黒の大輪は思うがままに   作:痔ーマン

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第7話 友情

その日、私、セシリア・オルコットの目の前に現れたのは黒く輝くISでした。

先程まで目の前にいた飾り気のないISは、つまり一次移行前の姿だったということでしょう。素人同然であるにも関わらず、一次移行すら済ませていないISで立ち向かおうとしたことに対する怒りは不思議と感じませんでした。

思えば、試合開始前のカウントダウン。彼が自らの手でもそれを行ったのは単純に、自分のISも同じタイミングで一次移行を済ませるからやった、言うならば観客を楽しませるためのパフォーマンスだったのでしょう。えぇ、全くもってふざけています。

けれど、やはり、私の胸に怒りは沸き上がりませんでした。

 

それはきっと、彼の、榊 百太郎さんと彼のISの姿がただ純粋に美しい。そう感じたからに違いありません。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

光が収まるとともにオルコットさんはその場で射撃を開始した。

 

「行くよ、黒牡丹」

 

余裕を持って回避したことが意外だったのか、オルコットさんは一瞬顔を顰めて直ぐに射撃を再開する。

 

「(ここ1年の傾向通り)」

 

俺が彼女の攻撃を避けられたのは、実は俺が天才操縦者だったから、ではない。単純に彼女は自称した通りエリートで、彼女のISは国家の威信を賭けた次世代型で、つまりデータはこれでもかと言う程あった。それだけの話だ。

 

「(ブルー・ティアーズの初撃が試合開始地点からの射撃である確率は約60%…)」

 

俺はこの一週間で調べ上げたオルコットさんの戦闘パターンを思い出しながら黒牡丹がハイパーセンサーを通じて与えてくる情報を確認し、続く射撃も回避する。

 

「(相手が格下である場合、その確率は約90%…そして)」

 

3射目を回避すると同時に一気にオルコットさんへ迫り、純白の太刀『久遠』を展開し、斬りかかる。

 

「(初撃を回避された場合、直撃を取るか反撃を受けるまで同じ射撃を繰り返す!)」

 

剣を振る時の踏み込みをイメージすればシュミレータ―での練習通り、いや、それ以上にスムーズに瞬時加速が起動し『久遠』がブルー・ティアーズの右肩に直撃する。

 

「瞬時加速を!?…ですが!」

 

欲張って放った返す太刀での追撃は残念ながら躱されオルコットさんは大きく距離を取る。一撃当てられたことで本来の冷静さを取り戻しつつあるのだろう。ここから先はデータで見た“対格下”のオルコットさんでは無い。

 

「行きなさいっ!ティアーズ!」

 

ブルー・ティアーズ最大の特徴であり、機体そのものの名ともなっているBT兵器が4機、複雑な機動を描いて俺と黒牡丹の周りを囲うように迫ってくる。

 

「(ブルー・ティアーズは全部で6機。定石通り2機は本体に携行させての迎撃用か)」

 

黒牡丹がハイパーセンサーで射撃方向、回避パターンを算出するが、間の抜けたことにそれを実行する俺の動きがそこで1手遅れてしまう。シュミレータ―と実機の違い。それもあるが

 

「ぐっ…!(データより速い!)」

 

試験機である以上、調整、改良は常に続けられているだろう。その点については考慮の上で試合に臨んだがそれ以上に俺を驚かせたのは彼女、セシリア・オルコット自身の力量だった。

 

「その動き!どうやら私の試合データを確認されたようですが、それだけで対応できるほど代表候補の名は軽くありませんわよ!」

 

俺の回避パターンから自分の動きを知っている者だと判断されたのだろう。オルコットさんの攻撃は一層苛烈さを増す。いや、自分の対策を考えてくる相手に対する攻撃パターンに変更したと言った方が正しいか。つまりはメタに対するメタだ。相手に手を知られていないからこそ優位に進めてこられた前提が崩される。

 

「本気になってくれたようで光栄だね…っ」

 

この状態ではとてもではないが反撃は難しい。軽口を叩きながら黒牡丹の持つもふ一つの武装を確認する。近接武装『久遠』以外の武器、使い勝手が分からない以上ギャンブルは避けたかったがこうなっては仕方がない。中距離武装『空犬』の起動を黒牡丹に告げる。

瞬間、黒牡丹の左腕の装甲が変形し、手の甲を中心に数多の砲口を備えた花のような盾を形成した。

 

「!盾…!?」

 

それまで見せなかった新しい武器にティアーズの攻勢が一瞬止まる。BT兵器の性質上、操縦者の思考に空白が生まれればマニュアル操作をしている対象は当然行動を中断する。常に機動を更新できる強みがここでは欠点となったわけだ。

