この素晴らしい世界にあふれんばかりの呪いと祝福を 作:ボンシュ
敬語の文が全部ボンドルドのセリフに見えるのはしょうがないですね
アクセルの街は、数多くの転生者が最初に訪れるゆえにその影響を受けている箇所もちらほらと見受けられる。日本人が伝えた武器や防具の知恵は、巡り巡ってこの世界の人々を助けていた。
戦いの道具だけではなく、料理や家屋の建築方法など、日本からやってきた転生者たちはその文化をこの世界へと伝えてきていた。
「こちらの世界にもあってよかった。やはり身なりは整えておくべきですね」
街道を歩きながら、首元の
冒険者ギルドの中は、想像していたよりも狭かった。将来的にはいくつも並べられている机や椅子も、ほんの2〜3セット。入り浸れるような快適さのないそこへ、ボンドルドは足を踏み入れた。
「はじめまして、私の名はボンドルド。今日はこちらで冒険者としての登録をさせて頂きたいのですが」
「そうですか。それではこちらの書類に必要事項の記入をお願いします」
愛想のない受付嬢が差し出した紙とペンを受け取ったボンドルドは、スラスラと書き込む。内容に関しては大工の男から聞いていたので、悩むこともなく記入はすぐに終わった。
「最後にこちらの水晶玉へ手をかざしてください」
淡白な対応で、女は水晶玉を乗せた機械をカウンターの上へ置いた。水晶玉を囲むようにして取り付けられた機械はどんな動きをするのだろう。女の態度などすでに眼中になく、ボンドルドは青い水晶玉へ手をかざした。
「おお……これは…」
水晶玉が光を帯びた。それを起点に機械も動き出す。水晶から粒子のように降りた輝きは、3つの器具を通過して凝縮され、一本の光の帯になって照射された。それは下に取り付けられていた冒険者カードに命中すると、その項目ごとに細かい照射を繰り返す。その様子を、ボンドルドはじっと見つめていた。
「ハイ、出来上がりました。知能と幸運のステータスが高いですね、魔力は皆無ですか……特におすすめのジョブはありませんね。どうされますか?」
機械を繁々と眺めていたボンドルドの前から、用の済んだ機械をカウンター下へ収めた女は、出来たばかりの冒険者カードを見ながら問う。
「ではーーーー」
「おーい旦那ぁ〜。また呼ばれてますよー」
薄暗い廊下を、研究室まで歩きながら呼ぶ。全く返事も反応もないことに、これはまた入り浸っているなと察しをつけた。
「入りますよ〜」
ノックしても反応のない扉を開けると、密閉されていた異臭が一気に飛び出してきた。青臭さと死臭の混じったそれは、臭いだけで人を気絶させられる程だった。
「うわっ、やっぱりか。旦那〜いるなら返事くらいしてくださいよ」
異臭には慣れたと自負しているが、これはまた別格だ。男が鼻を摘んで入ると、部屋の真ん中で背を向けてボンドルドが立っていた。3つの灯りで目の前を照らして、動かしている手元からは時折潰れるような音が聞こえて来る。
「これはこれは、イニシェーラでしたか。夢中になって聞こえてませんでした」
持っていたメスを置いて振り向いたボンドルドの体には、白衣の上から青と赤の色の体液が付着していた。マスクを取った顔はすっかり成長して、すでに立派な大人になっていた。
「また呼んでましたよ、なんか機動要塞とかってやつの件らしいです」
「ああ、“あれ”のことですか。私からは特に言えることはないと伝えた筈なんですが」
「いい加減しつこいっすよね。ここも潮時じゃないですか?」
「残念ながら、そう簡単にはいきません。ここ以上の技術を持つ国は、そう簡単に見つけられるとは思えませんから」
そう言うと、待ってましたとイニシェーラは笑みを浮かべた。
「そう言うと思って、実はこっそり俺たちの方でここの使えそうなものとかを丸パクリして別のとこに作っといたんです」
