「いや、難しいでありますな、なかなか」
姉妹のレクチャーに従い自分で活けたオナホを眺め、あきつ丸が首を傾げる。山城が活けているのと同じ紫陽花と蒲を配置しているのに、あきつ丸の物はメリハリがなく、単調な印象を受ける。
「大丈夫? あきつ丸。これはもう少し短く。手前は低く、奥を高くした方が見栄えがいいわね」
扶桑があきつ丸の後ろから覆いかぶさるように手を伸ばし、あきつ丸のオナホに刺さっている花を抜き、鮮やかな手つきでちょきん、ちょきんと長さを整える。
「あ……」
やはり、扶桑からは花のような香りがする。それだけでなく、体が密着することで、彼女のぬくもりが背中から伝わってくる。髪のひと房が顔に当たる。
「これでどうかしら」
扶桑が整えた花は、あきつ丸の手だけで整えられたときには無かった、整然とした雰囲気を纏った。しかし、あきつ丸は扶桑の接近に落ち着かなかった。でもこの落ち着かなさは何も居心地の悪いものではなかった。むしろ、ずっと髪の匂いを嗅いでいたいような……。
あきつ丸が我に返ると、山城が時津風の手を取って指導しているのが見えた。浜風は蒲の長さを揃え、長門はオナホが伸びるのに気をよくしたのか、次から次へと花を挿し、花嫁が投げる花束のような風体になってしまっている。それに気付き、扶桑は長門の方へと歩いていった。
*
「さて、皆さん。初めての作品が出来上がったようですね」
山城の声でそれぞれ手を動かすのをやめ、各々の活けた花を見た。
あきつ丸のものは、右側に紫陽花を、左側に蒲の葉を配置し、落ち着きの中にも躍動感を感じさせる。
時津風のものは根本近くに重心を置きつつも、ひと際高い紫陽花を置くことで単調さを避けている。
浜風のものは、紫陽花を二、三多くあしらい、蒲を少なくしてある。同じ花を使いつつも、配分を変えるだけでここまで豪奢になるとは。
そして、長門のものは、扶桑の指導によって花の本数を大きく抑えられているが、花が四方に広がっている。花を詰め込んだときに穴がガバガバになってしまったのだろうか。
「同じようなものしか使っていないのに、個性が出るものでありますな」
あきつ丸は頷きながら感慨に浸っている。
「ええ、それがオナホ華道の醍醐味。生きたものを素材にするから同じものは二つとないわ。オナホ華道は一期一会。そうよね、山城」
「ええ、姉様。同じ姿勢で同じところに居ても、違う心で違う花を活けるから同じものはありません。心してください。自分の代わりに自分のオナホ華道を出来る人なんて居ないのですよ」
「一期一会……。誰も代わりにはならない……」
あきつ丸は、二人の言葉を吟味するように繰り返した。
「じゃあ、今日はここまでにしましょう。みなさん、もっとオナホ華道がしたくなったらいつでもいらっしゃい。作った作品を持ってきてくれれば評価するし、質問があれば教えてあげるわ」
そうして、その日のオナホ華道会は終了した。
*
自室に帰ろうとするあきつ丸は、ディルド片手に執務室に向かう長門と方向が同じになった。
「あきつ丸、今日は世話になったな。おかげでオナホ華道、存分に体験することができた」
「そんな、自分はたまたま二つ持っていただけで……」
「フッ、感謝は大人しく受け取った方がいいぞ」
「はぁ。ありがとうございます」
あきつ丸は、素直に礼を言った。
「それでいい」
長門は満足げに微笑んだ。
「……それで、あきつ丸よ」
「……はい?」
急に真面目な顔になる長門。
「わかったか、自分の出生については」
「いや……そちらの進捗は無いでありますな」
言われて初めて、明石・大淀に自分が建造されたときのことを確認するのを忘れていたと気づいたあきつ丸。
「丁度いい。明石と大淀の部屋に行ってみたらどうだ? 日曜だし、今なら二人とも居るんじゃないか?」
「そうでありますね。感謝、であります」
「こんな案内、今日の礼には安すぎるくらいだ。色々と分かるといいな」
そう言うと、長門は執務室の方へ、あきつ丸は大淀と明石の居室へ向かった。
*
数分後、あきつ丸は二人の部屋のドアをノックしていた。
「はーい……ん、あきつ丸さん。どうしたんです?」
