『いやあ、随分とご馳走になってしまったでありますなぁ。また気を遣わせてしまったか、反省……』
あきつ丸は扶桑らの部屋を後にしつつ、膨れたお腹をさすりながら考える。自室では一人反省会とばかりに独り言を言うあきつ丸だったが、流石に共用の空間ではしない。
と、昨夜まるゆから聞いたことを思い出す。
『いやいや、扶桑殿から誘って頂いたのにそう気後れすることもあるまい。お招き頂いたならありがたく従ってもいい筈』
そう考えると、少しばかり肩の荷が軽くなった。
『そういえば、自分が何者なのかの手掛かりは分からずじまいでありましたな。提督殿は人と話せば分かると仰っていたでありますが……』
口元に手を当て、やや猫背になりつつ歩くあきつ丸。
『そうだ、長門殿! 鎮守府最古参の彼女であれば有力な情報をご存知かもしれない。もしかしたら、自分の着任に立ち会っているかもしれないのであります』
思い立ったが早いか、あきつ丸は執務室へその歩みを向けた。
*
執務室に着くと、あきつ丸は壁に黒板が取り付けてあるのを見つけた。縦軸に七曜、横軸は○○六○から二三○○までの時刻が書いてある。隣には張り紙がしてあり、
「提督の予定(着任の有無、面会の可否)はここで確認のこと。妙高」
と、万年筆か何か、大変な達筆で書かれている。その下にさらに画鋲で紙が留めてあり「落書禁止 提督」と、赤の筆文字で大きく書かれている。
「なるほど……」
黒板の縁から草花を生やされたり、そこかしこに「カレー」「おやすみ」「###と###(判読不能)」など好き放題書かれたりしているのをまじまじと見るあきつ丸。黒板の右隅には、チョークで描いたとは思えない、精密な提督の似顔絵が描かれていた。
「ひどいもんだろ、やめろと言ってるんだが……」
「や、提督殿」
気付いたら、提督が執務室から出てきて、隣に立っていた。
「どうだ、新しい日程は平気か?」
「まだ半日ばかりでありますが、不思議と快調でありますな。そうだ、長門殿にお話をお伺いしたい。しばらくはご予定も無いようですし、執務室にお邪魔しても良いでありますか」
「そうだな、長門も予定は無い。許可しよう。ああ、俺は急用で遠征艦隊の様子を見てこなきゃならん。同席はできないが、いいか?」
「了解であります」
返事をすると、あきつ丸は執務室に入っていった。
*
「長門殿、失礼するのであります」
あきつ丸がドアを開けると、長門はこちらに背を向け、窓枠に肘をつき、鎮守府の練兵場を眺めていた。あきつ丸に気付き、ゆっくりと振り返る。
「おや、あきつ丸か。達者にしていたか? 先日来た時は随分思い詰めた様子だったが」
その声は、凛々しくも頼もしげな、どこか優しさを感じさせる響き。
「まだわからないのであります。あの時は自分、何故戦うのか、自分が何者なのか、どうしても知りたかったのであります。そう伝えたら、提督にはもっと色々な艦娘の話を聞くようにと……」
「ほう……」
長門はあきつ丸から目を離さず、真剣そうに耳を傾けた。
「それであきつ丸よ、その真意はまだわからないのか?」
「真意? 提督の、でありますか?」
あきつ丸は暫し考え込んだ。単に見聞を広める? それとも歩き回ることで知ることになる真実が……?
「皆目見当もつかないのであります……」
長門が目を細めた。
「これは憶測だが、提督はあきつ丸に鎮守府に愛着を持って欲しいのではないか? 仲間を理解してこそ信頼して背中を預けることができる。ここに暮らす皆を知ってこそ、ここを守ろうという意気込みも湧く。きっとそういう腹積もりなのだろう。もっとも、この長門にもわからん、深慮遠謀ありきなのかもしれんがな」
「なるほど、であります」
頷ける理屈ではある。確かに、今日のような交流があれば、扶桑を守りたいという想いも湧いてきた。冷静になってみれば、あきつ丸は五十鈴だって守りたいと思っていた筈だ。
「理屈にこだわっても、戦う意味は見えないということでありますか」
「おお、わかってくれたか」
「それはわかったであります。しかし、自分が着任した時の事もお伺いしたいのであります」
「それなんだがな」
長門は重々しく口を開いた。
「実はあきつ丸が着任したとき、私は一時的に秘書艦を外れていたのだ。ええと、確かその時は大淀か……。まあ、誰が秘書艦だったにせよ、明石は立ち会っていただろうな」
「なるほど、であります、今度は大淀殿と明石殿を訪ねてみるであります」
「フッ、収穫があることを願っているぞ」
長門が微笑んだ。
「……あ、そうだ、長門殿は『オナホ華道』、ご存知でありますか?」
なんとなく尋ねるあきつ丸。
「オナホ……かどう? なんだそれは? 是非教えてくれ!」
長門のあまりの食いつきの良さに面食らってしまった。
「なっ長門殿、顔が近いであります……」
「いや、な。以前この鎮守府の流行に乗り遅れ、少しばかり恥をかいたことがあってな。この長門、流行には敏感でありたい。あとな……私の出撃が資材を食うからと、普段は温存されているようでな。正直、退屈だ……」
温存されていることについて語るとき、長門の顔には僅かばかりの寂しさが滲んでいた。
「では明日、扶桑殿の部屋までご一緒するのはいかがでありますか。あの……出撃が無いのなら」
「本当か? 是非行かせてもらおう」
「では、明日は扶桑殿の所に行く前にこちらにお伺いするのであります」
「ああ、待っているぞ」
そして、あきつ丸は執務室を後にした。まるゆの言う通り、艦娘はそんなに怖いものじゃない気がしてきた。
