篠ノ之束を恨む少年が篠ノ之束に救われたけど素直に感謝しきれない話   作:細胞レベルでミジンコ

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成長

「夢か?」

 

 目覚めた少年は掠れた声で呟いた。

 

「いや、こいつが居た。なら、夢じゃなくてISの精神世界のようなもののはず」

 

 少女を包むISを撫でた少年は記憶を反芻し、それが、夢でなかったと断定する。

 少年は先程まで、地面と空に浮かぶ星々以外何も無い空間で自身のISのコア人格と、今はジェルに沈んでいる少女と会話をしていた。

 その場所は何度か訪れたことがあったし、ISのコア人格と話したことも同じだけあったが、そこに他人が混ざっていたことは初めての経験だった。

 

「生きられるなら。この子がそう言ったんだから、俺が束にどうこう言える筋合いはない。なら、少しでも可能性が高くなるように動かないと」

 

 少年が立ち上がると、背中から毛布がずり落ちる。

 自分でかけた覚えがないため、十中八九束の仕業だろう。

 

「……あいつにも感謝しないとか」

 

 少しだけではあるが、少年は変わった。

 純粋で無垢な少女と話したからだろう。それでも束に対する感情に折り合いが着いた訳では無いが、この一年でどうにかなったのと同じくらいの進展があった。

 少年は外部からの刺激を受けずに生活しすぎていたのだ。

 少女の救命は、少女だけではなく、少年を救うことにもなるだろう。 

 


 

「あの子と話してきた。あの子は生きられるなら何だっていいって言ってた。だから、俺にも何か出来ることはないか?」

相互意識干渉(クロッシング・アクセス)かなあ? でもISは一つだけだし……。専用機をあの子に使わせてるから? ISのデータはこの子のものだし、体内ナノマシンも同一……。ま、いっか! 手伝えることだっけ? めっちゃあるよ!」

 

 束はキーボードを叩きながらブツブツと呟いたあと、後で考えればいいことであるとして思考を打ち切り、協力的な少年の姿に喜びながら指示を出した。

 

 

「出来ることがメシ作りとはね……」

 

 意気込んだはいいものの、少年は技術方面はさっぱりである。できることと言えば搭乗中のISを少々弄る程度。弄ると言ってもプログラムそのものを改変するような事は出来ないため、出力の調整程度がやっとだ。

 パソコンに例えるなら音量ミキサーを調整する程度であり、とてもではないが技術的な面で束を助けることが出来ないのは明らかだ。

 

 少年が祈り始めてから、つまり束が少女のコアを作り始めてから既に二日が経過しているらしく、流石の束もエネルギー切れが近い。

 完全に止まるまでという意味ならあと五日は余裕だが、パフォーマンスの低下からは逃れられないのだ。

 一刻一秒を争う現状で、食事している時間は惜しいがパフォーマンスの低下も避けたい。

 故に少年は機械を操ってレトルト食品の調理を行っていた。

 

「食べやすいものって言ってたし一口サンドイッチでいいよな?」

 

 トースターにセットしてあった二枚の食パンが焼け、それを取り出した少年は食パンを全部で九等分にカットする。

 そして解凍した冷凍のハンバーグやら唐揚げやらをその間に挟んでいき、楊枝で固定して昼食は完成だ。

 

 ちなみに、最初に焼いた際に時間設定を誤り焦がしたパンは少年の胃袋の中に収まっている。

 ISのコア人格と少女の三人で丸一日以上話していたため、少年も空腹だったのだ。

 

 

「出来たぞ」

「たーべーさーせーてー?」

「は?」

 

 どこに置いておく? という意味で報告した少年に対し、束は食べさせろと返した。

 少年の眉間にシワがよったが、少年は深呼吸をすることで落ち着きを取り戻した。

 やはり昨日と今日の少年では一味も二味も違うのだろう。確実に成長していることがみてとれた。

 とはいえ、モニターに向かう束の作業を邪魔せずに食べさせるのは至難の業だ。束の催促を聞き流しながら考えた少年は、ひとつの答えにたどり着く。

 

「仕方ないか。……両手上げろ」

「へ?」

 

 束は疑問の声を上げたが、言われるがままに手を上げた。ちなみに、手元に追従してくるタイプのホロウィンドウを束は利用しているため、この体勢でも変わらず打鍵は続いている。どんな体勢でも作業に問題ないあたり、さすがは篠ノ之束だった。

 

 少年は束が手を上げたことによって空いたスペースを通り、束の膝に座る。

 少年の身長は束より頭一つ分低いため束の視界が遮られることも無く、そして作業の邪魔をせずに束の口にサンドイッチを運べる完璧な位置取りだった。

 

「口を開けろ」

「いやあ、嬉しい――」

 

 むぐむぐと、少年にサンドイッチを投げ込まれた束が声にならない声を出すが、その表情は明らかに緩んでいた。

 

「黙って食え」

 

 束がサンドイッチを飲み込むと、少年はすぐさま次を投げ込む。常人ならば苦しくなって作業どころではないが、束の超人っぷりを知っている少年は次々と投げ込んでいき、食パン二枚分と冷凍食品から出来た九個のサンドイッチは五分と経たずに束の胃の中に押し込まれた。

 

「……飲み物ある?」

「あるぞ」

 

 少年が取り出したのはストロー付きの五百ミリリットルのボトルだった。

 中には市販されているエナジードリンクの数十倍程の糖分とカフェインが含まれた悪魔の液体が詰まっている。

 

 超人的な束の頭脳はその分エネルギーを必要とする。勿論、細胞レベルでオーバースペックを自称する束はエネルギー変換効率や燃費も凡人と比べれば月とすっぽんどころか太陽とマッチレベルの差だが、それでも必要とするエネルギーも常人のそれを凌駕する。

 それを補うために束が常飲しているのがこのドリンクだった。

 

「一気に飲まないのか?」

「サンドイッチを押し込まれたからお腹がきついの。暫くそこにいてね」

 

 いつもは一気に飲み干してエネルギー補給するというのに、今回の束は少しずつ飲むだけだ。

 束が両手を使ってキーを叩き続けているため、束が飲むといえば少年がボトルを差し出さなくてはならない。

 三十分後にドリンクを束が飲み終わり、開放された少年は疲労困憊といった具合だった。

 束としては初めてのスキンシップを楽しんだだけなのだが、少年は作業効率のために我慢していたのでそれも仕方ないだろう。

 

「それじゃあ夜と明日もよろしくね」

「マジかよ……」

 

 少年は出来ることが少ない。手伝いたいのならば束の食事の世話を続けるしかないのだ。

 精神疲労は否めないが、やると決めたらやるのが少年である。コアが完成するのは明日の夜。少年の戦いも始まったばかりだ。

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