フィリップ・来人は検索したい~魔少年の高校生活~ 作:ディルオン
ともあれ、感想を下さった方、評価して下さった方、誤字脱字のご指摘を下さった方、いつもありがとうございます。
心から、お礼申し上げます。
これからも是非、よろしくお願いします。
昼休み。
秀知院学園、生徒会室の真下にて。
フィリップはまたも、石上優の元を訪れていた。
目的は、先日の彼に対する暴言(『君、彼女いないの?』)への謝罪である。
「やあ、石上優」
「………げっ」
だが石上は、フィリップの姿を見るなり思わず拒絶の声を出す。
「あ、いや」
「……」
「そ、その……」
慌てて口を塞ぐも、出てきた言葉は戻らない。
しかし、石上にしてみれば、先日彼に容赦ない罵倒(『彼女いないの?』と言う質問)を浴びせた張本人である。
警戒を抱くのは当然であった。
「君に言いたいことがあってね」
「へ、へえ、そうなんだ……っ!」
秀知院学園随一の観察力を持つ、彼の直感が告げていた。
(ダ、ダメだ……こいつ、ある意味で四宮先輩よりヤバいっ…! 絶対、悪の秘密組織とかのマッドサイエンティストだった奴だっ!)
石上、ものの数秒で正体を暴く。
過去、彼は記憶を消された上で、その才能を買われ、ある組織に囚われていた。まるで生体部品のような扱いを受けていたのである。
しかし、今フィリップは自ら変わろうとしていた。
「昨日はすまなかった」
「え?」
「君を傷つけていたらしい」
「あ、いや」
「この通り、謝る」
頭を下げるフィリップ。
洞察力が優れているからこそ、フィリップが真剣に人の心を学ぼうとしている態度は何となく伝わった。
「……い、いいよ、別に」
「本当かい?」
「まぁ、僕の方も……ちょっと混乱っていうか、慌てたし」
事情を知らない石上だが、真っ向から謝罪されては流石の彼も受けざるを得ない。
その言葉を受け、フィリップは安堵した。
「良かった。ありがとう」
「あ、ああ」
「伊井野さんにも同じように謝ったんだけど、何故か、より怒られてしまってね」
「………」
「家族にも相談したけど……僕はどうやら、『地雷』を踏む達人らしい。これまでのトラブルも、全てそれが原因なんだそうだ」
「あ、そう……」
石上、フィリップが何をしたのか凡そ直感で察する。
どうやらこの謎の編入生、本気で自覚なく、人の心を抉るナイフを飛ばすらしい。大方、伊井野もそれで痛い所を突かれたのだろう。と予測した。
だが、それは自分自身も同じである。
(僕だって、地雷踏んで死にたくなったし……と言うか、四宮先輩に言ってこっちが死にかけたし……僕もコイツに対して何か言う資格もないか……)
先輩でもある生徒会副会長に絞殺されかけた記憶を思い出し、石上は恐怖を堪えていた。
「どうかしたかい?」
「い……いや、何でもない」
「……隣、いいかな?」
「あ、ああ…好きにすればいいんじゃない?」
「ありがとう」
隣に腰かけるフィリップ。
一見すれば、無遠慮にも取れる行為。とは言え、自身でも驚くほどすんなりとパーソナルスペースに招いた。
石上の隣に座るものなど、ここ最近殆どおらず、それ自体に少々驚いたと言うべきか。本人にも良く分からなかった。
「モンラドだよね?それ」
「そうだけど」
「やはりね」
「何が?」
興味津々に覗くフィリップ。
やがて、面白そうに顔を捻った。
