翼が未来で研修を受けているころ、メイアは一人昼下がりの木枯らし荘の自室にいた。
この時代に来て初めての休日、翼と二人で過ごしたいと思っていた所への招集。
なら自分もと言いたいところだがこの時代での待機を命じられた。
「折角の休みだっていうのに。待機も意図は分かるけど・・・」
翼のサポートのためにこの時代に来たのだから翼がいない間は待機するのは役割としては理解できるが納得できるかは別だった。
「ま、今更何か変わるわけでもないし、私は私でやることは早めに済ませるしかないわね。」
この時代におけるメイアのやるべきこと。
翼のサポートはもちろんだがそれだけではない。
何らかの要因でタイムルートに大きな乱れが起きないように注意すること。
セカンドステージ・チルドレンの中心メンバーの一人として過去の時代で人類との共存に必要なことを学ぶこと。
この時代での気づきや学びを書き留める。
また今は雷門中の留学生という立場であるメイアには学校生活もある。
学校生活があるということは当然課題などもある。
無論セカンドステージ・チルドレンでもトップクラスの頭脳を誇っていたメイアには中学生の課題など容易にこなせるものだ。
「けど、不思議と退屈しないものね。」
出された数学や理科の課題は難なくこなしている。
本来なら退屈にもほどがあるような内容にも関わらずメイアはそうは感じていなかった。
翼と出会う前、何の変化もないつまらない日常を送っていたあの頃よりもよほど心豊かな感覚になる。
「これが普通の子どもの生活ってものなのね。」
セカンドステージ・チルドレンの力に目覚めて親に捨てられ世界に迫害されて生きてきたメイアにとってこの時代での生活は目新しいものだった。
自分たちの時代では享受できなかった普通の生活というものは新鮮ものだった。
学業も導き出される解答は同じでもそれに至る解法は異なっていたり、歴史については200年の隔たりがあれば内容に歪みがあったり時代の流れで重要視されなくなった事柄もこの時代ではより詳しく解説されていたりと微妙な違いを楽しんでいた。
「力に目覚めていなかったらこんな生活を送っていたのかしら・・・」
翼がフェーダにいたらとSARUが考えるのとは逆に自分がセカンドステージ・チルドレンの力に目覚めなかった世界線の可能性について。
これまでは力があるのが当たり前で、世界に自分たちを認めさせるために生きてきたから考えもしなかった可能性。力を手放し、未来に歩み始めたからこそ頭をかすめる。
力に目覚めず、幼馴染のギリスと一緒に学校に通って、両親の元で育っていく。
「・・・考えても仕方ないわね。これまでがあったから今こうしているんだし。」
セカンドステージ・チルドレンの力に目覚めたから世界と戦い、フェーダという友達に出会い、そして翼という愛しい男の子と出会った。この世界が一番幸せな世界で、幸せに歩んでいくために日々を生きていかなければいけない。
コンコン
脳裏によぎった暗い記憶を振り払おうと前を向いたところでノックの音が聞こえた。
翼は今朝、未来に見送った。天馬は信助と遊びに行くと言って出ていった。
他の木枯らし荘の住人とは面識がない。
今のメイアを尋ねてくるとすれば必然的に人物は絞られる。
「メイアちゃん、少しいい?」
「秋さん!どうかしたんですか?」
扉を開けた先にいたのは木枯らし荘の管理人、木野秋だった。
松風天馬の親戚であり円堂守の同級生。翼たちの時を超えた旅のことを知る数少ない人物であり、メイアの正体を知った上で住人として受け入れてくれた人物である。
「今日これから予定ってある?」
「特に予定はないですけど・・・今日と明日は翼が未来にいってるからこの時代で待機することになってて、他に指示は受けていないから。」
出された宿題をこなし、翼も天馬も今はいない以上メイアに予定という予定は無い。
この時代に来てサッカー部の面々やクラスメイトとも交流を深めてはいるが休日に出かける約束を取り付けるには些か早い。
