オナホ華道   作:プリン

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代わり映えのしない出撃を繰り返すあきつ丸の胸中には、言い知れぬ不安が広がっていた。


オナホ華道 1

 青い、ひたすらに青い海。水平線で繋がる、青い空。今ではもう、ただただ静かだ。蒼穹に浮かぶ筋雲は白、紺碧を裂く自分たちの航跡も白。追い風。

 硝煙の匂いに振り向くと、はるか後方に先ほどまでの戦いの痕が見える。青の世界に煙る、黒い筋。立ち上るそれは消えていった者に差し伸べられた蜘蛛の糸か、それとも、青に浮かぶ白とはなれず消えていくだけの、彼女らの魂そのものなのか。 魂?

 関係などないのかもしれない。魂だとしても、追い風に散らされていつしか青の一部になる。いずれにせよ意味はない。そう割り切るつもりでも、考えれば考えるほど、心は海の底に引かれていくようだ。霧散した魂の行方。

 

「あきつ丸、この任務もいい加減飽きてきたわね。でしょ?」

 

 声をかけられるまでは本当に沈んでいたのかもしれない。自分がどこにいて、何をしているのかもわからないほど深く、思考の海に沈んでいた。水上を緩やかに滑りつつ声をかけるてくるのは五十鈴殿だ。なびく二つ縛りの髪は、黒とも青ともつかない色だが、潮風に当たり続けているとは思えない艶を放っている。振り向くのに合わせてその髪が前に流れ、肩に掛かった。

 

「はっ……? 何故でありますか」

 

 飽きる。あまりにも唐突な言葉に面食らってしまった。

 

「どんどん口数減ってるわよ? まぁ何も言わなくてもなんとでもなる位慣れてる、ってことなんでしょうけど」

 

「そんな、慢心などしていないのであります」

 

 本心でこそないが、至極真面目に答えたつもりだ。しかし、五十鈴殿はやや目を細め、にやりと笑みを浮かべた。

 

「慢心ねぇ、言葉選びもだいぶこっちに毒されてきたわね」

 

「毒などと……いや、慣れた、という意味ならそうでありますが」

 

 全て聞き終える前に、五十鈴殿はまた反転し、隊列の先頭に立った。毒される、か。毒される前の自分とは何なのだろうか。陸軍に居た頃? 確かに自分は陸軍に居たのだろう。話し方、仕草、その他諸々からはそう判断できるそうだ。しかし、実際のところどうなのかはわからない。自分はどこから来たのだろうか。

 などと考えていると、他の艦娘の出どころもわからないことに気付き、言い知れぬ不安に襲われる。いや、近頃はそうでもない。疑問に思うことにすら慣れ、考えがその手の問題に差し掛かると、なるべくこう己に言い聞かせるようになっていた。

 

『どうせわかりはしない。艦娘とは、そういうものなのだ』と。

 

 

 

 

「見ての通り、余裕だったわ」

 

 胸を張って告げる五十鈴。もっとも、作戦が困難でも、快勝ではなくても、彼女はいつも自信ありげだが。何が彼女をそうさせるのか。やはり、生まれつき――この身体を得た時からそうなのだろうか。

 

「五十鈴、あきつ丸、時津風、浜風。全艦損傷なしですね。各自補給と入渠が済んだら自由行動が許されています。お疲れ様でした」

 

 黒髪長髪眼鏡。真面目が服を着て歩いているような彼女、大淀殿の口から放たれるのは、見た目に違わぬ事務的な文言。帰還する度に似たようなことばかり聞いている気がするが、はきはきと話すから飽きない。

 

「あきつ丸、ちょっと」

 

 五十鈴殿はいつもキツい気がする。いや、言っている内容は別に特別厳しいわけではない。口調がだ。まあ、それが彼女の個性なのだろう。個性。自分の口調もここでは中々個性的なはずだ。けれども――前に居たところの癖が抜けないというよりは、この口調を捨ててしまうと自分は自分ではなくなってしまう気がする。――こうして自身の疑問と向き合ってみると――誰も彼も――己の――己を己たらしめる――

 

「あきつ丸?」

 

 またやってしまった。五十鈴殿の言う通り、「慣れ」というものが、あらぬ思考につけいる隙を与えているのか。

 