「あの、自分が建造された時のことについてお伺いしたく。長門殿から、立ち会ったのは明石殿と大淀殿だと聞いているのであります」
「あ、そういうことですか! 上がってください!」
にこやかに返事をした明石だが、心中は穏やかでなかった。招き入れつつも、オナホの事を避けて説明する術を思案する。
「お邪魔するであります……」
部屋に上がるあきつ丸。大淀らの部屋の内装を見るにつけ、洋机が二脚あることから、二人とも自室でも作業を多くしているのであろうと推察した。
「で……あきつ丸が建造された時のことでしたっけ?」
「そうであります。どのように生まれたのかと……」
「それがですね……。実は私も、どんな配分だったかは覚えていないんです。でも、ここにある資材全部をつぎ込んで生まれたのがあきつ丸さん。それは確かですよ」
明石は、すでに説明方法について、作戦を固めていた。
「なんと、そんなにも莫大な資材をつぎ込んで自分が?」
「いいえ、大型艦建造ギリギリ一回分くらいしか資材は残っていませんでしたね……」
作戦というのは、とにかく事実を話してしまうことである。
「……提督殿は自分を求めていたわけではない」
「それは言い方が悪すぎますね。適当にやったら幸運にもあきつ丸さんを引いたんです」
「まあ、何も提督殿に必要とされていないと生きる意味が無いとは思わないでありますが。それで、何故この鎮守府の資材はそうも逼迫していたのでありますか?」
「……提督の建造実験です」
「実験? 実験とはまた何を?」
あきつ丸は、興味に任せて明石に質問を重ねてくる。
「それはですね」
明石は自分の机の引き出しから白い箱を取り出した。
「こういった物です。この間工廠にお持ちになりましたよね」
「……むむ?」
あきつ丸は灰色の箱を持ち上げた。箱には「○○ゆ」というロゴと共に、白いスクール水着を着用し、ゴーグルを頭に乗せた艦娘の絵が描かれている。
「なんでありますか、まるゆ殿?」
「中身を見てください」
あきつ丸は箱を開けた。そこには、ビニルに包まれたオナホが入っていた。
「オナホでありますか。オナホを作りすぎて資材が……」
「そう、オナホです」
明石がここまで打ち明けてしまったのは、何も無計画に、というわけではない。工廠に来た時点でオナホのことを知らなかったのだから、あきつ丸自身がオナホを建造しようという試みの中で生まれたということを知った所で、大してショックをうけることも無いと踏んだのだ。
「なるほど、そんなことでありますか。では自分がオナホ華道と出会ったのも運命というわけでありますな」
明石の思った通り、あきつ丸はさしたる抵抗なくその事実を受け入れた。むしろ肯定的に捉えている節さえ見える。
「明石殿、大淀殿からもお話を聞きたいでありますが、いつなら会えるでありますか?」
「大淀ですか……あ、今丁度執務室で提督と面会してるんじゃありませんか? 今行って待ってれば会えると思いますよ」
「では速向かうのであります。明石殿、本日はありがとうございました、であります」
そう言うと、あきつ丸は明石の部屋を後にし、執務室を目指した。
*
あきつ丸が執務室の手前の角を曲がると、提督と誰かが言い争う声が聞こえてきた。先ほどの明石の話を聞くに、大淀だろう。あきつ丸は、走りこそしないものの、急ぎ気味に廊下を歩いた。
「提督! 何故そうまでして我慢されるのです!」
「そんなことを問い質してどうするつもりだ? 度を越した辱めだとは思わないか、性別に関係なく……」
執務机を挟んで口論する二人。机には、透明のオナホが置かれている。
「提督、私がこれを何に使うか存じ上げないとでも思っていらっしゃったのですか」
「知っていたのか?」
「知っていますよ!」
提督が渋い顔をした。あれだけオナホの箱の外装を見て何も言わなかった大淀が、中身については知っているなどとは提督も予想だにしなかった。
「前、提督はそんなに困っていないと仰っていました。では、こちらは?」
「どれだけ俺を辱めればいい! オナホだよ!」
提督はとうに自棄を起こしていた。
「オナホなんて要らないでしょう! もうっ! もう一度、もう一度申し上げます。私は提督をお慕いしています。提督も私をお嫌いな訳ではない。しかも提督は、こんなものが必要なほど、欲求不満なのでしょう!」
