フィリップ・来人は検索したい~魔少年の高校生活~   作:ディルオン

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25話【風と友とF/打ち上げ花火は見られない(後編)】

 8月20日。

 

 天気は全国的に快晴。

 ここ風都でも、夏休みのラストスパートを満喫すべく、友人、家族連れ、カップルなど、様々な人たちが街中を巡っている。

 

 そんな中でも、鳴海探偵事務所は通常運転。

 

「んじゃ、ちょっくら行ってくるぜ。あと、サザンアイランドパークで、ちょっと聞き込みしてから帰るわ」

「はい、任せた」

「……」

「フィリップ」

 

 翔太郎は一言、ベッドで突っ伏している相棒に声を掛ける。

 

「具合はどうだ?」

「……問題ない」

「そうか。ま、何かあったら連絡するからよ」

「……ああ」

 

 顔を合わせることなく、フィリップは答える。

 

「……」

 

 事務所の扉の前で、翔太郎は愛用の帽子を被り、イグアナのイグちゃんが入ったケージを手に持った。

 これから飼い主の元へ送り届けるのである。

 

(昨日、熱中症でダウンしてからこの調子だからなぁ……帰ってきても治んねえし)

 

 体調を崩したのは分かるが、それでも全く自分と顔を合わさないのも気まずい。

 

(ケンカのせいでもねえし……亜樹子に訊いても変な顔しやがるなぁ)

 

『これはアオハルなのよ! お可愛いこと! おほほほほほ!!』

 

 尋ねても頬を紅潮させるだけで肝心な箇所は話さない亜樹子。

 何となく言いたいことは分かったが、どうせいつもの調子に乗って明後日へ推理を飛ばしたのだろうと判断。

 

(今はそっとしておくか)

 

「じゃあ、フィリップ、何かあったら連絡するぜ」

「ああ……それで問題ない」

 

 とてもそうは思えない状態のフィリップ。

 二回同じ事を言ったのに無反応なことからも、それが窺えた。

 しかし、ここで無理に問い詰めても意味はない。

 それに……自身の直感が告げる。

 

(……別に、心配するほどのことでもねえな)

 

 

 

【風と友とF/打ち上げ花火は見られない(後編)】

 

 

 

「……晴れてるねえ」

 

 夕刻。

 

 亜樹子は溜息を吐きながら、事務所の窓を開け、空気を流れ込ませる。

 

 少し換気をしなければいけない。物理的にも精神的にも。

 

「天気予報も今日は快晴って言ってたし、絶好の花火日和だね」

「……」

 

 亜樹子の呼びかけにも答えず、ベッドに突っ伏すフィリップ。

 正午を回り、お日様が一日の仕事を終え、帰路に就こうとしていても、彼はそのまま被ったシーツから動こうとしなかった。

 

 本人は勿論だが、亜樹子の精神衛生上も宜しくない。

 

「ほらほら、フィリップ君も、そんな一日中ダラけてたら身体に毒だよ! 起きんかい!」

「……うぅ!」

 

 シーツを引っぺがそうとするが、フィリップは頑として抵抗した。

 

「ほっといてくれ、アキちゃん。今考え中なんだ……」

「そう言ってられるかいな! ほれ、抵抗は無駄じゃ、良いではないか~!」

「ぐぐっ……!」

「考え事ならガレージでも出来るでしょ。ほれほれ!」

「ダメなんだ。幾ら考えても……!!」

 

 シーツを頭から被って、フィリップはダンゴムシの様に丸まった。

 

 

「四宮さんの言った、『いつか僕にできること』とは何なんだ!? それがどうしてもわからないんだ!」

 

 

 もごもごしながら叫ぶ。

 思わず亜樹子も掴んでいた手を放し、塊になったフィリップを見た。

 

「いくら検索しても、答えが見つからない……」

 

 そのままベッドをゴロゴロと転がるフィリップ。

 フィリップは前日の翔太郎とのいざこざより、かぐやが最後に投げ掛けた言葉の真意が気になって仕方がない。

 

「四宮さんは投げ出すのをやめろと言った……多分そのことと関係しているんだ……けど今の僕にできないことがそれとどう直結するのか……」

「……」

「いや、分かってるんだ……多分、人付き合いとか、対人面でのマナーとか、そう言うものだ……でも、それはわざわざあの場で言うことだったのか……?」

 

 悶々と頭を抱えるフィリップに、亜樹子は呆れた。

 世界一の頭脳を持っているくせに、こんな単純な話も分からない。

 普段は優秀な分、一度ドツボにハマると中々抜け出せないのだ。

 

 とはいえ、あくまでフィリップが考えなくては。亜樹子、ヒントだけでもと思い、ベッドの横に腰掛けた。

 

「ねえ、フィリップ君さ」

「なんだい?」

「学校行ってて、楽しかった?」

「……え?」

 

 フィリップ、思わず首から上を亀のようにシーツから出す。

 

 唐突な問いかけだが、フィリップはこれに関しては然程疑問に思うことなく答える。

 

「楽しかったよ。とても。今までにない経験が沢山あった」

「それだけ?」

「どう言うこと?」

「ただ楽しかっただけ? フィリップ君にとって、学校はただの遊びだったの?」

「そんなことはない」

 

 真顔でフィリップは首を振った。

 

「ここで検索しているだけじゃ、発見できない事だらけだったっ。クラスで皆と話したことも、生徒会で活動したことも全部……」

 

 そう言ってフィリップは思い出す。

 たった3ヶ月程度しかない。

 

 それでも。

 

 

