篠ノ之束を恨む少年が篠ノ之束に救われたけど素直に感謝しきれない話 作:細胞レベルでミジンコ
少年が束の元で生活を初めて一年が経過した。
一年の月日というものは少年を僅かに変え、平時でも顔を顰めずに束と会話ができる程度にはなっていた。
その理由は大きく分けて三つほどあり、一つ目は少年のISに掛けられていた制限が外れ、自由に活動できるようにになったことへの感謝。
二つ目はこの一年間で束と共に潰した二つの研究所を通して悪いのは碌でもない研究をする施設であり、束は悪くないということを篠ノ之束を恨む意固地な感情に言い聞かせた成果。
最後に時間の経過による精神的な成長で折り合いの付け方を知り、そして施設を出たことで自由を獲得したことによる余裕が少年と束の関係を深めた要因となっていた。
それでもまだ、束が求める命名権を譲渡していないあたり、少年の中で完全に束に対する恨みが解消されたわけではなさそうなのだが。
やはり五年間の月日はとても長いものであったのだ。しかも、少年の場合は人生十一年のうちの五年間だ。
乳児の頃の記憶が無い少年にとって、その五年間は自身の人生の七割八割と言っても過言ではないため、そう簡単にはいかないということだろう。
「明後日、行くよ」
「今度は何処だ?」
「ドイツの実験施設だよ」
「またドイツか! 三回中二回がドイツとかおかしいだろ」
束の言葉に、少年はクッションを蹴り飛ばして憤慨した。
束が襲撃目標を決める基準を少年は知らないが、今まで襲撃したふたつの施設は両方とも酷いものだった。
そんな酷い施設がドイツにもう一つあると言うのだから少年が頭を抱えるのも仕方なかった。
今まで襲撃した施設がどれほど酷かったのかといえば、イギリスの人間にISを埋め込む実験施設は、IS起動時の拒否反応で多くの死者が出ており、全ての死体が苦悶の表情を浮かべていた。
また、資料によれば数少ない適合者もISコアを使い回すためにコアを摘出する際に全てが死亡していたようだった。
ドイツのVTシステムの研究施設では少年のポカで侵入が発覚し、その撃退にやってきたVTシステムを載せたISとの戦闘になった。
結果はVTシステムの完成度が低かったことから少年の勝利に終わったが、パーツとしてISに組み込まれていた女性の苦痛に歪む表情は十ヵ月近く経った今でも少年の脳裏に焼き付いているほどだ。
ちなみに、VTシステムとは
「今度は施設に今も収容されてる女の子の誘拐と施設の壊滅が目標だよ。ISが置かれてるってことは無いみたいだし、最初みたいなことにはならないと思う」
「生きてるのか」
「うん。二週間後に廃棄予定みたいだけどね。施設の性質としては前の二つとは違って何人も使えばいいって訳でもないから」
特定の要素を持った人間を研究する施設。つまりは少年が居た施設のようなものだ。
束がそう言うのだから生きてはいるだろうが、精神的なものまでが保たれているのかは分からない。
少年は自分自身が特殊な例であったと自覚しているだけに、その女の子のことが心配だった。
「今度はミスしない。必要なことはなんでも言ってくれ」
「うん。それでいいよ。もし一人で黙々と準備を始めてたら流石の束さんも怒ってたかもだし」
一度目のドイツ襲撃。その発覚の原因は少年の不慣れもあったが、それ以上に束の話を聞かずに行動した結果だった。
二度目のイギリス襲撃でも危うくバレるところだったため、研究を潰しに行くだけではない今回にもそのようにするつもりだったのならば束は少年をきつく叱っていただろう。
「無事に終われば三人暮らしだから、束さんも君の名前を考えておくね」
「……必要ないだろ」
「束さんと君の間には必要ないかもしれないけど、君と女の子の間には必要になるんじゃないかな?」
消音機を付けた拳銃をもつ少年を先頭に二人は潜入した施設の廊下を歩く。
出くわした施設の人間は皆殺しだ。
死体は死後硬直が始まる前に箱詰めし、廊下の隅に放置してある。杜撰な隠蔽だが、速やかに実験体の少女を回収して脱出した後に上空から束謹製の高性能爆弾で焼き払うつもりなのだからそれで十分だった。
生身でハイパーセンサーに比肩する感覚を持つ束だが、銃撃の技術はお粗末だ。
ISを着用した射撃競技があるのなら少年に勝てる存在は射撃特化の
少年にとって、違法研究者は人間ではない。
