篠ノ之束を恨む少年が篠ノ之束に救われたけど素直に感謝しきれない話 作:細胞レベルでミジンコ
飽きたらやめるか一人称で書きます
「あら、三番じゃない? どこに行くのかしら?」
豆電球に照らされた無機質な廊下の端を歩く少年に、背後から声がかけられた。
振り返った少年は柔らかく笑い、声の主を確認する。
飾り気のなく、薄暗い廊下には見合わない艶のある赤茶色の髪をセットし、盛大にフリルを纏ったその姿に少年は見覚えがあった。
どうやら彼に話しかけたのは施設に視察に来た女性だったようだ。
「ずっと部屋に篭もっていたら参っちゃうので星を見に行くんです。一緒にどうですか?」
人懐っこい笑顔を浮かべながら、少年は提案する。
女尊男卑が一部界隈に根付いて久しい中、少年の提案は無謀に思えた。
何故ならば、フリルの女性が籍を置く業界こそがその女尊男卑思想の最も濃い場所だからだ。
少年もこの誘いに乗ってくるとは思っていなかった。この後に提案することの布石でしかない誘いだったが、しかし女性は少年の隣にまでやって来て「案内しなさい」と発した。
予想外のことに面食らった少年だったが、直ぐに気を取り直して先導する。
「でもいいのかしら? あなたってこの時間は部屋にいなきゃいけないのでしょう?」
「そうですね。なので、内緒にしてくださいね?」
少年に許された自由は少ない。
にも関わらず、こうして少年が夜に出歩けている理由は、優秀な成績と、大人を懐柔する天性の才能があったからだった。
少年の部屋の前にはいつだって見張りがいるはずだし、女性に声をかけられた廊下にも巡回の警備員がいるはずだ。
しかし、見張りはたまたまトイレに行っていたため席を外していたし、警備員も人手不足のため巡回範囲が広がり、あの廊下に目が届かないところにいたのだ。
つまり、施設単位での黙認。もし少年が見つかってしまえば施設の人間は少年を罰しなければいけないが、気づかなければその必要も無いということだ。
少年が施設で過ごした五年間の月日はそれほどまでの信頼関係を確立していた。
フリルの女性は施設の内情にも通じているため、そういった事情を理解して内緒にするという約束を少年と交わした。
普段は男を扱き使う高圧的な女性だが、さすがに十歳かそこらの少年に対してまでそのようには出ないようで、屈んで指切りまでする程だった。
「ありがとうございます」
接近に照れたようにはにかんだ少年がそれを誤魔化すようにして歩き始めると、その反応に満足したかのように女性は笑みを深めた。
施設のドアを抜けた先は、職員の健康のために設置された中庭だった。
本来は運動目的に用意された空間だったが、インドアな職員達は中庭を利用することも少なく、精々が天気の良い時に昼寝をする程度のものだった。
「ここからがいちばん綺麗に見えるんです」
そう言って女性を中庭の東側に案内した少年は「シートを持ってきます」と女性を残してその場を離れた。
勿論、そのシートは少年のために用意されたものではなく、職員の昼寝の際に用いられている物だったが、それを咎める者は誰もいない。
拝借したシートを敷いた少年が女性に座ることを促すと、女性は再び笑みを深めてシートに座った。
どうやら自身より先に座ることを促す行為が喜ばしかったようだ。
「それで、あなたはどこに座るのかしら?」
「え? ……あ!」
少年が敷いたのは昼寝用のシート。幅は人一人分より少しある程度で、とても二人が座れるようには思えない。
昼寝用のため縦には長いのだが、綺麗に見える方角に対して縦に敷いてしまったため、二人で同じ空を眺めるのは難しい。
あるいは女性がシートの奥に座っていたのなら可能だったかもしれないが、二人の身長差では少年が女性の後ろに座って空を見るのは不可能だ。
十中八九露出された背中とセットされた髪が少年の視線を遮るだろう。
それに気づいた少年がわたわたとしながら反対の空を見るという結論を出し、女性の背後に回った直後、少年の上半身に音もなく機械的な鎧が纏われた。
その右腕には小さな――尤も、それは鎧のサイズと比較した場合であり、少年の掌には余るような大きさだが――スタンガンが握られていた。
それを躊躇なく女性の背中に向けて突き出した少年の顔には、驚愕の表情が張り付いていた。
本来ならばスタンガンは女性の意識を刈りとるはずだった。あるいは、当てた部位が部位だけに絶命させる可能性もあった。
にも関わらず、女性は全くのノーリアクション。スタンガンの先端で弾ける火花が故障した訳では無いことを告げていた。
「残念。残念よ三番。利口で可愛らしいかと思えばこんな愚かなことをするなんて」
スタンガンを捨て、全身に鎧を纏った少年の拳が振り返った女性の顔面に振るわれる。
その速度はプロボクサーのそれを凌駕するほどであり、鎧の質量もあり生身の人間に命中しようものなら凄惨な殺人現場を作り上げてあまりある一撃だった。