「それじゃあ私と一緒にお出かけしましょ!」
「お出かけ?」
「うん!お出かけと言っても晩御飯の食材や備品の買い出しとかだけど。せっかくこの時代に来たんだし、私もメイアちゃんと一緒に過ごしたいなと思って。」
食材や日用品の買い出し。言ってしまえばごく普通のルーチンワーク。
だからこそ普通の人生を知ることが出来るのではないかという思いでの誘いだった。
「分かりました。こうしてお世話になってますしこちらこそよろしくお願いします!」
「ふふ、気にしないで♪それじゃあ行きましょ!」
こうして二人の1日が始まった。
「木枯らし荘での生活はどう?未来と違って不便じゃない?」
「前にもこの時代に来てたことがあるので不便さはあまり感じないです。」
商店街へと向かう道すがらの会話。
「何か困ったことがあったらいつでも相談してね?木枯らし荘のことでも学校のことでも。」
「ありがとうございます!学校のほうは翼と天馬が良くしてくれてるしクラスの人たちも優しくて楽しいです!」
「学校の勉強は大丈夫?」
「私たちの時代とは同じ内容でも教わる内容が違ってたりして面白いです。」
「それじゃむしろ天馬たちのほうが世話になりそうね。」
学校や普段の生活について。
秋にしてみれば翼や天馬と交わす会話と変わりない。
違いがあるとすればその相手がこの時代に生きる人ではないことくらい。
そうこうしている間に商店街についた。
スーパーや薬局に雑貨屋に稲妻町民に根強い人気のあるラーメン屋雷雷軒。
この商店街に来ればたいていのものは揃うようになっている稲妻町民の生活の中心だ。
「まずは日用品の買い出しからね。」
「はい!」
木枯らし荘の共用スペースの備品は共益費で賄っており秋が定期的な補充は管理人の主な仕事の一つであった。たまに翼と天馬も人手として駆り出されることもある。
商店街の中の薬局で日用品を買い足していく。
「何か買っておきたいものとかある?」
「そんな、大丈夫です!自分で使うものは元の時代から持ってきてますから。」
メイアも年頃の女の子である。自分なりにこだわりのあるものは元の時代から持ち込んでいた。
「もし何か必要になることがあったら遠慮せずに言ってね。メイアちゃんがいる間はエルドラドの人たちから補助金が出てるから。」
「分かりました。そのときはぜひお願いします♪」
メイアを木枯らし荘で受け入れるにあたっての本来発生する家賃や滞在費としてエルドラドから資金提供がなされていた。未来の意思決定機関だけあって太っ腹といえるだけの額であり木枯らし荘および秋の懐事情は潤っていた。
日用品を一通り買い揃えた二人は今度は夕食の材料を買うためにスーパーにやってきていた。
休日の昼下がり、同じように夕食の材料を買いにきた主婦たちで店内は賑わっていた。
「今日の晩御飯は何にしようかな~。翼は明日の夜帰ってくるんだっけ?」
「はい。今日と明日が未来でエルドラドの研修みたいです。」
「天馬も今日は信助くんの家にお泊りって言ってたし。メイアちゃん何か食べたいものある?」
「え、えっと・・秋さんの料理はおいしいから私はなんでも・・・」
「何でも良いが一番困るのよね~。」
「ご、ごめんなさい・・・」
全国のお母さんを悩ませる解答であることには間違いない。
フェーダの中でもSARUやピノがよく怒られていた。
「あっ、気にしないで!天馬と翼に言う時の癖で。元の時代とは食材とかも違うし難しいものね。」
食べ盛りの男子中学生二人は料理上手の秋が出す食事は大抵何でも美味しく食べてるのだろう。
二人が秋の料理をサッカー部のみんなの前で褒めるたびに少し遠い目をする男がいたりする。誰とは言わないが監督と呼ばれる男である。
「秋さんの料理は本当に美味しいです!だから二人もそう答えてるんだと思います。」
「ふふ、ありがとう♪それじゃあ今日は腕によりをかけて作るから、苦手な食べ物とかあったら言ってね!」