*
翌日、扶桑の部屋。
そこには、扶桑、山城、あきつ丸、長門の他に、何故か時津風、浜風の姿もあった。
「あの……時津風、浜風、何しに来たんですか」
山城は不機嫌そうだが、時津風らはどこ吹く風だ。
「だってあきつ丸が遊びに行くって言ってるし〜? 置いてくなんてずるいずる〜い」
「私も、艦隊で共有されている情報を抑え損ねるわけにはいきません」
各人、思い思いに理由を述べる。時津風のは理由になっていない気がするが。
「まあ、いいじゃない。山城。他の子に親切にしてあげられれば、山城も分けてあげられるくらいには幸せだと実感できるわよ。きっと……」
「姉様……」
山城は感銘を受けた様子で扶桑を見つめた。
「では、始めましょう。と、言いたいところだけど……オナホは人数分も無いわ……」
「ほう、じゃあなんだ、収穫にでも行くのか?」
長門は訳知り顔で割り込んだ。
「何言ってるんですか? オナホが道端に生えてるとでも?」
山城が呆気に取られた顔で突っ込む。
「そういうものじゃないのか。ディルドは収穫したからな。失礼した」
「あら、不思議なこともあるのね。でもオナホは海で獲れるものと、ここで作られているもの、そして、外から来るものがあるわ」
「海で……? じゃあアレは貝……か何かを彩色したものなのでありますか」
あきつ丸が頭をひねる。
「まあ、そんなところ……ね」
扶桑はどこかズレを感じたが、あえて否定はしなかった。
「皆さん、床の間に飾ってあるTENGA。あれも一例でしかありません。オナホには無数のバリエーションがあります」
「山城の言う通りよ、色も形も、ものによって全く違うわ。あのような外殻に包まれたもの以外にも、中身が露出しているもの、皮の薄いもの……」
「ふむ、典型的な巻貝と、ウミウシやナメクジの差、のようなものでありますか」
あきつ丸は冷静な分析をした。
「んー、踏んだら汁とか出るやつ? キモイキモイ〜」
「時津風、それはアメフラシです」
「多分汁が出るのもあるわよ。猛烈に震えるのもあるから……」
「ひぇっ……それはちょっと怖いよ……」
時津風は、巨大ナメクジが靴の裏でのたうちまわる様を想像した。
「では姉様、これは宿題ですね。各員、次回の集合までに自分のオナホを調達すること。いいですか。次回は……」
「明後日の夕方にしましょう。日曜の夜だし、きっと誰も予定はないわ」
「よし、任せろ。ビッグセブンに相応しいオナホを見つけてやる」
長門が意気込む。
と、やおら浜風が口を開く。
「すみません、結局どこでオナホが手に入るのですか」
「駆逐艦寮になら、詳しい子が居た筈だわ。聞いてみたらどうかしら」
「オナホに詳しい駆逐……いや、オナホについてなんて聞いたこともありません。時津風は?」
「雪風のことではないよ。たぶんね」
当の駆逐艦たちには思い当たりがないらしく、ああでもない、こうでもないと話している。
「じゃあ、今日はこれまでです。姉様、お昼にしましょう」
「では皆さん、きちんと用意してくださいね」
食堂に出掛けて行く扶桑、山城に続いて、四名も退出した。
*
あきつ丸が居室に戻ると、敷布団と毛布が一組敷いてあり、そこに一人分の膨らみがある。頭側に出来た隙間から電気スタンドの光を取り込み、いかにも夜更かしする気満々といった様子だ。
「まるゆ殿、何をしているのでありますか」
あきつ丸が呼びかけると、まるゆが中からもぞもぞと這い出してきた。
「えっと、明日の予習です! 糸の結び方とか、餌の付け方とか……木曾さん、面倒くさいことは任せとけって仰ってたんですが、やっぱり、出来る限りはまるゆがやった方がいいかなって……」
「なるほど」
まるゆは木曾の面倒見の良さを理解しつつも、頼りきりにはなりたくないらしい。
「立派な心掛けでありますな……。それで……どうして毛布に潜っているのでありますか」
その様子を見てまず感じた違和感を問うあきつ丸。
「いや、明日は早いので、なるべく暗くした方が寝られると思ったんです」
「だから毛布の中に。それで、電気スタンドは?」
「潜ったら本が読めなかったので……」
「ふむ、それでは結局眩しくて寝られないのでは?」
「はい……はい? ……確かに……そうですね」
自分の行動の不条理さに頬を赤くし、本で顔を隠すまるゆ。
「まるゆ殿。欲張り過ぎでありますよ」
まるゆにそっと笑いかけるあきつ丸。
「その本、借りてもいいでありますか。自分も出来る限り覚えておきましょう」
「でも、あきつ丸さんも早起きするでしょう」
「たまには人の厚意に預かっておくものであります。まるゆ殿が仰ったのですよ。それに、自分は朝早いのには慣れているのであります」
あきつ丸がそう答えると、まるゆは暫く困り顔であきつ丸の顔を見つめ、口を開いた。
「あきつ丸さん、今日は良いことあったみたいですね」
「それはそうでありますな。今日というか……数日のうちに色々あったのであります」
あきつ丸は最近のことを思い出した。扶桑のこと、山城のこと、オナホ華道のこと、長門のこと……。
「そんな風に見えました。さて……明日も……よろしくお願いします……」
まるゆは本を読んでいたままのうつ伏せで、枕に顔を段々と埋め、そのまま眠りに入ってしまった。
「さて、自分はもうひと頑張りでありますな」
あきつ丸はまるゆの読んでいた釣りの本を拾うと、机に乗せ、頁をめくり始めた。
ログインするたびに「着任しました」と言われるので、勤務中を着任していると表現する世界なんだろうと思っています。