「何でしょうか、五十鈴殿」

 

 動きが悪かったなどと小言を言われるのだろうか。海で飽きるなどと話されたのも緊張感に欠けていると咎める意図があったのかもしれない。バレているのか。

 

「あなた、悩みでもあるの?」

 

「はい? 無いでありますが……」

 

 いきなりの質問にまたしても面食らってしまう。気を遣ってくれているなら素直に感謝すべきなのだろう。それにしても、「悩み」か。湧いてくるのは疑問であって悩みではない。否、疑問がとめどなく湧いてくる今の状況に対して覚える感覚は、本来の意味で「悩ましい」と表現してよいかもしれない。

 

「なんか最近あれよ、心ここにあらず、って言うのかしら。よく遠くを見てぼーっとしてないかしら?」

 

「はぁ……それは失礼したのであります……」

 

「疲れてるのかしらね。そうよ! たまには一緒に間宮でもどう? 同じ艦隊を組むようになってから結構経つけど、五十鈴、あなたと話したことってあんまり無いわ」

 

「はっ、喜んで同行させていただくであります」

 

 そう答えると、五十鈴殿がクスクスと笑う。

 

「何緊張してんの! ま、その話し方が楽ってなら好きにすればいいわよ」

 

 この話し方が楽なのは確かだ。慣れているのはもちろんだが、こうしていれば距離を詰めすぎて失敗することは無い。もっとも、ここの皆に派閥だのなんだのがあって、足を引っ張り合っている、などという話は聞いたことが無いが。

 

「申し訳ない。ではこのままで」

 

「はいはい。ま、今日は普段何考えてるのか、聞かせてもらうわよ?」

 

 どこまで話していいものだろうか。ここに馴染む、とは言わないにしろ、そこそこうまくやれているつもりだ。急に内面を吐露しては、面倒くさい奴だと思われないか……避けられはしないか……。と、考えていると、つぶらな瞳が視界に現れた。五十鈴殿が自分の顔を覗き込んでいる。なるべく照れ臭そうに、困ったように、笑って見せた。

 

「やっぱりあなた、なんかおかしいわ。提督に話してみたら?」

 

 既にこうも心配されているなら、今更面倒くさがられる事に気を揉んでみても仕方あるまい。何かしら相談したほうがいいのだろう。

 

「気を遣っていただき、感謝、であります」

 

 

 

 

「――と、いう訳で、五十鈴殿に提督殿への面会を勧められたのでありますが……ご迷惑ではなかったでしょうか……お忙しいのでは……?」

 

 椅子を挟んで反対側に居る提督殿の顔色を伺う。実直そうな顔に笑みは無く、じっとこちらを見つめている。込み入った話だと察しているのだろうか。

 

「勿論だ。しばらくは出撃期間に縛りがある作戦もなくて、およそ日々の業務だけだからな。長門、真剣な話らしい。少し外してくれ」

 

 提督が隣に控える戦艦に目配せをする。引き締まった肢体に黒の装束。この鎮守府の古株、長門殿。秘書官の仕事をしていたのであろう彼女が、静かに退室していった。ただ部屋を出るだけなのに、こうも様になるのか。

 

 ドアが閉まり、ひと呼吸おくと、提督が尋ねてきた。

 

「さて。あきつ丸、聞きたいことがある」

 

「何でありますか」

 

「何を考えてるんだ」

 

「はっ? 何もやましいことなど考えていないのであります! それとも何か、自分、気付かないうちに大ポカでもやらかしていたでありますか?」

 

 突然の問いかけに、どう弁解すればいいかわからず慌ててしまう。いや、嫌疑がかかっているならこの反応はとぼけていると思われてまずいのでは? 逆に、本当になにか失敗していたとしても、露骨に無自覚なのは心証が悪いだろう。これは墓穴を掘ったのかもしれない。

 

「待て待て、何も責めるつもりは無いから安心してくれ、俺の言い方が悪かった」

 

 よほど自分の慌てっぷりがおかしかったのか、提督殿の声も表情も、先ほどとは打って変わって柔らかくなった。それにつられてふっと全身の力が抜けた、ように見せるため、心なしか肩を落とし、安堵して見えるよう表情を作る。あちらが緊張をゆるめたからといって、部下である自分もそうしてよい道理はない。姿勢が低くなったにつけて、そのままやや上目遣いに質問する。