その一瞬を見逃すわけが無く、俺は黒牡丹から流れてくる『空犬』の機能を確認し、左腕を大きく前に掲げた。実に理想的な武器だよ、相棒。

 

「消し飛ばせ」

 

瞬間、左腕から放たれた数多の光線がティアーズを撃墜する。

黒牡丹の左腕に搭載された『空犬』。多連装レーザー砲とでも言うのだろうか、まるで光の幕のようにその射線一帯を薙ぎ払った。

 

「ティアーズを…ならばっ!」

 

ただの対空砲ではない、本体への攻撃も考慮に入れた武装だと看破したのだろう。オルコットさんは即座に『空犬』の射線から離脱する。離脱先も一度見ただけの剣と瞬時加速を合わせた初撃の間合いを外すあたりの対応力は流石に専用機を任せられるだけのことはあると言うべきか。

互いに動きこそ止めないが、戦いの状況は明らかに膠着しつつあった。

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

その一撃を受けた時、私が感じたのは驚愕でも困惑でもなく、怒り。

彼への?いいえ、私自身への怒り。

素人相手に負けるはずがない、それは私に限らずあらゆる分野において相応の結果と経歴を持つ者であれば当然抱く感情です。それは一種の矜持であり、それまで積み重ねてきた事を背景とした自信。それ自体は悪い物ではありません。プロがアマチュア相手に本気になる姿なんて、見てる方が興ざめでしょう。

私が犯したミス、そして私が怒る己の行いは、その自信、矜持を自ら慢心へと貶めたこと。

普段の私なら、第2射を躱された時点で気付いた筈でした。「この相手は私の対策を練ってきている」と。それに気付かなかった、いいえ、気付こうとしなかった私の慢心。

私は己の不甲斐なさを恥じました。

そして、その隙を逃すはずなどあるわけがない、と彼は私の知る誰よりも鮮麗に、まるで一陣の風のように、ひらり、と私の懐に入り込んで来ました。

瞬時加速、そう気付いた時、彼の剣は既に私を切り裂いた後でした。大きく減少するシールドエネルギー、まるで首元に刃物を突き付けられたような寒気とともに感じる敗北の重圧、それを感じて私はようやく反撃の手を打ちました。

ブルー・ティアーズ、イギリスが開発したBT兵器にしてこのISの名ともなっている象徴的武装。レーザータイプ4機を相手に、ミサイルタイプは本体に、私の定石の一つ。

えぇ、ようやくです。

この段階になって私はようやく相手を、彼を見て、戦う意志を持ったのです。

彼が先日私に告げたように、私は男が嫌いです。

最も私の近くにいたあの人は、到底尊敬など出来る人では無かったから。

その先入観に曇ったこの眼は、今まさに晴れました。

相手が誰であろうと関係ない、私はセシリア・オルコットとして、強敵と認めた相手を全霊を持って打ち砕くのみ。

故にこのティアーズは私の最新最高。誘いの攻撃に乗らず、直撃を狙う攻撃を避けるのは流石と言ったところですがそれも想定内。元より全て当てるつもりの攻撃ではありません。本命が躱されても予備が、それが躱されても更に予備がある。それがBT兵器の恐ろしさの1つ。

数多の攻撃を躱され、その数分の1が彼に当たって、恐らく私が彼から与えられたのと同等のダメージを与えた筈、そう思い、意識を引き締めなおした時でした。

彼の左腕が大きく姿形を変えたのは。

その左腕を見て最初に感じたのは、大輪。まるで他には何もない大地にただ1つ咲き誇るような。大きな大きな黒い花。

見惚れていたのでしょう。その姿に。故に次の瞬間起こった事に対して私が取れた選択は、逃げの一手でした。

花が、輝いた。次の瞬間には彼を包囲していたティアーズは1つ残らず焼け落ちたのです。

優位に進みつつあった戦局は互角の状況に引き戻され、私も彼も細かく間合いを調整しながら互いに睨み会いになります。

初撃の瞬時加速を用いた剣撃。間合いに入られれば私の剣技では迎え撃つのは難しいでしょう。故に、その間合いの1歩外、それを維持しつつスターライトmkⅢを握り直します。

この戦い、恐らく次の一撃で決着がつくでしょう。

彼もそう考えている筈。だからこそ、この膠着状態を良しとしている。

故に私が選ぶ決着の一撃はカウンター。彼の剣を躱し、その隙を撃ち抜くこと。

外せば彼は確実に次射までの間に私を切り裂くでしょうから。きっと彼も私に撃たせたいのでしょうがそうは行きません。

まさか入学早々こんな大勝負があるとは思いませんでしたが、このセシリア・オルコットが今放てる最高の一撃をお見せすることで、彼等への無礼に対する謝罪とします。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

