その日の休み時間、俺は常にトイレへと駆けた。
織斑一夏とセシリア・オルコットは正に火と油であり、その傍にいるという事は正に飛んで火にいる夏の虫そのものだ。申し訳ないが虫の役目は誰かに譲らせてもらう。
火と油であることは仕方ないのでせめて2人が水と油でないことを祈りつつ、授業が終わる度にこうしているとどうしても時間が余るので校内の地図を見て暇を潰しているのだが。
「ねぇ…あの子…」
「うん…2人目の…」
「アンタ話しかけてみなよ…」
背中にビシビシと視線が刺さり、明らかに俺を指す囁き声が聞こえて非常に居づらい。もういっその事誰でもいいから話しかけてきてくれた方が気が楽なのだが。
とはいえ俺から動くのもまた別の問題が起きそうな気がする。ナンパとか思われたら嫌だし。
ということで俺は声と視線を無視してじっと案内図を見つめていた。
「(シュミレータ―ルーム、図書室、アリーナ…色々あるな…というかやっぱり広いなココ)」
島1つを学園としたようなものである以上、その広大さは当然ではあるのだが改めてこの学園に世界最高峰の環境が備えられていることを実感する。残念ながら今のところ俺の心労はその環境に救われていないが。
「あれぇ?さっきーだ」
と世の無常さを感じていると声を掛けられた。掛けられたと思う。聞き覚えのある声だったのでつい反応してしまった視線の先にはクラスメイトの女子、確か名前は
「やぁ、布仏さん」
そう、改造制服のクールガール布仏さんだ。今日も武器が隠れてそうな袖をひらひらと振っている。
なお俺の改造制服案は未だまとまっていない。
「なにしてるの~?迷子?」
「違うよ。今教室では火と油がタップダンスをしてるから避難してるの。ところでさっきーって俺?」
「そうだよ~榊君だからさっきー」
出会った翌日に渾名を付けられるとは予想外。距離感近めな子なんだろうか…でもこういうタイプはある程度以上は絶対踏み込んでこない気がする。なんとなく。
「そっかぁ。じゃあ布仏さん、このさっきーと一緒に教室に戻ろうか」
「いいよー。っていうか私の事は本音でいいよ~」
「なら俺も百太郎で良いよ」
「え、急に男の子と名前呼び合うのはちょっと緊張するかな」
「名前で呼んでいいって言いだしたの本音じゃん?」
「でも折角さっきーって渾名考えたしさ~」
「いやまぁ呼びやすい方でいいや。あ、一夏とオルコットさんがバチバチやってたら隠れさせてね。袖に」
「袖に!?」
そんな下らない話をしながら俺は本音と教室へと戻っていく。本音のようにこうして男女とか関係無くふざけ合える感じの人は貴重だ。だからこそ注意が必要しなければならない。小中とそういう関係だと思っていた相手からいきになり告白されて軽く落ち込んだことを思い出せ。本音とは男女間の情欲を超越したベストフレンドになるのだ。
「ところでさっきー。しののんとは仲良いの~?」
「しののん…箒?」
「そーそー。今も名前で呼んでるし」
「……中学の友達」
「ふーん。そっかー」
まぁ実際は要人保護プログラムの一環で3年間家族してたんだがそこまで話すと箒の方も色々面倒になるだろうし伏せておこう。話す必要があれば箒と相談して決めればいいし。
「そういえば本音、練習機の手続きとかって分かる?」
「うん。でも数が無いからねー、結構先まで予約埋まってるよー」
「だよね。どうしようかな。入試試験と検査で数時間触った程度だから本格的に授業始まる前に少しでも慣れたいんだけど」
「だったらシュミレーター使うといいよー。かなり実機に近い感じで練習できるから」
「あぁシュミレーターってやっぱりISのなんだ。ありがと、放課後でも寄ってみるよ」
「どういたしましてー。気になったことあったら聞いてねー」
「おぉ、制服の改造だけでなく情報通でもあったか。やりますな本音」
「ふふふ敬え敬えー。まぁお姉ちゃんがここ通ってるから少し詳しいくらいだけど」
和気藹々、あるいはキャッキャウフフと話していると後ろからカツン!と鋭い足音が響く。
「榊、布仏、廊下でイチャイチャと楽しそうだな。すぐホームルームだぞ」
「榊君…入学2日目でもう…!?」
山田先生は中々想像力が豊かな様子。俺はそんなに手が早そうに見えるのだろうか。
「失礼な。弟君とエリート候補生の無意味な争いを避けつつ新たな友との親睦を深めていたのですよ」
「そうなのですよー」
「…それについては原因の一端が弟にある以上私も強く言えんな…まぁ私達より先に教室にいればセーフだ。行くぞ」
「はぁい。…ところで織斑先生、せめて一夏の手綱引いてくれません?」