「そのプレイスタイル、今まで誰も考案してなかったものだ。二刀流だと重量が増えて動きが鈍るけど、レイピアとマンゴーシュの組み合わせならその欠点を克服できる。規定ギリギリだけど、できるのは中々いないよ」
驚いてフィリップを見る石上。
ものの数秒で自分の攻略法を見抜かれた。これも初めての体験だった。そもそも、ゲームの話題が合う人間も少なかった。
「そっちも、モンラドやるの?」
「いや。以前調べたんだ」
「調べた?」
「ああ。家の仕事で風祭メグのイベントを手伝ったことがあってね」
「え、風祭メグの?」
フィリップは以前、探偵として事件を追っていた際、風都のバーチャルアイドル・風祭メグの護衛を引き受けた。
その際、彼女がイメージキャラを務めるモンラドについても一通りの検索を終えていた。
「君の腕前は相当なものだね。ランキングでも上位じゃないか?」
「まあ、一応は…」
「興味深いね」
「……」
画面を食い入るように見るフィリップ。
石上自身も、その人柄に興味が沸いたからか。それとも『あぶれ者』として共感を持ったのか。
またも驚く行動に出ていた。
「……一緒にやる?」
「良いのかい?」
「ちょっとボス戦めんどくて。協力プレイしてくれると助かる」
「……分かった。任せたまえ」
石上とフィリップの交友関係が、ここから始まった。
ただし、その道のりは少々、厄介なものでもあった。
「あ、今度でいいかな? 今日は予定がある」
「え?」
「知り合いと昼食をとる予定でね」
コントローラーを予備の分、フィリップに手渡そうとした時だった。
不意に思い出し、「すまない」と詫びを入れるフィリップ。
ああ、そうか……と、少し落胆する気持ちになった石上。
彼は自分とは違う、クラスでも人気者だった。
少し自嘲気味になる。一瞬でも自分と同類かもと思ったのがバカらしくなった。
「……別にいいよ、僕は」
「フィリップ君」
「え?」
ただ、確かに二人には共通点があった。
初めて彼等に興味を抱いたのは、同じ人物である。
即ち、今目の前に現れた少女。
「四宮先輩……」
「あら…石上君?」
それが彼女。
生徒会副会長、四宮かぐや。
【Wな生徒会/白銀御行は妬ませたい】
今回の対決の主題。それは、フィリップを見極めること。
しかし実行役は、かぐやではない。
今日は、この男。
(最近、気になる噂が入って来るな)
生徒会長。白銀御行! ちなみに現在、彼女なし!!
(四宮が、とある男子生徒と親しくなっているという話らしい……)
生徒会室でイスに座り、思考を重ねる白銀。
事の発端は数日前。かぐやが、とある生徒と一緒にいる現場を見たと、クラスメイト数人が話していた。
聞き耳を立てた白銀は、その話題の真偽が気になってしょうがない。
(噂だけでは限度がある……何とか現場を見て、直接確かめたい)
四宮かぐやを落とす。
これは、白銀御行の現在進行中の最大ミッションにして、最強の難題。
何度策を弄しても、白銀に靡く様子が一向にない。
ちなみに、この原因はお互いが腹の内を探り合っていることに起因するが、二人は決してそれを認めなかった。
(四宮本人には当然訊けん。訊いたら『俺は気になっている』と暴露するも同然だ)
女生徒の交友関係を尋ねるなど、自分から好意を吐露するに等しい。
恋愛において、『好きになった方が負け』は絶対のルールである!