それは自分が所属していた施設を脱する際、代表候補生の背中になんの躊躇いもなく鎮圧用の高出力スタンガンを突き立てようとしたことからも明らかだった。
「やばっ。ゲート壊して右中中右ダッシュ! 着いたらポッドも壊して!」
ゲートの解錠を行っていた束がペロリと舌を出して指が滑っちゃったと呟いた。
少年は束に怒鳴りつけるのを我慢して隠密のためにヘッドギアのみの展開に留めていたISを完全展開してゲートを破壊する。
数十ミリ程度の鉄の板など、ISにとってはないも同然だった。
横に立ち、ホロウィンドウで警報システムの遅滞作業を行う束を邪魔しないようにPICのみで浮き上がった少年は、そのままゲートの向こう側へと侵攻した。
右折、直進、直進、右折。
束の指示通りに全てのゲートを破壊してたどり着いた部屋には、液体に満たされたポッドが浮かんでいた。
その中には一人の少女が窮屈そうに収められていた。
透き通るように白い肌と、液体の中で泳ぐ幻想的な銀の髪に少年がみとれていると、施設の照明が赤いものに切り替わり、非常事態を告げるアラートが響き渡った。
束が遅滞させていようとも、少年がゲートを破壊した事実は覆らない。目視で確認した人員が手動で警報を鳴らしたのだろう。
我に返った少年が束に言われた通りにポッドを破壊しようと近接ブレードを取り出した時、ポッドの中の液体が変色し始めた。
正確には中の液体が別のものに置換されているのだろう。
ハイパーセンサーにより研ぎ澄まされた少年の感覚には、その液体が少女の肉体を溶かしつつあることが理解出来た。
それは、襲撃者が現れた時のための証拠隠滅のための措置だった。
慌てて少年がポッドを破壊した時には少女の足先の皮膚は完全に溶け、足先から太股ほどまでの範囲で肉が露出していた。
「クソが」
ポッドから落ちる少女を受け止めた少年は、自分と施設の人間に対しての罵倒の言葉を漏らした。
そして少年は自分の口の内側を噛みちぎり、量子変換していた液体を口に含むと、それを口移しで少女に飲み込ませた。
取り出した液体は治療用のナノマシン。それに自身の体内を巡るISの搭乗者保護機能と互換性のあるナノマシンと混ぜることで搭乗者保護機能の恩恵を受けられるようにし、少女に飲み込ませることでこれ以上の融解と融解部分からの出血を抑える事が少年の狙いだった。
腕が切断されていようとも出血を押し留め、数時間の延命を行うことが出来るISの保護機能は、含ませたナノマシンの恩恵もあり少女の肉体を保全した。
ハイパーセンサーに浮かぶメッセージからそれを確認した少年は来た道を逆走する。
施設の人間としては侵入者があった時点で少女は死んでいることになっているのか、確認のための人間は一人もいなかったためあっさりと束の元にたどり着くと、速度を抑えないまま束へと突進し、そのまま束を掴んで施設の出口へと移動を開始する。
その際、「ぐえー」などと情けない声を束が漏らしていたが、それが生きている証拠。
常人相手にこのようなことをすればミンチより酷い殺人現場が出来上がるが、細胞レベルでオーバースペックを自称する束にとって、この程度では食パンを咥えた転校生に曲がり角で激突する程度の衝撃でしかないことは少年が一番よく知っていた。
「軍に通報された! 直ぐにISが来るよ!」
「通報? 違法研究所が何やってんだよ」
そこまで言って少年は気づいた。違法研究所の素体がこの少女だけならば、それを消してしまえば通報してもなんの問題もないことになる。
ISコアがこの研究所に置かれていなかったため国ぐるみの研究かどうかは不明だが、仮に国が関係なかったとしても違法研究の証拠がないならば軍に通報してもなんの問題もないのだ。
逃げるにしても応戦するにしても施設の中では少女を抱えている自分が圧倒的に不利であることを理解している少年はギアを一段階上げ、脱出を急いだ。
保護機能に守られている少女は問題ないが、そうではない束にとっては高速道路を走る車の外側にへばりついているような状況となるが、束の頑丈さを信用している少年が速度を緩めることは無かった。
『驚いた。まさか本当にISが襲撃者とはな』
ISを出動させるための嘘だと思っていたのだが。と研究所の外で待ち構えていた軍人が呟いた。
「悪いがドイツ語はサッパリなんだ。IS乗りなら日本語は話せるんだろ?」
少年は大袈裟に肩を竦めて返事をする。
その両手には束と少女の姿はない。
