いつかの季節に 作:桃猫
一時に次話が投稿されます。
僕自身、何かを成し遂げたという経験がない。
親の七光りで鎮守府に提督として配属され、お飾りのトップに君臨している。
「お前は何もしなくていい」
これは父からよく言われた言葉だ。
父は僕のことを息子とは考えていないのだろう。自分の出世を円滑に進めるための道具、またはそれ以下としか思ってないはずだ。
『頑張ったな』『よくやった』『愛してる』その言葉が欲しかっただけ。だから僕は父が勧めてきた習い事には文句一つ言わずにこなしてきた。
結局、僕が得たモノは何も無かった。
才能が無かったのだ。
父の興味が僕から離れていくのが肌で感じとれた。幼い子供の、それもまだ父母の愛情を必要としている年齢の子供が最愛の父から何も受け取れないという感情が誰かにわかるだろうか。
父は僕に才能がないことを隠すように自分の管轄下に起き、優秀な部下を何人か配属した鎮守府に置いた。
書類に判を押し、上からの指示に従い、口答えをしない。そうするだけで僕は人生の勝ち組になれたのだ。
誰もが羨むバラ色の人生。
──そのはずなのに、
「……寂しいなぁ」
感傷に浸る夜は必ず執務室の窓から星空を眺める。
別に星が好きだとかそういう訳じゃない。ただ何となく、こうしているのが落ち着くのだ。この鎮守府に僕の居場所はないけれど、今この時間だけは世界にたった一人でいられているように感じられて、幸せな気分になれる。
「今は……」
午前二時を過ぎた。
本来ならば早々に就寝してまた翌朝から仕事に取り掛からなければならない。
けれど、現在僕に与えられた仕事はない。
父の部下たちは召集がかけられここを離れている。残された艦娘達は指示があるまで待機。つまり、部下たちが帰ってくるまでの間ここの鎮守府は活動しない。
無論、僕が指示を出せば動かせない訳では無いが、下手な指示を出して父に迷惑をかけたくない。だから大人しくしているのが正解だろう。
いつだって僕の行動理念はそこだ。
認めてもらいたい。褒めて欲しい。愛して欲しい。
母親を知らない僕にとって愛情をくれる存在というのは父しかいない。その父に迷惑をかける行動だけは絶対にしてはならない。
してしまえばきっと──
「……寝よう」
暗いことを考えるのは僕の悪い癖だ。
いつか幸せになれるその事を信じて目を瞑る。
──案外、幸せの種はすぐ側に落ちているものだ。
◆
「おはようございます、提督」
「おはよう」
朝、僕の目覚めを確認しに来るのは大淀だ。
畏まった一部の狂いもない敬礼を僕に向ける。敬礼はやめてくれ、と毎度言っていたのだが、どうしてもやめてくれないので僕が折れた。
見慣れた敬礼、そして腕に抱えた書類。どうやら僕の仕事はあるようだった。
「今日はどうなさいますか」
「どうもしないよ。あの人たちが帰ってくるまで無駄に動いたりはしない」
「しかし提督──」
「僕は上に立つ才はない。とにかく、今日からしばらくは休暇だ」
大淀はこの鎮守府の中で一番僕を見てきている。だから僕が父に抱く感情というものを少なからず理解しているのだろう。
そして、それを良く思っていない。
当然だろう。
自分たちの上司である僕が第三者の傀儡であるのだ。逆の立場ならそんな上司の下で行動したくない。
自分で考えるという機能を失った僕についてくる人たちなどいるはずがない。
「それで……それでいいのですか」
「うん。その書類を置いたら君も自由にしていい」
「……わかりました」
そういうと大淀は書類を僕の机の上に置き、すぐに執務室を退室した。
めんどうだ、など感じない。仕事に対して感情などない。情熱も、怒りも、諦めも、全て。
窓を開ければ潮風が運んでくる海の匂いと波の音が聞こえる。
誰もいなくなった執務室に書類のめくれる音と波の音だけが響いていた。
◇
書類仕事をしていた僕の手を止めたのは外から聞こえてきた声だった。