 

「では、考えていると言いますと……?」

 

「悩みでもあるんじゃないのか? 五十鈴からは俺も聞いている」

 

 なんと。五十鈴殿は提督に報告していたようだ。やたら声をかけてくるのは本当に心配していたからだったらしい。ここは感謝するところなのだろう。戦闘前後でもそこまで気を遣えるなんて、流石経験豊富な艦娘は違う。

 

「――何がそんなに気になる?」

 

 提督殿が重ねて訊ねてきた。返事を渋っていると思われたのかもしれない。

 

「いや、こんなことは訊いても無駄だとは思うのですが……本当に、何の役にも立たない疑問であります。職務の間に考えるようなことではないのであります」

 

 聞きながら苦笑する提督殿。いや、なるべく緊張しないように笑ってくれているのかもしれない。

 

「そう勿体ぶるな。大抵のやつは、大抵の場合無駄なことを考えている。寝ても覚めても職務のことばかり考えていては気疲れするだろう。なんだっていい、言ってみろ」

 

「いや、職務のことといえなくもない、のでありますが」

 

 提督殿が怪訝な顔をした。でも、提督殿なら答えられるかもしれない。

 

「自分、なんで戦っているのかわからないのであります。なんというか、どれだけ戦ってもなにも好転していないような……」

 

 そこまで話して、自分の話している内容が大変まずいことに気が付き、言い淀む。

 

「それはそうだな。俺としては敵戦力は漸減していくものだと信じていたが……。何時まで経っても敵は減らん。やはり根本を叩くほかあるまい。主力艦隊が前線を押し返すにはやはり兵站の確保が必要だ。敵の通商破壊は阻止し続けなければなるまい。安心しろ。地道だが、お前の任務にも確かに意味はある」

 

 提督殿は淡々と答える。理屈は正しいと思う。しかし自分が気になるのはそんなことではないのだ。

 視線を外す。自分が話そうとしている内容がいまいちまとまらないし、それは聞いてはいけない事のような気がする。何故だろう。とにかく、失礼のないよう、言葉を選びながら、慎重に口を開く。

 

「あの、そうまでして深海のと戦うのはなぜでしょうか。一体自分は誰を、何を守るために戦っているのかわからないのであります。市井の人々? でしょうか」

 

 提督殿は何やら手元を見、時折こちらの顔に視線を移している。何故だか自分が一回り小さくなったように錯覚した。でも提督殿は椅子に座っているから、当然視線はこちらが上だ。なのに、同じように視線を返すのが何故だかとても後ろめたくなってきた。いつの間にか、絨毯の染みが自分の視線を捕えていた。

 

「でも自分、一度も外の人間とお会いしたことはないのであります。電文や物資などが届くということは、外には少なからぬ人が居るのでしょう。そういった人々を守るためでありますか」

 

 全く言葉に詰まらなかったことに自分でも驚いた。喜べるような状況ではない。しかし、冷たく張りつめた心中に、何とも言えない温いものがしたたり落ちたようだった。実は自分は、誰かに話したくて仕方なかったのではないか? 考えると、そんな浅ましい願いで提督殿の手を煩わせていいものか不安になり、わずかに感じた温みが冷めてしまった。ゆっくりと提督殿の顔に視線を移す。

 提督殿は組んだ腕を机にのせてもたれかかり、自分の足元あたり――あるいはもっと遠くを見つめていた。やはり不興を買ってしまっただろうか。

 

「そうか……。そうだな、気にはなるだろうな……」

 

 提督殿は再び姿勢を正し、腰の位置を直した。

 

「あきつ丸の認識は間違ってはいない。人々の安全を守るため、と理解してくれればいい。深海棲艦は時折島嶼を占領し陣地としているのはわかるな」

 

「はい」

 

「今でこそ我々が押しとどめているが、野放しにして深海棲艦の活動範囲が広がれば人の住む島も危険だ。それに前線が近づけば本土にも戦火が及ぶだろう。連中との対話は現状不可能とされている。故に我々はあれらを食い止め、撃滅しなければならん」

 

 もっともな理屈で、特に異論はない。しかし。

 

「なぜ自分たちは戦うことを宿命付けられているのでしょう……」

 

