The truth is in lies 〜ミュルグレスSS〜 作:荒ぶる異族
「ねぇだんちょー、優しい嘘って何だと思う?」
ーーー相手のことを想っての言葉だと、僕は思うよ。
「ふぅん……、ミュルはそう思わないけどね。優しい嘘を吐くのは欺瞞と自己満足の為。だんちょーみたいな偽善者が自分を肯定する為に使うものなの」
ーーー……そうかもしれないね。
「なんで怒らないの?」
ーーー君の言うことも合ってると思えたから。
「……あっそ。つまんないなぁ。だんちょーをミュルの玩具にしようかと思ってたのに」
ーーーどうして君はそんな憎まれ口を叩くの?もっと素直になれば、皆も君のことを誤解しないのに。
「ヒョウハにも昔そんなこと言われたなぁ…。もういいよ、だんちょー。今日はもうミュルは寝るから」
ーーー……うん。おやすみ、ミュルグレス。
「あ、そうそう。隊でだんちょーのことが好きだって言ってる子がいたよ」
ーーー……そっか。
「あれあれ?辛そうな顔してどうしたの?もしかして既に気になる子が既にいるから面倒って思った?」
ーーー……いや、気になる子はいないよ。
「あ~あ、残念。だんちょーはほんとにからかい甲斐がないなぁ。眠たくなってきちゃったから、ミュルはもう部屋に戻るね」
一方的に話を打ち切って、自室に戻る。
隊の子がだんちょーを好きだと言ってたというのは勿論嘘だ。
気になる子はいないと彼は言った。
「だんちょーって嘘がつけないんだね。全部顔に出てるよ」
もっと素直になれば、皆も私のことを誤解しないと彼は言った。
「誤解って何…?ミュルはミュルだし……。ミュルのこと色眼鏡で見てるのはだんちょーの方じゃん」
身を守る為に嘘で塗り固められた自分がミュルグレスだというのに。
だんちょーの見透かした様な物言いが鼻につく。
「……決めた。やっぱり、だんちょーはミュルの玩具にしよう」
これは仕返しだ。
私を馬鹿にした団長への、細やかな仕返し。
そうして私は、だんちょーの恋路を邪魔することを決めた。
それからというものの、私はだんちょーに文字通りピッタリとくっついていた。
具体的には彼の腕を抱いて、ずっと傍で一日を過ごしている。
「……ミュルグレス、歩きにくいんだけど」
「えぇ〜。だんちょーはミュルにこういうことされるのは…、イヤ?」
少し不満げに上目遣いで尋ねると、だんちょーはポリポリと頬を掻いてぶっきらぼうに答えた。
「……嫌ではないけど」
(ちょろ……)
彼の自分への扱いに内心ほくそ笑む。
隊のキル姫達の私を羨む視線が心地良い。
(だんちょー、まんざらでもなさそうな顔してる。ミュルに構ってたら好きなコに誤解されちゃうんじゃないの〜?)
顔に貼り付けた笑みの裏で、彼をこき下ろす。
「ミュルグレス、僕はもう自室に戻るから」
「うん。分かった」
言葉とは裏腹に彼の腕をキュっと抱き締める。
「あ、あの…」
だんちょーが分かりやすいくらいに狼狽えているのが面白くて堪らない。
「ミュルも…、だんちょーの部屋に行きたいな……」
「いや、男の部屋に女の子一人で入るのは流石に……」
彼は優しく腕を振り解いて、私に背を向けた。
(……もう一押しかな?)
俯きながら、彼の裾をしおらしく摘んでポソリと呟く。
「だんちょーの言うこと、何でも聞くから……。ね、お願い…」
「ごめん」
だんちょーは会話をバッサリと切って、一人で自室に入った。
「……は?」
愕然としていると、ドアからガチャリと音が鳴った。
……カギをかけやがった。
(え?ミュルがここまで媚びてるのにスルー?こんなにコケにされたの始めてなんだけどっ!)