『フィリップ、新作出たんだけど、一緒にやる?』

『待って下さい、フィリップ君はTG部の新作テストプレイにお付き合いいただく予定なんです』

『人の無知に付け込むのは感心しないぞ、藤原書記』

『そんなことしませんよ! ルールだってちゃんと教えますから。まともなゲームですから』

『フィリップ君、嫌なら嫌と断ってもいいんですよ』

『かぐやさんまでっ!?』

『大丈夫さ、世界中のあらゆるイカサマを検索したからね。藤原さんが僕を出し抜くのは不可能だよ』

『藤原先輩、バレてますよ』

『しないもんっ!』

 

 

 石上が、嬉しそうに遊び相手に誘ったり。

 藤原が、笑いながら自分の手を引いて。

 白銀が、応援して背中を押してくれる。

 

 その隣で、四宮かぐやが微笑んで見守っていた。

 

「……でも」

「でも?」

「それが翔太郎や……この街に住む人の足枷になるなら、僕はあそこに居るべきじゃない」

「だからさ」

 

 ため息混じりに、苦笑して、頬杖をつく亜樹子。

 

「それはちょっと違うんだって」

「え?」

「フィリップ君の世界が広がるって言うのは、フィリップ君が成長するってことでしょ? きっとそれは必要なことだったんだよ」

「僕の、成長」

 

 亜樹子の言葉を反芻する。

 

(確かに、知識は得た。経験も得た……喜びもあった……でもそれは、僕が望んだからだ。必要だったわけじゃない……)

 

 眉間にシワを寄せ、頭を抱える。

 まだドツボにハマりそうな気配がするのがフィリップ本人にも分かった。

 

(そもそも僕はどうして……)

 

 必死に糸を手繰る時。

 

「ほれ」

「これは……」

「困った時は、一度初心に帰るべし…って翔太郎君が言ってたよ。どーせお父さんからの受け売りだろうけど」

 

 そう言って、亜樹子はフィリップに差し出す。

 古びた一通の洋封筒だった。高級な質感や、今時珍しく封蝋で印を押している。

 

 何の変哲もないただの手紙。

 だがこれこそ、フィリップが決意した日に届けられた、在りし日の記憶。

 変換と革新の始まりである。

 

「お母さんの手紙読めば、ちょっとはヒントになるんじゃない?」

「……うん」

 

 フィリップはモゾモゾ動いて、封筒を受け取り指をかける。

 内容は全て頭に入っている。けれどももう一回見れば、何か違う発見があるかもしれない。

 

 羊皮紙で出来た便箋を取り出そうとした時。

 

 

「すみません! 鳴海探偵事務所ってここですか!?」

 

 

 思いもよらない人の声が、事務所の扉を叩く。

 それを聴いた時、フィリップの身体は固まった。

 

「お客さんかな?」

「……まさか」

 

 突然のけたたましいノックに、亜樹子は目を丸くする。

 その横でフィリップは呆然とした。

 間違えるはずがない。毎日、彼等と共に同じ時間を、一緒の空間で過ごしたのだ。

 

(でもそんな筈……)

 

「あ、鍵空いてますから。そのままどうぞー」

 

「どうぞですって」

「じゃあ入ろう! お邪魔しまーす!!」

 

 即座に開く扉。

 藤原千花と、石上優が、走るように鳴海探偵事務所へと入って来た。

 

「お邪魔します…っ」

「優……それに、藤原さん?」

 

 フィリップ、空いた口が塞がらない。

 思わずシーツを撥ねつけてベッドから飛び起きた。事務所の向こうから現れた仲間を見て、石上と藤原も近付いてくる。

 

「あ、フィリップ君っ!」

「……よ、ようっ」

「……ああ」

「どちら様?」

「……生徒会のメンバーだよ」

「「はじめまして」」

 

 キョトンとする亜樹子に、しどろもどろになりながらも説明すると、2人も丁寧に頭を下げる。

 

「いつもお世話になってます、石上優です……」

「あ、こりゃどうも」

「お世話してまお世話になってます、藤原千花です」

 

(お世話してますって言いかけたな……)

 

 一瞬ジト目で藤原を見る石上。

 しかし、今はツッコミを入れている場合ではない。

 2人がはるばる来たのは、ある目的の為である。

 

「でも…どうしたんだい? 今日、皆は花火大会じゃ……」

「……」

「優?」

「フィリップ、ツイッターとかやらないもんな……」

「え?」

「これ……かぐやさんからのメールなんです」

 

 何も語らずに藤原、自らのスマホを取り出し、フィリップに見せる。

 フィリップが戸惑いつつも画面を見ると、そこには無機質な文字列が並んでいた。

 

 

『ごめんなさい。

 今日は行けなくってしまいました。

 本当にごめんなさい』

 

 

 差出人の欄に打たれた、『かぐやさん』の名前。

 フィリップは身体が凍りつく思いだった。

 

「これは…」

「どう思う?」

 

 石上が、自分を見て問うてくる。

 フィリップの脳裏に浮かんだのは、自分を見舞っていた時のかぐやの顔。

 

「……昨日の夜、四宮さんと会ったんだ」

「えっ!?」

「本家に呼び出された帰りだったそうだ。藤原さん達と買い物に行けなかったことを聞いたよ。でも特に様子がおかしい風には見えなかった」

 

 一見すれば、ただの欠席の連絡。

 だが、フィリップも石上も、この唐突なメールには違和感を覚えていた。

 

「普通、来れない理由とか書くよな……」

「ああ……」

 

 数ヶ月の付き合いに過ぎないが、フィリップはかぐやの義理堅い性格を知っていた。

 本来約束を反故にする人間ではない。

 

 それを破るということは、やむを得ない事情の裏返しとなる。

 

(……と言うことは…)

 