そう言って秋は脳内で献立をくみ上げたのか買い物かごに食材を入れていく。
途中甘味コーナーに立ち寄った時に二人して誘惑に屈したのは秘密だ。
これまでフェーダとして活動していた頃は生活に必要なものは略奪することで調達していた。
だが今は何のしがらみも敵意も無い。
夕飯の買い出し。そんな当たり前の日常の一幕を変わった相手と過ごすその時間をメイアは存外楽しみながらも奇妙な心地だった。
買い物を終え、メイアと秋は木枯らし荘周辺まで帰ってきていた。
他愛ない雑談に花を咲かせた帰り道はあっと言う間だった。
土曜日ということもあって公園には駆け回っている子どもたちの声が響いていたが少なからず帰宅の途につく者たちもいる。
親に手を引かれるやんちゃそうな男の子、母に学校でのことを楽しそうに話す女の子。
メイアより少し幼い、恐らく小学生であろう子どもを連れた親子とすれ違う度にメイアの視線は自然とそちらに吸い寄せられていた。そしてそんなメイアを横目で見る秋の視線にメイアは気付くことは無かった。
「メイアちゃん~ご飯できたわよ~」
「は~い!今行きます!」
木枯らし荘に帰りしばらく時間が流れ夕飯時。
メイアが自室にて本を読んでいると秋から声がかかった。
部屋を出て共用スペースに向かうと食欲をそそる香りが鼻をくすぐる。
食卓には秋とメイアの二人分の夕食が既に配膳されていた。
今日は和食テイストなメニューだ。元の時代ではあまり目にする機会が無い分メイアも心踊っていた。
「いつもありがとうございます。」
「いつも天馬と翼の分作ってたから気にしないで。」
食べ盛りの男子中学生二人が下宿している関係で天馬と翼の食事は秋がまかなっていた。
天馬は親戚、翼は両親からその分の費用は収められているが元来、秋が面倒見が良いこともあって特段負担になってはいなかった。
「それじゃ冷めないうちに食べましょ!」
「はい!いただきます!」
「どうぞ召し上がれ!」
そうしてメイアと秋の二人の夕飯が始まった。
メイアは元の時代では食べたことのない料理に舌鼓を打ち、秋はコロコロと変わるメイアの表情をほほえまし気に眺めながら食べ進めていた。
「口に合ったみたいで良かった。」
「おいしいです!それになんだか優しい味がします。」
それは和食特有の繊細な味付けだけでは無かった。
口にした瞬間、不思議と安心するような味だった。
フェーダで共同生活をしている時はメイアも少なからず料理はしていたが得意というほどでもなかった。フェーダのメンバーの中には料理上手なメンバーもいたため食生活に困ることは無かったがその時食べていたものとも、ワクチンの経過観察中に食べていたものとも違ったものだった。
そうそれはまるで。あるフレーズが脳裏をよぎった時にメイアは思わず箸を止めてしまった。
「どうかした?」
「い、いえ!何でもないです・・・」
気を悪くしただろうかと取り繕う。
「・・・・メイアちゃん、何か悩んでることあるんじゃない?」
「・・・え?」
「悩みがあるなら私で良ければ聞くよ?」
「い、いえ・・そんなことは・・・」
「もしかして、ご両親のこと?」
「!?」
思わぬ秋の言葉に思わず顔をあげてしまうがそれは最早答えだった。
「どうして・・・」
「今日の帰り、すれ違った親子のこと複雑そうに見てたから。あなた達セカンドステージ・チルドレンの事情は翼やエルドラドの人から聞いてたからそうじゃないかなと思って。」
「翼から・・・」
秋が自分たちの事や未来の事をある程度を把握しているのは当然知っていた。
それでも自分の胸の内を出会って数日の秋に見透かされるとは思っていなかった。
秋が一般人ならこうはならなかっただろうが秋も中学生のころから円堂守やその仲間たちと濃密な人生を送ってきた。その中で様々な事情を抱えた相手とも出会ってきたからこそなんとなく察するものがあったんだろう。
「友達や翼たちに話せないこともあると思う。もし良かったら話してみて?」
秋の目は優しく決して話すことを強制するものではなかった。