オルコットさんがライフルを構えた次の瞬間、残されていた2機のティアーズが放たれ、俺を半包囲するようにミサイルを射出する。しかしミサイルの誘導性は先程までの4機が放つレーザーの雨に比べれば躱すことは難しくない、故に、これは俺を釣るための攻撃なのだろう。

お互いシールドの残量はそう多くない。恐らくこの攻防でオルコットさんも決着を付けるつもりで、彼女も俺と同じように後の先を取りたがった。そしてそのための布石がこれだ。ティアーズは1機が俺とオルコットさんの間に、1機が俺の右側面を抑えるように動かされている。無理に正面から突っ込めば恐らくティアーズ自体をぶつけてでも一瞬足を奪うつもりだろう。そして右側に配置されたティアーズは初撃の袈裟切りを警戒しての配置のはずだ。俺に残された侵攻ルートは上か、左か、下か。

彼女が切り札であるティアーズを、ここに来て使い捨ての盾代わりにしようと言うのだ。俺の調べた限りでは彼女がここまでなりふり構わない攻撃をした記録は無いが、それはきっと俺を少なからず認めてくれたということだろう。

ならばこちらも隠し事は無しだ。

練習での成功率はまだ四割、だが今の俺には他に勝ち筋が無い以上、やってみせる他無い。

さぁ行こう、黒牡丹。折角の初陣だ。勝って気持ち良く終わろうじゃないか。

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

瞬間、彼はティアーズが配置されていない上へと瞬時加速を用いて大きくで飛び立ちました。ティアーズのある方向へ行くならティアーズをぶつけての足止めで、他の方向に行けばその分私にたどり着くまでに必要な手数が1つ増える。互いに刺し違えるこの状況で彼に余分な一手を強い、その一手を私が射貫く。それこそが私の狙いで、彼の剣は一手私に届かない。

その筈でした。

 

「!?」

 

彼の機動に合わせて上に向けた標準の先に、彼がいない。日光では無い、逆光を利用する相手などこれまでにも数多くいた故に、ブルー・ティアーズはデータとして、私は戦闘経験の結果として半ば反射的に日光に対する視覚処理を行っている。故に彼の姿を見失ったのはただ単純に私の予想を超えた速度で次の手を打ったということ。

それはつまり―――

 

「二重加速、ですか…お見事です」

 

私が読み違えた。それだけのことでした。

 

「320戦1勝…多分次やったら俺が負けるよ」

 

慢心、油断、驚愕…そして最後は実力で私の読みは越えられた。

なのに何故でしょう。今の私は、どこか清々しい気持ちでいるのです。

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

切り札、そう言うには不安定に過ぎる二重加速は黒牡丹のアシストもあって成功し、最後の攻防とこの試合の勝利を俺にもたらした。

シン、と静まり返った会場と、澄み渡る空気が心地良い。剣を収め、オルコットさんへと向き直る。

 

「二重加速、ですか…お見事です」

 

その表情には試合前に感じた敵愾心は無く、どこか清々しい表情をしていて、彼女本来の表情はきっとこちらなのだろうなと、俺は何の根拠も無く確信していた。

 

「320戦1勝…多分次やったら俺が負けるよ」

 

そう言うと彼女はクスリと笑って「そうでしょうね」と呟きながら立ち上がって手を差し伸べた。俺も自然とそれに応え、黒牡丹とブルー・ティアーズを通じて初めて触れ合った俺と彼女はこの時ようやく級友となった。

 

『…だ、第1試合…勝者、榊 百太郎君!』

 

俺達が握手したのを見てか、織斑先生に小突かれたは分からないが、ようやく山田先生の声が会場に響くと、それに連鎖するように会場にいた生徒たちの歓声が響き渡る。

 

「俺は一休みだ。連戦になるけど、頑張って」

 

「あら?織斑さんの応援をしなくてよろしいのですか?」

 

「試合開始前ならそうだったかもね…でも今は、俺にとってはどっちも友達だからさ」

 

そう、今の俺が望むのは、2人が後悔の無い戦いをすること。そして出来れば、2人の関係が改善されることだった。

 

「ふふっ…そうですか。では、貴方の友人として恥じない戦いをお見せすることを誓いますわ…百太郎さん」

 

「…あぁ、勉強させてもらうよ、セシリア」

 

改めて握手を交わして俺とセシリアはそれぞれ試合会場を後にする。

始まりこそとんでもなかったが悪くない。

成程、雨降って地固まる。その雨が苛烈であればあるほど、固まった大地もまた強固。確信を持って友情を感じられたこの日、俺はこの学園でも楽しくやっていけそうだと、心の底からそう思えた。

 

 

 




試しに他の人の視点も入れてみる事にしました。
色々参考にしつつ読みやすいものにしていきたいですね
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