 そして一年生コンビの2人にさえ、このメールは奇妙さを感じさせる。

 ならば親友である藤原が、理由を察せないはずもない。

 

「かぐやさん、前にもこう言うのがあって」

「前?」

「お家の事情とか、結構複雑らしいんです。だから急に本家に呼び出されたり、他にも厳しい言いつけとかあるみたいで…」

 

 藤原が悲しそうな表情で言った。

 それは門限を守れ、などと甘いものでないのは明白だった。

 

(あの……話は……)

 

 今更ながらにフィリップは悟った。

 

 昨日の夕方、かぐやが語った話が、彼女本人の過去だったことに。

 見えない鎖に、なおも縛られているのはかぐやの方である。

 

「フィリップ」

 

 言いようのない闇。

 

 暗く、狭い牢獄に囚われたかぐやを、フィリップは脳裏に浮かべていた。

 その時、石上が今度は自分のスマホをフィリップに見せる。

 

「えっ……」

「四宮先輩のアカウント。ちょっと前に書き込まれてた」

「……『みんなと花火が見たい』……」

 

 文面を読み上げる。

 たった10字の、子どもが書いたような一文。

 

 だがそれは、四宮かぐやの、生まれた時から人生のレールを決めまれ、決断を許されない宿命を背負わされた少女の、たった一つのワガママである。

 

 ──みんなと一緒に遊びたいな

 

 彼女の物語が蘇る。

 自分は決断し、戦い、ここに居ることを決めた。

 だがかぐやは、いくら決めても決められない。

 歩いて行こうとする場所さえ、従うこと以外は許されない。

 

「フィリップ君」

 

 またモヤモヤが頭にかかる。

 それを振り払うのは、同じく生徒会の仲間。

 

「藤原さん…」

「ここへ来るように言ったのって、会長なんですよ」

「えっ?」

「『四宮は俺が何とかする。だから2人は、なんとかしてフィリップを連れてきて欲しい』って」

「……でも、僕は」

「フィリップ君もいないと、『みんな』じゃないですよ」

「……」

 

 優しく、藤原の手がフィリップを包む。

 彼女は決して、家柄や外聞で人を判断したりはしない。

 見て、聴いて、感じたものが、彼女の世界の全てである。

 

「フィリップ君のお家のこととか、分かりませんけど……お願いします。一緒に来て」

 

 だからこそ、幾ら謎を隠していようとも、藤原千花にとって、フィリップ・来人は掛け替えの無い仲間なのである。

 

「フィリップは知ってるかもしれないけどさ」

 

 石上が、フィリップを真っ直ぐに見る。

 

「僕のことを聞いても、引くどころか興味持ったのって、同級生でお前だけだったんだ」

 

 石上優が前髪を伸ばしているのは、他人との距離を置きたいが故である。

 正面から見られない。見られたく無い。傷つけられるのが怖い。

 そんな、肥大化したコンプレックスの象徴。

 

「それに会長達……もう来年は一緒に見られないかもしれない」

 

 だがそれでも、彼は前を向きたい。

 少しずつ、石上優は自分を変えていく。

 彼を信じ、迎えてくれる人がたった1人でも居るのならば。

 

「だから僕も、皆で花火が見たい」

「……」

 

 分かる。

 

 フィリップ・来人には分かっている。

 自身を受け止めてくれた。

 かつて、悪魔と呼ばれた自分……それを、ここに居てくれと呼び掛けた人物がいる。

 

 その事実が、どれだけ嬉しかったか。

 彼等には分からない。

 

「…あの」

 

 どこかで、自身の胸が温かくなるのを感じた。

 今までに、何度も体感した記憶。

 

 そして、藤原は亜樹子の方を向いた。

 

「フィリップ君のお姉さん」

「え、はい?」

「ここって、探偵事務所ですよね?」

「そうだけど……」

「ボディーガードとか、受けてくれますか?」

「え?」

 

 目を丸くする亜樹子。

 驚く彼女を前に、石上がフィリップの肩を手を置いて言った。

 

「四大財閥四宮家の長女の方が、花火を観たいと仰ってるんですよ。でも、人混みも多いし、危ないかもしれません」

「だからフィリップ君に、その……私達の友達のボディーガード、お願いします!」

 

 2人が、亜樹子に頭を下げた。

 その時。

 付けっ放しになっていたラジオのアナウンスが、不意に切り替わる。

 

 

『ここで臨時ニュースをお伝えします。風都大の校舎で、火災が発生しました』

 

 

 軽快なミュージックが流れ、MCが明るく喋っている内容だったが、急に似つかわしくない声色で話し始めた。

 その違和感に、全員がラジオを注視した。

 

「……ん?」

「あ……ラジオ付いてたんですね」

「風都大って、結構近いな」

 

 戸惑いながらも冷静にラジオを見ている藤原と石上。

 事務所から、バスや自転車でも行ける距離である。

 

『……この火災による死傷者は今のところ出ていないということです。夏休みで校舎に人がいなかったことが幸いし、死傷者は今のところ出ていません』

 

 一見すると、ただの事故に過ぎない。

 

『えー、火事は校舎の地下の基礎工事部分から出火したとのことで、今も消火活動が続いています。未だ地表に燃え広がる恐れがあるので、付近にお住まいの方は、絶対に近付かないで下さい。繰り返しお伝えします……』

 

「まだ火事止まってないんだ……でも怪我人とかいないみたいですね」

「そうですね……風都大学なら、こっちのルートにも被りませんし」

 

 生徒会の2人も、他人事のように胸を撫で下ろす。

 だがフィリップは一瞬で察した。

 

(ドーパントだ……!)

