オナホ華道   作:プリン

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オナホ華道 3

「ふぁあああ」

 

 二人が工廠に着いたとき、明石は大あくびをしていた。

 

「あ、提督。今日はずいぶんと遅くに来ましたね」

 

「まあな」

 

 明石はいつも提督に親しみを持って接してくる。だが、今の提督は、これも彼女が生まれながらのハーレム要員だからだとしたら……などと疑ってしまう。

 

「お疲れですか? ちゃんと寝なきゃいい仕事はできませんよ」

 

「明石もな。いや、こんな時間まで働かせて申し訳ない。だが大型艦建造をさせてくれ。投入する資材は……」

 

 もうなんでもよかった。とっとと余剰を消費してここから立ち去りたい。

 

「燃料五千、弾薬三千五百、鋼材百、ボーキサイト零」

 

「はい? 提督、鋼材百もボーキサイト零もできませんよ」

 

 困惑する明石。

 

「やってやれないことはないだろう」

 

「いや……それは……」

 

 明石が助けを求めて視線を寄越すと、大淀は「やりましょう。きっとできます」と、明石の想定に反して、試してみることを進めてくる。

 

 妙なタイミングで現れた二人の剣幕と大淀の自信の出所を測りかね、明石は露骨に怪訝そうな表情を浮かべた。が。

 

『この二人の表情……まさか大淀に隠された能力が……? それとも提督は何か裏技でも見つけたのでしょうか……』

 

 二人のただならぬ雰囲気を感じ取ったのか、彼女の思考はそこまで飛躍した。

 

「わかりました! その通りにやってみます!」

 

 

 

 

 一、二分も経っただろうか。工廠の奥で建造の準備をしていた明石が戻ってきた。

 

「やってはみましたよ……」

 

 しかしながら、向かう時の意気揚々とした様子はいずこへ、何か腑に落ちない顔だ。

 

「どうなった」

 

 何やらアテがあったように、神妙に振る舞う提督だが、その比率で何が出来るか、思い当たるところは彼には全くなかった。ただ自棄を起こして思いつくままに指示しただけだ。

 

「それが……四五分ばかりで建造完了だそうですよ。駆逐艦? 巡洋艦? でしょうか。提督……あんな妙な配分で誰を狙ってたんです?」

 

 興味半分、疑念半分といった調子で明石が尋ねる。

 

「俺が何をしたいのかもよくわからん」

 

 先ほどの大淀の問いに、提督は解答を持ち合わせていなかった。建造に関しても、誰が建造されるのが望ましいのか分からなくなってしまった。

 

「待ちたい気分でもない」

 

「私はどうなるか気になりますよ。やりましょう、高速建造」

 

 明石は結果が気になって仕方ない。一方の大淀は、提督が今の浅慮さや性急さを先ほど執務室で発揮しなかったことに煮え切らない思いがした。

 

「ああ、頼む。十個なんて物の数じゃないだろう」

 

 そんな大淀を尻目に、雑な注文を続ける提督。

 

「わかりました! ではこちらに来てください! 世紀の実験か、はたまた希代の愚行なのか。……いや、失礼しました。うーん、これでペンギン大量発生とかだったら愚行だけど……」

 

 結果が気になって半ば自分の世界に入りつつある明石。提督を待つことなく、はやる気持ちに任せてどんどん先を歩いていく。

 

 明石が十分離れてから、大淀が提督に体を寄せ、尋ねる。

 

「提督、誰に来てほしいのですか?」

 

 眉間にしわを寄せ、何やら考えている提督が答える。

 

「誰でもいい」

 

「戦力になれば、ですか? それとも可愛ければ、ですか?」

 

 あからさまに困らせようとしている質問。提督は僅かに目を細めたが、冷静に答える。

 

「戦力にならん艦娘は居ないし、可愛くない艦娘も居ない。だから本当に誰でもいい」

 

 模範解答じみた返事に、大淀は苛立ちを募らせた。

 

「誰でもいい……? 誰でも良いのに誰も良くはないのですね」

 

「さすがにしつこいぞ」

 

 執務室でのことを露骨に引きずる大淀に、提督がしびれを切らした。大淀も、拒まれてからこちら、自分が全く隠すことなく、提督に不満をぶつけていることに気づいた。思わず立ち止まり、居心地悪そうに目を逸らす大淀。しかし、すぐにまた話し始めた。

 

「申し訳ありません。でも私、提督のことが全く分かりません。欲はあるのに満たそうとしないで、ひたすら深海棲艦を討つことに骨を砕いて……。一体何を望んで提督をしているのですか? 提督の歓びは何なんです?」

 

 提督は固まってしまった。艦娘に囲まれる日常は退屈しない。だが、その果てにあるのは一体何なのか? 一体なぜこの生活を始めて、なぜ続けているのか……。いや、艦娘に囲まれて生活できる以上の幸せなどあるのか? 