怒りに手がプルプルと震える。
私は常にイジめる側の人間だ。
舐められたままで終わるなんて絶対にあっちゃいけない。
(絶対に堕としてやる…)
耐え難い屈辱を前に、私は歪な決意を固めるのだった。
自分の身を守る為なら、裏切りさえ厭わない。それが私。
キラーズの影響で猜疑心が強いナーゲルリングは、私と似た者同士だと思ってた。……始めて会ったその時だけは。
ーーーアンタのマスターって、実はアンタを体のいい召使いだと思ってるのかもね。そんなのひどいよね〜。裏切られる前に裏切る方がいいよ。相手はアンタに酷いことしてるんだから。
ーーーそうですね…。でも、それも当然かなーって思うんです。
ーーーは?
ーーーそういうキラーズだからかもしれませんけど、いつか裏切られるのかもって…、いつも思ってます。だから…、それが現実になったとしても仕方ないんです。
何ソレ?
騙されてるんだよ?傷つくんだよ?裏切られるんだよ?
仕方ないで受け入れられるようなことじゃないのに、どうかしてる。
騙されたくないから、騙す。
傷つけられたくないから、傷つける。
裏切られたくないから、裏切る。
そっちの方がずっと仕方ないじゃん。
その化けの皮、絶対に剥がしてやるから。
何度もちょっかいをかけた。
何度も。何度も。何十回も。出会う度に私のことは忘れている筈なのに、一度として違う返事を聞くことはなかった。
「……ほんと、バカみたい」
裏切られても、それを笑って許せるナーゲルリングの優しさが疎ましかった。
だんちょーを見ていると彼女の面影がチラつく。
私が団長に絡み続けるのはそういう理由。
他に理由なんて、ない。ない筈だった。
ずっとだんちょーに付きまとった。
お花見では、彼にたくさん「あ〜ん」をしてあげた。
皆の前だから恥ずかしそうにしてたけど、ゴリゴリに押して無理矢理食べさせた。
「嬉しそうにしちゃって。チョロ過ぎてビックリしちゃった」
夏に海へ行った時は散々だった。
他の子達の水着姿に鼻を伸ばす(ように見える)だんちょーが無性に腹立たしくて、皆の居ない場所で海を眺めた。
少しすると当たり前のように彼が私の隣に座って、それからはずっと傍に居てくれた。
「……バカじゃないの?ミュルなんて放っておけばいいのに」
クリスマスも変わらずに、だんちょーへ積極的にアタックした。
部屋に行きたいってねだったら彼が快い返事をしてくれて、心臓の音が聞こえちゃうんじゃないかっていうくらいドキドキして。
皆には内緒だよ、と私にだけクリスマスプレゼントをくれた。
……私をからかうなんて、だんちょーのクセに生意気だと思ったけど、鏡に映っている私は頬が緩んでいた。
「あれ?どうしてミュルは楽しそうなの……?」
だんちょーを玩具にするって、そう決めていた筈なのに。
同じ時間を過ごしている内に、暖かい想いが小さく息づいていて。
今ではもう、胸が苦しくなるくらいに想いが膨らんでしまった。
「あ〜あ…、ミュルの方がほだされちゃってるじゃん…」
だんちょーから貰ったプレゼントを胸に抱きしめる。
気がつけば笑みが零れていた。
バレンタインデー。
女の子が気になる異性にチョコを渡す日。
ぎこちない足取りで、だんちょーの部屋へと向かう。
お情けでだんちょーにチョコをあげよう、と自分に言い聞かせて作った手作りチョコを持って。
(大丈夫かな?だんちょー、喜ぶかな?)
今まで貰ってばかりで、お菓子なんて作ったことがなかったから渡すのに緊張してしまう。
「ぁ……」
視界の先に、部屋の前でヒョウハと親しげに話しているだんちょーの姿が目に入った。
「師匠。ミュルグレスのこと、ありがとな」
(……ミュルの話?)
