フィリップ・来人は検索したい~魔少年の高校生活~ 作:ディルオン
「で、風紀委員の子を怖がらせちまったんだな?」
「ああ。その通りさ、翔太郎……」
鳴海探偵事務所で、フィリップは落ち込んでいた。
登校初日、風紀委員の伊井野ミコを傷つけてしまったことを、彼は後悔していた。
「ダメと分かっていたのに、検索する意欲を抑えきれなかった」
「ま、まあ、こういうのは慣れだからな。最初は失敗するって」
「彼女……伊井野さんと言うんだけど、僕をまるで肉食獣みたいに見ていたよ。心から怯えていた」
「そ、そんなにか……」
肩を落とすフィリップ。
編入してすぐ、クラス担任から自己紹介をするように言われ、フィリップは練習通りに挨拶をした。
その時、顔を真っ赤にして震える伊井野の顔は忘れられなかった。
「……なんか、少女マンガのラブコメみたいな初日だな」
「らぶこめ? なんだいそれは?」
「あ、いや。それは後で検索しろ。それより今は、どうやって仲直りするかだ」
「出来るだろうか……」
いつもなら『らぶこめ』の意味をとことん追求するが、今のフィリップはそんな気分ではない。
「やはり僕には、学校なんて無理な気がしてきたよ」
「そんな筈はねえ。お前だって、今まで頑張ってきたんだ。大事なのは、これから先どうやって対策するかだ」
「対策……」
「やっちまったもんはしょうがねえ。これからを考えようぜ」
力強い翔太郎の言葉。
それに、フィリップは活力を取り戻していく。
「分かったよ。確かにその方が建設的だ」
「その意気だぜ」
「けど…どうすれば……」
「まあ、まずは謝ることだな。それで『こんな事はもうしません』って、誠意を持って言うことだ」
「謝罪と、誠意か」
頷くフィリップ。
これが伝わっているのかと戦々恐々としながらも、翔太郎は何とか、フィリップに明るい学園生活を送ってもらおうと、策をめぐらした。
「そうだ。その前に、まずは信頼だ。お前、その子に好きになってもらえ」
「好きになってもらう?」
「おう。お前顔は良いんだしよ。ちょっと工夫すりゃ、女子高生なんてイチコロだぜ」
女にトコトン縁のない翔太郎の台詞。
しかしフィリップは藁にも縋る思いだった。
「好きになってもらうには、どうすればいいんだい?」
「簡単さ。女の子ってのは、優しい男が好きだからな。それと、頼りがいのあるところだ。そういうのをアピールすれば、その子もきっと見直すぜ」
「ふむふむ……」
すぐに『検索』を開始し、自らの脳内にある知識と照らし合わせるフィリップ。
確かに女性は男性の『優しさ』と『強さ』に憧れると書かれた文献は数多く見つかった。
これにはフィリップも納得する。
「それで、好感度が上がったところで謝るんだ。『もう、あんな真似はしないよ』って」
「確かに、翔太郎の言う通りだ。早速やってみよう」
「おう、上手くいくと良いな!」
そう言って、二人で一人の探偵はにっこりと笑い合う。
翔太郎の脳内には、可愛い女子高生と共に、優しいキャンバスライフを送るフィリップの画像が浮かび上がっていた。
しかし……そんな簡単に世の中は出来ていないのが常である。
【Wな生徒会/フィリップ・来人は謝りたい】
翌日、フィリップは早速行動に移すことにした。
(昨日は徹夜で検索をしてしまった……)
少々眠いフィリップ。
しかしこれも、伊井野ミコの信頼を取り戻す為。
彼は勇んで教室へと向かう。
(昨日の二の轍は踏まないようにしよう。なに、平気さ。学校の知識はほぼ全て閲覧した。もう僕が『学校』で知らないことは無い)
風紀委員を初めとする学校の行事や知識について、フィリップはその成り立ちから現在の活動についてまで、確認済みである。
これでもう、前の様な失態は取らない。
それだけではない。
(そして、女性に対して優しくする方法も閲覧した。これなら大丈夫さ)
フィリップは、この日の為、ありとあらゆる知識を自分のものとした。
女子に好かれる方法、態度、仕草、言葉遣い。
これら全てをインプットしたフィリップに、最早死角は存在しない!
(おや、あれは伊井野さん?)
「……」
(どうやら、風紀委員の仕事を終えたようだ)
廊下を歩いてくるのは、間違いなく伊井野ミコ。
そして、彼女の両手には、これでもかと言うほどの山積みとなったプリントがある。
(そうだ! あれをやろう!)
フィリップに閃きが走る!
「伊井野ミコさん」
「ふぃ、フィリップ、君……!?」
「やあ、おはよう」
「っ……お、おはよう…!」
即座に警戒する伊井野。
彼女にしてみれば、フィリップとは初対面にも拘らず、いきなり迫られて壁ドンまでさせられたのである。
当然、お付き合いの経験が皆無な伊井野にとっては、恥ずかしいを通り越して怒りの領域である!
