フィリップ・来人は検索したい~魔少年の高校生活~   作:ディルオン

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内容が長くなってしまったので、解決編は前後編に分けてお届けします。
やはりネタバレを含みますので、アニメ派の方はご注意ください。


8話【Nを求めて/白銀御行は完璧じゃない】

 数日前。

 

「と言うわけで、その男子生徒は何故か自殺をしようとしたんだ」

「………」

「どうしてだろう、翔太郎?」

「……フィリップ」

「ん?」

「このドあほーッッ!」

 

 鳴海探偵事務所の中にて。左翔太郎はフィリップの頭を叩く。まさにハトが豆鉄砲喰らったような顔をして見返した。

 

「翔太郎、君は分かるのかい? 『恋人はいないのか?』と聞いただけで錯乱する理由が」

「分からいでかっ! そいつに心から同情するわ! 今からでも俺の方が土下座したいわ!」

 

 自分の認識が甘かったと反省する翔太郎。

 もっと積極的に自分がアドバイスをしなければ、今後もフィリップの情け容赦ない言葉で精神をズタズタに引き裂かれる生徒が続出する。

 下手をすれば本当に自殺騒動に発展しかねない。

 

「フィリップ、ちょっとそこ座れ」

「ああ」

「いいか、よく聞け」

 

 じっくりと言葉を選び、翔太郎は助言を開始。

 

「フィリップ…『地雷』って言葉、知ってるか?」

「? 地中に埋める戦略兵器のことだろう? 以前、検索した」

「それじゃねえ。合ってるけど、今はそうじゃねえ。つまりな、人には触れられたくない部分がある。それは分かるよな?」

「過去やトラウマ、その人物が恥と思う部分のことだね?」

「そうだ。他人にとってどうでも良くても、本人に取っちゃあ重要なケースが沢山ある。それに触れて相手を傷つけることを『地雷を踏む』って言うんだ」

「………」

 

 フィリップは自分の足りない経験則から思い起こした。

 

 思い当たる節は幾つもある。過去にトラウマを抱えた犯罪者や依頼人を多く見てきた。時には理解できないケースも存在した。

 その時には、大して興味自体を持たなかったため、検索対象からは外していた。

 

 しかし、今考えると分かる。

 

「そうか」

 

 フィリップは閃いた。

 

「僕は、伊井野さんや石上優の『地雷』を、知らず知らずの間に踏んでしまったんだね」

「そうだ。そういう事だ!」

「それなら分かるとも! 君がハードボイルドに拘るのと同じだ。僕にとってすこぶるどうでもいいが、君にとっては最重要問題だからね」

「………っっ~~~~~!!!」

 

 殴りたい、この笑顔。

 しかし我慢である。フィリップはあくまで知らないだけなのだ。だからこそ、丁寧に教えて導かねばならない。

 

「よ、要するにだな。お前はまず、相手の『地雷』が何かを知らないと駄目だ。で、知ったら、そこに極力触れない。それが人付き合いのマナーってもんだぜ」

「『地雷を知る』……相手の内面を理解するという事か」

「その通りだ」

「分かったよ、翔太郎」

 

 フィリップは意気揚々として、通学カバンを持った。

 

「まずは、石上優の人となりを知ることから始めるよ」

「おぉ、それがいいな。あ、言っとくけど不躾な真似すんなよ? 大事なのは『察する』ってことだ。相手が嫌がってるって思ったら、すぐストップだ。いいな?」

「ああ、ありがとう、翔太郎。じゃあ、行って来る」

 

 相棒のアドバイスを受け、一路、秀知院へと向かうフィリップ。

 

 残された翔太郎は少し不安だった。

 本当にやって行けるのだろうかと。

 自分の助言はこれでよかったのだろうかと。

 

 ……それは、ある意味で正しく、ある意味で間違いだった。

 彼の『ジョーカー』としての気質を反映したとも言えた。

 

 

 

 ・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 人の少なくなった校舎を、フィリップは一人で歩いていた。

 

『あなたは物なのよ。来人』

 

 かつて、姉に言われた言葉。

 

