この素晴らしい世界にあふれんばかりの呪いと祝福を 作:ボンシュ
1話
「それでは女神様! 必ず僕が魔王を討ち取ってみせます!」
青年は決意に満ち溢れた目をしていた。青い光の柱を上へ上へと登っていく中で、片時も私から目を離さなかった。
光が消えて、青年はあちらの世界に旅立った。振っていた手を下ろして、どかりと椅子に腰掛ける。指を鳴らせば目の前に机と、その上に袋が現れた。開封すると同時に欲望の塊のような香りが辺りに吹き出す。
「やっぱ一仕事終えたあとは格別よね〜」
地球産のお菓子はどれもうまい。特に日本のものは高貴な私の味覚を唸らせる。これで酒でもあればと、同じように出そうとするが思い留まった。
「今度見つかったらヤバいんだったわ……でもそんな背徳感の中で飲むのもまた…」
女神の両方で天使と悪魔が囁く。
「“飲むな”っていうのはフリで、これは飲めってことよ!」
今回は悪魔が勝った。指を鳴らして出きた一升瓶をお猪口に注ぐ。透き通った液体が波波と注がれて、溢れそうになったそれを一気に煽る。冷えた酒が喉を通過する快感で、何度もそれを繰り返す。
蓋が開いてなかった瓶が半分まで減った辺りで、そろそろやめといた方がいいかとお菓子と酒を隠した。証拠は何ひとつないと自信に満ち溢れた女神の口の周りや服には食べかすが付いて、頬は赤く火照っていた。
「そういえば、こんな感じの時だったわね」
酔いどれの脳裏にじわりと蘇ってきた記憶。それははるか昔、仕事中の飲酒が初めて見つかる前の出来事だった。
その日は煎餅をおつまみに酒を煽っていた。まだ酒に対して弱かった頃、へべれけになっていた女神の元へ召喚の光が降りてきた。
「へぇ!? 嘘でしょ!」
最悪のタイミングだ。急いで証拠を隠して口の周りと服のゴミを払った。必死に女神としての体裁を整える彼女の前に召喚されたのは、手術着のような薄い布に身を包んだだけの少年だった。
「ようこそ死後の世界へ、貴方は残念ながらお亡くなりになりました」
しかし女神は慌てない。これまで数多くの人間を召喚してきたのだ。その中にはもっとひどい格好をした人間もいた。まだ局部が隠れているだけマシだ。
酔いを隠すのに必死な女神を前に、召喚された少年はその目をぱちくりと瞬きさせて周囲を見渡す。
「ここが、死後の世界なのですか?」
「これから貴方には3つの選択肢があります。ひとつは天国へ行くこと。もうひとつは何もかも忘れて生まれ変わること。最後が、ひとつだけ好きなものを持って異世界へと旅立つことです」
女神は早く事を済ませたかった。早くこの邪魔者をあちらの世界へ送って、落ち着いてまた飲みたいと思っていた。故に様々な手順を省いて伝えた。そんなやり方では、死んだばかりの少年に理解できるわけがない。
「なるほど、ここが死後の世界なのですね。わかりました。好きなものというのは、なんでもいいのですか?」
少年は年齢に見合わない紳士のような口調でそう言った。状況を飲み込むまでの速度が早すぎることやその死因など、もしも女神が素面なら死因に驚愕し、違和感の正体にも気付けたのかもしれない。
「その通りよ。“なんでも”OKだから、ちゃちゃっと言っちゃって」
女神の薄い体裁にヒビが入り始めた。もうなんでもいいから早く言ってほしい。この少年にバレれば、向こうの世界で少年が死んだ時に上司に伝わる可能性があるのだ。
その女神の焦りを知ってか知らずか、少年は特に悩むこともなく言った。その内容に女神は本当にそれでいいのかと聞くと、少年は黙って頷く。なんて無欲な奴だろうと思い、そして助かったと心の中で安心した女神は召喚のゲートを開いた。
「これは素晴らしい……クセになりそうな浮遊感です」
「そりゃよかったわ、それじゃあ、頑張りなさいね」
女神はもはや腰を上げることもせず手だけ振って見送った。その女神を少年は静かに見下ろす。
「ええ、そしてどうか貴女の旅路にも溢れんばかりの祝福を」
旅立つのはそっちでしょうが。光と共に消えた少年に女神は一人でツッコむ。
バタバタしたけど、無事このハードな状況を切り抜けたわ。達成感から脱力して女神としての威厳など何処かへ吹き飛ぶ。女神の椅子に身体を預けて、指を鳴らせばまた酒とお菓子が出てくる。飲み直そうと瓶からお猪口へ注ぎながら、先程の少年の願いを思い出す。
「エリス教の信者でもないのに“祝福”がほしいなんて、最近でも珍しい子供だったわね。」
まあ、楽だったからいいけどと女神は猪口を空にした。彼女がやったことは単に幸運値を上げただけだ。本来ならステータスの書き換えなど出来ないが、持っていける好きなものがステータス関連ならば話は別だ。
「さぁ〜て飲み直しよお!」
このあと、様子を見に来た天使に密告されてサボりが明るみになるとはかけらも思わず、女神はお猪口に注ぐ。
幸せな世界を見るとボンドルドを入れたくなる病が再発したら続き書きます