「それは実に素晴らしい報告です。どこに保管したのですか?」
「機動要塞を作ってるやつの別の研究所っすよ。ほら以前、改造人間を作ったってところの」
“改造人間”というワードを聞いたボンドルドは、昔の楽しい思い出を振り返ってそれを噛み締める。
「紅魔族の方々の事ですね。ええ、覚えていますとも。彼ら彼女らとはとても仲良くさせて頂きましたから」
「俺にはどうもついていけないですわ。あいつらの言ってる事ってアクシズ教徒並みにぶっ飛んでることがありますからね」
「イニシェーラ、それは価値観の違いというものです。いつまでも否定していては理解することもできません、まずは歩み寄ることが大事なのです」
そういうものなのか。紅魔族やアクシズ教徒の考えることは理解できる気がしない。見かねたボンドルドは、白衣の下にあるポケットから一枚の紙を取り出してみせた。
「えっ!? 嘘ですよね!」
彼が受け取って広げた紙はアクシズ教徒の入信書だった。そこにはボンドルドの名前がハッキリと書き込まれている。
「いまや常識に左右されない新しいアプローチが必要なのです。入信したからといって害はありませんよ。それどころか彼らの何人かは喜んで私の実験に協力してくれるようになりました」
「まあ、旦那がそれでいいなら何も言わないッスけれど……うっ!」
「おや、どうかされましたか?」
手紙の内容に驚いて鼻を摘んでいた手を離してしまった。入り口で嗅いだ時よりも濃厚な臭いが鼻を通過して胃を揺さぶる。
「うっぷ、いや大丈夫…っス。てか旦那は何をやってたんすか?」
「ああそうでした。是非とも皆さんに見てほしいものがあったのです」
ボンドルドが身体をよけるとそこには金属の台があり、その上に横たわっているのは幼い少女の姿だった。切り開かれた胸の中は空になって、中身はその隣の小さな金属の皿の上に乗せられていた。その血のほとんどが緑色であることや、取り出されたものが人間の臓器でなければ凄惨な光景だったろう。
「うわっ、これって安楽少女ですか?」
「その通りです。彼女たちは冒険者を可愛らしい見た目で騙し、籠絡し、依存性のある果実で虜にします。そして衰弱していく人間に根を貼り養分とする。とても興味深い生態なので調べていたのですが…」
取り出した中身のうちの、心臓に似たものを掴んで近づけられた。とてつもない臭いに鼻が曲がるかと思ったが、香ってきた異臭よりも強烈なある臭いに眉を潜めた。感覚が少し鈍くなった気がした。
「これってまさか」
「そうです。この臓器だけではありません。彼女たちの体のほぼ全てにこの成分が含まれていたのです。そして紫外線に当てるとそれは急速に増えていく。つまり彼女たちは日光を栄養にして体内で中毒性もある物質を生成する事ができるのです」
とてつもない発見だ。
「じゃあこれを分析すれば、感覚を鈍らせて痛みを無くす薬とかも出来るってことですね」
「流石はイニシェーラですね、その通りです」
イニシェーラの頭の中では喝采が巻き起こっていた。これでようやく、検体を固定したり絶叫に耳栓する必要がなくなる。これはすぐにも仲間たちに知らせなくてはいけない。
「じゃあすぐにでも始めましょうよ。オレ、他の奴らをかき集めて来ます!」
軽い足取りで部屋を去ろうとした時、ふと疑問が浮かんだ。こんな発見をすればすぐにもボンドルドは仲間を呼ぶ。しかしなぜ呼ばれなかったのか。入り口で足を止めて、振り向かずに口を開いた。
「旦那…もしかしてずっと入り浸っていたのって……」
「お恥ずかしながら…」
それはそうだ。いくら旦那といってもそんなものの保管庫のような身体を切っていたらそうなる。
イニシェーラは、何度言ってもしつこく勧誘してくるこの国の王様に少し感謝した。