 

「提督、その答え、私には、あの、用意があります」

 

 提督は大淀の方を向くことなく、返事もせず、歩き続けた。だから、大淀がどんな顔をしていたかは誰も知らない。

 

 

 

 

「……着きましたよ、提督」

 

 大淀の声で、眼前に広々とした空間が広がっているのに気付く提督。天井は一般の工廠よりさらに高く、提督らはキャットウォーク状の通路の上に居る。大型艦建造ドックの巨大さは、いつも彼を圧倒した。足音が反響している。ここまで広くても、ドックに現れるのは少女一人なのだ。ここまで大がかりな設備には、科学では説明できない、なにか呪術的な意味合いがあるのだろう。明石は小走りになると、階段を駆け降りていく。階段は半ばペンキが剥げ、錆びていた。金属のけたたましい響きが止み、しばらくすると、明石が通路の影になる位置を抜け、階下を走る姿が見えるようになった。彼女が妖精の一人に声をかけると、三隻分あるドックの一つが炎に包まれた。

 

 十秒ほどで炎が消えたが、ドックの中にあるべき人影はない。

 

 ドックの底までは高低差があり、距離もそれなりにある。死角に建造艦が居るのかもしれない。しかし、明石がドックに身を乗り出したり、小走りで外周を回ったり、妖精を呼んだりと、何やら慌てているのがわかる。

 

 と、一人の妖精が水の入っていないドックの中に飛び込んだ。明石がドックの淵に駆け寄る。妖精はすぐにドックの内壁で死角に入り、提督らからは見えなくなった。大淀もいつの間にかキャットウォークの手すりに摑まり、明石の方を注視している。

 

「炙りすぎて燃えてたりしないよな」

 

「そんなはずは……」

 

 提督としては、冗談を言ったつもりだったが、大淀の深刻そうな表情を見てそんな場合ではないことを悟った。それを抜きにしても縁起でもない発言だが。

 

 しかし、二人の心配は杞憂に終わったらしく。妖精が何か抱えて浮上してきた。明石が手を伸ばすと、妖精は側まで飛んでいき、明石の手の中にそれを離した。どうやら箱型らしい。うまく受け止めた明石は、それを顔の前に掲げ、くるくると回し、検分している。しばらくの間、明石は空いている手を顎に当てたり、首を傾げたり、箱をさらに顔に近づけたりしてそれを探っていたが、ついに諦めたのか、キャットウォークに歩いてきた。

 

 行くときよりも遅い拍子で、ガン、ガン、と階段が鳴ると、提督と大淀は桃色の髪が昇ってくるのを認めた。

 

「あの……これが欲しかったんですか? お二人は……」

 

 そう言うと、長い直方体の箱を提督に差し出す明石。箱は色鮮やかで、嫌が応にも誰の目にも飛び込んでくる派手さだ。

 

「なんなのですか、提督」

 

「俺に聞くなよ……」

 

 明石と大淀は、提督が本当に適当に注文したらしいことを悟った。明石が疑いの視線を向ける。提督の自信ありげな雰囲気はなんだったというのだろう。

 

「まぁ、駆逐艦の武装、か何かだとは思うのですが……」

 

「どれ……」

 

 箱を手に取り、呆気に取られる提督。

 

 そこに描かれているのは、栗色の髪、出っ歯気味の顔、くりくりとした愛嬌のある目。丈の足りないセーラーワンピース。まさに雪風であった。

 

 どういうことだ。

 

 急ぎ側面を確認する提督。

 

 そこには、驚くべき文字列があった。

 

 

 

「感帯これくしょん ヌキ風」

 

「初回用潤滑剤同梱! ヌキ風、いつでも出撃できます!」

 

「運命の女神のキスを感じる本格バキューム! 全力でしれぇに奉仕します!」

 

「不沈艦の名は伊達じゃありません! 一度の快感では終わらない! 三連装スイートスポット構造はまさに浮チン感!」

 

「絶対、大丈夫! 安心の日本製」

 

 

 

 脳天に一撃もらったような、抑えがたい眩暈を感じる提督。しかし今、彼は倒れるわけにはいかない。

 

「この三連装スイートスポット構造って何なんでしょうね……早く中を見ないと……」

 

「やめろ……これはあまりにも危険だ!」

 

 興味深々の明石を止めようと、声を荒げる提督。

 

「ご存知なんですか、提督」

 

 やや緊張した面持ちで尋ねる大淀。

 

「ああ、若い頃にな……。いや、今もまあ若いか……。とにかくこれは俺が責任を持って処分する。明石、大淀、今日も世話になったな。しっかり休め」

 

「は、はあ……」

 

 明石と大淀は提督の謎の気迫に圧され、ただ見送ることしかできなかった。

 

 

 

 

 ヌキ風は猛烈な快楽の連撃を加えてきた。三連装ナントカ構造も本格バキュームもかなりの威力である。しかしながら、緩急の妙によってか存外長く楽しめた。不沈艦というだけのことはある。

 

 終わった後、どこに仕舞っておくか困ったし、初回用潤滑剤が無くなった今、再利用の術はないことに気付き、虚無感に任せ、窓から海に向かって投げ捨てた。ところで、あれは水に浮くのだろうか。それとも沈むのだろうか。

 

 


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