 

 風都大の地下構造は、最新のセキュリティが施されており通常の方法では侵入さえできない。

 まして火災ともなれば、その背後にドーパントがいるのは必然である。

 

(翔太郎は今、サザンアイランドパーク……Wに変身して駆けつけても間に合わない)

 

 翔太郎がいる臨海遊園地──サザンアイランドパークは、風都大学とは真逆に位置している。

 仮面ライダーの能力を駆使したとしても、到達するには30分はかかる。

 戦う前に、ドーパントは逃走している可能性が高い。

 

 残る方法は、フィリップ本人が現場に赴く方法。

 

(……どうしよう)

 

 フィリップ本人の肉体をベースに戦う手段も存在する。

 だがそれでも敵のいる地点に到達し、撃破するまでに花火大会の時間は確実に過ぎる。

 

(……僕は、どうすれば)

 

 カチリ、カチリ。

 時計の針が進む音がする。

 フィリップの手は震えていた。

 

「……フィリップ君……!」

「アキちゃん……」

 

 亜樹子が自分を見つめる。

 その目が訴えていた──友達大事にしないと! そう叫びたいのを堪えている。

 

 ここで藤原と石上の手をとっても、彼女は決して怒らないであろう。照井竜の助けを借りればいいだけなのかもしれない。だが。

 

(僕は)

 

 フィリップは板挟みとなる。

 その手に握られた母からの手紙が、より彼の心を締め付ける。

 

 ──みんなと花火が見たい

 

 かぐやの、たった一つのメッセージが、少年の心を締め付ける。

 心は同じなのだから。

 友愛と、理念と、そして今心に浮かぶ、たった一つのワガママも。

 

(僕がやること……僕が、やらなければ……!)

 

 街は泣く。

 けれど1人の少女の涙は止まらない。

 共に、捨てるわけにはいかない。

 

「……」

 

 ふと。

 

 ──貴方の世界は、まだ広がっている

 

 かぐやのアドバイスが、フィリップの氷を溶かした。

 

 ──ここで投げ出すのはお止めなさい。見えるものも、見えなくなりますよ。

 

 フィリップ、刹那の思考。

 しかし、それは常人にとっての熟考に匹敵する!

 彼は逆に考えた!

 

「……優、藤原さん。済まないけど、2人で行ってくれるかな?」

「……」

「フィリップ君!」

「大丈夫さ、アキちゃん」

 

 思わず叫ぶ亜樹子に、天才は不敵に笑う。

 

 

「必ず追いつく。全員で花火を見よう、絶対に」

 

 

 両手を広げて、フィリップ・来人は宣言した。

 

「フィリップ君……!」

「……」

「僕を信じてくれ、優」

 

 言って、フィリップは右拳を突き出す。

 翔太郎曰く、男が誓いを果たすと決めた時のシルシである。

 即ち『粋』と人の言う。

 

「待ってるからな」

「待たせるつもりはない」

「フィリップ君、すぐに来てね! 私達も、かぐやさん絶対に連れてくから!」

「ああ、頼んだよ」

 

 藤原が最後、もう一度フィリップの手を握りしめて言った。それに対して、微笑して答える。

 2人は「失礼しました」とお辞儀をして、事務所の扉を潜り、去って行った。

 

 

「……さて」

「フィ、フィリップ君、どうするつもりなの!?」

『バット』

 

 

 駆ける足音が遠ざかる中で、フィリップはメモリガジェット──バットショットを操作している。

 ギジメモリを装填したバットショットは、コウモリの形状へと変形して、窓の外へと飛び出していく。

 

 それを見て亜樹子が狼狽しながら尋ねた。

 

「花火、観に行くんでしょ? ならドーパントは?」

「なに単純な話さ。翔太郎が現場に駆けつけるのを待っていられない。僕が駆けつけても、花火大会には間に合わない。なら手段は一つだ」

「え?」

「ここでドーパントを倒す。そうすれば時間内に会長達と合流できる」

「はぁ!?」

 

 あんぐりと大きな口を開ける亜樹子。

 

「え、ちょっと待って、まさかドーパントをここにおびき寄せるとか!? 私聞いてない!」

 

 慌てる亜樹子。

 だが、フィリップの作戦はもっと単純である。

 

 その時。

 彼の意志を汲むように、ポケットのスタッグフォンがけたたましく鳴り響く。

 亜樹子を尻目に、フィリップはボタンを押し、事務所を飛び出していた。

 

 

 

 ・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 ──みんなと花火が見たい

 

 

 友達と買い物に行けなかった。

 父は、自分を一瞥さえしなかった。

 

 でも大丈夫。

 昔から繰り返されてきた画に、悲しみなどとうに麻痺している。

 だから大丈夫。

 

 同じ言葉を繰り返す。

 何度も、何度も、言葉に出しては乾いていく心。

 どこかが、悲鳴を上げていた。

 

 

「花火……みんなと……」

 

 

 花火を観たいという願望は、本家から来た執事たちによって阻まれていた。

 

 かぐやは諦めた。

 これが自分の人生なのだと口を噤んだ。

 

 だがそれでも。

 彼女が一年間で培った記憶と感情は、もう耐えられないほどに大きく、また掛け替えのない思い出として昇華されていた。

 

 早坂の手を借りてコッソリと屋敷を抜け出し、タクシーを使って待ち合わせ場所まで向かい、しかし渋滞や電波障害に阻まれて、終ぞ花火大会には間に合わなかった。

 

 

「だったら俺が見せてやる」

 

 

 待ち合わせ場所から離れた路地裏で、子どもの様に泣きじゃくり、悲しみにくれたかぐや。

 

 だがその時、白銀御行は颯爽と現れた。

 