しかし、拳が顔に突き刺さることはない。
一瞬で鎧を身に纏った女性の右腕によって、あっさりと受け止められたからだ。
「愚か。本当に愚かね、三番。幾ら
声の発生源は少年の背後からだった。
鎧の機能によって三百六十度まで拡張された視界で声の主を確認すると、そこには少年と星を見ていた女性と髪型以外が瓜二つの女性が立っていた。
「なんで? って」
「そんなの決まっているじゃない」
「あなたが行動を起こすなら」
「二次移行後の詳細が把握できていない今」
「だから私たちが呼ばれたの」
「いきなり呼び出されて大変だったわ」
前後からの声の一切を無視して少年はこの場を打開する方法を考える。
少年や女性たちが纏う鎧――
それは、二千にも及ぶミサイルの雨から都市を守り切り、その直後に襲来した無数の戦闘機をあっさりと撃退することが可能なほど。
少年の纏うISは二次移行というある種の進化を遂げた機体であり、通常のISとは一線を画す性能を誇るが、だからといって二機のISをあっさりと無力化できるということも無い。
まさに絶体絶命。しかし、どちらか一方を瞬時に無力化することが出来たのなら、残る一方を性能差で圧倒することが可能。
解を導き出した少年は、女性に握られている右の拳を解放するために左手に小刀を出現させて斬りかかる。
あっさりと拳を離して後ろに飛んだ女性に向かって、右手にも長刀を出現させた少年は飛びかかった。
少年には剣の才はない。銃器の才能と比べれば月とすっぽんほどのものだ。
にも関わらず、少年が接近戦を選んだ理由、それはIS同士の銃撃戦は長引きやすいということを知識で知っていたからだ。
ISにはシールドバリアというものがあり、それを削り取らない限り機体や搭乗者に損傷を与えるのは難しい。
銃撃戦はシールドバリアを盾に撃ち合い、先に相手のそれを削り取った者が勝者となるため、時間がかかる。
しかし、接近戦ならば話は変わる。
シールドバリアによって守られるということには変わりないが、強打によって吹き飛ばすことは可能だし、それで相手を気絶させることも出来なくはない。
もし絞め技などに移行することが出来ればシールドバリアはその機能を果たすことが出来ずに容易に無力化が可能となる。
少年と女性二人の戦いは少年の優勢で進んだ。
どうやら接近戦が不得手なのは少年だけではなかったようで、攻勢にでた少年のペースで戦えているということと、二人いるという数の利も、フレンドリーファイアの可能性があるからか射撃が出来ずに活かされていなかったからだ。
優勢と言っても両者の接近戦の技量は互角程度だ。少年の攻撃は掠ることこそあれど直撃はしない。
また、少年の勝利条件は女性二人を無力化して施設を脱することであるが、女性達は増援が来るまで釘付けにすればいいため、心理的には少年の方が追い込まれていた。
「実戦経験はないって聞いてたのに!」
少年は五年間の間施設で毎日のようにISのデータ取りの実験を行っていた。
射撃データなどを取るために訓練プログラムもこなしたことはあるが、対ISの経験はない。
そんなことを聞いていたため、二次移行した機体だとしても二人でかかれば簡単に御せると彼女たちは考えていた。
それなのに、少年に一方的に攻撃され続けている現状は代表候補生の中でも数少ない専用機持ちであり、双子の姉妹としてメディアに注目されているためプライドの高い彼女たちには許せなかった。
少年の攻撃を捌くことをやめ、武器をしまった女性は、その動きを止めるために少年に掴みかかる。
しかし少年は女性のその動きを完璧に認識し、後出しで自分も武器を収納すると女性の腕を躱して逆に組み付いた。
人外地味た反応速度。その動きに対する驚愕と、首を絞められる息苦しさに表情を歪めた女性がそのまま意識を失うとそれを確認した少年は女性を放り捨てた。
「姉さん!」
少年は意識を失い落下する女性を受け止める動きを見て離脱する隙には十分だと判断し、事前に計画していた方角へと加速する。
五年間ずっと考えていた脱走計画は女性に声を掛けられたことで狂ってしまったが、それでも成功した。
その事に僅かに表情を緩めた少年は、その直後に空から降ってきた光線によって地面に叩きつけられた。
少年が地面から空を見上げると、そこには何度か見た事のある機体が浮かんでいた。
「国家代表……」
「その通り。お前に勝ち目はないよ。諦めて解剖されるんだね、三番」
反抗しなければ長生きできただろうにとボヤく国家代表を見て少年は目を閉じた。
国家代表は第一回モンドグロッソにおいて総合四位に輝いている。ISには世界最強の兵器という側面もあるため、世界で四番目に強い存在と言っても過言ではないだろう。
幾ら二次移行を済ませた機体に乗っているからといってそんな存在に勝てると微塵も思えなかったのだ。
そして、
