オナホ華道   作:プリン

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オナホ華道 5

「ふう、ただいま、であります」

 

 自室に戻ると、あきつ丸は誰にともなく挨拶をした。彼女の部屋も六畳ばかりの和室だ。畳に座って使う高さの、小さな机が一脚。畳んだ布団が二組。それと全身鏡が置いてあるだけで、生活空間としてはかなりの殺風景だ。

 

「うーむ、今日の提督殿、やはり、いきなりのことで困っていらっしゃった。もっと話すことをまとめておくべきでありました」

 

 そう独り言ちつつ帽子を脱ぐと、長押に取り付けられた鉤に引っ掛けた。そのまま全身鏡を見て、髪に帽子の跡の輪が出来ていることに気付く。指の間に挟んで張力をかけつつ整えると、すぐに跡は消えた。それでもなお収まりが悪い気がして、あきつ丸は頭を軽く振った。帽子から解き放たれた、さらさらの黒髪が揺れる。

 

「それにしても、私事のために出撃時刻をずらして頂いてしまうとは。自分のわがままで皆に迷惑をかけているのであります。反省……」

 

 あきつ丸はやはり誰にともなく話しながら、押入れの襖を開く。それから、今着ているのと同じ羽織りとスカートをハンガーごと一組取り出すと、長押に引っ掛けた。改装された折に、以前の灰色の制服と入れ替えた、黒い服だ。

 

「五十鈴殿も自分のことを大変気にかけて下さる。ありがたくはありますが、それで無用の手間を取らせるのは本意ではないのであります。目の前のことに集中しなくては。

 

 まあ、気を緩めて勝手を言わない。少なくともその教訓は今日の収穫でありますな。あとは明日から行動するだけであります。

 

 さて、お風呂で一日を締めるであります。あっと、その前に食事でありますな。今日の夕餉は……」

 

「焼いたイサキと小松菜のお浸しです。美味しかったですよ」

 

 あきつ丸がごそごそしているのと反対側の部屋の隅から声がした。後髪と横髪は肩の上あたりまでの長さで、前髪は真ん中で分けている。白いスクール水着を着て、海女さんや潜水士がしているような、草履の底のような形のゴーグルを頭にずらして引っ掛けている。はっきりしないが、どことなくあきつ丸と同じものを感じる。おそらく素朴な雰囲気が似通っているためだろう。隅っこで畳に膝をついて、何やらノートに書いている。

 

「おや、まるゆ殿、まだ起きていたのでありますか。お待たせしていたなら申し訳ない」

 

 まるゆは目立つ方ではなかったし、この鎮守府に来たのも最近のことで、存在を知らない者も多かった。しかし、あきつ丸が気付かなかったのは、まるゆの存在感が希薄だったせい、というよりは、あきつ丸が余所事を考えていたせいだろう。

 

「いや、あきつ丸さんの話が気になっちゃって」

 

「むむ、自分の独り言がうるさかったでありますか」

 

 独り言が多い自覚はあったので、あきつ丸は責任を感じた。まるゆくらいの年齢(少なくとも外見上は)の子供ならもう寝たほうが良い時間ではある。

 

「違うんです、その……みんなは迷惑そうにしてるんですか?」

 

「別に何とも。皆人間が出来ていらっしゃる。態度には何も出さずに聞いてくれるのであります」

 

 自分で言っておいて、艦娘に「人間が出来ている」という言葉が当てはめられるのか少し考えてしまった。考えつつ、箪笥からTシャツとジャージの下を取り出し、雑嚢に詰めた。

 

「あの、余計な心配しすぎだと思いますよ。多分、皆さんもそんなに困ってる訳じゃないでしょうし……」

 

「それはそう、であります、な?」

 

 人目や人の気持ちを気にしているのが問題なのか、終わりなく疑問が湧いてくるのが問題なのか、あきつ丸自身にもわからなくなってきた。鶏と卵の問題なのか、あるいは親亀子亀の問題なのか。もしかすると、関係ないのか。

 

「では失礼、無理せず早めに休むのでありますよ」

 

 そう告げると、あきつ丸は部屋を後にした。まるゆは出て行くあきつ丸を目で見送ると、またノートに書き込みを始めた。

 

 

 

 