『僕は人間だ』

 

 そう言って否定したフィリップ。

 しかし、今になって姉の言った言葉が重く圧し掛かっていた。

 

「僕は、変われていないんだろうか」

 

 誰もいない生徒会室の真下で、フィリップは呟く。

 ここにいれば、また会えるのかもしれないと思ってきた。何をするつもりか、自分でも分からなかった。石上優がいないと分かり、ホッとする自分にも気付いた。

 

「……冴子姉さん」

 

 一人、姉の名を呼ぶ。

 こんな自分を見たら、家族はどう思うだろう。鼻で笑うか。罵るか。いずれにせよ良い顔はしないのは事実だ。

 

 だが、涼しげな顔でフィリップを見下ろす影が一つ。

 

「そんなところで昼寝か? 風邪を引くぞ?」

「え?」

「先輩として、後輩の健康は管理しないといけないな」

「………白銀会長」

 

 白銀御行が、隣に何時の間にか立っていた。

 

 

 

 

【Nを求めて/白銀御行は完璧じゃない】

 

 

 

 

「隣、良いか?」

「……ど、どうぞ」

 

 言われて、白銀は横に腰かけた。奇しくもそれは、石上に対してフィリップのした行動と同じであった。

 

「何か悩み事か?」

「え?」

「俺で良ければ、相談に乗るぞ?」

 

 あっけらかんとした表情でフィリップを見る白銀。無論、ここに彼が来たのは偶然ではない。

 

 だがフィリップは、追求する気にはなれなかった。

 

「……僕に、そんな資格があるのかい?」

「資格ならあるさ。君はもう、この秀知院学園の一員だ」

「けど、僕は……」

「どんな人間でも、この学校の生徒だ。それを泣かせる奴は許さんし、何かあるなら納得がいくまで付き合う。それが生徒会長としての俺の役割だ」

「……」

 

 まじまじと、フィリップは白銀を見る。

 

「ん? どうかしたか?」

「……いや」

 

 彼の言う言葉は、まるで自分の良く知る相棒によく似た言葉であった。それは偶然であるには違いないが、フィリップの心を動かすには十分だった。

 

 やがてフィリップは、おずおずと話し始めた。

 

「そ、その……僕には、記憶がない」

「記憶がない?」

「少し前まで、記憶喪失で……だから、人との関わり方が良く分からないんだ」

 

 記憶が戻ったとしても、それは組織に使い回された感覚のみ。あとは情報としての断片だけ。後はかすかに残る家族の感覚である。

 フィリップには、圧倒的に人と触れ合った経験が不足していた。

 

「興味と好奇心が我慢できなくて、それで人を傷つけたり、不審な目で見られたり……さっきも、石上優を傷つけてしまったんだ……」

「………」

「もしかすると……僕は、人と関わってはいけないのかもね」

 

 人を泣かせる行為が、如何に心を抉るのか。

 知っていた筈だった。鳴海壮吉の死と共に。

 

「僕は……」

「フィリップ」

「えっ」

「君にだけは教えてやろう。誰にも言うなよ」

 

 ずいと白銀が顔を寄せる。

 近い、とフィリップは思った。

 しかし気にせずに白銀は続ける。

 

「いいか、これはごく内密の話だが……実はな」

 

「………」

「俺は虫が苦手だ」

「……は?」

「子どもの頃、真夜中の自販機にたかる虫の群れがトラウマでな。それ以来、虫は駄目なんだ」

 

 顔を青ざめさせて語る白銀。

 フィリップは当然、ポカンとして聞くしかない。

 

「あとな、あまり俺は運動が得意じゃないんだ。この間も猛特訓してようやくバレーのサーブやトスやレシーブを覚えたばかりだ」

「……それで?」

「あとは……歌もあまり得意じゃないな。まあ、これは少しだけだが」

「いや、そうではないよ。そうではなく……」

 

 フィリップは目を瞬かせながら尋ねた。

 

「会長は、何が言いたいんだい?」

「分からないか?」

「全くもって」

「やれやれ………いいか、フィリップ。よく聞け」

 

