Guilty Crown After   作:九折

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分割の2番目です。
正直早くイノリとシュウの日常回を書きたいのでこの話まではかなり端折って超展開にしています。なので半ば強引な場面展開が多々あると思います。すみません。


第1話 贖罪

 

 

 

 

 

アヤセとの会話からシュウはダアトに連絡を入れる。

もちろん連絡といっても携帯ではなく結局のところただ呼び出すだけだった。彼らはいつも彼を監視し続けているのだろう。

アルゴとの早朝訓練や自身の鍛え上げられるところ、準備できるものを総動員して半年。ついにシュウは日本を飛び立つ。

昔のようにダアトのゲートを通じて移動することはもう王の力を所持していないシュウにはできない。空路でダアトの本部。つまり敵の総本山に向かうしかない。

最初こそこの計画を知ったツグミやアルゴは反対した。反対した上で決心しているシュウを見て一緒に行くと言う話を持ちかけたが断っていた。その時一発殴られた。

2人なら口もかたく、特にアヤセに問いただされても隠し通せると判断した。

しかしシュウだけでいくというダアトの条件付きである上に不確定すぎる計画なので少なくともアルゴたちは日本を守ってほしいという意向を伝えたのだ。

シュウというイレギュラーを連れ出して、手薄の日本、ひいてはシュウの知人たちを人質に取る可能性だってあるからだ。

ダアトに対して慎重すぎるという言葉はない。

行き先も知られることもなく、シュウは旅客機ではなく個人の飛行機に言われるがまま乗る。

ダアトの意志である男はシュウの付き添いとしていつも飄々と楽しむように行動していた。

 

「桜満集。君はなぜそこまで入れ物の人格にこだわるんです?」

 

入れ物の人格、かりそめの心、いつもダアトはイノリのことを見下して語る。だがシュウはもはや怒る気は無い。ただ嫌気がさす。

普段大人しく穏やかな表情のシュウも彼と同行しているときはまるで独裁を敷いていたあの時のような顔つきだった。

 

「……彼女は人間です。それ以外の理由なんてない。」

 

正直に多くのことを語る気にはなれなかった。それでも祈りがなんであるかの訂正だけはしっかりとしておきたかった。

 

「へぇ。」

 

シュウは空港を見る。

ウイルスが蔓延していた頃はほとんど日本人は渡航を制限されていた。保菌者。全員が感染している確証もないのに空路も海路も断たれていた。

だからこそシュウは今回初めて外国にいく。

幼い頃フェリーなら乗ったことはあるが飛行機は初めてだった。

ゆっくりと機体が加速することで少しだけ恐怖感を感じる。自分が支えとしている地面が大きく揺れ動くような。

そこからは難なく飛行して、途中秘密なのでと一言入れられて窓に全て目隠しが設けられた。シュウの座っている座席の反対側もう片方の飛行機の窓側にはダアトが静かに本を読んでいる姿が見受けられる。

彼が自分はダアトの意志であるということしか言わないので彼自身が「彼」と読んでいいものなのかが不明でいまいち距離感が掴みづらい。

全ての元凶である憎悪の対象でもあるが、憎しみだけにとらわれてはいけないとハレいっていたはずだ。だからこそシュウはダアトを問答無用で殺そうとはしていなかった。本を読みだけならまるで美青年の読書姿で話題になるだろう。もちろん見えていないので想像ではあるが。

 

「君はイノリをモノだと化け物だと見下すけれど君はどうなんだい。」

「……意外ですね。君が僕に興味を向けるなんて。」

 

ダアトは本にしおりを挟むと1秒ほど目をとしてニコニコしながらシュウへ向き直る。

 

「僕はあくまで一つの個ですよ。人間です。分類学上はね?もちろんダアトの意志であることに変わりはありませんが、私はいわゆる外部端末なんですよ。」

「外部端末?」

「ええ、ダアトは秘密結社という組織形態ですがいわゆる表に出ない組織。つまりは必ず誰か動くものが必要になる。」

「それが……君。」

「ええ、だから君が私に対して何かしら攻撃を行っても私は死ぬわけではありません。数ある端末のうち一つがなくなっただけで替えは無数にあるのです。」

 

