この素晴らしい世界にあふれんばかりの呪いと祝福を 作:ボンシュ
こんなボンドルドでいいんでしょうか。
二度目の人生初の景色は、街の中だった。埃がかった記憶の中のオースのようだ。見上げれば青い空から太陽が輝いている。奈落の底にも陽は届くが、直接見るのは随分と久しぶりだった。いるだけで焼かれそうな光に、たまらず日陰に避難した。
太陽の位置から察するに今は真昼時。街道を行く人の数はまばらで、そこかしこにある食事処に行列が出来ていた。
「そういえば、食事というのも随分と久しぶりな気がしますね」
アビスにいた時の食事といえば、栄養補給だけが目的の固形物だけだった。まだ私が人だった時は行動食も2号ほどで、助手からもよくこんなものを食べられると酷評を貰っていた。
「ますます興味深い。転生する際に肉体と魂を繋げ直しているのか、一度
もっとじっくりと検証を重ねてみたい欲求が生まれたが、それは膨らみ続けていた食欲の前にあえなく敗北した。まずは腹を満たさなくては思考も出来ない。少し不便な体になったと思いながらも、ボンドルドは近くにあったオープンテラスのカフェに立ち寄った。
扉を開けると香ばしいパンの香りが一層強くなった。思わず口の中に分泌された涎を飲み込むと、空いていた近場のテーブル席に座った。周りの客がチラチラと見てくる。そういえばこの身体の青年は栄養が行き届いておらず、少し色素が薄かった。その顔が珍しいんだろう。
「い、いらっしゃいませ……」
可愛らしい服を来た可憐な給仕係が水とメニューを持ってきた。軽く会釈して、テーブルに置かれた水の入ったグラスを片手にメニューを開く。書かれているのはどれも見たことも聞いたことのないものばかりだ。
「やはり言葉だけじゃなく、文字まで認識できている。違和感すら感じないほど軽やかに……」
脳に情報を詰め込むのではなく、刻み込んでいる可能性が高くなった。しかしそうなると、万が一失敗した時はどうなるのか。廃人になるのか、読み書きが出来ないだけなのか。自分のような転生者は珍しいだろうから、過去に事例があれば誰かが記憶しているかもしれない。
「あの……」
「おっと失礼しました、まだ慣れていないものですから。このお店のおすすめの料理はありますか?」
「あハイ。今の時間だとこちらの料理なのですが……失礼ですがお客様、お支払いはできるのでしょうか」
全身をくまなく見ながら給仕は問いかけた。ボンドルドが入店した直後、浮浪者のような布切れだけの姿を見て水だけ出してすぐに追い返そうとした。しかしその一挙手一投足からは紳士的な雰囲気を感じさせた。だから恐る恐る聞いたのだが。
「ああそうでした。私とした事が情けない。お恥ずかしながら、今は無一文なのを忘れていました」
それを聞いた給仕の行動は早かった。細腕からは想像できない力で首根っこを掴んで持ち上げ、入ってきたばかりの扉から外へ放り出した。
「冷やかしはお断りです!」
街道のど真ん中に投げ出されたボンドルドを、行き交う人々の様々な目が貫く。同情的なものはほとんどなく、どれもが汚らしいものを見る目だった。しかしそんなものは眼中になく、彼の興味は自分を追い出した彼女に注がれていた。
栄養が足りて無い身体とはいえ、頭が一つ分も違う小柄な女性が自分を投げ飛ばしたことに驚愕して目を見開いていた。既視感はある。不動卿と呼ばれる彼女は“千人楔”という遺物を大量に身体に埋め込む事で怪力を手にしていた。しかし今の少女の柔肌にそんなものは見られなかった。
「異世界と言ってましたが、この世界にも遺物があるのでしょうか…。または似たようなものが」
「おい
放り出された道のど真ん中であぐらをかいて思考に更けていると、突然肩を叩かれた。振り向くと巨漢という言葉が似合う男が心配気な眼差しを向けていた。これが、
