フィリップ・来人は検索したい~魔少年の高校生活~ 作:ディルオン
今回の話は原作のネタバレを含みます。
コミックス未読の方はお気をつけ下さい。
風都・風花町にあるカフェテラスにて。
「ふーん、フィリップ君も高校生デビューなんだ?」
「翔ちゃんひどぉーい! なんでウチらの高校に来るよう言わなかったのよっ」
「まあ、そう言うなよ」
翔太郎は運ばれてきたコーヒーを飲みながら、目の前にいる派手めの少女二人に言った。
「あいつの家族が通ってた母校なんだ。言ったろ、あいつの両親や姉さん、もう全員いなくなっちまっててさ。せめて学校だけでも、繋がっていたいんだよ」
「ふーん」と、神妙な面持ちになる美少女ら。
風都で人気急上昇中の女子大生アイドルユニット、『クイーン&エリザベス』の二人である。
彼女達が高校生の頃から、風都の学生間での話題や交友関係は広く、翔太郎は情報収集を任せることもあった。
「あーあー。ウチも秀知院行けばよかったなぁ。そしたらOGってことで、フィリップ君に会いに行けるし」
「やめときなって。アンタの成績で行けるわけないし、行っても恥かいて終わりっしょ」
エリザベスの言葉に、相方のクイーンは実にサバサバした様子である。雑誌にも載せている自己プロデュースのネイルを弄りながら言った。
それに対して膨れ面で反発するエリザベス。
「なによ、ソレ? こう見えてアタシ頭良いからね」
「そうじゃないって。あそこって、外部生にメッチャ当たりキツいんだってさ」
「ん? どういうことだ?」
「秀知院って、小中高エスカレーター式でしょ? おまけに来る子はみんなお金持ちだし、もうそこでカーストできてんの。で、上手く仲間入れない奴とか、外部の貧乏人は一斉にシカトされるんだって」
翔太郎の問いにも、エリザベスはあっけらかんとして答えた。翔太郎の脳裏に、フィリップとのやり取りが蘇る。
初日には、早くも風紀委員の子を怯えさせ、聞くところに拠れば最近『君彼女いないの?なんで?』という、ティーンエイジに質問してはいけない言葉ランキング堂々1位をいともアッサリ投げつけたと言う。
初めこそ相棒の成長に喜んでいたが、いざ話を聞いてみると、トラブルの予感がひしひしとしてきた。
また騒動を起こしていないだろうか、そうでなくても、彼の独特な雰囲気はクラスからの反感を買うのではないか。
「こないだ友達の妹に彼氏が出来たんだけどさ、そいつ秀知院出身らしくて。頭良いとか金持ちアピール半端ないから、ソッコー別れたらしいよ?」
「うわなにそれ、キモっ」
「……」
顔をしかめるクイーンとエリザベス。
翔太郎とて、学生時代は決して品行方正な男ではない。しかし、話に聞くと秀知院とは、フィリップが学ぶ環境としてあまり良くないのでは無いだろうかと思い始めていた。
「まあフィリップ君は頭良いし、大丈夫じゃない? そう言う人は逆にソンケーされるんだってさ。珍しいし」
「そうだよね。なんてったって、フィリップ君だし」
ケラケラ笑う女子二人のやり取りも、翔太郎にはあまり聞こえてこない。
(大丈夫かよ……フィリップの奴。また知識の暴走で、ヘンな事に首突っ込んでねえだろうなぁ?)