 翌朝、あきつ丸が寝苦しさに目を覚ますと、まるゆの布団は既に片付けてあり、当人の姿も無かった。畳は、前の住人からか、さらに以前からか、入居者の生活を支え続けてきたせいか、年季を帯びた枯れ草色になっている。それに日が差し込み、い草の目の細かな陰影が見えるようになっている。いつもはまだ薄暗いうちに起きているので、感じられない趣きである。寝過ごしたかと思い時計を確認したが、まだ〇六四五、今日の活動開始にはまだ余裕がある。もっとも、あきつ丸個人の予定からしたら一時間ばかりの寝坊だった。彼女は毎朝八キロメートルほどのジョギングを己に課しており、普段は○六○○を回る前に起きている。多少悔いはあったが、普段と違うことをしたせいだろうと諦め、

 

「んー、気を取り直して、今日も頑張るのであります」

 

 と呟きつつ、伸びをした。

 

 と、そのとき、

 

「あ、あきつ丸さん! 起きられたんですね……? ただいま帰投しました」

 

 いつもの格好をしたまるゆが帰ってきた。

 

「『られた』とはどういうことでありますか」

 

「とっても疲れてるように見えたから……。もっと寝たいのか、それか病気なのかな、なんて……」

 

「自分は至って健康体でありますよ、きっと遅くに寝たせいでしょう。まるゆ殿こそどちらへ?」

 

「それは……見てください、窓の下」

 

「ふむ、窓の下? で、ありますか」

 

 あきつ丸が窓を開け、首を出して下を覗き込むと、素焼きの植木鉢が一つ置かれている。直径は二十五センチばかりで、土を満載すれば相当な重さになるだろう。まるゆ一人で運んできたのだろうか。水をやりたてなのか、しっとりと黒っぽくなった土からは、四、五本ばかり、若々しい黄緑色の双葉が両手を広げている。

 

「ふむ……」

 

 感想を述べあぐねていると、まるゆが話し出した。

 

「かわいいでしょう、木曾さんが種をくれたんです」

 

「なんと。木曾殿が」

 

 あきつ丸も、木曾が重雷装仕様に改装される以前は、同じ任務に出たことが数度あった。対潜哨戒任務ばかりであったが。あきつ丸は、彼女が戦闘と鍛錬を好み、他のことにはさしたる興味を持っていない印象があった。何にせよ、花の種を配るような乙女めいたことをするとは思えなかった。

 

「豪快ですけど、とっても優しい方ですよ」

 

「そうなのでありますか」

 

「はい! まるゆ、艦娘さんってみんな怖いと思っていたのですが、木曾さんについて回っていたら、結構お友達ができたんですよ」

 

「ふーむ、木曾殿でありますか……」

 

 あきつ丸は、木曾から話を聞いてみるのも面白そうだと思ったが、軽巡の知り合いなら五十鈴始め、それなりの数がいるので、そう急くこともないとも思った。自分の割り当てられた潜水艦寮から遠い、戦艦寮あたりから回ろうとも考えていたが。

 

「あ、まるゆ、今度木曾さんと一緒に釣りに行くんです。ご一緒にどうですか? きっと木曾さんもいいって言いますよ」

 

「釣りでありますか。どちらに?」

 

「鎮守府の埠頭の先っぽです。出撃する艦娘の波で底が掘れていて、ハゼだのキスだのが一杯隠れているそうです」

 

 あきつ丸は自分達の出撃が地形に与えている影響など考えもしておらず、興味深げに聞いた。釣れる魚もまあまあ好きな類だ。間宮にでも持ち込むのだろうか。砂上に伏せる魚たちを想像したが、それらはあきつ丸の脳内で瞬く間に天麩羅に調理された。

 

「それは美味そうであります」

 

「急な演習や出撃が無ければ、明後日の○四一五からだそうです」

 

「○四一五……随分早いでありますな」

 

「出撃や帰還も落ち着く時間帯らしいですよ。では木曾さんにも伝えておきます」

 

「ありがたい、のであります」

 

 そう言うと、あきつ丸はジャージを脱ぎ、いつもの服装に着替え始めた。対潜哨戒任務の時間は早朝にずらされたのだ。……あきつ丸の散歩のために。あきつ丸はありがたく思いつつも、自分ひとりのためにやることが大袈裟すぎて、申し訳ない思いがした。

 

 

 

 

「いや、広々としている。やはり一番乗りは気分がいいのであります」

 

 出撃ドックには他の艦娘は全く居ない。あきつ丸はいつも誰よりも早く出撃に備えるようにしていた。新入りの頃、念のためにそうしていたのが習慣になってしまい、今でも抜けないのだ。

 

「しかし、空き時間が増えるせいで由ないことを考えてしまうのかもしれませんな。もっと隙間のない時間管理をしたほうが、目の前のことには集中できるのか……いやはや」

 