「ここで無暗に訊いてみれば……」
・・・・・・・・・・
『あらあら、会長はそんなに私が気になるんですか?』
『そ、それは…!』
『私の交友関係にそんな興味を持っているんですね。そうですか、そんなに私が誰と付き合って、誰に好意を持っているかが気になるんですか……全く』
『う、ううっ、し、四宮っ…!』
『お可愛いこと、ですね?』
・・・・・・・・・・
(それは絶対にできんッ)
なんとしても、四宮に気付かれ勘繰られることなく、正体不明の接近者を突き止めなければいけなかったのだ。
しかし、白銀とかぐやの接点は生徒会のみ。クラスや選択授業も違うかぐやの行動を観察するのは難易度が中々に高かった。
「あ、会長!」
「こんにちは」
「ん?」
どうするべきか思案していた時、生徒会室への扉が開かれた。
見ると、さっきまで思案の中にいた、四宮かぐやの姿がある。
それだけではない。
「おう、藤原書記。それに四宮と……石上会計もか」
「どうも……」
何時もの生徒会メンバーの主力が勢ぞろいしていた。
生徒会以外で、全員が顔を合わせるのは滅多にない。それだけではなく、普段顔を合わせようとしない石上さえも一緒にいることに、白銀は驚いていた。
「どうした? 三人が一緒なんて珍しいな」
「いえ、そこで偶然石上君たちと会ったんです」
「お昼をご一緒にと思いまして」
ニコニコ笑顔で答えるかぐや。
そして、白銀の目を引いたのは、三人の後ろに控えるように立つ少年。
「君は…」
「……どうも」
端正な顔立ち。細い物腰。純粋無垢を表現したような立ち振る舞い。
そして傍にいるかぐや達。
白銀はピンときた。
「は、初めまして。生徒会長の白銀御行さんですね……僕は」
「フィリップ・来人君だな?」
「知っているのかい?」
「これでも生徒会長だからな」
そう言って席を立つと、白銀はフィリップの前に立ち、手を差し出す。
「改めて、白銀御行だ。よろしく」
「あ、ああ。よろしくお願いします」
フィリップ・来人と、白銀御行。
後に魂の兄弟ともなる、二人の出会いであった。
・・・・・・・・・・
「……とまあ、そういう事がありまして」
「私も、かぐやさんとフィリップ君と三人でご飯食べようと思ってたんですよ。そうしたら石上君もいたから、どうせなら一緒にご飯食べようかなって!」
「ほう、そういう事だったのか」
事情を聴き、納得する白銀。
そうした集まった生徒会メンバーと、フィリップ・来人を見渡す。
「俺もご一緒させてもらおうかな」
「会長も?」
「ああ、構わんか?」
「もちろんですよ、ねえ?」
「ええ」
藤原の問いかけに、かぐやは笑顔で頷く。
「そうか。石上とも一緒にメシ食うのは久々だし、どうだ?」
「僕は大丈夫ですけど」
「そうかそうか」
そうして、改めて白銀はフィリップを見た。
「フィリップ君、これも何かの縁だ。よろしく頼む」
「ああ、こちらこ……」
よろしく、と言いかけたフィリップは気付いた。
白銀が、自分に並々ならぬ殺気を向けていることに!
(…な、なんだ、この気配は…?)
(そうか……こいつが四宮を誑かしているという転校生だな!?)
初対面の様に振る舞っているが、その実、彼についての研究は秘密裏に行っていた。
(四宮が度々話題にし、時には昼食を共に摂っている男……)
四宮かぐやは誰も手の届かない高嶺の花。それが全校生徒のイメージであり、唯一の例外が生徒会長である白銀である。
しかし、その関係性に一石を投じる者がいた。
(四宮と共に食事など、俺でさえしたことのないミッションを軽々とこなすとは!)
もし彼が今後の彼の告白計画に立ち塞がるならば、全身全霊を以って相手にしなければならない!
(ふん、まあ所詮は噂……見たところ、特別いい男でも……いやまあ、顔はかなり良いな。うん、それは認めよう。っていうかマジでイケメンだな!? 芸能人かよ!?)
良くも悪くも、白銀は公明正大だった。
(ふ、ふん……しかし、俺以上に四宮に吊り合うかと言われれば微妙………それに大方、これも四宮の策略だ!)
彼は現状から勝機を探った。
そして、この白銀の推理は当たっていた。
(俺の気を引くために、噂の転校生に目を付けたな。他の生徒なら歯牙にも掛けないが、学年を越えて話題になっている男となれば、俺も注目しない訳にはいかない。そこで仲の良いところを見せつけて、嫉妬を誘う……そんな所だろう、四宮?)