【Nを求めて/そして、フィリップ・来人は本を閉じた】
翔太郎の懸念は当たっていた。
知識の暴走でこそないが、確かに彼は厄介ごとに首を突っ込んでいたのである。
「石上? ああ、そうだよ。俺が止めに入ったんだもん」
「じゃあ、殴ったのは確かなんだね?」
「ああ」
翌日、フィリップは調査を開始していた。
時間の合間を縫い、同学年の生徒に話を聞くことにしたのである。
幸い、秀知院は幼等部からのエスカレーター式になっており、中学からはほぼ全員が顔見知りである。情報入手の経路自体は豊富だった。
「荻野君…ああ、殴られた男子なんだけどさ。もうこんなに顔腫れあがっちゃってて。あれ止めなかったらもっとヤバいことになってたかも」
「なぜ、彼はそんな事を?」
「荻野君の彼女をストーカーしてたんだよ。それを追求したら、逆ギレ。生徒会に入ってるのだって、監視するための口実らしいよ」
「………」
隣のクラスの男子生徒Aは、こう言った。
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事件当時の石上について。
1-Cの生徒二人はこう語っていた。
「中学の時の石上? 何て言うか、目立たない奴だったな」
「だから言ったじゃん。そう言う奴に限って、キレるとヤバいんだって」
「事件の時、彼は何か言っていたかい?」
「ああ。『こいつとは早く別れろ』とか、『こいつは俺が殴ってやらなきゃダメなんだ』とか、ワケ分かんねえこと叫んでたよ。あ、『おかしいだろお前ら!』とか俺らに向かってな」
「おかしいのテメーだっつうの」
吐き捨てるように言う二人。
フィリップは質問を続けた。
「……ストーカー行為をしていたのは?」
「マジだよマジ。だってさ、荻野が言ってたもん。盗撮したSDカードとか、わざわざ見せつけたんだって。そいつを叩き割ったら、怒った石上が殴り掛かってきたんだってさ」
「SDカード」
石上が殴った同級生、荻野コウは転校していて、詳しい話が聞けなかった。しかし演劇部の部長をしていて、ルックスも良く、校内でも人気者だったらしい。
SDカードも割れた本物を見たらしく、二人は嘘は言っていない様だった。
・・・・・・・・・・・・・
どうも話を聞いていると、石上優を擁護する声は殆ど無い。
だが被害者の大友京子も、既に転校していて話が聞けなかった。フィリップは次いで、同じクラスの女子二人に聞いてみた。
「荻野君の彼女? 京子ちゃんのこと?」
「カワイイ子だったよね。誰にでも分け隔てなく接するっていうか」
「マドンナって、ああいう感じなんだなって。クラスでも人気者だったよ」
「……石上優は、彼女をストーカーしたんだと聞いたけど?」
「ああ、そうそう」
「マジ最悪だよね、石上」
心からおぞましいものを見るように、女子は思い返していた。
「カレシも殴られるし、ショックであの子、しばらくふさぎ込んじゃっててさ」
「高等部上がる頃には、転校しちゃって」
「おかしいよね、石上がいるクセに、あの子が上がんないとか」
「だから生徒会が監視してるんでしょ? ヤバいことしないようにさ」
風紀委員の伊井野ミコと毎日火花を散らしているのも、クラスで寄って来る者がいないために、興味を引きたいから。
そんな噂まで流れているらしい。
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本当に、石上優は歪んだ性癖の持ち主なんだろうか。
伊井野に対して時に当たりが強く、時には庇うような態度をとるのも、鬱憤故なのか。
(人の感情は往々にして論理的に合わない行動を取らせる。歪んだ石上優の愛情がストーカー行為に走らせて、その果てに暴走した……)
そんな人間をフィリップは山ほど見てきた。
矛盾は無い。
無いのだが………。
「石上と京子ちゃん?」
「ああ、あれでしょ? 可哀想だったよね」
「二人は、事件の前まで親しかった?」
「ううん別に。そんなんじゃなかったよ」
「仲も悪かった?」
「仲が悪いってことは無いんじゃないかな。っていうか、京子ちゃん、石上にも優しかったよね」
「それなのに、恩を仇で返すっていうかさ」
別のクラスの女子に話を聞いた際にも、同じような言葉が返ってきた。
フィリップの心のしこりは、取れないままであった。
・・・・・・・・・・・・・・・
「……あまり有益な情報は得られなかった」
放課後。
誰もいない教室で、一人これまでの情報を整理するフィリップ。
「まず石上優が暴行を起こしたのは間違いない。話を聞いても、寧ろ彼を非難する声しかなく、特に女子が目の仇にしている。このままだと却って、彼の罪を証明しているだけだ」