その優しい目を見て不思議と話しても良いと思った。
「秋さんは私たちセカンドステージ・チルドレンのことについてエルドラドから事情は聞いてるんですよね?」
「ええ。セカンドステージ・チルドレンの力のことや寿命のこと、天馬たちとの戦いのことは説明を受けてる。」
「それじゃあ私たちの過去のことも?」
「・・・うん。」
エルドラドがどこまで秋に自分たちのことを話しているのかメイアは詳細には聞かされていなかった。
翼や天馬と人類の未来をかけて戦ったこと、翼と自分がエルドラドに所属すること、しばらくこの木枯らし荘に滞在することについて了承を得ていることは把握していたが自分たちの過去をどれだけ知られているかは知らなかった。
秋は自分たちの過去を知っていると言った。そしてその上で話を聞くとも。
今ここにはいない翼なら受け止めてくれるだろう。けれど彼の事情を知る身としてこのことは話すべきではないとも思った。今は翼に負担はかけたくないという思いからだ。
「力を手放した今も、小さい頃のことはまだ割り切れてないんです・・・」
「それって・・・」
メイアがその先を話そうとしたところで玄関の扉が開いた音がした。
「ただいま~・・・って」
「木暮君!おかえりなさい。」
帰ってきたのは木枯らし荘の住人であり、円堂や秋と共にエイリア学園や世界の強敵たちと戦った木暮夕弥だった。いたずら小僧だった彼も今は一流企業に務める営業マンであり木枯らし荘の住人で結成された秋空チャレンジャーズの一員でもあった。
「この子は?」
「この前言ってた未来から来た子で翼のガールフレンドよ。」
「ガ、ガールフレンドって///」
他の人に口に出して紹介されると少し気恥ずかしいようだ。
「俺は木暮夕弥!この木枯らし荘の住人だ!よろしく!」
「メイアです。よ、よろしくお願いします。たしか円堂さんと同じ日本代表のメンバーだったって。」
円堂守とイナズマジャパンのメンバーはサッカーの歴史においてきわめて大きな影響を与えたため200年後の未来にもその活躍は記録として残っている。優秀なサッカープレイヤーの遺伝子から生まれたセカンドステージ・チルドレンにとっても自身のルーツに関わるためメイアも木暮のことは認識してはいたがこうして顔を合わせるのは初めてだ。
「それじゃ俺は部屋に戻ってますね。なんだか話の途中みたいだったし。」
帰ってきた時にメイアと秋が何やら話し込んでいたのを察して自分の部屋に戻ろうとする木暮。
しかしその手を秋が取った。
「待って。もし良かったら木暮君も一緒にいいかな?メイアちゃん。」
「え?・・・」
「メイアちゃんが嫌なら無理にとは言わないわ。」
木暮も一緒に話を聞くよう言う秋。
これから話そうとしていたのは自分の弱く、暗い部分の話。あまり人に聞かせるような話でもない。
けれどまっすぐにメイアの目を見て言う秋を信頼しようと思った。
「分かりました。」
「よく分からないけど、秋さんが言うなら。」
改めて卓についたメイアたち3人。
まずは木暮にセカンドステージ・チルドレンについてと先程までの話をした。
秋から少しだけ話を聞いていたのに加えて円堂守と共に戦って来た木暮だ。驚きはしたもののセカンドステージ・チルドレンについてもすんなり受け入れた。伊達に自称宇宙人や天使や悪魔と戦ってはいない。
「それで、割り切れてないっていうのは?」
木暮に促されてメイアが話し始める。
「はい。翼たちとの戦いを通して私はセカンドステージ・チルドレンの力を手放して普通の人間として生きていくことになった。翼とは恋人になって、フェーダのみんなや雷門の人たちとも友達になれました。けど、どうしても迫害されてたころのこと、特に親のことを割り切ることが出来ないんです。」
これからの未来は人類と共に生きていくと決めた。けれどそれで過去に受けた仕打ちを全て忘れることは出来なかった。勿論セカンドステージ・チルドレンが行ってきたことも手放しに許される事ではない。しかし幼い頃に突然セカンドステージ・チルドレンの力に目覚めて、バケモノと罵られ、これまで愛情を注いでいた両親にも捨てられ世界が敵に回った記憶は簡単に拭いされるものでは無かった。