「さあ行くぞ!」

 

 風都から十数キロ離れた港区、花火会場の近郊。

 2人は夜の街を全力で駆けた。

 

 それは偏に、夢を叶えるため。

 彼にとっては鮮やかに目に焼き付いたあの時から、必死に追いかけ続ける月の王女様。その囚われのお姫様を、連れ出すため。

 

 

「はぁ! はあ! はぁっ!」

「はっ! ぁはっ! はあぁっ!」

 

 

 彼に手を引かれて、かぐやは誰もいない路地裏を駆ける。

 慣れない雪駄で、たどたどしい足取りで。

 けれども彼女は必死についていく。

 

「雪駄じゃ歩きにくいだろうが、ちょっと我慢しろッ」

 

 一度全てを諦めかけて、涙にくれていた彼女の鉄鎖を、不調法なその男はただ無言で引き千切る。

 四宮かぐやの瞳は、その青年から目が離せない。

 

「……」

 

「会長! こっちこっちー!」

「おう2人とも!」

「タクシー捕まえときました!」

 

「藤原さん、石上君……っ!?」

 

 

 路地裏を抜けると、そこには生徒会のメンバーが待っていた。

 呆然と二人を見るかぐや。

 だが何かを言う間もなく、藤原が笑顔で自分の手を取った。

 

「かぐやさんっ!」

 

 全てを拒絶し、遠ざけた彼女が、唯一信頼を置けた少女。

 その子が、自分の手を取って、近くに留めてあるタクシーまで連れて行く。

 

 待ち合わせ場所に来ず、ドタキャンのメールのみを見た生徒会メンバーは、SNSの書き込みなどからその事情を把握。

 白銀の指示の元、花火を共に見る為に行動を開始した。

 

「藤原さん……!」

「さあ行きますよ! 乗って乗って!」

「石上、フィリップ庶務はっ?」

「……それが」

 

 石上の表情が揺らぐ。

 ちらりとスマホの時計を見た。

 彼等が探偵事務所を出てから40分近く経過している。

 

(あのラジオ聴いて、フィリップの表情が変わった……きっとアレに関係してる……)

 

 石上は、フィリップの特異性と探偵としての職業を考えて、事情を察した。

 それが恐らく本当であることも。

 

「ちょっと遅れて来るって言ってました」

「遅れる?」

「多分、なんか事情があるんだと思います」

「……そうか」

「でも」

 

 石上は、フィリップの隠し事を知らない。

 これからも、聞くつもりもない。

 だが、それでいいのである。

 

「あいつは来ます。必ず」

「……」

 

 例えその秘密が、誰か知ったとしても。彼等の友情は壊れない。

 それは、信頼の証である。

 

「分かった」

「……」

 

 かぐやは思い出す。昨日の夕刻、フィリップがベッドで項垂れていたことを。

 

(フィリップ君も……来てくれる……)

 

 だから花火を観に行けないとわかった時、悔しさと情けなさで死にそうになった。

 偉そうに後輩を見舞って、自分語りをして、変われと尻を叩きながらも。

 自分はちっぽけなままだったから。

 

 なのに、胸の奥が、熱くなる。

 

「四宮、行こう」

「え?」

「フィリップは必ず来てくれる。だから俺は、俺達は、お前に必ず花火を見せてやる。こいつに誓うッ」

 

 そう言って白銀が握りしめたのは、襟に輝く純金飾緒。

 代々秀知院高校生徒会長が受け継ぐ、信頼と名誉の証。

 

「……はい」

 

 かぐやは知っている。

 白銀がこれを帯びるために、どれほどのものを費やしたのか。それは彼の半生の象徴である。

 

 ならそれを信じたい。

 それを賭けるに足る人間が自分だと。

 この時だけは、自惚れたい。

 

「おしっ! 一同乗り込めーっ!!」

「あいあいさー!」

 

 藤原が返答すると同時に、掴んだかぐやをそのままタクシーの席まで押し込む。

 生徒会メンバーもそれに続く。

 

 希望を乗せたタクシーは、『高円寺のJ鈴木』の異名を取る男の運転の元、一路千葉の海浜公園まで向かうのだった。

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 フィリップは事務所を飛び出し、ある場所へと移動していた。

 ややあって、携帯越しに伝わるのは左翔太郎の声。

 

 

『フィリップっ!』

「やあ、翔太郎。状況は把握しているよ」

 

 

 フィリップはニヤリとした。

 緊張した様子が声からでも伝わる。彼もまた、状況は察していたのである。

 

「風都大の火災のニュースをラジオで聞いた……ドーパントだね?」

『ああ、ジンさんから連絡があった。『仮面ライダー呼んでくれ』だとよっ!』

 

 翔太郎の言う『ジンさん』とは風都署の刑事・刃野である。

 彼は翔太郎とは古い縁で、仮面ライダーと翔太郎が同一人物とは知らず、協力関係にあるという認識を持っている。

 それ故、ドーパント事件に際し、翔太郎に度々救援要請をする時があった。

 

 この時、翔太郎はサザンアイランドパークで『ある人物』の厄介ごとに巻き込まれていたのだが、園内放送と刃野からの連絡により、ドーパントの出現を察知したのだ。

 

『照井は別件で動けねえらしい。今から俺が大学まで……!』

「いや、それだと時間が掛かりすぎる。僕に任せてくれないか?」

『なに?』

「今バットショットを飛ばして現場を中継している」

 

 フィリップはニヤリと笑う。

 一旦携帯を耳から外して、画面を切り替える。

 

 先程飛ばしたバットショットが、風都大エリアまで到達した知らせが届いたのである。

 画面の向こう側では、ドローンによって中継された映像が映されている。

 