「いやー助かったぜ! 人助けってのはするもんだなあ!」
「とんでもない。食事だけでなく衣服まで恵んでくださったことへの、ほんの恩返しですよ」
街の果てでは、モンスターから住民を守るための壁が建築されていた。その技術レベルの低さに驚いたボンドルドはここ数日の食事と服をくれたことへの恩返しにと、作業が捗るであろうものの作り方を教えていた。
「恩がデカすぎる気がしないでもないがな。にしても“昇降機”だっけか、よくこんなの思いついたなぁ」
滑車をいくつも組み合わせて簡易的なレバー式にした昇降機に資材が乗り、上の作業員に運ばれる。これだけで作業効率が何倍にも増した。
「以前にも同じようなものを使っていただけの事です」
降りてくる昇降機を見るとあの実験をしていた頃を思い出す。
「しかし本当によかったのか? この功績をオレがもらっちまって」
少し申し訳なさそうに彼が訪ねる。
「構いません。それも含めての恩返しですので」
「ちょいと変わってるが、お前さんいいやつだな〜。よし! オレに出来ることがあるならどんどん言ってくれ」
ボンドルドの言葉に気を良くした彼は、どんと逞しい胸を叩いて言う。それならばとボンドルドは作業をしている大工たちの方を向いた。
「実は、私にはどうも彼らの力の源がわからないのです。あの体つきでここまでの労働に耐えられるとは到底思えない」
筋肉の密度が高いのならば細くとも納得できる。しかし全員がそんな便利な肉体を持っているわけがない。堂々巡りの謎をボンドルドは大工の男にぶつけてみた。
「おめえさん、ステータスを知らねえのか?」
「ステータス? 聞いたことがありません。教えていただけますか?」
青年が巨漢に教えを乞う様子は、さながら教師と生徒のように見えた。実際は青年の実年齢の方が遥かに高い。だがそれを知らない周囲の大工たちは、若いのに感心だと、手を動かしながら感想を抱いた。
「素晴らしい……!」
ステータスについて粗方教えてもらったボンドルドは、その瞳をキラキラと輝かせていた。
「冒険者カードという端末を媒介にして、自分自身の肉体を変質させるということですね。それはどこで行えるのでしょうか」
「あ〜それだったら冒険者ギルドがあるからそこで登録できるぜ。にしてもさっきから思ってたが、お前さん変な言い回しだな。まるで紅魔族だ」
「それは良かった。急に切り上げてすみませんが、これから向かうことにしました」
この世界は素晴らしい。お世辞を抜きにしてそう言い切れるほどに、彼の探究心は燃え上がっていた。遺物の力やアビスの呪いが無くとも、登録するだけで自由に肉体の操作を可能にする。体力のない検体に施術して命を落とされることもない。いいや、やりようによってはかつて以上の研究成果を得られるかもしれない。そうなれば人類の発展にも貢献できる。いいことずくめだ!
嬉々とした表情のボンドルドは、今にもその場から発射しそうだった。“善は急げ”ということわざ通りに走り出そうとした彼には、男が言った紅魔族云々という言葉が聞き取れていなかった。
「おいおいおい! ちょっと待ちなって!」
すでに駆け出していたボンドルドの足が止まった。呼び止めた男に振り向くと、その手から小さな袋を投げ渡された。受け取った際の金属音、重さからまさかと思って男を見ると、親指を立てたサムズアップを向けていた。
「こんなによろしいのですか? 1万エリスほどありますが」
「色んなことを教えてくれた礼だ! もし足りないって思うことがあれば、またなんかアイデアをくれよ」
手を振る男に会釈で返して、ボンドルドはギルドへと足を進めた。
ボンドルドの身体情報
髪 灰色
肌 不健康
服装 袖や裾を詰めたぶかぶか服