「ワクチンを受けてからこれまでは経過観察や変わっていく日々に必死で考えることは無かったんです。けど、昨日翼が母親と電話しているのを見て、それから今日色々な親子を見てどうしても・・・」
もし今メイアが両親と再会したとして悪感情を抱かずにいられるかと問われると首を縦に振ることは出来ないだろう。
翼は一度死んでこの世界に生まれ変わった。つまり今の翼の両親は本当の意味での生みの親ではない。だから当初は二人を親として受け入れることが出来ず他人行儀な接し方になってしまってたと言っていた。それでも昨日の翼は本当の母親と接するかのように話をしていた。
形は違えどメイアと同じように歪な親子の関係を持つ翼を見て、自分はこの思いとどう決着をつければいいのかメイアは悩んでいた。
「私も翼みたいに・・・」
三人の間に沈黙が流れる。
「いいんじゃないかな。」
「え?」
沈黙を破ったのは木暮だった。
「別に無理に向き合ったり許したりしなくていいと思う。」
「それは・・・どうして」
「俺もさ、母親に捨てられたんだ。」
「え・・・?」
木暮の言葉に思わず口をついて出る驚きの声。
メイアは木暮夕弥というサッカープレイヤーの活躍は記録として認識しているが詳細な過去のことは知らなかった。
一方事情を知る秋は黙って聞く。
「小さいころに駅のホームに捨てられてさ。その後に漫遊寺ってとこに拾われたんだ。そこで修行しながら育ててもらってたらキャプテン、円堂さんや秋さん達雷門のみんなと出会ったんだ。」
「懐かしいなぁ~」
「そこから色々あって、イナズマジャパンとして戦ったりして何だかんだあって今こうしているんだ。」
「その・・・母親とは?」
「捨てられてから今も、一度も会ってもいないぜ?」
あっけらかんと答える木暮と小さく笑う秋に呆気に取られるメイア。
「・・・会いたいと思ったり、憎かったりはしないんですか?」
「昔は正直恨んでたし人のことを信じられなくなったりもしたよ。」
「最初は大変だったのよ?捻くれてて手のかかる悪戯してばっかりで!」
当時を知る秋の小言が飛び木暮が少し気まずそうにする。
「それじゃあ今はもう許してるんですか?」
「別に許したって訳じゃない。」
「え・・・?」
「捨てられたことを許したことは無い。けど捨てられた過去に囚われるよりも、そんな事気にならないくらい幸せになれば良いんだって気づいたんだ!」
「気にならなくなるくらい幸せに?」
「ああ。円堂さんたちと出会ってサッカーに夢中になって、凄い戦いの日々を送って、尊敬出来る人や信頼出来る仲間や友達が出来て、気付いたら捨てられたことなんて気にならないくらい毎日が楽しくなってたんだ!」
木暮の人生はエイリア学園との戦いの中で雷門と出会ったところから大きく動き始めた。
最初は強大な敵との戦いについていくことに必死で、戦いを通して信頼できる仲間が出来て、尊敬できるキャプテンや先輩たち、軽口を叩き合い横に立つ壁山や立向井たち同い年の仲間たち。そしていつも自分を気にかけ、同じ悲しみを共有できた女の子。
彼らとの出会いは木暮の心に開いた穴を優しく埋め、人を信じる心を思い出させた。そしてそれは母親に捨てられた過去は消えなくともそんな事を気にする暇も与えないほど今もなお木暮の心を明るく照らしている。
「今すぐには難しいかもしれないけどきっと大丈夫だって。友達や仲間、それに恋人とかさ!」
「っ!・・・はい!」
木暮の言葉で様々な人の顔が思い浮かぶ。幼馴染のギリス、SARUたちフェーダの仲間、そしていつも温かい気持ちにさせてくれる、ずっと一緒に歩んでいくと約束した、恋しくてい愛おしい男の子。
不意に手に温かさを感じる。秋がメイアの手をそっと握っていた。