それこそまるでイノリのようにクローンではないかと思ってしまうが、そんなことはどうでもよかった。むしろ敵として見たときに難易度がさらに上がったということでもある。

シュウはイヤホンを出し、いつもの動作で歌を聞き始める。

曲をきくと、音の振動はシュウの脳を揺さぶり、熱量は体温を高める。

まるで美しい声が、ただの電子音声であるはずの声が、シュウを守るように感じられて。その愛を体いっぱいに抱きしめられているようでシュウはぐっすりと眠る。

もう敵の腹のなか。

警戒などしていたらいつまでも寝ていられない、とシュウは開き直ることにした。

飛行機がたっぷり12時間飛び続けて、大きな振動で目がさめる。

とっさに事故か攻撃かと飛び上がるが、シートベルトと毛布が邪魔してうまく立ち上がれなかった。

 

「そろそろ着陸です。外は寒いですから。気をつけて。」

 

まるでシュウを仲間のように気遣っているダアトに薄ら寒いものを感じるが、事実少し肌寒くなってきているのを感じる。外は真っ暗だ。

飛行機がゆっくりと減速し、安定した速度に切り替わる。

窓からは誘導灯の光は見えるものの、ビルや車の光は、全くといっていいほど見えない。

シュウ自身町の音を聞き分けられないのであまりの静寂さに不安になる。

そこからシュウはダアトに従って目隠しをしながらついて行くことになる。

もちろん失明しているシュウは外の様子を見ることは叶わないが、これは慣例だとダアトは伝える。

途中まるで床の材質が硬い金属に変わったようで、コツコツと靴の音が聞こえる。反響の具合からして縦横10mほどの建造物にいるらしい。

 

「さぁもうすぐですよ。」

 

大きなロックが外れたように、馬鹿でかい音が耳につんざく。

金属と金属が擦れ合って大きなものが、とてつもなく大きいものが動く振動が足を伝ってシュウに組織の強大さを伝えていた。

匂いはしない。

想像するに土や岩の匂いを感じて入れば洞窟という想像が的中していたのだが、今の所感じるのは金属とセメントの匂い。

巨大な施設でシュウはなるようになれと腹を再度くくり直す。

頭の中ではガイを思い出していた。

彼ならきっとこんなとき慌てずに不敵に笑って余裕を見せる。ガイはガイ。僕は僕だと今でも思っている。だからこそ他人の良さを理解し受け入れる。それこそが進化なのだ。

5分ほど歩いて、3度大きなドアをくぐって何度も道を曲がる。

頭の中はイノリのことと、何かあった場合の逃走経路。何度曲がって何歩歩いたか頭の中に記憶しておく。すでにルートは構築されている。

途中身体検査を何度もされたが、バッグを確認はされていないようだった。

ダアト側も別にシュウに対して警戒行動をしているようには感じられない。バックに入った拳銃はいつでも抜けるようにセットアップしてある。

もちろんあのダアトに拳銃など意味があるかどうかはわからないが。

 

「着きましたよ。」

 

声の反響が少ない。個室のように狭い空間だとシュウは思う。

黒い目隠しを外される。

光が一気に瞼を超えて眼球にあたり、眩しさと痛みを覚える。それほどまでに明るい部屋だった。見えずとも網膜に痛みは感じる。

シュウには見えていないがスーパーコンピューターだろうか、ツグミの部屋にあった演算装置と似たようなものが無数に部屋の中央にある水槽に繋がっている。

水槽には液体に髪を揺らしながら、その美しい体を惜しげも無く見せつけ、口にチューブを繋げられたイノリが目を瞑って浮かんでいた。

話には聞いていた。

だからこそ実際に見るまでは感じとるまでは信用できなかった。

感動の再会とはいかなくとも、彼女に関係するものがそこにあり、かつ生きていることがシュウには嬉しくてたまらなかった。泣くことはいまはしない。嬉しがって駆け寄るのもいまはしない。