「私がアレをどうこうしてもオルコットが引き下がらんだろう。…安心しろ。この問題を解消する方法をホームルームで話してやる」
「嫌な予感もすんですけど。ま、今の状況が変わるならいっか」
「そだねー。あんまりギスギスしてると私も肩こっちゃうしー」
「…あの、織斑先生、榊君、布仏さん。話しながら歩いてるせいか少々時間が…」
「おっと、教師が遅刻では面目が立たんな。榊、布仏。少し速度を上げろ」
「「はーい」」
こうしていると少々厳しい印象があった織斑先生も結構話せる人だと気付く。世界最強やらブリュンヒルデやらネームバリューが先行し過ぎているせいで生徒は必要以上の畏敬を、先生はそのイメージを崩さないために注意を払っているせいで第一印象が厳しい先生、となるのかも知れない。
とにかく先生がこう言っている以上、俺はその判断を信じるだけだ。
「これより、再来週行われるクラス対抗戦に出る代表者を決める。クラス代表者とは対抗戦だけでなく生徒会の会議や委員会への出席など、クラスの代表と考えてもらっていい。自薦他薦は問わない。誰かいないか?」
そんな話をした直後のホームルームでこれである。先生ェ…多分これまた一悶着あるやつでしょ。雨降って地固まれば良いけど俺的にはもう既に土砂降りの気分なので今から追加で雨降られても困るんですけど。
「はい!織斑君を推薦します!」
「はい!私は榊君を推薦します!」
止めて欲しい。
「お、俺!?」
ほら、一夏もびっくりしてる。
え?っていうか誰もオルコットさん推薦しないの?今年の首席で代表候補生なのに?
「他にはいないのか?」
「はい、オルコットさんを推薦します」
本人は自薦するつもりがないのかやたら良い姿勢で座って微動だにしないのでこの際推薦しておく。めちゃめちゃプライド高いみたいだし多分、自分が選ばれると根拠無く確信でもしているんだろう。
「…他にはいないようだな。では織斑、オルコット、榊の3名で来週代表選抜戦を行う」
「お待ちください先生!クラス代表の候補に男が選ばれること自体、私は納得がいきませんわ!」
またやたら喧嘩腰にオルコットさんが意見する。彼女、単純に男性不信なんだろうか。そのままやれIS学園の歴史やら極東の国がどうやら言っていると売り言葉に買い言葉。一夏も世界で一番食事の不味い国がどうのこうのと騒ぎ始めた。時間の無駄な事この上ない。
「うるさいな」
愚痴っぽく呟いた。特に誰に向けたわけでもない俺の声は一夏とオルコットさんの呼吸のタイミングに嵌ったのか、やたら教室に響いてしまった。
「で、でもよ百太郎…!」
こうなっては仕方がない。柄じゃないし正直2人揃って教室の外でやってくれという気持ちしかないが口出しさせてもらおう。
「でも、じゃないよ一夏。オルコットさんも。高校生にもなってそんな幼稚な喧嘩でクラス全体の時間を無駄使いさせないでくれ」
「幼稚ですって…!?」
「オルコットさん。俺と一夏は世界で2人しかいない男性操縦者だ。推薦されなくてもデータ取りのために試合はするだろうし、そもそも首席ということは操縦技術はキミが1番だろう。エリートを自称するなら格下が挑んでくることくらい受け入れる器を見せてくれてもいいんじゃないか」
「い、一理ありますがそもそも男がISを」
「その話は長くなりそうなので却下だ。少なくとも俺と一夏は動かせた。“ISは女性しか動かせない”というこれまでの前提は既に崩れている。俺達がバグなのか、これから更に男性操縦者が増えるのかは本当の意味でISを知る篠ノ之博士の公式回答待ちだがね。OK、落ち着いてくれたようだね」
こちらを睨みながらもオルコットさんは口を閉ざしてくれた。この手のタイプは客観的事実、のように感じられる情報で黙らせるに限る。
とりあえずこの場はまとまるかな、と思ったところで一夏が再び口を開いた。
「それはそうと日本を馬鹿にしたことを謝れよ!」
「うるさいぞ一夏。お前も向こうを侮辱しただろう」
「それは!アイツが先に言ってきたから!」
「やられたらやり返す、それを否定はしないがお互いに国を持ち出すな。IS学園には世界中から生徒が集まるんだろう。お前たちの発言を他のイギリス人、日本人が聞いたらどう思う?…一夏、少なくとも俺はお前の今の発言は非常に不快だ。オルコットさんも、正直俺が言うべき事じゃあ無いが国家代表候補生の取るべき言動とは思えないな」
俺がそこまでまくし立てた時、織斑先生が教卓をカツンと叩く。生徒の自主性を重んじてくださってるのか身内が当事者だから慎重になったのか知りませんけど正直もう少し早めに助け舟が欲しかったですね、とそんな思いを込めながら先生を見つめるとウィンクして返された。かっこいいじゃん。