「これまでずっと大変だったよね。。親にも、大人に頼らず自分たちだけで戦って生きてきた。 きっと私たちには想像もつかないくらいに。」
秋がの言葉はただひたすらに優しい。
「けど今のあなたの周りにはたくさんの人たちがいる。だからこれからは過去のことが気にならないくらい幸せになっていこう!すぐには信じられないかもしれないけどこれからは何かあったらいつでも私たち大人を頼っていいからね?」
掌から伝わってくる温かさ。秋に感じる安心感。それは母性というものかもしれない。もうずっと感じていなかったが遠い日に確かに感じていたものだった。
「・・っはい・・はいっ!」
気を抜いたら涙が流れてしまいそうなのをグッとこらえる。そんなメイアを二人はただ優しく見守っていた。
「恋人と言えば秋さん、アメリカから連絡来たんですか?」
「もう!天馬といい翼といい、そういうことはいちいち聞かないの!」
「連絡きたんだ!結婚ももうすぐかな~?うっしっし!」
「もう!」
「あ、あはは・・・」
さっきまでの真面目な雰囲気とは打って変わって和やかな空気になりいたずら小僧が顔を出す。
温度差に思わず苦笑いのメイアを見て秋が何やら思いついた。
「そうだ、メイアちゃん。ゴニョゴニョ・・・」
「え?それって一体何の意味が・・・」
「いいからいいから!」
「わ、分かりました。」
「こら!木暮くん!」
「うしっ!?ごめんなさい!・・・ってあれ?」
聞きなれた、しかし頭が上がらない声がして思わず振り返った木暮が見たのは笑いあうメイアと秋だった。
「今のは一体・・・?」
「気にならないくらい幸せに、か」
夕食を終えて部屋に戻ってきて秋さんと木暮さんの言葉を思い出す。
私はなれるのかしら?辛い記憶を忘れてしまうくらい幸せに。
けど私がそんな未来を歩めたならきっと隣には。
今は離れたところにいる彼のことを思い浮かべたのと同時にポケットで連絡用デバイスが震えた。
「SARUかギリスかしら?・・・って翼から?」
画面に表示されていた名前はたった今思い浮かべていた大好きな男の子の名前だった。
何かあったのかなとか思う前に私は電話に出ていた。
「もしもし、どうしたの翼?」
「あ~メイア~やっと出た~」
電話に出てすぐに聞えたのはやけに間延びしたような翼の声。そしてその奥から聞えてくる喧噪。
「今日の仕事はもう終わったの?後ろが騒がしいみたいだけど今どこにいるの?」
「今日はもう終わったぞ~。どこいいると思う~?」
何かがおかしい。いつもの翼とは違って浮ついた声と舌足らずな話し方。
けどどこか心当たりがあるような。
「どこって「お、繋がったみたいだね。」・・・今の声はSARU?」
電話口から聞えてきたのは今の翼とは違ってこの端末越しにも聞きなれた声だった。
今は私たちの時代にいる翼の電話口から聞えたSARUの声と喧噪。
「もしかしてフェーダのみんなと一緒にいるの?」
「正解~!仕事終わってさ~どこで寝ようかと思ってたらSARUに誘われて~今フェーダのアジトでみんなとご飯食べてるぞ~今はSARUとニケが前にいるな~」
「そ、そう。それで急に連絡してきて何かあったの?」
私のいないところで他の子たちが作った料理を食べているですって?思わず声に出かけるけど何とかこらえて要件を聞く。
「別に~」
「は?」
けれど翼から帰ってきたのはなんとも間の抜けた返事だった。
「二人に勧められた飲み物飲んでたらなんだか体がポカポカしてきて、無性にメイアの声が聞きたくなってさ。」
「い、いきなり何言ってるの!?周りにみんないるんでしょう?!って、まさか」
普段はこんな直接的なことは言ってこないのに明らかに様子がおかしいと思ったらさっきから頭の隅に引っかかっていた心当たりのようなものの正体が分かった。
それはできれば忘れていたかった恥ずかしい記憶。
「あはは!お熱いことだね~」
「ええ。うらやましいことだわ♪」
電話の向こうからSARUとニケの声が聞こえる。
二人はこうなってる原因を知っていそう、というか犯人のようね。