 そうぼやきながら、あきつ丸は出撃ドックを見渡す。照明は最低限で薄暗いといえば薄暗いが、出口に差し込む朝日が水面で反射し、室内をきらきらと照らしている。天井に映った波の網目模様を眺めていると、つい時間を忘れそうになる。

 

「あの……鎮守府海域、対潜哨戒任務の集合場所はこちらでよかったかしら……?」

 

 不意にゆったりとした、それでいて艶のある声を聞き、そちらを振り向く。

 

 あきつ丸はつい見惚れてしまい、声も出なかった。まず目を引くのは巨大な艤装。戦艦の艤装はいずれも大きいのだが、彼女のはさらに別格である。まるで城を背負っているがごとき、圧倒的な存在感だ。しかし、その中心に立つのは、風雅としか言いようのない佇まいの……この国の女性的な美を体現したかのような、乙女だ。腰まで伸びた黒髪は、言いようのない光沢を放っている。その頭に乗った、艦橋を模した飾りの重厚さが、かえって髪の流麗な美しさを強調している。巫女服を模した衣装は、艤装を留める金具で絞られ、襞の細かいスカートと同じく、彼女の曲線を遺憾無く見せつけているが、それでもなお、清楚な雰囲気が損なわれてはいない。そこから伸びる肢体と顔はあまりに白い。いや、その下を流れる血潮のせいか、どこか空を舞う桜の花弁を思わせる、ほんのうっすらとした赤みがさしている。

 

 美しい。ただ、ひたすらに、美しい。あきつ丸の知る何者も敵わない、完全無欠の美がここに顕現している。

 

 固まっているあきつ丸に対し、美の化身が語りだした。

 

「初めまして、だったかしら。私、扶桑型超弩級戦艦、扶桑です。この度の改装で航空戦艦になりました」

 

「えっ、自分は陸軍特殊船のあきつ丸であります。あの、今後とも……よろしくであります」

 

「私、潜水艦相手の任務は初めてなの。大丈夫かしら……」

 

「えー、きっと大丈夫でありますよ。戦艦ともあれば、魚雷の一本程度、きっとさしたる問題ではないのであります。いや、自分は戦艦に同行するのは初めてでありますが」

 

 なぜだかしどろもどろになってしまうあきつ丸。こんな美しい存在が深海凄艦と放火を交えるなんて想像もつかない。

 

「そうかしら……そうね、今日の艦隊ではきっと一番頑丈ですものね。活躍できるよう努力致します。よろしくお願いします」

 

 やや目と口元に力を込め、両手を握り心意気を語る扶桑。柔らかな顔立ちに力が篭る様子が、こんなにも心を揺さぶるものなのか。あきつ丸はまるで酔ったような、不思議な感覚に襲われた。

 

「おはよ~おはよ~! あ、扶桑さんじゃん! 相変わらずデカいねぇ。朝の散歩? あ~艤装つけてるから出撃かぁ。んん〜? あたしたちと出撃⁉」

 

「時津風、失礼ですよ。扶桑はこの任務は初めてです。私達がしっかり潜水艦を沈めないと」

 

 あきつ丸が惚けているうちに、僚艦は揃い踏みだ。

 

「はいはい、わかってるって浜風! まあまあ、いつも通りやればいいでしょ〜?」

 

『そうだな。だが今回からはしばらく、この任務はこの四人で行ってもらう。少し忙しいぞ』

 

 不意に、スピーカーから提督の声がした。

 

『他鎮守府からの情報によると、その艦種の組み合わせが一番敵主力に近付きやすいらしい。航空戦艦の枠が扶桑なのは、まあ……丁度最近改修したからだ。伊勢型と差し替えた方がいいかは追って判断する』

 

「いや提督殿。五十鈴殿無しで、自分が旗艦でありますか?」

 

「問題か? あきつ丸もそろそろ慣れてきただろう。いつかは任せようと思っていたんだ。扶桑をフォローしながらは大変かもしれないが、まあ扶桑や他の艦を頼ってくれてもいい。扶桑共々、経験を積みつつ、なるべく戦果を挙げ、必ず生きて帰ること。頼んだぞ」

 

「……そこまで自分を買って頂き、感謝、であります」

 

 なるほど。もう支えられてばかりでも居られないのか。責任感と緊張があきつ丸の肩を震わせる。左右を見渡すと、各艦は屈み、いつでも出撃できる体勢だ。扶桑があきつ丸の方を向き、先程と同じ顔で、胸の高さで拳を握った。本当に何をしても絵になるな、と思いつつ、あきつ丸は頷いた。

 

「艦隊の、準備はいいでありますか。……あきつ丸、いざ出港する!」




なかなかオナホ華道しないな。
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