 

『うわぁ!?』

『オラオラァ! 爆発しろやリア充どもォ! 夏だからってイチャついてんじゃねえよ死ねやあ!』

『なんだコイツ、ただの逆恨みかよ!』

『うるせえっ!』

 

 

 映ったのは、筋肉が増強され膨れ上がった肉体。

 身体中を炎で覆われた人型の怪物が、風都大学の入り口を包囲している警官隊を蹴散らそうとしていた。

 

「ドーパントはマグマだ」

 

 それを見て、自分の予想が当たった、とフィリップ。

 発火能力を持ち、強引にセキュリティを突破し、しかもなお放火の危険性があるメモリならば、数は限られる。

 

 だが、マグマ・ドーパントは火を操る特殊能力に加え、肉弾戦でもかなりのパワーを誇る。使用者とガイアメモリの相性もあるが、手ごわい相手。

 フィリップは相棒に告げた。

 

「君が現場に出向くより、もっと迅速かつ効果的な戦術がある」

『まさか……』

 

 電話の向こうで、翔太郎は一瞬絶句した。自分が駆けつけずに戦う方法とは、この場合一つしかない。

 

『ファングジョーカーで行く気か?』

「……」

 

 仮面ライダーWは、複数のガイアメモリを使い分けることで、あらゆる戦局に対応できる能力を持っている。

 ファングジョーカーは、その10番目に位置する形態である。

 肉弾戦ではマグマを遥かに凌駕する圧倒的な攻撃性能を誇る。

 

 だが強力なパワーを持った二人が激突すれば、衝撃はかなりのもの。翔太郎はそれを危惧した。

 しかしフィリップの提案は、それを遥かに上回る危険なものだった。

 

『おいフィリップ、ファングジョーカーでマグマと戦ったら周りに…っ!』

「安心したまえ。戦いにはならない」

『は?』

「ファング【トリガー】だ。探偵事務所の屋上から、一気に目標を狙って撃ち抜けばいい」

『……はあぁっ!?』

 

 絶句する翔太郎。

『ファングトリガー』とは、圧倒的パワーを射撃性能に集約させた形態となる。

 だが、その戦法は重大な欠点がある。

 

『おい、イケんのかよ!? ファングトリガーはただでさえ負担が大きいんだぞ。それに事務所から風都大まで何キロあると思ってんだっ!?』

 

 ファングトリガーは実戦でも数回しか成功させたことのない、極めて危険度の高いフォーム。

 フィリップがガイアメモリの能力を制御できずに暴走する危険性さえ孕んでいる。翔太郎が暴走を抑え込まねば、マトモに機能さえしない。

 

 その上、ファングトリガーを維持できるのは一分あるかないか。

 即ち、チャンスは一度きり!

 そんな状態で十数キロ離れた地点への狙撃などやったことがない。

 もしポイントを間違えれば、その周辺の人間は無事では済まない。

 

「……」

『おい、フィリップ……』

「勝算はある……今の僕なら、成功できる筈だ」

 

 フィリップとて、その危険性は理解している。

 だが、これを成功できれば、極めて迅速にドーパントを撃破できる。被害もほぼゼロで抑えられる。

 

 それは、仮面ライダーの新たな可能性となる。

 なによりも。

 

「僕の世界は広がっているんだ。皆が、友達が、それを教えてくれた」

『フィリップ……』

「それに、翔太郎……僕はもう一つ、依頼を受けたんだ」

『依頼?』

 

「友達と、花火を観に行く」

 

 フィリップは静かに、それを告げた。

 ようやく、答えを得た相棒に。

 馬鹿野郎、と言いたい気持ちを抑えて翔太郎は首を縦に振った。

 

『へっ……その言葉を待ってたぜ』

「問題は、君が僕についてこられるか……と言うことだけだね」

『俺を誰だと思ってやがる』

 

 笑って、翔太郎は返す。

 

『こういう時だけ俄然燃え上がる、一人前気取りのハーフボイルドだ!』

「……ああ、分かっているとも」

 

 君がいるから。僕は戦えるのさ。ワガママも、暴走も、友情も、全てを受け入れて託せる相棒だから。

 

 そんな言葉を、フィリップは呑みこむ。

 言わずとも、分かっているから。

 そしてフィリップが左翔太郎を信じ続ける限り、仮面ライダーは限界を容易く超えていく。

 

 

『ウラァ! カップルどもは死ねえ! 死んで詫びろゴラァ! 花火は俺がカノジョと見るんだよぉ!』

 

 

 フィリップ・来人は、スタッグフォンの画面を覗き込む。

 マグマ・ドーパントが大学の封鎖された入口を蹴破って、街へと飛び出そうとしている。発言内容から、このドーパントの人柄が凡そ察せた。

 ある意味、哀れだとフィリップは思った。

 だからこそ、自分はドーパントを否定する。

 

 

「悪いね……君はもう、打ち上げ花火は見られない」

 

 

 フィリップ自身が前へと進むことで。

 そして街と人を泣かせる悪党に、永遠に投げかけ続ける、あの言葉を口にすることで。

 

「どうせ聞こえていないだろうけど」

『一応、言わせてもらおうか』

 

 

「『さあ……お前の罪を数えろっ!』」

 

 

 

 ・・・・・・・・・・・・

 

 

 

「あと10分……っ!」

 

 生徒会メンバーを載せたタクシーは、J鈴木の運転の元、一直線に目的地である千葉まで向かっていた。

 時刻は既に8時20分を回っている。

 

「運転手さん、千葉まで間に合いますか?」

「渋滞との勝負かな……高速料金入っちゃうけど良い?」

「お願いします!」

 