「榊の言う通りだ。織斑もオルコットも、相手が気に入らないのは分かるが差別的発言は一個人としてもIS学園としても許容できるものではない。分かったか?」
「はい…」
「申し訳ありません…」
「よろしい。では、先程伝えたように来週、3名の総当たりによる代表選抜戦を行う。詳しい時間は追って伝えるが、今の内に聞いておきたいことはあるか?」
「はい。練習機はかなり先まで予約が埋まっているようですが当日の機体は今から決めておけますか?」
「いや、練習機を使う必要はない。織斑と榊には専用機が与えられる」
織斑先生の言葉にそれまで静まり返っていたクラスに喧騒が戻る。
総数が500にも満たないISの内の1つを専用機とすることは国家代表候補、もしくは新技術のテストパイロットくらいにしか任せられない大任だ。練習機の内1つをデータ取りに使うと思っていたので俺としても驚いた。
「質問は以上か。…では、解散」
「百太郎、その…さっきは悪かったな…」
ホームルーム後、荷物をまとめていると一夏が話しかけてきた。口から出た言葉は戻すことは出来ないが、少なくとも反省はしているようだ。
「謝るなら俺にじゃないだろ。…悪いけど俺少し用事があるから行くぞ」
「え?あ、待ってくれ!折角だし一緒に特訓しないか?」
「魅力的な申し出だが辞退するよ。総当たりなんだからお前とも戦うことになる。折角なら手の内はギリギリまで伏せておきたい」
「そっか!じゃ、お互い頑張ろうぜ!」
そう言って一夏と拳を軽く合わせて教室を出る際、教室ではやたら物静かに過ごしている箒と視線が合った。
特訓と言えば、一夏と箒は一緒に剣術を習っていたことを思い出し、素早くチャットを送信する。
『一夏は訓練がしたいみたいだ』
『?そうか』
『特訓に誘えば?』
『人に教えるほど私も詳しくはないぞ』
『剣でも何でもいいから誘えよ。2人きりになるチャンスだぜ』
そこまで送ると箒はガタリと勢いよく立ち上がって一夏の方へとズンズン進んでいく。何しようとしてるか知ってる俺は気にならないがアレだと一夏の方は怖がりそうだな、と思いながらすれ違いざまにお互い一瞬視線を合わせる。
「頑張れよ姉上」
「あぁ、任せろ…!」
いや任せるも何もアンタの恋路だろうに。
ややズレた気合の入れ方をしてそうな姉の背を一瞬見て、俺は教室を後にした。
学内サイトを確認したところ放課後の練習機使用は数ヶ月先まで埋まっていたので当初の予定通りシュミレータ―での訓練になりそうだと考えながら歩いていると廊下の真ん中にオルコットさんが立ち塞がる。もう少し左右どっちかに寄りません?
「榊さん…その、先程は私も大人気ありませんでしたわ…」
「一夏にも同じこと言ったけど、謝る相手は俺じゃないでしょ…理由は知らないし聞かないけど、オルコットさん男苦手みたいだし、無理に仲良しこよしする必要はないよ」
「そ、それは…」
「とにかく、俺が言えるのは1つ。…素人なりに全力でやらせてもらうから、当日はよろしく」
「あ…えぇ…こちらこそ」
今からだとシュミレータ―は使えても3時間くらいだろうか。無駄に時間を割かれた教室での諍いも青春の1ページ、と考えれば悪いことではないが今後こういったイベントは試験後とか余裕のある時にして欲しいものだ、などと考えながら気持ち早めに俺はシュミレータ―ルームへと向かった
IS学園シュミレータ―ルーム。
生徒数と比べて学園での保有数が絶対的に不足している状態を少しでも解消するために学園が用意した施設であり、可能な限りIS実機に近い操作を体験できるよう、日々改良が繰り返されている装置が並べられた一室だ。
学生証をスキャンすることで使用出来るため無用な干渉を防げるのは俺としては非常にありがたい。
一通りマニュアルと練習起動を終えた後、データベースという項目が目についたので内容を確認すると、各国の最新型IS、国家代表、代表候補生の公開試合データがずらりと並んでいる。当然、セシリア・オルコットの物も。
「(しばらくはここに通い詰めになるな)」
ちなみに試しに動かしてみると思った以上の臨場感に没頭してしまい、閉館時間ギリギリまで籠っていた結果、夕食は流し込むように食べることになってしまった。
いきなり1日サボってしまった…。
コンスタントに投稿できる人ほんと凄いですね。
ちなみに今回はワンサマーとセシ公をボロクソに言う事になりますが別に2人のアンチではないです。オリ主使う以上、ここはこう言う感じにならざるを得ない…。