しかしフィリップは打開策を用意した。
「な、なに? 私は、忙しいんだけど…」
「手伝うよ」
「え?」
「重いだろう? 半分持ってあげるよ」
それは優しい男アピール!
「なっ」
「職員室まで運べばいいのかな?」
「そ、そうだけど」
「分かった。そこまで一緒に行こう」
笑顔で語りかけるフィリップ。
そのまま、伊井野の持つ書類を、半分以上取り上げ、両手に抱える。
「……」
「どうしたんだい?」
「な、なに? いきなり、そんな」
「お詫びさ。昨日、酷いことをしたからね」
「え…」
「それに、女の子に重たいものは持たせられない」
そう言うと、フィリップは目的の職員室まで歩き出した。
「あ、ちょっと待って」
慌てて伊井野もフィリップに続く。
悠々と歩くフィリップ。しかし、歩調はあくまで小柄な伊井野に合わせている。
当然、これもフィリップの作戦だった!
(よし、第一段階は成功だ。『力持ち』を印象付けて、更に『優しさ』をアピールできる)
心の中でガッツポーズをするフィリップ。プリントを半分持つという行為は、男子が女子受けを狙う常套手段である。
「……」
「どうしたんだい?」
「あ、ありがとう」
「どうしたしまして」
ぎこちなく、お礼を言う伊井野。
心なしか顔が赤いが、フィリップは気付かない。
ともあれ、一定の効果はあったが、流石にこれだけで信用を取り戻せたわけではない。
「ここまで来ればいいかな?」
「あ、うん」
「じゃあ、僕はこれで。これからも何かあれば遠慮なく言ってほしい」
「ど、どうも」
彼女の発言、態度、目線、そして肌の様子から割り出せる体温その他。
全てを検証し、自分に対する好感度をフィリップは導き出した。
(まだまだ好感度が足りない…ここで謝罪をしても受け入れてもらえない可能性がある。よし、もっと『優しさ』と『強さ』をアピールしよう!)
こうして、フィリップの『伊井野ミコに対する好感度アップ作戦』がスタート!
・・・・・・・・・・
「伊井野さん、両手が塞がってて危ないね。扉を開けよう」
「え、あ、ありがとう」
「気にしなくていい」
教室へ戻る彼女を狙い澄まし、教室へのドアを開けることで、良い男をアピール。
ポイントアップに成功。
・・・・・・・・・・・
「伊井野さん。花の水やり、僕も手伝っていいかな?」
「え? い、いいけど、どうして?」
「風紀委員の仕事と両方は大変だろう? 君が頑張っているのは知っているからね」
「じゃ…じゃあ、お願いしようかな」
花の水やりを交代するフィリップ。
これにより、『優しさ』だけでなく、『花が好き』そして『相手をよく見ている』と言う女子力さえも獲得した。
・・・・・・・・・・・
「伊井野さん、そこのページの問題。この公式を使えば、もっと効率がいい」
「え? あ、ホントだ」
「勉強に迷ったら、僕に訊いて欲しい。大抵の事は答えられる」
「う、うん……そうさせてもらうね」
勉強を見る。
それは、女子が憧れる絶好のシチュエーション。
これもフィリップは見逃さず、最大の武器でもある『知性』を演出する。
・・・・・・・・・・・・
こうして……
「伊井野さん、これを」
「うん」
「伊井野さん、あれを」
「ありがとう」
「伊井野さん、それを」
「いつもありがとう、フィリップ君」
「伊井野さん、どれを」
「本当にありがとう、フィリップ君!」
フィリップは確実に、伊井野ミコの好感度を上げていったのだった。
・・・・・・・・・・・・・
(うーん、ここまですれば大丈夫だろうか……)
フィリップは放課後、教室で一人考えていた。
(彼女の好感度が上がったのを確認すれば、謝罪できる筈だ)
伊井野ミコへの誠心は、とても細やかである。
しかしフィリップは今一つ確信が持てない。
「彼女が警戒を解いてくれればいいんだけど」
フィリップは人の心の機微に疎かった。記憶を無くし、今まで人との関わりが無かったからである。
情報や知識に関しては人並み外れてはいるものの、『人の心』まで検索できない。
それ故、伊井野の感情を読み取るのは至難の業だった。
「よし、確認しよう」
そう思い、教室へ戻る伊井野を待つフィリップ。
(僕が見て、すぐに分かるくらい顔に出てればいいんだけど…)
女は隠すのが上手い人種である。
好きに見せかけて嫌い。
もしくは、好きなのに別の態度をとってしまう、ツンデレなる者も存在する。
それら全てを読み解くのは非常に困難。女心に疎いフィリップでは解読できない可能性もある。
(あ、来た)
「…あ、フィリップ君」
「や、やあ、伊井野さん」
(どうかな…? 僕でも一目で変わっていると分かるかな…?)
しかし、嬉しい誤算がここに在った。
「あ、ありがとう。フィリップ君、今日は色々……私、あなたの事、誤解してたみたい」
伊井野ミコは、とてもチョロい女子だった。
(凄い! 僕でも一目で変わっているのが分かる!?)