シュウが油断する瞬間といえばまさにこの時しかないとシュウ自身が理解している。だからこそ必死に彼女の元にいきたい足を床に押さえつけて、振り返る。

 

「それで?」

「……もっと動揺すると思っていました。」

「後ろから刺されかねない。それにイノリの心の話がまだだ。」

 

ダアトは少しだけ目を見開いて本当に驚きながら感心している様だった。

彼はシュウの成長を喜ぶように3度拍手を軽くすると、水槽近くのコンソールに行く。

 

「本来ヴォイドは王の力でしか取り出すことはできません。」

 

そう。王の力を失ったシュウは本当の本当にただの一般人になってしまっている。そこそこ動ける一般人だ。

 

「ですが桜満真名のこころは散らばったヴォイドを最終的に一つに集約することで再生することができました。あなたがヴォイドを使い戦えば戦うほどイヴの心は完成されていく。」

 

そう、だからこそイノリはずっと苦しんでいた。

シュウは右目をピクリと動かす。

 

「少しフィクションじみた言い方をすれば、彼女の心は誰かのヴォイドと融合して残すことができるのです。……ええそうです。」

 

シュウがゆっくりとダアトが何をしようとしているのかを理解する。

シュウのヴォイド「集めて吸収する」能力はあの時イノリの心を集めて吸収し自身のヴォイドに格納したということである。だからこそ曲を聞くたび、生活するたびに端々にイノリの姿が見えるのはそういったことに起因する。

 

「ここに王の力があります。といっても使い切りのものですけどね。」

 

シュウはその言葉に不思議と驚きはしなかった。

全てを理解しているわけではないシュウは少なくとも王の力と似たような力をダアトが使っていた。ゆえにダアトにその力が一体どれほどあるのかなんて知ったことではなかった。

3つしか生成に成功しなかったヴォイドゲノム。

2つはシュウとガイで使用したわけではあるが、残りの1つなのかそれとも他のまた別のものなのか。

 

「安心してください。ダアトに残された最後の王の力です。」

 

ダアトはアンプルをシュウに渡す。

敵から渡されたウイルスを使えるのかどうかはシュウ次第であるが、先に進むためには仕方ない。

 

「それを使用し、一度だけ王の力を発現させます。その後あなたのヴォイドを取り出し、彼女に入れてください。他人に他人のヴォイドを入れることは初めてではないでしょう?」

 

セガイのことを言っているのだとしたら余計にイラつくがシュウは冷静な思考に戻る。

 

「僕のヴォイドを入れた場合イノリは僕になるのでは?僕はどうなりますか?」

「心配せずとも大丈夫ですよ。世界に同じヴォイドはない。故に彼女に転写されるのはあなた以外の部分です。つまり桜満真名であり楪イノリである心だけが転写される。」

 

ダアトが理屈っぽい説明をし始めるがシュウとしては悩みどころではある。

シュウは死にたいわけではない。

死んでイノリを助けられるなら助けたい。が実際に助けられるかどうか不明のままで簡単に命を投げ出すことはしない。ハレはシュウがシュウ自身を大切にすることを望んでいた。イノリもシュウの犠牲に成り立つ自身の命など欲しくはないと思うはずだろう。

昔のシュウのように自分を捨てて誰かを助けるのではなく、誰かを助けて、自分も助かる。そういう模索をシュウは諦めない。

シュウは胸にアンプルを挿す。

ダアトはまさか説明半ばでそんな行動に出るとは思っていなかったようで、短い笑いをこぼした後コンソールに向かって信号を構築して行く。

シュウは3度目の吐き気と激しい動悸を感じる。

一瞬失敗だったかもしれないと思うが後には引けない。3度の人外未知のウイルスが体を侵食して行く。死ぬかもしれない。そもそもシュウの体が耐えきれるのか。APウイルスを3度も受け入れて正気を保っていられるのか不安だったが、それでも突き進むだけの価値があるとシュウは投与したのだ。