咄嗟に身を隠して、二人の話に耳を傾ける。
「ミュルグレスが隊に入ってからずっと気にかけてくれてただろ?師匠も知っての通り、あいつは素直じゃないからさ。嘘で周りに壁を作ってしまうやつなんだよ」
「だから、あいつの傍にずっと居続けてくれて本当に感謝してる。あたしは、ミュルグレスに心を開いて貰うことが最後までできなかったから…」
(ヒョウハはホントお節介だなぁ。……悪い気はしないけど)
ヒョウハがこんなに自分を気にかけてくれていたなんて、知らなかった。
そして、直後に告げられた真実も。
「さすが師匠だな!私が頼んだこととはいっても、ミュルグレスがあんなに誰かに懐くのは初めてだよ」
(……え?)
ヒョウハがだんちょーに頼んだことなんて明白だ。
ーーーミュルグレスのこと、ありがとな。
ーーーあいつの傍にずっと居続けてくれて本当に感謝してる。
だんちょーが私に向けてくれた優しさは、全部ヒョウハに頼まれて仕方なく施されたものだった。
「…………あはは」
善意という名のナイフに心を深く抉られる。
当時孤立していた私を二人が気遣ってくれたことも、悪気がないのも分かってる。
もしかしたらだんちょーが自分に気があるのではと、私が勝手に舞い上がっていただけ。
可愛らしい包装がされたチョコを渡せないまま、楽しそうに話す二人を尻目に自室へと引き返した。
「優しい嘘なんて、やっぱり欺瞞じゃん…」
騙され、傷ついても仕方ないと受け入れる強さを私は持ち合わせていない。
いつの間にか大切になっていた彼と過ごした時間は、全部偽りのモノだった。
「ほんと、バカみたい……」
自然と瞳が熱くなった。
因果応報だった。
愛して貰えないのに、愛することはできない。愛することができないから、愛して貰えない。
これ以上ないくらいに簡単な理屈だ。
ベッドに身を預け、腕で目を覆う。
「ミュルのことなんて、最初から放ってくれてたら良かったのに……」
そうしてくれたら、こんな辛さを知ることもなかったのに。
コンコンとドアがノックされ、だんちょーが私の部屋に入ってきた。
泣き顔を見られないように目元を袖で拭い、彼に背を向けてベッドの上に座りこむ。
「……ミュル、入っていいなんて言ってないけど」
「今日はまだ一度も君の顔を見れてなかったから」
「そんなの理由になってない。だんちょーが私に構うのはヒョウハに頼まれたからでしょ?」
彼が息を呑む音が聞こえた。
「分かり易すぎ……、だんちょーはホントに嘘が下手だね。同情だったんでしょ?余計なお世話なら、もうミュルに構わないで」
違う。本当はそんなことが言いたいんじゃない。
ヒョウハに頼まれたからじゃなくて、ちゃんと彼の意思で私の傍に居てほしいだけなのに。
「そんなこと…」
「できないの?じゃあミュルがその理由をなくしてあげるね。ミュルはだんちょーが大嫌いなんだよ?だんちょーが気にしてる子に誤解されて悔しがる姿を見たくて演技してただけ」
傷ついたら、傷つけられずにはいられない。
ミュルグレスのキラーズを持つ私にはできやしない。
「ホント恥ずかしいね♪ミュルの本心に気づきもしないで嬉しそうにして…、それで…」
心にも無い言葉が口をついて出てくる度に胸が締め付けられる。
本心を打ち明けられないまま相手を傷つける自身の醜悪さに嫌気が刺して……。
「もういいんだ。自分を傷つけるような嘘をつかないで」
優しく諭すような物言いで、続く言葉を彼に遮られた。
「何を言ってるの?勝手に納得して決めつけないで。ミュルの言葉が本心じゃないっていいたいの?」
うん、とだんちょーは私と背中合わせにベッドへ腰掛ける。
「……勝手に言ってれば?だんちょーにミュルの本心を証明することなんてできないでしょ」
「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。ミュルグレス、「化かし合い」をしよう」
