いつかの季節に 作:桃猫
大変喜んでおります。
誤字の報告ありがとうございました。
「司令官、お茶です」
「あぁ、ありがとう」
あれから一夜明けサクラは落ち着きを取り戻した。大淀は未だ警戒してはいたが僕が一言添えるとため息一つで納得してくれた。
現在、彼女と僕は執務室にていつもの雑事に応じている。彼女は優秀なもので、頭が良く、難しい書類であってもすぐに内容を要約してくれたりととても役に立っている。
昨夜のような事態にもならず、安定した状態を保っているため他の艦娘たちからも特に何も言われてはいない様子だ。
「……そう言えばあの帽子のようなものはいつ取ったんだ?」
「帽子? ですか?」
「黒い大きなやつだ。歯と目みたいなものもついていたが……」
「わかりません。ごめん、なさい」
彼女は謝る時いつも心を殺したように静かになる。それが何に由来するものなのか詮索するつもりは無い。が、いつまでもこのままなのは少々よろしくない、とそう思う。
彼女自身が意識して身につけたのか、無意識のうちにそうなっていたのかはわからないが、その癖をどうにかして治してもらいたい。その一心でこんな提案をしてみた。
「……遊びに行くか」
「し、しかしまだ仕事が──」
「大淀には終わったと伝えておけばいい。それに、あとこのくらいの量なら夜には終わる」
「で、も……」
「サクラ、時には少しの嘘も必要なんだよ」
その言葉は少しだけ自分にも向いていた。
何故僕はサクラが絡むとこうも積極的に動きたがるのだろうか。父の目もその部下の目も気にせずに生きていたいという気になる。
それは一重にサクラが僕に似ているからという理由だけだろうか、もしくはそれ以上の理由が──
「はい! 私、も司令官と遊びたい……です!」
そんな理由、どうだっていいか。
今はただサクラの笑顔が見られればそれだけで満たされる。
◇
遊ぶ、などと豪語して外へ出てみたものの僕自身この鎮守府で遊びをしたことはない。本来なら艦娘との交流という面から見てもそういった行動は大切なのだろう。
しかし、お飾りである僕はここの艦娘たちとはどこか壁を感じてしまう。一部、真面目な子たちは接してくれるものの、通常ならば挨拶程度でしか言葉を交わしたことはない。
それ故か、僕は大抵の時間を執務室で過ごす。暇を潰すときも、考え事をするときもだ。そこ以外に居場所がないから。
「司令官、あの、何かお気に召さないことでも……」
「いや、違う。慣れてないんだ、すまない」
正直、他者との会話は苦手だ。極力人との関わりを断ち切ってきた僕は本来あるべき能力が普通の人よりも数段劣っている。
だからこういうとき話を切り出すことは出来ないし、気遣いも出来ない。彼女が何に怯えているのかを理解しているくせに、行動に移せないのだ。
「えー……と、疲れてないか?」
何を話せばいい?
自分から誘っておいてこの体たらく。頭をはたらかせてようやくでてきた言葉がこれならもう救いはない。
「疲れてない、です」
「そうか……」
気まずさを紛らわせようと空を仰ぐ。空は青く澄み渡る。空気は乾燥し、少し肌寒いがまだ暖房には早い季節だ。
「あ、の……無理に話したくないなら話さなくても、いい、です」
「そういうわけではないんだ。こういうとき、何を話せばいいか……」
「なる、ほどです。わかります」
「ふふっ」とサクラが柔らかく笑う。こんな
ここに来てからの彼女はなんというか、怯えた小動物のような雰囲気だった。人間に怯え、それでいて人間を必要とする矛盾した生き物であるかのような、そんな雰囲気。
それが昨夜の一件から少しずつ崩れていくのがわかった。
それが誰のおかげなのか、だとかそんな風に驕りはしない。が、彼女が変わっていく一因として僕の存在があるというのは言葉にし難い喜びを感じる。
歪んで、いるのだろうか。
「じゃ、じゃあいいですか?」
覗き込むようにして言葉を出す。僕の目を捉えて離さないのは奥にある感情を読み取ろうとしているのか。
「ああ、構わない」
たった一言、そう答えると彼女は笑顔になる。感情の起伏が激しいのはこれまで苛烈な状況下にあったが故、なのだろう。彼女の境遇は知らずとも察することは出来る。
サクラは少し先を行き、演習場近くのベンチに腰掛ける。中からは砲撃の音やらが聞こえてくるので誰かが中で演習しているのだろう。
「騒がしくないか?」と尋ねてみるが、サクラは特に気にした様子もない。艦娘故の感性、なのだろう。──彼女はまだ艦娘なのだから。
嫌な自分を振り払うように首を振り、自分はサクラの左側に腰掛ける。
パタパタと足を動かす様子は年相応の子供という様子で、見ていてとても愛らしい。きっと駆逐艦の子たちは皆、似たような反応をするのだろう。
「私、司令官のことを知りたい……です」
「僕のこと?」
「は、い……」
どうして、何故、という言葉は出てこない。きっと自分も彼女と同じ状況ならそう質問する。
自分を助け、導こうとしてくれている人物を知りたがるのは当然のことと言える。横を見ると少しだけ頬を赤らめたサクラが気まずそうに唇を結び、地面を見つめていた。
「そう、だな。つまらないが、聞いてくれるか」
「はい! 聞かせて、ください」
彼女の左目から期待するような眼差しが向けられる。
彼女が求める答えを僕は答えられるのだろうか。
「何から話そうか……」
そう言って僕は少しずつ口に出す。その声はきっと震えていただろう。自分の境遇を誰かに話すことなどこれまでなかったのだ、いくら自分の中で整理出来ているとは言え、言葉にするのは難しい。
それでも話を続ける口は止まらなかった。誰かに聞いてもらうことが、誰かに話すことがこれほど救われるとは思ってもいなかった。
震えた声から出てくるのは常に自分を責めるような言葉と、謝罪の言葉。聞いていて楽しいわけが無い。
そう気づいた頃には既に自身の境遇をある程度語りきってしまっていた。もう、サクラの顔は見れなかった。
楽になった? 救われた?
ふざけるな、と叫びたかった。
僕は誰かに聞いてもらって慰めて欲しかっただけだ。同情を誘うように言葉を詰まらせ、自分は不幸だと恥ずかしげもなく語る。滑稽だ。
大変だったね、辛かったね、と言葉をかけて欲しいだけの利己的な会話。……いや、会話ですらない。
「──素敵」
サクラの口から出てきたのは予想もしない言葉だった。
驚き、咄嗟に彼女の方を向いてしまった。それが、失敗だったのだ。
「素敵、私、司令官の気持ちがわかるんです。誰かに認めてもらいたい、必要として欲しい、愛して欲しい。私も、同じです。同じなんです。嬉しい、です」
彼女は、そう──笑っていた。
彼女の深紅の左目から目が離せない。吸い込まれるように、落ちていくように。
興奮しているのか、先よりも頬を紅潮させ、口を三日月のごとく歪ませる。伸ばされた右手が頬に触れ、止まっていた時が動き出すかのように自分の頬も少しだけ緩んだ。
「私たち、お揃いですね」
宝石のように綺麗で美しく、無機質な瞳に貫かれる。衣擦れの音とともに顔の右側を覆っていた包帯が解かれていく。美しかったその笑顔が狂気に上書きされていく。
しかし、それでも──
それでも、彼女の笑顔が美しいと感じるのは、何故なのだろう。
小説のタイトルは最後の一文のあとに付けたい一言にするといいらしいですね。