膝が折れ、跪く。

声は枯れるほど叫びをあげて、顎は震え、手は軋み、目から大量の出血。

反射的にコンクリートの床を殴りつける。

義手が軋みをあげて地面にヒビが入る。

普段ならそんな怪力すら出ないはずがこれもウイルスの力なのかもしれない。

しかし暴れ出す血液を押さえつけながらも、シュウは見えない目でイノリを捉える。

義手を覆い隠すほどの紫色の鉱石がシュウの切断された腕から溢れ出す。義手を包み込みあの時と同じように青色の亀裂が走り、バキバキときしませながらもシュウは一度こっきりの王の力を手に入れる。

ダアトはそんなシュウを余所目にコンソールに向かい続けていた。

水槽が救急解放のアラームを鳴らしながら開く。

溢れ出す水に構うことなく、シュウはヨタヨタと歩みを進めた。

血管が浮き出し、骨は悲鳴をあげている。

 

「不完全とはいえ……3度もヴォイドゲノムを受け入れて生き残っている……さすがはイヴのみ込んだ男というところでしょうか。」

 

ダアトはコンソールの操作を終え、新たなる復活の儀式を見守る。邪魔など入れさせない。

シュウは遠のきそうになる意識を必死に起こして一歩一歩歩んで行く。

水を滴らせたイノリの体が力なく重力に従って脱力した状態で機械に固定されていた。シュウは口ずさむ。

 

「ハッ……なさな……いで……、手を……握って……。」

 

シュウはありえないほど重く感じる右手をイノリの体へ向けて持ち上げる。

イノリの魂のない器が白く発光し、シュウの右腕を受け入れる。

他人に他人の心を挿れるのは難しい。それでもどんなに難しくともシュウはやり遂げる。それこそが王の器。桜満真名が定めたアダム。

青いひび割れが大きくなっていく。

シュウの形取られたヴォイドが崩れゆく。

 

「いの……り……おでこくっつけて………一緒に寝よう。」

 

光の中にゆっくりと手が沈み込んでいく。暖かくて柔らかい。気持ちの良い感覚がシュウの中にも伝わってくる。ヴォイドゲノムに蹂躙されつつそれに耐えるシュウはまるでゆりかごの中にいるかのような気持ちになった。

右手が崩れていく。

王の印すらひび割れで消え失せて崩れていく。

シュウはまた自分は守られたのだと思った。イノリの力に守られ続けていつだって救われてきた。だからこそ右手が砕けて、シュウのヴォイドが砕けても慌てることなどなかった。

シュウの中からイノリが消えていく。

怖い。

喪失感がシュウを誘う。

恐ろしい。

シュウは寒さを途端に感じる。だが同時にそれはこの不安定な計画の成功を告げているのだ。シュウはイノリを見る。

美しい白い肌。鮮やかな髪色。ほんのりと生気が灯った顔つきに先ほどとは違う人形みの喪失を感じた。

シュウは途端に力が抜ける。

今まで支えてきたもの、支えてもらっていたイノリの力が全て抜けきって、崩れ落ちそうになる。新しい誕生を後ろでダアトが祝っているとはいえここは敵陣。気を失っては意味がない。帰るまでが作戦なのだ。

だからこそシュウはイノリを抱きしめる。

深く深く抱きしめる。

自分のモノだと。自分の女だと深く抱きしめて支えにする。比翼の鳥のように足が崩れるならイノリを頼る。どちらかだけではダメなのだと固く意識を保つ。

シュウはゆっくりと収まる光を無視しながら音階も音程も狂った、されど心からの歌を口ずさむ。聞く人が聞けば下手くそだと思うだろう。それでも歌を歌う。約束なのだ。

イノリは未だ眠ったままでしかしシュウはそんな彼女を見ながら苦笑して、最後の力を振り絞って立ち上がり彼女を抱える。見えずともわかるものがある。

これが人の重さだとでも異様に重かった。

だからこそ今までの幻視でなく本当に目の前にイノリがいることに喜びを覚えて、ダアトに向き直る。

ダアトは最後までシュウを襲うことなく新たなる姫の4度目の再誕に心を震わせているようだった。

 