驚きの余り目を見開くフィリップ。
様々な知識を検索しても、ここまですぐに好感度が上昇する人間はそうはいない。フィリップも、ここで態度が変わらないことも想定に入れ、長期戦を視野に入れていた筈だった。
しかし、目の前の伊井野の表情は、これ以上ない位にフィリップへの信頼に満ちていた。
「ど、どうかした?」
「いや、別に……ただ余りにも上手くいったものだから驚いてね」
「え?」
「何でも無い、こっちの話さ」
慌てて会話を打ち切るフィリップ。
想定外ではあるものの、ここまで来れば最早ミッションクリアは目前である。
(ここまで好感度が上がれば、謝罪を受け入れてくれる。完璧だ)
心の中で、相棒・左翔太郎に礼を言うフィリップ。
(ありがとう、翔太郎。君の助言通りだ! 今までハーフボイルドとバカにしていたけど、やれば出来るものだね!)
しかし失礼極まりない認識の改め方だった。
「伊井野さん」
「なに?」
「ちょっといいかな? 話があるんだ」
「え!? う、うん、良いけど!?」
戸惑う伊井野。それに対し、常に笑顔を絶やさず、伊井野に接するフィリップ。
「時間は取らせないよ。すぐに済むから」
「な、なに、かな!?」
どもってしまう風紀委員。
それを見たフィリップは、まだ警戒が解けていないのを察した。
(やはり警戒されている……当たり前だ。でも、僕が怯えさせてしまったんだ。僕が何とかしなければ)
決意を胸にし、フィリップは突如、頭を下げた。
「すまなかった」
「え?」
「この間の事は謝る。この通り、許してほしい」
「……」
フィリップは、誠意を見せようとした。自分の生い立ちを語るわけにはいかない。それでも、せめて気持ちだけは…!
一瞬ためらったが、それでも彼は勇気を出すことに成功。
「この通りだ。どうか許してくれないか」
「わ、分かったから。もういいから」
伊井野はゆっくりと距離を詰めた。
「その……私も、誤解してたから。もう私からは何も言わない」
「本当かい?」
「う、うん」
明るくなるフィリップの顔。それを見て、伊井野は自分の顔が赤くなることに気付いた。
「伊井野さん、顔が赤いけど、どうかしたのかい?」
「な、何でも無いっ」
天使の微笑みとさえ思えるほどに、無邪気な表情のフィリップ。
伊井野は更に顔を赤くした。
「伊井野さん、君が良い人でよかった」
「え?」
「僕の謝罪を受け入れてくれた。それが僕には嬉しい」
「っ……」
伊井野は、昔から男には嫌われていた。
(な、なによ、フィリップ君……変に迫ったと思ったら、今度は急に優しくするなんて……)
厳しく風紀を守る者は嫌われる宿命にある。
同性は勿論、異性からも好かれることは少なく、付き合った経験も皆無。
これほどまでに、自分に優しくしてくれて、更に誠心誠意向き合ってくれる人は初めてだった。
今まで、こんな風に自分に笑顔を向ける男子などいなかったからである。
「やはり顔が赤いよ? どうしたんだい?」
「あ、えっと、その……」
「?」
「私、周りに疎まれたり、嫌われてて……フィリップ君みたいにしてくれる男の子なんて、一人もいなかったから。嬉しくて」
顔のほてりが止められない。
気付けば、教室は夕焼け。
そして中に居るのは二人だけ。
恋愛初心者の伊井野でも、これはもう、あの状況を想定せずにはいられない。
(そ、そんなわけないわ……幾らなんでも、出会ってすぐ、こ、こ、告白なんて……)
伊井野ミコはロマンチストな少女である。
故に、どうしてもその方面に思考が寄ってしまう! 頭では、違うと分かっていても、心が嫌でも反応してしまう!
「…」
結果!
(ここは、もう一回言った方が良いのかな……翔太郎の言う通り、『二度とあんな真似はしない』と言うべきだ)
伊井野の表情を『不安』と勘違いしたフィリップは、ここで悪手を打った!
「大丈夫、安心して欲しい」
「え……」
「伝えたいのは一言だけさ」
「ふぃ、フィリップ君……」
フィリップは、悪意など全くなかった。
昨日も、今日も、全て、己の判断に身を委ねただけである。
「もう二度と君に迫ったりしないから」
「え」
だからこその本気の言葉だった。
「風紀委員に関しても、全て検索を終えてある。知りたいことは全て閲覧した。だから伊井野さん、昨日みたいに近付くことも、何かを求めることも、もう今後は一切しない。約束するよ」
「……」
人は、本心で隠すことなく喋れば、ある程度は真剣であることが伝わる。
故に、余計にタチが悪かった。
「……最低」
「え?」
「あなた最低よ! この人でなし!」
「え、え」
「うわあああんっ!! 弄ばれたああああっっ!!」
そのまま教室を出て、規則も無視して廊下を駆ける伊井野ミコ。
「……どうして?」
誰もいない夕焼けの教室の中で、フィリップは一人、佇むしかなかった。
『本日の勝敗……引き分け』
次回、生徒会がフィリップに目を付けます……ちゃんと見てもらえるかは別にして