 提督は黙って自分の話を聞いている。

 

「ここに来てからこれまで戦ってきて、特に疑問を感じたことは無かったのであります。なぜだか戦えて――ほかの皆ほど得手ではありませんでしたが――体は勝手に動いたであります。今はそれが不思議であります。なぜ戦えるのでありますか? 自分の記憶の始まった時からある、この艤装のおかげでしょうか? その記憶というのもわからない。陸とか海とかといいますが……。この話し方は陸のものなのでしょう。自分の故郷なのでありますか? 思い出せないことが多すぎて……。わからない、自分、自分のことが余りにわからなすぎるのであります。自分はどこから来たのでありますか? これから何をすればよろしいのでしょうか……」

 

 気が付くと、先ごろ感じた温みが胸を満たしているのがわかった。こんなにも何かを話したのはいつ振りだろうか。だが、その感覚とは裏腹に、目頭から頬に冷たい滴が伝い、顎の先から板張りの床にしとしとと垂れている。自分は泣いているのか。

 泣いている艦娘を見たことはあるが、大抵は目を閉じ、涙を拭き、話す声は上ずったりしゃくりあげたりしていたものだ。自分は初めて泣いたが、それに伴う情動はあまりも淡白だった。何せ涙を流していることにも気付かず、一切を話しきったのだから。そもそも自分の話は泣くような内容だっただろうか。

 提督殿は落涙する自分を見ても相変わらず動じていない。泣かれるのにも慣れているのか、それとも、悲しげな様子もなく涙だけ流すのを気味悪がっているのか。

 

「わかった。お前、自分が何者なのか知りたいんだな」

 

 手元を見ながら、いつもの調子で尋ねる提督殿。

 

「そういうこと、であります。いま自分も理解したであります」

 

 答えると、提督殿は深く息を吐き、また足元あたりを見た。涙の跡はもう乾いている。わずかな間。

 

「そうだな。あきつ丸、他の艦娘と、もっと話してみるといい」

 

「どういうことでありますか」

 

 自分だけの問題なのに、どういうことだろう。人に聞いてわかるものなのだろうか。

 

「過去の記憶とどう付き合うか、自分の出生をどう考えているか、あとは任務をどう捉えているか……お前の足と耳で確かめるのがいいんじゃないか? 何より、自分で見聞きしたことの方が、『なぜか知っていた』ことよりはアテにできるだろう」

 

 わからない話ではない。実際、いろいろと判断するには、自分は鎮守府を知らなすぎるのかもしれない。

 

「なるほど、であります。もっといろいろな話を聞いてみるのであります」

 

「俺の方も色々な時間帯に鎮守府を回れるように色々とやっておく、出撃時刻とか、色々と、な」

 

「かたじけない」

 

 しまった、何か配慮をさせてしまっただろうか。

 

「他には何かあるか」

 

「いえ……」

 

 不思議と、出撃帰り以上の疲労を感じる。

 

「話してくれてありがとう。またいつでも来てくれ。外に長門が居ると思うから、出たら呼んでくれるか」

 

「はっ」

 

 肘を張って敬礼し、執務室を後にした。

 なぜ今回の質問を聞いてはいけない類と思ったのか、わかった気がする。いや、本当はきっとわかっていたのだ。これは提督にするような質問ではないと。ならばなぜそれをぶつけて自分は――悦に入っていたのか? 

 

「終わったのか、あきつ丸よ、ずいぶん長かったじゃないか」

 

 長門殿だ。壁にもたれて腕を組んでいる。窓の外、中庭を覗いていたらしい。

 

「はっ、お待たせしたのであります」

 

「気にすることはない。ああ、もういい時間だ、ゆっくり休むのだぞ」

 

 見かけからは想像もつかない、優しげな声だ。

 

「長門殿も、お疲れ様、であります」

 

 彼女はこれからも秘書艦の仕事なのだろうか。そこまでのやる気を起こさせるのは一体何なのだろうか。――そうだ、明日は彼女に話を聞いてみよう。彼女はなんでも知っていそうだし、なんでも教えてくれそうだ。あの威厳がそう思わせてくれる。

 明日の事を考え始めると、先刻までの憂いがいくらか晴れてきた。 




あきつ丸は、一体何者なのか。
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