「これから私たちダアトはあなたたちを監視し続けます。しかし同時にあなたたちが死ぬまで守られ続けます。」

「嫌だけど………イノリが生きれるのならそれでいいよ。」

「私たちもそれが望みです。まぁ楪イノリが目的ではないのですが。」

 

それも理解した上でシュウは腕の中で眠るイノリを見る。

物々しい2人のことなど気にすることもなく、優しい顔つきで寝ていた。ダアトは彼女のバイタルが正常であると伝えた後、任意の場所に送り届けると言う。

シュウはこんなことを言いたくなかった。

それでも最後まで自分を信じてくれた1人の友人のことを思い出して、去り際、ダアトにいう。

 

「……ありがとう。」

 

その言葉は場にふさわしくなかったのかもしれない。

本来ダアトたちがいなければシュウの大切な人たちは死んでいなかったはずだ。それでも、それでもだ。きっと彼女はそんな時でもシュウに笑ってこう言うのだと思った。

「シュウ?ちゃんとお礼。言わなきゃ……だめだよ?」と。

聞き慣れた声が脳内でこだまする。

弱かった自分をずっと見守ってくれた。ずっと見捨てずに信じ続けてくれた。懐かしい声はイノリと同様にいつだってシュウを支えてくれた。この世にいなくてもずっと寄り添ってくれている。いまでさえ。

ダアトのヴォイドに今の言葉がなんの影響も与えないかもしれないのはわかっている。それでもヴォイドはゆっくりと変わっていく。

ダアトは虚を突かれた顔をした後ニヤッと笑うと身を翻して飛行機に戻った。

初めて言われた新鮮な言語形態のひとつに少々驚きながら。

 

 

 

 

視界が緑色の艶やかな自然の音色で埋め尽くされる。

暖かな風が皮膚の産毛を撫でて、心地よさをかきたてた。

鳥のさえずり、水のささめき、土のいい匂い。

東京では味わうことのできない大自然の空気を花いっぱいに吸い込んでひとつの命が目覚める。瞼はくっついていて開くのが困難だった。体は重く、思ったように動かない。世界は美しいのに体が動かないのが残念だった。

干からびた唇をなんとか開いて喉を震わせる。

 

「ぁ……………か……ぃ………。」

 

どっと疲れる。まともに喋ることもできずまどろみがまた彼女を飲み込んでいく。

せっかく起きた彼女はゆっくりと閉じてしまう瞼の端で茶色の髪を携えた人影を見た気がした。

 

 

 

それからしばらくして再度は何くすぐったさを感じる。

鼻先にはちょうど赤い虫が飛び立とうと間がいている最中だった。最初こそ少しだけビックリしたがどちらにせよ体は重く、払いおとすことはできない。

凝り固まった目を動かしながら周囲を確認する。

完全に見覚えはなかった。

それでもどこか懐かしい雰囲気を持った人影が近づいてくる。

 

「イノリ。」

 

ブワッと身体中の血管に血液が行き渡って痺れる。まるで今までうまく通っていなかった血が己のゆくべき場所を思い出し一斉に動き出したかのように。

深いまどろみからの覚醒は彼女を震え上がらせて、それでいて彼女は首を必死に動かそうとする。しかし動かない。

それでも悔しくて、でもそれ以上に嬉しくて嬉しくて涙が出る。

ずっと使われていなかった涙腺は順調に稼働して、仰向けに寝ている彼女の耳に滴り落ちる。口を動かして喋りたいともがく。

知っているのだ。

声の主を。

体が、心が知っている。求めている。

砂漠で行き倒れている人に水を渡したかのごとく彼女は暴れる。

目に収めたい。疑念を払拭したい。大切な人を見たい。

硬くなった目尻を涙でほぐし、イノリは顔の正面に見えるぼやけた顔に焦点があっていくのをゆっくりとまった。少しだけ、ほんの少しだけ怖かった。自分の思っている人と違ったら?あり得ないとわかっていてもどこか怖い。

それでもピントが合った瞬間、イノリは口をゆっくりと動かす。話したかった。伝えたかった。今自分の名前を呼んでくれた人に名前を呼んであげたい。歌を歌いたい。

 