ISの各種センサーは人間の瞳を必要としない最高級の感覚器官だ。目を閉じていようとも周囲の確認はできる。そのことを国家代表が知らないはずもないが、それでも人間は目を閉じていると周囲が見えないという固定観念がある。
完全に諦めた。そう思わせておいての行動は確かに国家代表の虚を突いた。
追いかけっこになれば二次移行を済ませている自分に利がある。そう思った少年の行動は、しかしスタート直後に捕まるという結果に終わる。
「無駄な抵抗お疲れ様。一番や二番よりはマシだったんじゃね?」
首を絞められた少年は、国家代表が代表候補の姉妹を叱咤する声と、空に浮かぶオレンジ色の三角形の像を捉えたのを最後に意識を失った。
「あ、目が覚めた?」
少年が目を覚ました時、霞んだ視界に映ったのはマゼンダの髪だった。
少年はこの髪が大嫌いだった。この髪を持った女がISを開発しなければ少年が施設に囚われることもなかったからだ。
勿論、悪いのはISでも、その開発者でもないことはわかっている。
それでも、国を恨むよりは現実的なためマゼンダの髪への恨みを募らせながら生活をしていたのだ。
「うーん。やっぱり恨まれてるみたいだね。資料を見る限り五歳の時に攫ってきてからずっと軟禁されてたみたいだし、その元凶の束さんが恨まれるのも仕方ないかな? それにしても酷いよねー。私が着いた時にはもうヤク漬けだったんだよ? ISの保護機能と特製の浄化機まで使って三週間も昏睡とかホントやばいよ」
液体に満たされたポッドに浮かぶ少年の体に新たな電極を貼り付けていくマゼンダの髪を持つ女はそれからも色々とボヤいていたが、三週間も昏睡していたらしい少年は耳を塞ぐことも声を遮ることも出来ないままそれを聞き続けていた。
少年が理解したことは何らかの手段でこの女が施設を壊滅させ、そこから少年を連れ出して治療していたという程度だ。
国家代表ひとりに代表候補生が二人。最低三機もISがあった施設をどうにか出来たなどと到底信じられなかったが、自分の置かれている状況から少なくとも施設からは連れ出されたということは事実だと理解した。
電極から流れる微弱な電流によって少年の筋肉が回復すると、ポッドから液体が抜かれる。
「篠ノ之束だよ。これからよろしくねー」
マゼンダの髪を持つ女改め、篠ノ之束の自己紹介を聞いた瞬間、少年は電極のコードを引きちぎりながら篠ノ之束に飛びかかった。
三週間も昏睡してきたとは思えないその動きは少年の体が異常なのか、積もり積もった恨みを燃やした馬鹿力なのか、はたまた篠ノ之束の科学力による超回復なのかは不明だが、確かに一歩を踏み出したのだ。
しかし、その動きも一歩まで。崩れ落ちた少年は篠ノ之束に支えられる。
「まずは栄養補給かな。ハードは問題ないけどエネルギーが全然足りてないみたいだし」
そのまま抱きかかえられて運ばれる少年は、篠ノ之束からの言葉を完全に無視し、その端正な顔を睨みつけ続けた。
「……篠ノ之束」
「あ! なになに?」
レトルト食品と謎のゼリーを胃の中におさめた少年が初めて口を開いた。
花が咲いたような表情で篠ノ之束が返事をすると、その反応すら不快だと言わんばかりに少年は眉間に皺を寄せた。
「俺のISはどこだ?」
少年にとって、ISは最も長い時間を過ごした存在だ。
人生の丁度半分が施設での生活であり、施設ではデータ取りのために寝ても醒めても肌身離さずISを身に付け続けていたのだから当然だろう。
回数はかなり少ないが、ISコアを名乗る人格と対話したこともあり、それ以来ISは少年にとって一番の理解者であり、本音が話せる存在だった。
目が覚めてからはそんなISが手元になく、篠ノ之束との会話をしてでも取り戻したいと思うほどだ。
「まだダメだよ。せめて今食べたものが消化されてからじゃないと。あと、リハビリも完璧じゃないから回復用のポッドに入ってもらうからね」
その後に返すと篠ノ之束が言うと、少年は頷いた。
在処がわからない以上従うしかないと理解したからだ。そして、自身の体調が良くないのも確かであり、調子を取り戻すことが出来るならそれは喜ばしいことだったからだ。
施される相手が篠ノ之束でなければ少年は笑顔でお礼を言っただろう。
篠ノ之束に指示されるまま少年がポッドの中に立つと、どこからともなく液体が現れポッドに溜まっていく。
「浄化と回復にはあと一週間くらいかかるのかな? それまでに君の機体はしっかり直しておくから期待しててね!」
篠ノ之束の言葉と共にポッドに液体が満ちる。そして少年の意識は微睡み、すぐに眠りについた。
今回でてきた国家代表や代表候補生は今後一切出番はありません(*-人-)
一番くんと二番くんも回想に出てくるかもしれませんがそれ以外に出番はありません(-人-)
代表候補生には名前をつけてあげるべきでしたね
おかげで書いてても読んでても難しい感じになっちゃいました