ISの反応を事前確認していたため、光学迷彩を使って透明になった束に少女を預けたのだ。
少女の体内には今も治療用ナノマシンがあるが、怪我の範囲が広いためISの保護機能がなければジリジリと死に近づく状況にある。
少年は手早くこのISを無効化する必要があった。
『合衆国か? いや、どうでもいいか。そんなことは貴様を倒し、その仮面を剥ぎ取り、コアナンバーを確認すればわかることなのだからな!』
ドイツの第二世代ISの基本装備であるプラズマ手刀を展開して
そしてそのまま横にズレることで自分の懐に相手が飛び込んでくるような形へと誘導する。
手刀の範囲まで接近すると軍人はそれを振るってくるが、少年はそれを紙一重で回避し、その首を掴み取った。
『この動きは、
プラズマ手刀の輻射熱が少年の機体を僅かに焼いたが、被害はその程度。軍人の首を絞めて速やかに気絶させると、少年は相手の機体のログから自身の情報を消去する。
元からなかったように消すことは少年には出来ないが、確実に読み取れないようにすることは可能なため、それで問題はなかった。
もしも軍人が超人的な回復力で蘇生した場合にも追いかけられないようにスラスターの類を完全に破壊すると、少年は束と少女を回収して移動用のニンジンロケットへ向かった。
「絶対防御の仕様を組み技に対して弱く設定しておいたのは束さん用なんだけど」
「そのお陰で駆け引きなしの単純な接近戦なら無双出来るんだから有難いことだ」
少年は施設からの脱出を企てた際にも刺客として送り込まれた代表候補生を締め上げ、気絶させていた。
ブリュンヒルデのような接近戦を主戦場とする格上相手には通用しないだろうが、接近戦
接近戦の才能が絶無である少年が、その舞台で戦える理由は勿論機体にあるが、単に二次移行を済ませているための圧倒的な機体性能によるものだけでは無いという事は誰の目からも明らかだった。
「ISを埋め込むだと!? ふざけた事を言うな!」
少年が束の胸ぐらを掴んで怒鳴りつけた。身長差故に様にならないが、現在の少年ができる最大級の怒りの表現方法だった。
もし、自由にISが使える状況にあったのならば展開して殴りつけていただろうことはその剣幕から想像に難くない。
「だって……」
「だってもクソもあるか! お前だってイギリスの実験施設の惨状を見ただろうが!」
「今だって君のISを装着させてないとどんどん細胞が死んでるんだよ! どんなにナノマシンを増やしてもISがないと絶対に間に合わないんだよ!」
現在、施設から誘拐してきた少女は少年のISを纏った上で治療用のジェルの中に沈んでいる。
デザイナーズベビーである彼女は産まれる前から特定の薬品に非常に脆弱な存在として設計されていたようで、施設のポッドで僅かに浴びた薬品の効果で全身が溶け続けているからだ。
最初から処分しやすいように造られたのが少女なのである。
現在はナノマシンで治癒力を活性化させ、少年のISによる保護機能でどうにか拮抗しているが、それもいつまで続くかわからない。
ナノマシンは万能ではあるが全能ではない。少女の体力が低下すればその機能も低下し、拮抗状態は崩れ、やがて少女は死に至るであろう。
「私も生体同期型ISについて考えていたこともあるし、イギリスの碌でなし共の実験データを元にコアの調整を一からやれば絶対に移植は成功する。あの子を助けるためにはこれしか方法がないんだよ」
「クソっ、勝手にしろ!」
少年が得意なことはISを使った暴力だけだ。誰かを助けることなど出来はしない。
束がそういうのならばそれしかないことは百も承知だが、どうしても納得ができなかった。
少年は少女に様々なものを投影している。だからこそ彼女には死んでほしくなかったし、危険なISコアの移植などありえないと思っていた。
しかし、少女が死なないためには危険を承知の上でコアを体内に入れなければならない。
今少年にできることは自己満足に祈るだけ。
束の新造するコアに問題がありませんように。上手く適合しますように。
少女の横に座り込んだ少年は天に祈り続けた。
十一歳で人間を人間でないと認識して殺すのになんのためらいもない男の子がいるらしい
流石オリ主だ
ちなみに名無しのドイツの軍人さんも今後出番はありません
下手すりゃコアが奪われる可能性のある敗北の仕方ですからね
だったらツーマンセル以上で行動させろとか言っちゃいけない
描写が難しくなりますので