月日が経ちました。
ラジオを聞くのはモモちゃんにとっても、ワシボンにとっても日課なままでした。
「本日の料理は、クリームシチューです。使う材料は、こまぎれ豚肉200g、じゃがいも3つ、にんじん2つ、ブロッコリー1つ……」
モモちゃんは、台所で皿洗いをしているお母さんに言いました。
「お母さん、またクリームシチュー食べたい!」
「え、ちょっと聞こえなかった! もう一度言って!」
「クリームシチュー食べたい!! 私がワシボンを助けたときの!!」
「……分かったわ! 今晩、クリームシチューね!」
夜ごはんは、モモちゃんのお願い通りのクリームシチューでした。
お母さんの作るクリームシチューはいつでも野菜が甘く煮込まれていて、とてもおいしいです。
ワシボンにも振る舞われ、そしてモモちゃんはおかわりをしました。
「いつもよりもっとおいしー!」
「そう?」
「なんか、じゅーしー? って感じ!」
ワシボンのお皿もすぐに空っぽになり、お母さんは鍋と食卓の間を何度も往復します。
「ワシボン、この頃よく食べるね」
半月ほど持っていたポケモンフーズも、今は十日ほどで無くなってしまっていました。
お父さんが言いました。
「もしかしたら、もうそろそろ進化するのかもしれないな」
「うぉーぐるに?」
「ウォーグルにな」
「そうしたら、私も乗せて飛べるかなあ」
「そうだね。モモを背中に乗せて飛べるだろうね」
「でもちゃんと、飛ぶ時は器具を付けないと駄目よ」
「落ちたとしても、ワシボン、助けてくれるよねー?」
ワシボンは頷きました。
ワシボンは少しずつですが、こちらの言葉も理解するようになってきていました。
がつがつと、ワシボンはクリームシチューを食べ続けました。
「本日のジョウト不思議調査団はお休みとなります……代わりに先日放送した、イッシュの歴史を再放送します」
「えぇー、つまんないの!」
ジョウト調査団はこの頃、ジョウト地方で何故か見掛けられるイッシュのポケモン達を追っていました。
先日は同じワシボンを特集していました。姿こそ見つからなかったものの、その内容はとても面白かったのです。
そのワシボンがこのワシボンかもしれないと思うと、ラジオに出たポケモンなんだ、そのワシボンを私は助けたんだ、とモモちゃんはちょっとだけ誇らしいようなそんな気がしたのです。
「イッシュの歴史は、ポケモンと人間の争いの歴史でした。カロス地方やガラル地方などから海を渡ってその大陸に渡って来た人間達はとても傲慢だったのです。
先住民達を殺し、森をポケモンごと焼き払い、土地を都合よく作り変えていきます。
ポケモン達に加えて文明も持った人間達の力は、元来平和に暮らしていた先住民達には抗い難いものでした。
そこで立ち上がったのが、三獣士と呼ばれるポケモン達です。
その三体のポケモン達は先住民ごと仲間を纏めあげ、巧みな攻勢へと翻しました。
文明の力をも跳ね返すほどの連携と策略が、海を越えてやってきたその人間達を一気に劣勢へと追い込んだのです。
しかし、程なくして三獣士はどこかへと消えてしまいます。
彼らが去ってしまった理由は、様々な憶測が今でも飛び交っています…………」
なにか、とても怖い話をしている、とモモちゃんは思いました。
「――最近になって出て来た説では、三獣士達がある光景を見てしまったからだ、ということがあります。その説がどこから出て来たものなのかも曖昧なのですが。
そしてそのある光景とは?
気になる続きはCMの後で!