駆逐艦の子たちだろうか、なにやら少しだけ騒ぎになっている様子だった。
まずい、とすぐに立ち上がり、声のした方へと走り出した。
到着し、何事かと尋ねてみれば海から傷だらけの艦娘が漂着したとの事だった。
「何事だ!」
僕と同様、異変を感じこの場に駆けつけた長門。駆逐艦の子たちをかき分け件の傷だらけの艦娘とやらに近寄った。
慌てて僕も長門の後を追いその光景を目にする。
深海棲艦の攻撃だろうか。
服は裂け、肌にも裂傷が及んでいる。煤けた体からは海に流されていたはずなのに硝煙の香りが少しだけ香る。
戦いの残り香だ。
この場にいる彼女たちも怪我をして帰ってきたときに限らずその残り香を漂わせる。
殺し合いをしてきたという重々しい空気。肌に刺すような痛みさえ錯覚させる。
横たわる彼女からもそれと同じものを感じた。
「長門、この子を──」
「わかっている。すぐに入渠させる」
指示を出さずとも理解していた。
長門はすぐさまその子を抱え、入渠施設まで走った。本来ならば僕の役目だ。
馬鹿みたいに外野から眺め、何も出来なかった僕はただただ不甲斐ないだけ。惨めだ。
……とにかく、今は彼女の心配が優先だ。
──先から『彼女』だとか『この子』で名前を濁すのは何も僕が彼女の名を知らないからでは無い。
顔が、わからないからだ。
それはどうやら長門も同じようで、先の艦娘の艦種も何型なのかもわからないようだ。
体格は駆逐艦の子たちよりかは女性らしさが目立った。だからといって駆逐艦ではないと断言はできない。駆逐艦の子たちの成長に差があるのは知っている。
兵装などを付けていれば艦種がわかっただろうが、彼女の周辺にそれらしきものは見当たらなかった。
つまり、彼女は
海の底に沈んだ可能性は否定できないがここまで綺麗になくなるものなのか、と長門に尋ねれば
「否定はしきれないが、可能性はかなり低いだろう」
という見解だった。
僕も同意見だ。彼女は何らかの理由で兵装をつけずに海に出、深海棲艦の襲撃にあった。
いったい彼女の鎮守府の提督は何を考えたのだろう。
彼女が入渠して何時間が経過しただろうか。
時間を気にすることの無い生活だったため時計を見ることを忘れたのが少しだけ痛い。長門は既にこの場を僕に任せて離れてしまった。
こういうとき、彼女らはいったい何をしているのだろう。ふと、疑問に思った。
自室で本でも読んでいるのだろうか。演習場で模擬戦なりしているのだろうか。思えば、僕は彼女らのことをあまり知らない。
性格や態度はもちろん知ってはいるがそういった日常的な面を見れば何も知らないと言ってもいいだろう。
彼女たちとの交流をできるだけ絶ってきた。けれど、それは正解だったのだろうか。
傀儡である僕に彼女たちと仲良くなることは許されるのだろうか。
暗い考えが頭を過り始めた頃だ。
強制的にそれをやめさせる音が聞こえた。入渠完了だ。
「──っ」
出てきた彼女は未だ意識を失っていた。
衣服は戻り、体の裂傷は修復している。が、しかし──
「……どうしてだ」
顔の右側に覆われた包帯。首筋には包帯の隙間から痛々しい傷が少しだけ垣間見えた。
通常、入渠完了した艦娘たちはどんなに重症だろうが完治する。現代医学の進歩なのか、現代科学の進歩なのかは不明だが、そういった技術として完成している。
しかし、目の前の彼女はどうだ。
意識は戻らず、顔の損傷は治っていない。
現代の技術でさえ治せないほどの傷だった、とそう言われてしまえばそこまでだ。けれど、深海棲艦との戦いにおいてここまでの傷が残るものなのだろうか。
もしも、その可能性が少しでもあるのならば僕は──
「うぅ……」
「! おい、大丈夫か!」
呻き声。
それは入渠が完了したはずの彼女が未だ苦しめられている証拠だ。
「ご、ごめん……なさい……」
それ以上に言葉を発さなくなった彼女を僕はすぐに医務室へと運んだ。
誤字脱字あればごめんなさい