「でもダメなんだ!」
「では提督は、やはり私が嫌いなのですね!」
「違う! そもそもオナホが逃避だというのが間違っている!」
「意味がわかりません!」
「わかるまいよ! 無理にわかろうとしてくれるな! 放っておいてくれ!」
その時、執務室のドアが開かれた。
「失礼。オナホなんて机に置いて、何をそんなに揉めているのでありますか?」
ドアを開け、あきつ丸が入ってきた。そして、オナホ越しに話す二人に問うた。その口論はあきつ丸にとってはただただ不可解だったが、もしオナホの何たるかを知っている者が立ち会っていれば、もっと困惑しただろう。
「何をって……何とも思わないのですか? オナホですよ!」
「オナホでありますね。どうかしたのでありますか?」
あきつ丸は、表情を崩さず、オナホが机上に置かれている状況を受け入れた。
「……オナホ、ですよ。『オナ』って何かわかっているのですか」
「ふむ、見当もつかない……」
「……え?」
逆に、大淀はあきつ丸の反応を受け入れかねた。
「あの、あきつ丸さん。これを何に使うかはご存知ですか」
「当然。オナホ華道であります。……やや?」
自分で言って、その言葉の摩訶不思議さに気付いたあきつ丸。あえてオナホと付けるくらいなのだから、本来の用途であるはずがない。
「これは殿方が性の捌け口とするものです!」
「ええ……? 自分はそんなものを弄っていたでありますか⁈これでは将校殿に顔向けできない……」
あきつ丸は猛烈に赤面し、顔を覆った。
「……それで、オナホ作りの片手間に自分が作られたというのは本当なのですか」
顔を覆ったまま、提督に問うあきつ丸。混迷を極めた状況に、何を言えばいいか分からない大淀。
「……大淀殿、外して貰えるでありますか。大切なお話であります」
「え? ……はい」
大淀は、あきつ丸の意図を測り兼ねたが、とにかく部屋を後にした。
「あの、提督殿、自分はオナホの余剰資材の寄せ集めというのは事実でありますか」
「それは言い方が悪すぎるぞ、流石に」
しかし、あきつ丸は耳を貸さない。何かぼそぼそと言うばかりだ。
「……いいではありませんか」
「何だ?」
「使えばいいではありませんか‼提督は、自分ではなくオナホが欲しかったのでしょう‼自分、なるでありますよ‼オナホに‼」
あきつ丸は自分の軍服のボタンを外し始めた。
「やめろあきつ丸!」
「どうして止めるのです‼自分、せめてオナホの務めくらいは立派に果たして見せるのであります‼」
「やめろ、止めるんだ‼」
そう言うと、提督はあきつ丸の手首を掴んだ。
「っ!」
「落ち着け、もう部屋に戻るんだ」
「……自分は、自分は……」
あきつ丸は泣き出した。今度は目を固く閉じ、ぽろぽろと涙を零している。
「俺が慰めてどうなるでもないかもしれないが、俺はあきつ丸に会えて良かったと思っているぞ」
提督は、なるべく落ち着いた口ぶりで、優しくあきつ丸に言い聞かせた。
「……でも提督殿は……欲情……」
オナホを量産するような男だから、欲求を持て余していると思われるのは当然だ。提督ともなれば、それを発散するために適当な艦娘を呼ぶことだってできるだろう。
「そのために愛を嘯くなど、俺にはできない……」
「嘯く……? 本当に愛情を抱いたことは一度たりとも無いと?」
泣き腫らした目で、提督に問いかけるあきつ丸。
「他の男は居ないのに女はいくらでもいる、こんな状況だ。気の迷いでないと断言できるほど、自分の感情に確証を持てたことは無い」
「提督殿……」
あきつ丸が、涙を袖で拭いつつ、提督から離れた。
「嘘でも、自分が欲しかったとは言ってくれないのでありますか」
「本当はな、いくら調べた所でお前が出生の秘密を知ることなど無いはずだったんだ。俺はそんなつもりで他の艦娘と話すよう勧めたわけじゃない」
「……提督殿は、ひどい人であります」
「言い逃れるつもりはない」
あきつ丸は、その言葉に一瞬、悲嘆とも失望とも取りがたい表情を見せた。しかし踵を返し、とぼとぼとドアに向かうと、提督には一瞥もくれずに出て行った。
次で完結! 11日アップ予定です。