「ちょっとSARU、ニケ!翼は大丈夫なの?何かあったら許さないわよ!」
二人に聞こえるように少し声を大きくして言う。
「大丈夫よ♪」
「そうそう!むしろ感謝してほしいくらいだよね。」
私の動揺を予想に楽しそうな二人の声が返ってくる。
「メイア~!」
「ど、どうしたの翼?」
「せっかくこうして電話してるのにさ~SARUたちにばっか構うなよ~。一日会えなくて寂しかったんだからな!」
「う、うう///」
後ろの歓声がまた一つ大きくなった。
これはつまりそういう事だろう。どさくさに紛れてSARUたちが翼を酔わせてけしかけてきたんだ。
みんなこの状況を楽しんでる。
「わ、分かったから!ちょっと落ち着いて///」
「俺は落ち着いてる!・・・あのさメイア。」
落ち着いてる人間はこんなことしないと言いたいが翼が続ける。
「ど、どうしたの?」
「好きだ~~!」
「はぁ!?」
「俺はメイアのこと愛してるぞ~!会いたい~早く明日になれ~」
「あ、あぅ~~///」
普段は言ってくれないのにどうしてこんな時に。いや今だからこそなのかしら。
私もフランスで同じようになった時に歯止めが効かなくなったから分かる。
思ったことが全部口から出てしまうあの感覚は止められないんだ。
ということは今の翼の言葉は全部本音ってことで。
「普段恥ずかしいから口にできないけどさ~」
翼自身もブレーキが壊れているのを自覚してるらしい。
これはもうどうしようもないみたい。
「俺、メイアが俺たちの時代に来てから毎日が楽しいんだ~。これからもずっと一緒に楽しく生きていきたいし。絶対幸せにするから。」
もう呂律も怪しくなっているけど翼がの言葉は今の私が一番欲しかったものだった。
本当はもっとロマンチックなシチュエーションで言って欲しかったけど、残念さの何倍も喜びを感じてしまっている。
「・・・私も。私も翼のこと愛してるわ。一緒に幸せになりましょう♪」
ロマンチックはまたの機会に取っておきましょう。
今はこの甘い勢いに身を任せてしまおう。
「お~~・・・Zzz...Zzz…」
消え入るような声を最後に限界を迎えたのか、電話の向こうからは寝息が聞こえてきた。
「あらら、寝ちゃったわ。」
「もっと見てたかったけどね~。それじゃメイア!後のことは僕たちに任せて!バイバイ~」
「ちょっと・・・って切れてる・・・」
まったくもう!翼もSARUたちも好き放題してくれちゃって!
翼は大人になってもお酒は禁止ね!・・・けどたまになら、いいかも///
そんなことを考えているとまたデバイスが震えた。
今度はニケからメッセージで画像が送られてきていた。
自撮りの画角で送られてきていたその写真はニケとSARUの肩を借りる翼が映っていた。
「なっ!?」
思わずこちらから電話をかけようとしたけど、写真をもう一度見た瞬間その気持ちは収まった。
ゆるみ切った顔で眠る翼をフェーダのみんなが笑って見守っている。そんな輪の中に私自身もいるような気がしたから。
今日は多めに見てあげよう。その代わり帰ってきたらちゃんと埋め合わせはしてもらって、あの時のお返しもたっぷりしてあげるなくちゃ♪
暗いことなんて気にする暇が無くなる未来が待ち受けている。そんな気がした。
いかがだったでしょうか?
セカンドステージ・チルドレンたちがやってきたことは消えないのと同じように彼らが受けた苦しみも消えるわけではないと思うのと似た境遇の木暮が同じ木枯らし荘にいたのでこういった話になりました。
酒が絡むとガードが甘くなる人、いますよね。これでおあいこですね。
最後の方の小ネタは入れたかっただけです
これにて研修回は終わりです。また次回をお待ちいただければと思います。
ギャラクシーとイナダンについては書きたい気持ちはあります。ただギャラクシーは翼とメイアをストーリーに絡めるのが難しくて悩んでいます。けどサザナーラ人たちとの絡みとかも書きたいな~。
感想いただければとても話になります。