白銀の推測はほぼ的中と言ってもいい。
かぐやがフィリップと度々会う目的……それは二つ。
うち一つは、彼のイメージを上げて人と接触する機会を持たせ、人柄を探り、生徒会に入れるに足る人物かを見極める為。
残る一つが、白銀の気を引く為である。
(この視線……会長は気付きましたか。流石と言っておきましょう)
真の策謀とは、一つの行動で二つ三つ同時に利益を生み出せるもの。
かぐやは会長の心を自分に引き寄せるべく、フィリップと自発的に会うという策をとったのである。
(ですが、私と言う存在が他の男と一緒になっている様子を見て、いつまでその鉄仮面を続けられるかしら?)
「やー、楽しいですねえ。皆でゴハンって」
このやり取りに、藤原千花は全く気付いていなかった。
「ええ、そうですねえ」
「うん……」
「は、はい……ソウデスネ」
皆が弁当箱を開こうとする中。
(さて……どう攻略しましょうか?)
(どうして僕にこんな視線を投げるんだ? 僕はまた何かヘンな事をしたんだろうか?)
(や、ヤバい……また何かの陰謀に巻き込まれたんだ…! 僕は今日、死ぬかもしれない……!!)
更に、四宮は策謀を巡らし。
フィリップは謎の殺気に戸惑い。
そして石上は一人怯えていた。
・・・・・・・・・・
そして始まる昼食会。
初めは順当に、新顔のフィリップの話題となる。
「ほう、フィリップ君は風都の出身か。一度バイトで行ったけど。いいところだよな、アレ」
「ありがとう。僕もあの街は大好きだから、そう言ってくれるのは素直に嬉しい……です」
「はは、そうか」
「会長っていつもバイト三昧なんですよ。それか勉強してるか」
「勉強と言えば」
そして、四宮は攻勢に出る。
「フィリップ君は、編入試験満点で合格したそうですよ」
「え、そうなの?」
「まあね」
「すごーい!」
「別に大したことじゃないさ。噂で聞いたほどでは無かったよ」
「……!」
フィリップは嫌味で言ったわけではない。彼にしてみれば、高校生の問題など、一部の例外を除けば子どもの宿題レベルに過ぎない。
しかし、それはこの男のプライドに障った。
「ほ、ほう……それは中々だな」
白銀にとって、勉強は正に生命線。決して裕福ではない彼の信頼を支える為に、偏に学年一位と言う肩書は大きいのだ。
学年が違っていても、勉強と聞けば黙ってはいられない。
「しかし、勉強だけでは駄目だぞ、フィリップ君。人生には、色々と大切なものがある。例えば、外で得るものも多い。バイトとか、課外活動とか」
「確かにそうだ。僕も色々足りないものが多いと思っているんだ」
「そうだろうそうだろう」
フィリップ自身、知識だけではいけないという自覚はある。従順に会長の助言を受け入れた。
それを見て一瞬、自信を取り戻す白銀。
しかし、その揺らいだ時をかぐやが見逃す筈も無い!
「フィリップ君は前に自炊をしたいと仰ってましたね?」
「ああ、うん。そうなんだ」
「よろしければ、私が作り方をお教えしましょうか?」
「え?」
(なにっ!?)
瞬間、再び白銀の顔が歪んだ!
「いいのかい?」
「ええ、こう見えて、料理の腕には自信が」
「是非お願いしたいよ、四宮さん」
「良かったね、フィリップ君。かぐやさん、何でもできるから。料理の腕も絶品なんですよ」
「そんな、大袈裟ですよ」
(し、四宮に手取り足取り教わるだと……!?)
思わず、フィリップにかぐやが指導をさせる状況をイメージさせる白銀。
エプロンを身にまとい、懇切丁寧に、優しくフィリップへ教えるかぐやの図。
もしそれが現実となったら、大きくアドバンテージを取られてしまう。
(……ふん。その程度、俺が見切ってないとでも思ったか?)