「わかってるよ゛。」

 

全てわかっている。そんな顔をした男。桜満集。

言葉尻が震えてうまく言えてない彼にイノリは懐かしさを感じる。イノリの目にシュウの涙が落ちる。反射的に目をつぶりたくなるがそれでも目を開けたままシュウを見つめる。

それほどまでに彼を見たかった。

彼の少し大人びた顔つきに安心した。

なぜ?どうして?なんていう疑問は後回しだ。深く考えるなんてらしくないと思いながらイノリはシュウの顔をみる。

 

「ぁ……………い……………ぇ。」

 

言葉がうまく作れない。

長いこと喋っていないことはわかる。それでも憤りを感じてしまうほどに話したい。

シュウはイノリの額に手を当てる。

熱はないと確認して。左手をひたいから頰へ持っていく。親指でイノリの右目から落ちた涙を拭って儚げに笑った。

イノリの額にシュウは口づけをする。

途端にイノリは驚いて固まってしまう。

それでもどこか安心したように意識が途切れ始めた。まだ少し眠たかった。シュウが無理にでも寝かせてくれたのだと思う。

だからこそイノリはその一時の別れを恐れることなく、受け入れて瞼を閉じる。

大切な人が守ってくれているから。

 

 

 

 

どこか牧歌的な田舎の農村でシュウはイノリと一緒に生活をしていた。

イングランドの端、近くに海が見えるこの家はダアトが手配したものだ。

監視カメラなど一台もない。現代の日本ではありえない田舎の風景に心が洗われるような気持ちになる。

紙袋に複数の果物と食材を入れて左手で抱えながら玄関を開ける。

家を離れるのは少しだけ不安だったが、ダアト曰く「もう手を出すことはない」と言っているのでとりあえずはそれを信じて生活していた。

ダアトを携えたイノリの再誕計画を終えてからすでに1ヶ月。

最初こそ東京に帰る予定では合ったのだが、シュウは待ったをかけた。

イノリの昏睡状態が長引く中で日本に帰るのは危険が伴う。

そう考えるとダアトがある提案をしてきた。

ダアトにとっては資金も権力も思いの儘で、この丘の上の緑豊かな家に一時療養することを言い出したのだ。配慮したのかどうかは置いておいて監視カメラもなければ電気製品も最低限しかない。

シュウは多少不安もあったが、イノリの療養にはぴったりだと思いその提案を受け入れた。それからダアトとは全くと言っていいほど交流はなく。あれが夢だったのではと思うほどだった。

多少地域の人と折り合いをつけて、もともと日本人よりの顔でないイノリやシュウはすぐに受け入れてもらえた。

村の人はいわゆる「妻の療養生活を支える夫」として見ているらしい。少々恥ずかしい勘違いではあるものの好都合なのでそれでなんとなく通すことにした。

シュウ自身の持ち前のコミュニケーションでなんとか交流を深め、例えば今紙袋の一番上に乗っているりんごも近所の人からいただいたものだった。

 

「ただいま。」

 

シュウは静かで広い家に声をかけるようにドアを開けて中に入る。

玄関に荷物を置いて、真っ先に寝室へと行った。

寝室のドアを開けると、花のいい香りが鼻腔をくすぐりどこか恥ずかしくなる。1人では少し大きいベッドに少女が腰をかけて座っていた。

 

「おかえり、シュウ。」

 

イノリはいつものように微笑んでシュウに駆け寄る。

多少力も戻ってきて1人で歩けるほどに回復したイノリはシュウを抱きしめる。いつも帰ってくるたびにこうやって抱きしめあっているのでシュウは少し乾いた笑いでイノリの肩に手を置く。

 

「ただいま。イノリ。もう結構歩ける?」

「大丈夫。」

 

イノリは密着した体を離して、シュウと一緒に玄関に置いてある食材をとってキッチンへと行った。

イノリにはすでにある程度の話をしてある。もちろんダアトとのことも。

ガイや多くの仲間が死んだことを伝えるのは心苦しくもあった。涙をこぼすことも幾度もあった。

それでも今はこの生活を、命を受け入れようとイノリとシュウは前向きだった。

 