ごまだれをたーっぷりと掛けた、バンバンジー! おいし~っ、さっぱりしてるのに濃厚~! 秘密はこのごまだれにあります! 国産の職人の手によって丁寧に作られたごまを更に選別して作られたこのごまだれ! そんじゃそこらのごまとは訳が違います! 香りも! 味も! 全く違うものと仕上がっているのです! 一回使えば忘れられない! 二回使えばもう病みつき! 三回使ったらもう戻れない! そんな体験をしてみませんか? 電話番号はXXXX-YYYY-ZZZZでお待ちしております!」
バンバンジーってなんだろう、とお父さんに聞いてみましたが、お父さんも知らないと返されました。
「ふーん、そうなの。おいしいのかなあ」
バンバンジー、バンバンジー。頭の中で繰り返している内にどこかで聞いた言葉のような気もしましたが、モモちゃんは思い出せませんでした。
「――その説は学者の間で広まったのではなく、いつの間にかシッポウシティで広まっていた話題でした。
そのシッポウシティの住民に聞き込みを行ったところ、緑色の髪の毛の長身の男に関連があるであろうことが分かりましたが、そこから先は分かりませんでした。
シッポウシティの近くのヤグルマの森では、三獣士の一匹であるビリジオンの目撃情報も入って来ることがありますが、それとの関連は分かりません。
……さて、その見てしまったという光景ですが。
そのシッポウシティの住民たちから聞くところによると、反撃を開始し、あっという間に優位に立ったポケモンや先住民達が、侵略して来た人間達と同じようなことをし始めた光景、だそうです。
残虐な仕打ちに対しそれと同等か、それ以上の仕返しをする光景を見て、三獣士達は去って行ったという説でした」
お父さんもお母さんも、いつの間にか黙っていました。
モモちゃんはその内容を何となくしか分かっていませんでしたが、ちゃんと分かろうとすることも怖くて何も聞けませんでした。
ワシボンは、いつものようにじっと聞いていました。
ラジオが終わると、お母さんが気を取り直すように立ち上がりました。
「さ、もうモモは寝る時間だわ。明日から、トレーナーズスクールでしょう?」
「うんっ!」
モモちゃん自身の希望もあって、モモちゃんは他の人より早めにトレーナーズスクールに通えることになっていました。
成績が良ければ、早めにモンスターボールを使ってポケモンバトルをしたりすることもできるようになります。
モモちゃんは、ワシボンと一緒に早く旅もしてみたいと思うようになっていました。
歯をごしごしと磨いてからうがいをして、寝る前にもトイレに行って、そしてお父さんの付き添いで寝ます。
本当はもう真っ暗な中で一人で寝るのも大丈夫なのですが、お父さんとぽつぽつ話をしながら眠くなっていくのも好きで、あえて黙っていました。
「――が先日未明に逮捕されました。現在警察はこのグループの騒動と、イッシュのポケモンがこの近辺で見られる現象との関連を調べています」
モモちゃんが起きて来ると、ワシボンを含め、お父さんとお母さんももう、起きていました。
「――その首謀の家族を含め、グループの逮捕者は計30名を超えるとのことです」
テレビではニュースをやっていました。
「次のニュースです。
このひと月ほど話題になっていたグラードンの動向ですが、ホウエンをゆっくりと一周した後にまたえんとつ山に戻ったとのことです。フエンタウンの温泉の温度もひと月振りに元に戻ったのことです。
――あー、いや、ね。グラードンが起きてカイオーガとひと騒動してえんとつ山に新しい住処を決める前までの温泉の暑さは、正直丁度良かったんですわ。グラードンが来てから、私にゃちょっと熱過ぎて。ちょっと冷やした温泉が一々出来る位ですから。グラードンが出て行った間は、それが無駄になってしまうか冷や冷やしたもんですよ。帰って来なかったらそれはそれで、もう長く入れるぬるま湯として売り出そうかなんて話も出てきていましたけどね。
――いやー、俺はあの熱い温泉が好きだから、出て行っちゃってた間は帰って来るのかなー、ってもうずっと落ち着きませんでしたわ。何はともあれ、帰って来てくれて嬉しいですよ。
数年前、ホウエン全土を揺るがしたグラードンとカイオーガの目覚めですが、もうグラードンは逆に居なくては困る存在となっているようです」
「お父さん、グラードンって?」
「とても凄いポケモンさ。ナナシマからシンオウまでの大地を作ったポケモンとも言われてる」
「へー……」
モモちゃんには、話のスケールが大き過ぎて分かりませんでした。
朝ごはんを食べて、モモちゃんは出勤するお父さんといっしょにポケモンスクールへの第一歩をふみ出しました。
ワシボンはお家でお留守番です。モモちゃんはどこかに行かないでね、と何度も念押しをしていました。
お母さんとワシボンが見送りした後に、ワシボンはぱたぱたとどこかへ飛んで行きます。
けれど、いつものように遠くまで出かける様子は余りありませんでした。
「逃げて来たんだろうねえ。あの子」
お母さんはそう言って、家事をしに家の中へと戻りました。
ワシボンは空を飛んで、地面をじっと見つめます。何かを見つけたかと思えば一気に急降下して、オタチを捕まえました。
その強い足で握ればオタチは逃げることなどできません。そうして仕留めてから食べました。
"Am I just like one of them?"
"What is the difference between Pokémon and Human?"
ワシボンは、その答を知りませんでした。
口を血に濡らして食べ終えると、体がびくびくと震え始めました。
ワシボンは、その唐突な体の異変には驚きませんでした。
「ワシボン、進化したらうぉーぐるになるんでしょ?」
モモちゃんが言っていたことが、やっと起きたのです。
けれど、お父さんとお母さんのところに戻ることは出来そうにない、とワシボンは思っていました。
自分
ワシボンは、ウォーグルになろうとしていました。
体が一気に作り変えられていきます。痛くもありますが、それ以上に心地いい感覚でした。
そして、ワシボンはこう思いました。
"I...decided to live in here, Johto. But... I don't decide how to live..."
