子からの追求に困惑するフィリップだった。
結局、翔太郎からの「いつになったら帰れるんだよ」というコールが事務所の電話にかかって来るまで、意味不明な追及は続いたのであった。
『本日の勝敗……なし(フィリップは戦っていない為)』
【風と友とF/打ち上げ花火は見られない(中編)】
次回、フィリップ、決断の時です。
打ち上げ花火……魔少年は何処から見るか。