このままでは初めに話を聞いた時から、あまり発展がない。
しかし問題はその中身である。それは、渦中の女生徒……大友京子に恋慕したという情報以外、決定打が無いということ。
「追い掛け回して、事実をSDカードにして保存し、わざわざ付き合っている恋人に見せつけた……そんな事をすれば自身の身が危うい。明らかに石上優の行動は論理的に矛盾している」
しかも。
「ストーカー行為についても、事実確認は取れていない。仕事に忠実な伊井野さんでさえ、それは知らないと言っていた。証拠と呼べるのは、荻野コウが壊したというSDカードのみだ」
しかし、それは現在破損している。
これでは確かめようがなかった。
「どうする? もう当時を知っている人間にはあらかた訊き終えてしまったし……本人に直接訊くしかないんだろうか?」
だが、それは本人の過去に踏み込む行為。如何にフィリップとは言え、人間の定めた人付き合いのルールに抵触することは分かる。
わざわざ、荻野コウや大友京子の居場所を突き止めて話を聞くのも効率が悪い。
そもそも効率に頼るならば、もっと単純で効果的な方法がある。
例えば……
「……検索を開始」
フィリップは目を閉じる。
瞬間、彼の脳内イメージの中には、とてつもない量の本棚が出現していた。
「キーワードは『石上優』、『暴行』、そして『ストーカー』と……」
だが幾つか単語を思い浮かべた所で、フィリップはイメージを一気に消し飛ばす。
「……ダメだ。こんな事に『地球の本棚』は使えない」
彼には、いわゆる超能力が備わっている。この力──『地球の本棚』を使えば、真相はもっと早く片付くかもしれない。
しかし、それこそルール違反であった。
「翔太郎とも約束したんだ。何があっても『本棚』は使わないと」
『地球の本棚』は使い方を誤ると、それこそ人類を絶滅させることさえ可能な超次元の力である。
フィリップがその能力を使うのは、学習目的以外では、同じく超常の出来事が起きた時。そして、自らの罪を清算する時のみ。
「僕は人の過去を探りたいだけだ……使ったら、僕は卑怯者になる」
他人の尊厳を傷つけるなど、翔太郎の師であり、自身を救い出した先代・鳴海壮吉が最も嫌う行為。
それを、後を継いだ片割れであるフィリップが破るなど以ての外。
「今からでも止めるべきだろうか……」
フィリップは顎に指を当てながら考える。
「探究心だけなら抑えるべきだ……知って、どうなるものでもない。でも……もし、石上優が無実の罪で周りから疎まれているのだとすれば……」
この気持ちは知識欲の暴走じゃない。いつもみたいに、石上優を問い詰めたりしていない。
誰に依頼されたわけでもない。彼自身の探究心が、放っては置けなかった。
ただ、このままにしておけない。それだけだった。
「僕は、助けたい。石上優を……もし、彼がやっていないとするなら」
「……なに、やってんの?」
「え?」
「フィリップ」
ガラリと教室のドアが開くのに、フィリップは気付かなかった。
それどころか、翔太郎が『絶対にやるな』と言っていた言いつけも破っていた。
「石上優……帰った筈じゃ……」
「……なに黒板に書いてるんだよ?」
「えっ? あっ…」
黒板を見て、フィリップは愕然とした。
(しまった。いつもの癖で…!)
周りから気味悪がられるから、止めておけと言われていた筈だった。
フィリップは考え事をする時、一旦整理するために、検索した知識や考察を板書する癖がある。
だが、無意識の内にフィリップは己の疑問点を黒板に書き出してしまっていたのである。
『何故、石上優は荻野コウを殴ったのか』
『逆ギレ?』
『本当に大友京子をストーカー?』
『歪んだ愛情?』
『伊井野ミコとの繋がりは?』
羅列された文章を石上優が見てどんな反応を示すのか。
未知数ではあったが、少なくとも好印象にはならないのは明白であった。
フィリップ・来人は、いわゆる『安楽椅子探偵』である。
謎を解く際には赴かず、家に居ながらにして解決する。彼自身が現場で謎は解かない。だからその場で推理に干渉された経験が殆ど無い。
無論、友人との亀裂など経験している筈も無い。
「止めてくれよ。そういうの」
「え……」
棒立ちになっているフィリップに、石上は近付きながら言った。
「僕のこと……探ってるんだろ?」
「……それは」
「ここ数日、僕について訊いて回ってるんだろ?」
フィリップには誤算があった。
石上優の洞察力や観察力は、学園内でも群を抜いている。冷静ささえ失わなければ、目線や仕草だけで、その人物の感情や内面を読み取れる。
それは一介の探偵レベルを遥かに上回る。ある意味で翔太郎に匹敵すると言っても良い。