 肩を竦めた後、白銀は微笑して、フィリップに告げる。

 

「完璧な人間なんていやしない」

「あ……」

「記憶がない?人との関わり方が分からない?好奇心が抑えられない? だからどうした? そんな人間、世の中にごまんといる。大事なのは、それを自覚して変わることだ」

 

Nobody’s Perfect(誰も完璧じゃない)

 それは、かつて自分を人に戻した鉄の男が、弟子に託した最後のメッセージ。

 だから、フィリップは戦える。

 足りない部分を補うからこそ、フィリップは人間なのである。

 

「……変われるだろうか、僕には」

「変われる。君にならできる」

「何故そう言いきれるんだ? その根拠は?」

「君と同じ人間を知っている」

「え?」

「そいつは天才で、孤高で、馴れ合わない奴だった」

 

 白銀は顔を近づけたまま、フィリップを見つめた。

 その顔に、『ある少女』を思い出している。この少年の目は、どこか出会ったばかりの頃の彼女によく似ていた。

 

「だが、その女の子は変わった。今も変わろうとしている」

「………」

「そいつに出来て、君に出来ない筈がない。俺は信じている」

「どうして、僕を?」

「あの日生徒会室で、俺は君を尊敬した。石上と一緒に何かをしようなんて奴、君の他にはいなかった」

「………」

「それもただの好奇心か? 君は石上と一緒に笑ったり、泣いたり、バカやったり、喧嘩したり、そういう間柄になりたいんだとばかり思っていたんだが、違うのか?」

 

 白銀はフィリップを見る。

 その眼は燃えていた。

 風都で共に戦った相棒のようであった。

 

(僕は……)

 

 ふと思い出した。

 鳴海壮吉と、そして左翔太郎のポリシーを。

『疑いぬいて信じ抜く』……それが探偵のスタイル。

 

(僕は、何を)

 

『クラスメイトが悪い奴』。その噂を疑っていた。

 そして、フィリップが信じている者は、初めからただ一つ。

 

(『石上優の噂』を疑い抜いて、『石上優』を信じ抜く)

 

 それこそが、自分のすべきことだった。そして同時に、フィリップは何故自分が石上に拘るのかも理解できた。

 

「友達になるべき相手を知りたい……その気持ちに、何ら恥じ入ることは無い」

「……ありがとう、会長」

 

 己が半人前であることを、フィリップは再確認した。

 だから自分には必要なのである。

 翔太郎がいない今だからこそ。支えてくれる、友達が。

 

「結論は出たか?」

「ああ」

 

 目覚めの朝のようであった。

 頭を覆っていた霧は、いつしか晴れていた。

 

(石上優は、針の筵に座っている。その理由を知りたい)

 

「白銀会長……貴方のお陰で、一つ思い出した」

「ん?」

「翔太郎……そう、彼ならどうするかを、早く考えるべきだったよ」

「翔太郎? え、誰?」

 

 逆に白銀の方がポカンとしてフィリップを見る。

 しかし、光明を得たフィリップはそれに気付かず、さっさと立ち直った。

 

「すまないが、予定が出来た。今日はこれで失礼するよ」

「そ、そうか。まあ気が済んだのなら、何よりだ」

「ああ、また明日」

「おう、気を付けて帰れよ」

 

 立ち上がるや否や、フィリップは全速力で校門まで走って行く。

 それを白銀は後ろ姿が見えなくなるまで見送っていた。

 

「………やれやれ」

 

(四宮とやり合っている時には何があったのかと思ったが……)

 

 白銀は溜息をついた。

 実はこれより以前、白銀は遠くから、フィリップが石上と、そしてかぐやと衝突している現場を目撃していた。

 そもそも、石上を生徒会に抜擢したのは彼である。それにフィリップの様子は先日からそれとなく観察している。

 

 故に、フィリップの行動も把握済み。そして何故石上を探っているのかを、白銀なりに分析していた。

 

「……さて、あとは」

「会長」

 

 後ろから声がする。

 白銀は振り返って、微笑した。

 何となく、彼女がいるような気がしていたのである。

 

「お話があります」

「ああ奇遇だな、四宮。俺も話がある」

 

 四宮かぐやが、出会ったばかりの頃とは違う微笑を浮かべて、白銀を見ていた。

 

 

 

 ・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

(そうだ、まだやるべきことがある!)