だが……常人ならば、ここで降参する。
しかし、かぐやが相手にするのは努力のみでのし上がった白銀である。
この程度の逆境は想定内!
「そう言えば藤原書記」
「はい?」
「料理で思い出したが、フライ返しが上手くいかないと言っていたな」
「あ、そうなんです。私あれだけはどうしても……」
「なんなら、俺が教えようか」
(なっ!?)
白銀の反撃開始である!
「いいんですか?」
「ああ。いつも藤原書記には、色々と助けられているしな。俺も料理に関しては一家言ある。じっくり丁寧に教えようじゃないか」
目には目を! 歯には歯を!
そっちがその気ならば、こちらも同じ手で対処するまで。自分と同等のダメージを相手にも与えられると踏んだ、白銀の巧妙なカウンター!
「今度の調理実習は炒め物だからな。これができるとできないで大分違う」
「お願いしますっ!」
「よし、俺に任せておけ」
「いやぁ。会長には教えっ放しですし、ここらで恩を返してもらわないとですよね」
「ははは、そりゃそうだな。ま、大船に乗ったつもりでいろ」
痛みを受け入れた上で反撃に出るという、完璧主義の白銀らしからぬ動き。これには流石のかぐやも、たじろがざるを得ない。
(や、やりますね……いつもなら場を掻き回すばかりの藤原さんを逆に利用するなんて…)
かぐやは言葉に一瞬詰まってしまう。しかし、こちらが先手を打った以上、今更取り消すことも出来ない。
ならば、更に向こうの嫉妬を煽るしかない!
「フィリップ君、何か好きな食べ物はありますか? 料理は好きなものから始めた方が良いですよ」
「特にそう言うのは無いかな」
「そうですか。なら私が今度、お弁当を作ってきますね」
「いいのかい?」
「ええ。それがお口に合えば、フィリップ君も作りましょう?」
「いい考えだね、それで行こう」
和気あいあいとする二人。
(ぐぬぬ…! 四宮の手作り弁当…だと…っ!?)
白銀は歯ぎしりをしたが、すぐさま反撃。
「藤原書記は、他に何か苦手なことは無いか?この際、弱点を洗い出そうじゃないか」
「弱点ですか? うーん、私実は料理自体あまりしなくて……得意な物って言うのが逆に…」
「そうか。なら、まずは包丁捌きだな。箸を包丁に見立てて持ってみると良い」
「え? こうですか」
「少し指の形が違うな。こうやって……そう、この形だ」
「おお! なにか分かりやすい!」
藤原の細い指先を、セクハラにならない程度に触れて動かし、持ち方を教える。
(か、会長が!? ふ、藤原さんの、手を…!?)
愕然とする四宮。
しかし怯んではいられない!
「ふぃ、フィリップ君。フィリップ君は、殆ど料理はしないんですか?」
「うん、経験はないね」
「なら最初は大根のかつら剥きはどうかしら? こうやって」
「ん?」
「大根の皮を薄く切って、力加減を覚えるのよ」
「なるほど」
それは、逆あすなろ抱き!
(し、四宮が背中から抱きすくめるようにフィリップを…!?)
白銀の手が止まる。
まるで仲の良い姉弟か、或いは恋人の様に背中越しにフィリップの手を取るかぐや。
これには動揺せざるを得ない!
(さあ、どうですか会長? これでもまだ我慢できますか?)
(おのれ負けるか! 嫉妬の炎に身を焦がすのは貴様だ、四宮!)
もはや二人の対決には拍車が掛かり、完全なデッドヒート状態!
生徒会室は、二人のチキンレースの様相を呈していた!