フィリップが石上を探っていることは、とっくの昔にバレていた。
「どういうつもりだよ?」
「……クラスメイトを気にするのはおかしいのかな?」
「あまり良い趣味じゃないよな、ソレ」
「君を不快にさせたのは謝るよ。けど僕は信じたかったんだ、君を」
本音をいう事にした。
今更取り繕っても仕方がない。ならばせめて、本心を伝えるしか誠意は見せられない。
「君は本当に罪を犯したのかい?」
「……」
「答えて欲しい、石上優。僕には君がそういう人間には……」
「うるせえバカッ!!」
「え?」
次の瞬間、石上がフィリップの胸ぐらを掴み上げていた。
「い、石上?」
「迷惑なんだよ、そういうの……余計なこと、するな……ッ!」
「……」
長い前髪のせいで、石上優の表情は良く見えない。
だが、フィリップは今更ながらに理解した。
彼の身体が震えていると。
自分のしたことが、彼を追い詰めてしまっているのだと。
「今すぐに止めろ……黒板消せ…!」
「ま、待ってくれ」
「……いいから早くしろよ………!」
「聞いてくれ、石上優! 僕はそんなつもりはッ!」
弁明をしようとした。
これは君を傷つけるつもりじゃない。寧ろ真実を知るため。
だが、その口を止める者がいた。
「何をしているの?」
「え?」
四宮かぐやが、いつの間にか二人の後ろに立っていた。
「四宮さん…」
「四宮先輩……」
「石上君、フィリップ君。何かありましたか?」
「……それは」
言おうとして、口ごもった。
いつものフィリップなら、暴行の真実をかぐやにも追求しただろう。反感や反発など意に介さず。
それが、やり方。
如何に犠牲を払おうと、目的と謎解明の為にはどこまでも冷たくなれる『魔少年』。
その筈だったが、口が動かなかった。
やがて、かぐやが石上の肩を叩いて言った。
「石上君、生徒会で残した仕事があるの。生徒会室で、手伝ってくれますか?」
「し、四宮せんぱ」
「早く」
「……はい」
有無を言わせないかぐやの言葉。
石上はただ頷き、その命令に従った。足早に歩いて、廊下の向こうへと消えて行く。
「待ってくれ、石が…」
「待つのは貴方よ」
「四宮さん……」
「どうして、彼の過去を探るのかしら?」
追いかけようとすると……ジッと、かぐやがこちらを見ていた。
フィリップは思わずたじろいだ。
あれ程優雅で気品に溢れていたかぐやの姿が、今では見る影もない。ただ冷たく、無慈悲で、まるで氷のような威圧感を放っている。
恐る恐る、フィリップは口を開いた。
「僕は、ただ、そのままにしておきたくなかった」
「そう」
「………彼とは二、三度話しただけだ。別に……僕が追求する理由は、無い……けど、それでも、彼を信じたかった……」
「だったら今後、石上君には二度と近付かないことね」
かぐやの言葉に、フィリップは身体を真っ二つにされた気がした。
「誰にだって、触られたくない部分の一つや二つあるの。貴方にだってあるでしょう?」
「そ、それは……」
「貴方が何かを抱えている事くらい察しはつきます。それでも石上君は貴方には訊かなかった。藤原さんも、会長も。どうしてだか分かるかしら?」
「え?」
「尊重しているからよ。一人の人間として」
愕然とする。身体が震えた。
「何なら私が暴きましょうか? 今から貴方の過去を。秘密を。余すところなく」
「っ…」
彼女が、ガイアメモリを初めとするフィリップの秘密を掴める訳はない。『ミュージアム』や『財団X』の暗躍で、彼に関するデータは全て秘匿化、或いは処分されている。
如何に四宮財閥とは言え、追及は不可能。
ただしそれは、非合法な手段に頼らなければ、の話である。
「もし信じたいというのであれば、貴方は黙っているべきだったわ。彼は罪を認めて、今も償っている最中です。今更フィリップ君が真実を知っても、何の意味もありません」
かぐやの言葉は本当であった。
フィリップが追求をしたところで、彼の人間関係に変化は無かった。
「理由はどうあれ、フィリップ君のやったことは、石上君を傷つける行為よ」
「……ああ、そうだね」
「別に仲良くしろとは言いません。貴方にも友達を選ぶ権利がある。けれど……無暗に人を傷つけることは、副会長として見過ごせないわ」
「………」
「今日はもう帰りなさい」
それだけを言うと、かぐやはフィリップを無視して黒板まで近付く。そうして板書を全て消すと、かぐやもまた生徒会室に向かう廊下へと消えて行く。
「僕は」
後にはただ、うちひしがれたフィリップだけが残された。
「……僕は、彼等の『地雷』を踏んだんだ」
『本日の勝敗……フィリップの失敗』
次回、解決編です。
明日にはアップします。