 白銀は叫んだ。熟練のドライバーである彼ほどの男が、本気を出していた。

 そうしなければ彼等の目的は達成できない。

 

「石上、フィリップ庶務は?」

「今電話してます…!」

 

 助手席に座る石上に問いかける。

 石上がスマホを耳に当てながら答えるも、友からの返答はない。

 

「『千葉まで向かう』ってメールは送ったんですけどね……っ」

 

 苦々しく言う石上。

 

 彼等の目的地は千葉の花火会場であった。

 当初目的としていた花火大会は、白銀がかぐやを発見した時点で既に終了していた。

 だが、白銀が代替案として考えていた木更津の花火大会が30分遅くやっている為、タクシーで一路向かっているのである。

 

 フィリップにもその旨をメールで連絡した。

 が……

 

「駄目です、繋がりませんっ」

「ケイタイ切ってるのかな?」

「フィリップが連絡手段、確保して無いわけないですけど……」

「まさか……ホントにリンゴ飴とか見て暴走しちゃってるとか?」

「不吉なこと言わないでくださいってっ」

 

 出発してからの間、フィリップからの連絡が一切なかった。

 藤原の疑問にも、石上は明確な予測は立てられない。フィリップの奇行を考えると、あながち否定もできないのである。

 

「フィリップは来る」

 

 だが、石上のメールを、フィリップは読んでくれていると、白銀は信頼していた。

 イチイチ連絡して待っている時間はなかった。彼の『追いつく』という宣言に賭けたのである。

 

「あいつが暴走を抑えられるように特訓したのは何の為だ。あれだけハリセンでぶっ叩いたんだ、フィリップなら平気だっ」

 

 捲し立てるように白銀は言った。それに頷く石上。

 

「そう…でしたね。もう一回かけてみますっ」

「お願いフィリップ君……! 間に合って……!!」

「……」

 

 かぐやは、それを聞き胸が押し潰されそうになる。

 

(私が……私が、もっと早くに抜け出せれば……!)

 

 いつしか両手を握り締めていた。

 

(早坂の言う通りに、落ち込んでる場合じゃ無かったのに…! ベッドでジタバタしてる余裕があるならとっとと出ていけばよかったんだわ……!)

 

 四宮かぐやは、神など信じてはいない。もしいるというのならば、自分は安らかに花火を皆で見上げていた筈だからである。

 故に、虫が良い話だとも理解していた。

 

(お願い……少しでもいいから、時間を戻して……ほんの少しでもいいから……!)

 

 それでも叶えたい。

 自分だけでは無い。自分たちの願いなのだから。

 

 かぐやの手に、白銀の掌がそっと添えられた。

 

「大丈夫だ」

「会長……っ」

「あいつは藤原書記が手放しで褒めちぎって、石上を真正面から見て、そして四宮が信頼した男だ。絶対に追いつく」

 

 白銀の目に、疑いはなかった。

 

「俺は四宮を見つけて連れて行くだけで精一杯だ。だが……それでも来てくれると俺は信じる」

 

 偏にそれは、恋の強さである。

 愛する人が信じた人間だからこそ、信頼できる。

 そして何より、白銀自身が1番大切にしているものを持っている。

 

 即ち、知性と優しさを!

 

「皆が信じてきたフィリップ・来人なら……ヤツが追い付くと言ったなら、絶対に来るって信じてるぞっ!」

 

 だからこそ通じる。

 白銀の意図が、石上の掛けた電話とメールが、藤原の願いが。

 そして、かぐやが伝え届けた言葉──『いつか貴方にしかできないこと』──その本当の意味が。

 

 

『相変わらず無茶を考える人だね、会長』

「……ん?」

『だから興味をそそられるよ、皆にもね』

 

 

 いつのまにか、石上の掛けたスマホは、フィリップのスタッグフォンへと繋がっていた。

 石上、スマホに表示された通話画面を見て驚愕するも、すぐに耳に当てた。

 一瞬耳に入った仲間の声に、白銀たちもハッとなって彼を凝視する。

 

「フィリップかっ?」

『もしもし、優かい?』

「今どこにいる!?」

『後ろだよ』

 

 電話の向こうのフィリップの声に、思わずバックミラーを見る石上。

 

『間に合わなかった場合を想定し、別の会場に向かう可能性も考えたけど、まさか本当に実行するとは思わなかった……ゾクゾクするねえ』

 

 唸るように轟くエンジン音。

 全力で飛ばしている筈の乗用車に、追いつく程の圧と勢い。

 排気音が徐々にこちらに近づいてくる。

 

「アレは……」

「どうした?」

「先輩たち、横見てください!」

 

 石上の叫びに、白銀のみならず全員がガラス窓の右を向く。同時に海中トンネルにタクシーは突入した。

 

 その時、追い越し車線から、一台の大型オートバイが走り込んでいた。ハーフフェイスヘルメットから覗くその顔を見て、一同が驚愕する。

 

 

『なんとか間に合ったね』

「え!? フィリップ君!? うっそっ!?」

『やあ、藤原さん。お疲れ』

 

 

 飄々とタクシーの方を向き、会釈をする少年。

 仮面ライダーの駆る大型バイク──ハードボイルダーに乗って疾駆する、秀知院学園生徒会庶務、フィリップ・来人の姿だった。

 

 事務所を出ようとした直後、入口に停めてあるハードボイルダーを見たフィリップは、翔太郎が敢えて置いたという意図を察知。

 すぐさま乗り込んで向かったのである。

 

「……フィリップ庶務、お前」

『すまない、会長。少し遅れてしまったよ……でも、追いついて良かった』

「少しも待ってないから気にするな!」

 

 叫ぶ白銀。

 

 動揺も疑問も、焦りも不安も、この瞬間に全てが吹き飛んでいた。

 何がなんだかさっぱり分からない。

 だが、肝心なのは目の前の事実だと、すぐに頭を切り替えた。

 

 一気に安堵と高揚感がせり上がってくる。

 それは地上へと上昇するタクシーとバイクの動きに連動していた!