「これ、ご近所さんに貰ったんだ。」

「………美味しそう。」

 

シュウはリンゴをイノリに手渡す。

イノリはそれを受け取るとひとかじりして美味しそうに笑った。そんな彼女を見て、なんだかとてもほっこりしたシュウは昼ごはんの準備をする。

シュウは常にイノリの体調に異変がないか気にしており、バランスの良い栄養の整ったご飯を作っていた。日本にいればレトルトで済ませてしまうものでも、今は外国の地でそういった電気製品もないので仕方ないことだった。

最近はイノリもリハビリを兼ねて料理を一緒にやったりしている。

といってもほとんど回復しており、最近は庭で日向ぼっこをしたりシュウが管理している小さな農場の手伝いをしたりしている。

どこか田舎的な暮らしはシュウもイノリも受け入れて、楽しく暮らしてはや一月。シュウが日本を出て半年が経っていた。

 

「シュウは日本に戻らないの?」

 

イノリが昼ごはんである目玉焼きとパンを頬張りながら目の前のシュウに問いかける。シュウは左手を器用に使いながらジャムをパンに塗って口に含んだ。

 

「正直、気が進まない……かな。」

「どうして?私は大丈夫だよ。」

 

シュウは少しだけ迷うそぶりをして、「もう少しここにいよう。」とその話を終わりにする。少しだけためらってイノリが話を切り出したのは、この話をすると少しだけシュウが落ち込むからだ。

昔そんなことはかまわなかったイノリであるが今は違う。

シュウには笑っていて欲しかった。

シュウは洗い物を終えると、少し庭に行ってくる。とイノリに声を掛けて家を出る。2人は基本的に読書をしたり話したり、庭の花や草木の手入れをしたりと時間を潰して生活している。普段は「私も行く。」とついていくイノリではあったが先ほどの話を気にしてかシュウと少しだけギクシャクしてしまう。

シュウはといえばそんなことはなく。うまく隠し通せている気でいたのだが。

庭に出て少しすると後ろから草を踏むいい足音がする。

シュウの目線の先には海が広がっており砂浜が波を受け止めて潮風が気持ちよかった。

 

「シュウ。」

 

イノリの声でシュウに話しかけるのはマナ。桜満真名。

そう、ダアトの目論見通り彼女もまた意識を取り戻していたのだ。

 

「私がいるから……シュウは日本に行かないんでしょう?」

「……お姉ちゃん。」

 

シュウは振り返ることもなく海を見続けながらマナと話す。

シュウは別にマナを警戒しているわけではなかった。それはすでに何度も彼女と会話しているからというのもある。

マナはもはやシュウをどうこうするという野望を持ってはいなかった。あの日、ガイと一つになって彼の愛を知り、愛は決して押し付けるものではないと悟ったようだった。

もちろんシュウのことを好きでいるのは変わりないのだが。

それでもシュウはまた桜満真名が引き金となって世界を滅びに向かわせるのではないかと思ってしまう。マナにその気が無くともだ。だがそれと同時に後ろめたさもある。

 

「シュウ。お姉ちゃんのこと………嫌い?」

 

マナはシュウに対してまるでかつての童女のように弱々しく聞いてくる。以前のような苛烈さ、不敵さはなく、どこか怯えた声音だった。

 

「お姉ちゃん………話があるんだ。」

「……なに?」

 

シュウは話した、多くのことを。

これまでのこと、これからのこと。そして何より昔からずっと言いたかったことを言うために準備していた。

 

「『化け物』って言ってごめん。」

 

ずっと謝りたかった。

大切な姉を一瞬でも恐怖したこと、たとえそれがどんなにマナが悪かったとしても家族としてシュウはマナを裏切ったのだと思っていた。イヴだとか黙示録とかそういったことなど関係なく、弟として姉に謝罪と感謝をしたかった。

 

「僕をずっと愛してくれてありがとう。」

「…………。」

 

