いつかの季節に 作:桃猫
終わりの時というものは以外にもあっさりと来てしまうものだ。
「提督、どうする?」
「どうするも何もないけどな。意外と簡単だったな」
俺の指示があり次第すぐにでも砲撃できる準備は整っている。一言、「撃て」と命じるだけでここは壊滅的なまでに追い込まれるのだろう。
「あ、司令官。ここ! 桜ですよ!」
「おぉ──ってまだ咲いてないのか」
「そりゃあまだ冬ですからね」
「寒いのは嫌いなんだ。早く暖かい季節になってくれないと困る」
「そんな軽い気持ちで季節が変わっても困るけどな」
瓦礫の山を歩き、資材を集める。使えそうなものは鋼材から木材まで全て持って帰る。ただでさえ俺の鎮守府は資材が少なく、資金も少ない。こういう所で地道に集めるしか手段がないというのは考えものだ。
「サクラ。今後の予定は?」
白く美しい髪が宙を舞う。この名前が気に入っているのか、彼女はこう呼ばないと反応しない。
少しだけ頬を赤らめた様子のサクラが軽い足取りで横たわる資材を避けながら隣までやってくる。
「ここを落としたらしばらくはどこも行かなくていいんじゃないですか? なので、今日から少しの間だけ鎮守府でゆっくりしましょうよ!」
「それもそうか。じゃ、帰って食堂にでも行くか」
足元の資材を担ぎあげ、皆を見回す。それぞれ一つは資材を抱えているので当分資材には困らないだろう。帰ったら直ぐに建造だな、などと思いながら家路に着いた。
「これ地味に重たいんだよな……」
◆
「サクラ──これでよかったのか?」
「? 何がですか?」
自分で聞いといてだが、何の意図があっての問いなのか。無意識のうちに口から出てきただけの言葉だそれほど意味は無いはずだ。
「疲れてるんですね、もう寝ても大丈夫ですよ。あとのことは私が全部やっておきます!」
「あ、ああ、頼む」
生返事で自室に戻り、布団に入る。
──頭ガ、イタイ
◆
「ヘーイ! テイトクぅー!」
「ぐぉ、危ねっ……ての!」
凄まじい速度で顔に抱きついてこられ、勢い余って吹き飛ばされる。資材置き場の壁にまた穴が開き、中からいくつもの資材が溢れてくる。
「ちょっと! 司令官が怪我したらどうするんですか!!」
「ああ、いや大丈夫だ。怪我はないか金剛──」
「? ワタシですか? ワタシなら大丈夫デスよー?」
──違和感ヲ感ジル
溢れてきた資材を抱え上げ元あった場所に立てかける。そろそろ建造しないと資材置き場がパンクしてしまう。
今度はどんな子が来るのか、少し楽しみでもある。
◆
──僕は人間か?
その問いが生まれたのは極自然なことであった。
俺には幼少の頃の記憶が無い。サクラから見せてもらった資料によればとある事件に巻き込まれたせいで脳に激しい損傷が出て、以来記憶の欠如が目立つようになったとか。
脳の話だとか医療に関わることを持ってこられると点でわからない。
が、しかし。
この違和感は記憶の欠如だとかそういうレベルのものなのか。
「俺は、誰だ」
鏡に反射した顔を除く。
青白く輝く双眸がこちらを睨む。不敵に笑い、見下す。
──馬鹿ナコトヲ
時折頭に響く声があることは気づいていた。それでも無視を続け、だましだましやってきた。
けれど、それと向き合わなければならないのではないか。
記憶がないことの弊害は今のところない。だがいつまでもこのままでいることは良くないのではないか。
──明日、サクラに聞いてみた方がいい
「その通りだ。サクラなら、何か知っているかもしれない」
根拠も何も無い自信だけがあった。
サクラは確実に何かを知っている。
その何かを聞き出す義務が、俺にはある。知る権利がある。
◆
「サクラ、君は俺が──いや、僕が何者か知ってるのか?」
「司令官は司令官ですよ? 何を言っているのですか」
とぼけるように首を傾げ、真実を濁す。寝ぼけてるんですかー、と書類をまとめながら彼女は笑う。
「司令官は司令官です。私たち──いいえ、私の司令官なんですよ?」
「ああ、そうだな。けれど──」
「けれどもでももありません」
露骨に話すことを嫌がっているように思える。この話題を避けたがっている。
理由はわからないが、サクラにとってこの話は嫌なものなのかもしれない。しれない……が、それでも知らなければならない。そうでないと、きっと俺は顔向けできなくなる。
──何ニ
──仲間たちに、だろう
「サクラ──いや、春雨。お前は何を隠している」
その名前を口にした途端、彼女の空気が別物へと変わった。いつもの暖かな日差しのようなサクラの空気から真冬のような、冷たい空気。
振り向いたサクラの表情は何も無かった。
空っぽの、虚無だった。
「名前」
「──春雨、僕は……僕たちはいったいどうなっている。確かに僕はあの日、死んだ──はずだ」
『死んだ』とそう口にしてようやく理解出来た。
どうしてそんな言葉が口をついて出たのかはわからない。無意識のうちにその答えにたどり着いていたのか、思い出したのか。そんなことはどうだっていい。
そうだ、僕はあの日──父が執務室に来た日に死んだはずだ。
他の誰でもない。
サクラの手によって。
「思い出したんですか」
「春雨──」
「サクラ。サクラと、呼んでください」
そうだ。
こちら側へ来てから資料でも読んだじゃないか。
人間側への被害報告の数々を。
その中に確か、僕の鎮守府の場所と父の名前が記載されていただろう。所属していた艦娘──大淀達のことも触れられていたはずだ。
何故、忘れた。何故、わからなかった。
「そんなこと、決まってるじゃないですか」
サクラが嗤う。
生気のない真白な腕を広げ、血のように真っ赤な瞳を見開き。嗤う。
「──アナタも私と同じだから、ですよ」
◆
「司令官。桜、綺麗ですね」
「ああ、サクラと見られる日が来るだなんて、こんなに嬉しいことは無い」
「これからはずっと、ずっと一緒ですよ」
どこで間違えたのか、どこから狂っていたのか。そんなことをおかしくなるくらい考え続けた。
考えて、考えて、何も出来なかった結果がこれだ。
「いいですね。私たちの海に、私たちの家に、私たちだけの世界です」
考えることはもうどうだっていいじゃないか。こんなにも幸せそうなサクラが見られているのだから。
「私は司令官さえいてくれればそれでいいんですけどね」
微笑むサクラの横顔をいつまでも見ていたい。誰にも邪魔されず、永遠に。
「僕も、そうだよ。サクラ」
「嬉しい。これからもずっと一緒にいてくださいね」
それがサクラの望みなら。僕はなんでも受け入れよう。
「そしてまた、桜を見ましょう。何年先も、何十年、何百年先も」
「そうだな」
海の底のように暗く、淀んだサクラの瞳には青白い肌の僕が見える。
蒼い双眸はサクラと対になっているみたいでなんだか少し暖かな気持ちになる。
──こんな結末にならずに済んだ未来はあったのだろうか。
──いつか、サクラとちゃんと桜を眺めることはできるのだろうか。
いつか──
一旦区切ります。別ルートはもう少ししたら上げます。