「……あの」
その時。
フィリップが、ふと隣で黙々と震える石上に声を掛けた。
「石上優、君は参加しないのかい?」
「え?」
「僕はてっきり、皆で料理を教えてくれるものだと思っていたんだけれど」
「……」
石上の震えが止まる。
先程から生徒会室で繰り広げられる謎の対決の空気だけを敏感に感じ取った石上は、一人隅っこで震えていた。
しかし、それがフィリップの目に留まったのである。
「石上優、君の得意料理は何だい?」
「え……あ」
「一緒にやるなら、君の得意料理や好物も知るべきだ」
フィリップに他意は無かった。
ただ、石上優も参加すると勝手に思い込んでいただけである。それは、この生徒会室に流れる、仲間意識を無意識に感じ取ってのものだった。
「違うのかい?」
「い、いや……」
「?」
「ぼ、僕なんかがいたって…」
「どうして?」
石上は戸惑う。
これまでの行動もそうだが、自分と同学年で、こうして手を差し伸べる者はいなかった。
彼の過去がそうさせた。
あの日に連れ出してくれた、白銀御行たちと共に、こうして生徒会室にいるだけでも、自分は奇跡と思っている。
(フィリップ・来人……こいつは……)
しかし、その奇跡の担い手の一人は、フィリップの行動に敬意を表した。
(俺はバカだったな…石上の事を考えから外してしまうとは)
白銀は自分の行いを少し恥じた。
彼は老獪で、食わせ者ではある。しかし一つ信念がある。
それは、石上を見捨てない事だった。
「いいじゃないか、石上」
「会長…」
「皆でやれば上達も早い。この際だ、全員でやろうじゃないか」
「あ、いいですね、それ!」
藤原も笑顔で賛同する。最後に白銀はかぐやを見た。
「四宮はどうだ?」
「……確かに、気付く物も多いかもしれませんね」
「決まりだ」
白銀は晴れ晴れとした表情だった。自らリングを降りたその行動は、本人が納得した上である。
(四宮には、試合放棄と笑われるかもしれん。だが、これで良い。後輩を無視してまで四宮の興味を引こうとは思わん)
「……しょうのない人」
「ん?」
「何でもありませんよ」
それが人知れず、乙女の好感度を上げたことに、白銀は気付かない。
「あ、そうだ。四宮さん」
「はい?」
「一つ、興味がある食材があるんだ。それを試してみたい」
「あ、私も思い出しました。食べたかったんですよ、アレ」
「ほう、なんだ藤原書記?」
何故なら、気付く余裕がなくなるからである。
そして二人は口にする。悪魔の言葉を。
「シュールストレミングさ」
「ハチノコです」
「……」
「……」
沈黙する生徒会。
おずおずと石上が尋ねた。
「え、いや……何で、そのチョイス?」
「ふふ、その分だと君は知らないようだね? シュールストレミングと言うものを」
「いや、知ってるよ。食べたことは無いけど……」
シュールストレミング。
世界中の珍味の中でも、最恐と名高い食べ物。ニシンを繰り返し発酵させたもので、『ウジが湧いたら食べごろ』とさえ言われるほどの強烈な臭気を放つ。
「実は親戚からハチノコ大量に送られてきたんですけど、なかなか食べる機会が無くて…もし良かったら、皆さんで食べ合いっこしましょうよ」
「ほう、ハチノコ?なんだいそれは?」
「あれ、フィリップ君知らないの? 蜂の幼虫だよ」
ハチノコ。
クロスズメバチの幼虫であり、茹でたり佃煮にして食す、日本の伝統食。近年では缶詰や瓶詰にして食べられる。豊富なたんぱく質を含む珍味である。
ちなみに……白銀御行は大の虫嫌いだった。
「蜂の幼虫を食べる!? 興味深いな、是非食べさせてくれ!」
「いいですよ!」
「「却下!!」」
何故断られたのかを、藤原とフィリップは戸惑いながらも尋ねる。
だが、しかめ面の三人を説き伏せて、珍味を食べる機会はついぞ訪れなかった。
『本日の勝敗……指導者の二人棄権の為、延期』
次回、フィリップが生徒会へ一歩踏み込みます。
すんなりは……行かないだろうなあ、やっぱり