 

「石上会計、現在位置は!?」

「あっ、海ほたるパーキングエリア表示! 地上に出ます!」

「藤原書記、いま何分だっ!?」

「え、ええっと、は、8時25分です!」

 

 バイクとタクシーが並走する。

 白銀の問いに、藤原がスマホを見せて叫んだ。

 ここを抜ければ、千葉県内に入る。そうすれば会場である海浜公園までは5分も掛からない。

 

「行けるぞ四宮!」

「……っ!」

 

「間に合ってっ!!」

「間に合えっ!」

『ああ、間に合うさ!』

 

 ギュッと固く目を瞑り、藤原は祈った。

 拳を握って、石上が叫んだ。

 

『僕らの会長が、既にルートを検索済みだからね』

 

 その言葉を聞いて、フィリップ・来人は微笑んだ。

 

 

「間に合ええええええっっ!!」

 

 

 トンネルの向こうに見える光を信じて、白銀が咆えた。

 

「──」

「──……」

「……あ」

「……っ!」

 

 アクアラインの向こう側。

 

 開けた視界を満たしてくれる、色とりどりの夏の思い出。

 五重芯に縁どられた、綺麗な炎の環。

 それは皆の胸と記憶に宿った、かけがえのない光景。

 

「……」

 

 しかし。

 

「……」

 

 四宮かぐやの視界は、そんなもの吹き飛んでいた。

 ヘルメットに反射した、白銀の顔が、自分の隣に映っている。

 それだけでもう、何も考えられなくなる。

 

「……っっ!」

 

 心臓の鼓動がやかましく、花火の音が聞こえずとも。

 

 かぐやの瞳が、思わず隣で肩を寄せている白銀を捉えた。

 その時もう、目を離せないのだと、本能が悟った。

 

 彼女の心に、永遠にこの日は刻まれた。

 

 

 

『本日の勝敗……秀知院学園生徒会と、仮面ライダーWの勝利』

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 所変わり、再び鳴海探偵事務所。

 

「……ただいまー」

「あ、翔太郎君おかえ……ってなにそのほっぺた!?」

「あー、いや、ワガママなお嬢……様に殴られただけだ」

「は?」

 

 真っ赤な紅葉色の掌の型を左頬につけた翔太郎を見て、亜樹子は目を丸くした。

 慌てて氷嚢を引っ張り出し、氷を詰めて手渡した。

 

「それより、フィリップは?」

「さっき走って出てったよ」

「……そうか」

 

 氷嚢を当てがいながら、翔太郎は笑う。

 ドーパントは無事に撃破し、警察に連行されている。

 夏で浮かれているカップルを妬んだ大学生の犯行だったらしい。

 

 怪我人もなく、何よりである。

 こうして振り返ると、現場に赴くよりも素早くメモリブレイクできた。

 

「ま、結果オーライだな」

「ねえ、翔太郎君」

「ん?」

「バイク、わざと乗らずに出てったでしょ」

 

 亜樹子の問いかけに、翔太郎はソファに腰掛けて憮然と返す。

 こういう時だけカンのいい探偵である。

 

「最近ガソリン代高くてよ」

 

 フィリップが直前になって、仲間と花火を観に行きたいと言い出すのを、薄々察していた翔太郎は、万一に備えて、愛機であるハードボイルダーを置いて出て行った。

 そして読みはピタリだったのである。

 

「フィリップ君、また変わったよね」

「……そいつはちょっと違うな」

「え?」

「『変わった』んじゃなくて……あいつが自分で『変えた』のさ」

「……そっか」

 

 亜樹子は微笑する。

 ハーフボイルドがっ! といつもならスリッパで一喝するが、止めておいた。

 

「そう言えば翔太郎君。風都の花火、一緒に観に行く人居るの?」

「うるせえばーか」

 

 苦々しく笑いながら、翔太郎は打たれた頬を拭って答える。勝気な御令嬢には怒鳴られた上に「ヘボ探偵!」と汚名を着せられた。

 だが、翔太郎は甘んじて受けた。

 

 今日ばかりはハーフボイルドである自分が、少しばかり誇らしかった。

 

「でも……」

「ん?」

「結局、仮面ライダーと学生の二足のワラジ続けるわけでしょ? 今回は上手く行ったけど……」

 

 亜樹子は頬杖を突きながら言う。

 今回はドーパントを切り抜け、フィリップは学校の友達と共にいることを選択した。

 しかし、状況は好転していないのかもしれない。未だに仮面ライダーとして活躍しつつ、学生を続けることに無理が来るかもしれない。

 また、フィリップは板挟みになる時が来るかもしれない。

 

 それでも。

 

「心配すんなって」

 

 たった一つの小さな願いでも。

 それは、自分たちにとって掛け替えのない物ならば。

 それが、彼を強くしてくれるなら。

 

 もう、フィリップ・来人はどちらかを捨てる必要はない。

 どちらも必要だからである。

 

 翔太郎は帽子を取って、ハンガーに向かって放る。

 かつての師がやったように、綺麗な弧を描き、ラックへと掛かった。

 

 




だから友よ、見届けてくれ
変わったのじゃなく変えたのだ

あ。次回から通常運行です。
もうこんなシリアスはこりごりだ。俺はギャグへ戻らせてもらう。

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