――ワタシはマダ、決メカネテイル。
体は、とても、とても大きくなりました。
自分の体を、翼を、爪を見て、それから水面に映った自分の顔を見てから、ウォーグルはゆっくりと目を閉じました。
ウォーグルは、脳裏に浮かんだ光景を思い出さずにはいられませんでした。
お昼が過ぎてしばらくの後。
モモちゃんは早速できたお友達と一緒にお喋りしながら、ポケモンスクールから出てきました。
その外にはウォーグルがいました。
早速できたお友達がその自分より大きいポケモンの姿に怯えました。逃げることも忘れて、おしっこがもれ出してしまいそうなほどです。
でも、ウォーグルの姿を図鑑で見たことがあったモモちゃんは気付きました。
「ウォーグル? ワシボンなの? 進化したの?」
ウォーグルは頷きました。モモちゃんはとても喜びました。
「すごーい! 大きい! ワシボン、あ、ごめん、ウォーグル、とても大きい! もふもふ!」
そう言っているモモちゃんに、ウォーグルは背を向けました。
「え、でもお父さんにもお母さんにも、ほじょぐ? 付けないとだめって言われてるんだけど……でも、いっか!」
モモちゃんは、ウォーグルに乗りました。すると、ウォーグルは翼を大きく広げて空高くへと一気に飛び上がりました。
「すごーい……」
取り残されたお友達は、茫然と見ていました。
上昇気流に乗り、高く、高くウォーグルは空を飛びました。
後ろにはモモちゃんが乗っています。
「ウォーグル、たかーい! でも、ちょっとさむいや……」
ウォーグルは考えていました。
今朝のニュースでは、ラジオの声がこう伝えていました。
「イッシュから違法にポケモンを捕まえ、そして食していたポケモン珍味美食会が先日未明に逮捕されました。
現在警察はこのグループの騒動と、イッシュのポケモンがこの近辺で見られる現象との関連を調べています」
「首謀者は****と\\\\の夫婦二人と、その首謀の家族を含め、グループの逮捕者は計30名を超えるとのことです」
****と\\\\には娘がいました。モモちゃんとそっくりの子供でした。そこからほんの少しが逃げられたのです。
ウォーグルは、その中の一匹でした。
そして腹が減って動けなくなっていたところを、助けて貰いました。
その時に食べさせて貰ったのは、鶏肉のシチューでした。自分は鶏肉を食べたのだと分かっていました。
でもそれは普通なことです。自分もポッポを捕まえて食べました。オタチを捕まえて食べました。イトマルを捕まえて食べました。
自分達は食べられる為に捕まえられて、このジョウトという地まで連れて来られました。
何も、同じです。強いて違う点があるとすれば、ニンゲンはニンゲンを食べないということ位でしょうか。
ウォーグルはモモちゃんとそっくりな女の子が、調理されたウォーグルをゼブライカをポカブを食べている姿を見ていました。
その女の子は自分を見て美味しそうと言いました。それは生物を見る目ではありませんでした。
逃げられたのは幸運でした。
温かいニンゲンの家族に助けてもらったのも幸運でした。
他の逃げられた皆も、何とか上手くやれていることでしょう。でも、逃げられなかった皆はたくさん死んだでしょう。
家族の、モモちゃんのお父さんとお母さんは、自分を保護した日からとり肉は食べなくなりました。でも、豚肉や牛肉は食べていました。
ワシボンは体が回復していくにつれて、心は反比例するかのようにぐちゃぐちゃになっていったのです。
ウォーグルの心の中は、今でもぐちゃぐちゃでした。体はこんなに元気になって進化したにも関わらず、心の中はなに一つ整理がついていませんでした。
「ウォーグル、今日ね、お昼ごはんバンバンジーだったの。とってもおいしかった!」
無邪気な声で、モモちゃんがそう言いました。
バンバンジー、棒棒鶏。
茹でて冷やしたとり肉に、ごまだれを掛けてきゅうりとかと一緒に食べる料理です。
モモちゃんもきっと、あの女の子と一緒なのだろうと、ウォーグルは思いました。
"...Whichever I choose, both may not be correct."
ウォーグルは、くるっと一回転しました。
「きゃぁ!」
乱れのない、見事な一回転です。
そしてウォーグルは、その後も飛び続けました。
ウォーグルはモモちゃんを
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落とした
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落としていない