シュウはくるりと向き直る。

自分の罪を見る。

イノリと同じ外見で、一見彼女は泣いているようにも思えてしまう。でもそれはイノリが泣いているわけではない。ずっと怖かった。憎かった。

こんなにも好きでいるのに、好きな人に化け物だと言われてしまう。

シュウは今になって本当に苦しい思いをしたのは誰だったのか思い起こしていた。

シュウはイノリを化け物じゃないと言った。

だからこそマナも化け物なんかじゃないと伝える義務と責任があると彼は思う。

 

「馬鹿ねシュウ。そんなこと言ったらお姉ちゃんシュウのこともっと欲しくなるじゃない。」

 

それも踏まえた上でシュウはマナの目をまっすぐ見ながら伝える。

 

「ごめん僕はイノリが好きだ。」

「………………….知ってる゛。」

 

10年越しの答え。

シュウがマナを振る形になってしまう。

ここでまたマナが暴走してしまえばロストクリスマスの二の舞になることもあり得るがそんなことにはならなかった。

マナはゆっくりと近づいてきたシュウのひたいにキスをする。

 

「シュウ………きちんとふってくれてありがとう。………くやしいわっ。」

 

少しだけ引きつった言い方でマナはシュウの頰に両手を添えて泣きながら笑う。

シュウは血の繋がった唯一の肉親を悲しませることに苦しさと無力感を味わう。

 

「シュウ……お姉ちゃんのことは気にしないで。」

「でも……僕は……。」

 

ここまで多くの覚悟を持って、命を捨てて来た。

今更後悔なんてして彼らの死を無駄にはしたくない。したくないはずであるのにシュウは涙が止まらなかった。どうして自分はあの時マナを姉を拒絶してしまったのか。

子供だったからなんて理由で片付けたくなかった。

 

「じゃあ…………お姉ちゃんを信じて。」

 

マナはシュウを抱きしめる。

今までのような妖艶でどこか含みある深淵のような動きではない。純粋なハグ。シュウはマナの背中に手を回す。姉弟の抱擁はながく、どちらもまた涙していた。

誰も信じることができなかったシュウはガイを信じてイノリを信じてハレを信じて、マナを信じる。

もう同じ間違いなどしない。

 

「シュウ……自分を責めてはいけないのよ。」

「………。」

「あなたはあなたを愛してくれるみんなのために自分を許すの。」

 

マナは耳元で優しく言葉を贈る。それは本当にただの姉のように優しい言葉だった。

 

「それがあなたの罪を無駄にしない贖罪よ?」

 

シュウは多くのものを抱えて来て、それを吐き出せずにいた。

時にハレ、時にイノリ、時にアヤセ………多くの人に吐露し続けていた。だからこそ1人の姉に対して吐露する。

海岸で姉を抱きしめながら泣く姿はまるで小学生のただの男の子のようで、優しい手がシュウの頭を何度も何度も撫で続けた。

 

 

 

少しして、シュウは泣き止んでいた。

 

「シュウ………どうしたの?」

 

肩に手を置いて目を見ればそこには純粋無垢な瞳がシュウを捉えていた。

その目はとても美しく、海岸のきらめきを写してシュウを虜にさせる。

 

「イノリ………一緒に日本に帰ってくれる?」

「シュウが望むならどこでもついていくよ。」

 

間髪入れずにイノリは答える。首を少しだけ傾けてさも「当然だよ?」と言った言い方がなんともシュウはおかしくて笑った。

イノリはシュウの手を掴んで家へと歩き始める。

 

「シュウ。準備しよう。」

 

シュウは早々に準備しようとするイノリに少しだけ戸惑いながらその柔らかい小さな手を感じて目の前の現実が、幸せの光景が、本当なのだと確信して嬉しかった。

 

 

 

 

 

 




はい。続きは明日書きます。
私はそこまで桜満真名に対して悪感情がありません。なので和解ルートで行こうと思います。時折お姉ちゃん面して出てくるかもしれない。
イノリとシュウがいたしてる時に多分じっと見てる。なんなら弟と擬似的にお楽しみしてる感じがする。
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