 

 フィリップは、自転車を走らせながら決意を新たにしていた。

 

(この学園に、石上優を陥れた原因が残っているかもしれない。それが再び彼を傷つけるのかどうか、それをハッキリさせるまでは安心できない!)

 

 だが、既に捜査は頭打ちである。

 フィリップは今回ばかりは、相棒の手法を頼ることにした。

 

 翔太郎の探偵としてのセンスは、実はフィリップより上の部分がある。それは着想点のずらし方。

 論理的な思考力ではフィリップに遠く及ばないが、事件の動機や糸口を発見する時は、まず視点を変えて物事を考える。

 

「石上優ではなく……別の視点から探るんだ」

 

 フィリップは携帯を取り出した。

 知り合いへと繋ぐためだ。

 

「もしもし、僕だ。ああ、ごめんよ。最近顔を出せなくて……それで、君達に頼みがあって」

 

 

 

 ・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 翌日。

 フィリップは再び、調査を再開した。バレても構わなかった。むしろフィリップにしてみれば望む所である。

 それに今回は然程時間を掛けるつもりもなかった。

 

「荻野君? もう転校しちゃったよ」

「そうらしいね」

 

 荻野コウの人柄を探るのが目的ではない。彼女達に訊くのは、あくまで最後の確認をする為だけである。

 

「どうして転校したのかな?」

「さあ…親の都合とかじゃない?」

 

 親の都合。

 そんなものはあり得ない。

 

 この秀知院は、国内有数の名門校である。進学にも箔が付き、秀知院出身というだけで周りから称賛される。余程の事が無い限り、転校など考えもしないだろう。

 事実、石上でさえ、あれ程の事件を起こして尚も学校にいる。それなのに被害者が一方的に転校とは理不尽である。

 

(考えられるとすれば……被害者である大友京子を守ろうとした可能性だ)

 

「付き合っていた彼女と同じ学校なのかな?」

「いや、それは違うんじゃない。たしか京子ちゃん、女子高行ったって話だし。あの二人、転校する前に別れたんだって」

「そう……別れてるんだね、二人は?」

 

 暴行事件が原因で破局し、さらに二人は別々の高校へ進学?

 日本一の名門校からわざわざ?

 加害者が残っているのに?

 

 仮に、暴行やストーカーが全て真実とするなら、普通は転校させるべきは石上だ。

 それなのに残っていると言うことは……

 

「ありがとう」

「うん、それじゃあね」

 

 女生徒は教室から去って行く。

 廊下に出たフィリップは、頭でこれまでの情報を改めて整理した。

 

 

(……誰かが、石上優を守ろうとしている)

 

 

 無視できない矛盾点だった。

 何者かが石上の高校進学を許可し、それが被害者たちの破局と転校に繋がっている。

 フィリップはそう確信した。

 

(そいつは石上優の現状を良しとせず、彼を救い出そうとしている。恐らく今も……)

 

 その人物こそ、真実を知る者に違いない。

 

(教師? 親? いや、事実を公表せずにそのまま放置と言うことは、教師じゃない。親でもない)

 

 誰か外部から圧力を掛けられる者だ。

 それも相当に強い力を。

 

(強制的に退学や停学を止めさせて……しかもそれを秘密裏に行えるほどの権力者……)

 

 フィリップの脳裏に閃いた。

 そんな事が出来るとすれば、それは秀知院でも限られる。そして現状、フィリップが最も人柄を知るのは一人だけ。

 

 

「……四宮かぐや」

「はい、なんですか?」

「え」

「ごきげんよう、フィリップ君」

 

 四宮かぐやが、昨日と同様にフィリップの後ろに立っていた。

 

 




さあお前の罪を数え
魂に踏みとどまれ

恋愛では無い頭脳戦。次回、決着。
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