「化かし合い」は他のプレイヤーに決められた言葉を言わせる遊びだ。
「化かし合いでミュルに勝てたことなんてないクセに」
「絶対に勝つ方法を考えたんだ」
「……ずっと黙ってる以外に、そんな方法ある訳ないじゃん。すぐに終わらせて恥をかかせてあげるね」
嘘だ。絶対に勝つ方法はある。
このゲームのキモは、自分の決めた言葉を相手が知る術はないところだ。
相手が話した言葉を自分が決めた言葉だと言い張れば、その時点で勝ちとなる。
私のような噓つきが勝つようにできているのだ。
だから、彼のような正直者が勝てる可能性なんてーーー、
「僕の決めた言葉は「好き」、だよ」
「……は?」
彼の選択は、私の理解を超えていた。
「ねぇ団長、自分でソレをバラしたらもうミュルには勝てないよ?分かってるの?」
「分かってる。でも、僕にはこの言葉以外を選ぶ理由がないんだ。だって、これは相手にかけて欲しい言葉を言わせるゲームだから」
だんちょーが私に言わせたい言葉。それが示す意味。
私にだんちょーを好きだと言わせることが、だんちょーにとっての勝利。
「……ミュルはだんちょーのことを騙してたんだよ?大嫌いって言ったんだよ?」
「こんなに好きなのに今更嫌いになんてなれないよ。キッカケがヒョウハの頼みだったとしても、今は僕の意思で君の傍にいる。どうしようもなく好きなんだ」
明かされた自分への好意に、心臓がドキドキと脈打つ。
「皆は僕をマスターとして立ててくれるけど…、我儘かもしれないけど、僕と壁を作らずに居てくれたのはミュルグレスだけで……。君が傍にいる日常が、今の僕にとっての当たり前なんだ」
嬉しさで涙が溢れてくるなんて知らなかった。
「……だんちょーのズル」
いつでも勝てるのに、踏み切ることができない。
だって彼の言葉は、全てが自分の望んでいた言葉だったから。
「ミュルが勝つ為には、その言葉がだんちょーにかけて欲しい言葉だってミュルが認めないといけないんでしょ?」
私が勝つには、だんちょーの私への好意が嬉しいのだと、自分の気持ちを素直に認めないといけない。
「うん。だから僕も勝つ為に、君に好きだって言って貰える為に言葉を重ねるよ」
これは嘘だらけの私に本心を伝えさせるためのゲーム。
「僕は君が好きだ。どうしようもなく、他の誰よりも」
今なら、そして彼になら、きっと。
「ミュルグレス、こんな僕で良ければだけど……、付き合ってください」
私にとっての勝利はーーー。
「……はい、ミュルの勝ち」
だんちょーは負けちゃったか、と笑って自身の敗北を受け入れた。
「勝負には負けたけど、返事を聞かせてほしいな」
「……分かってるクセに。だんちょーって意外とイジワルだね」
これは相手に掛けて欲しい言葉を言わせるゲームだ。だから、勝ちを宣言した時点で彼に私の本心はバレている。
ゲームを通さなくてもだんちょーになら、今より少しだけ素直になれる気がした。
振り向いて彼の背中にソッと抱きつく。
「ミュルもだんちょーのことは嫌いじゃないから。……仕方ないから付き合ってあげるね」
嘘で固められた心の壁は、彼の優しさにゆっくりと溶かされていった。
恋人同士になって、だんちょーへバレンタインチョコを渡すと凄く喜んでくれた。
美味しそうにチョコを食べる彼の肩に寄りかかり、頭を預ける。
「だんちょー、優しい嘘ってホントにあったんだね」
「随分前にそんなことを話したような?僕は嘘なんて……」
「絶対に勝つ方法なんて嘘じゃん。ミュルはだんちょーに勝っちゃったよ?」
「あ、そうだったね」
そう、これは彼の優しい嘘。
だんちょーは絶対に勝つ方法なんて始めから考えてなかった。
私に本心を伝える機会を与える為の……、ゲームを降りさせない為の嘘なのだから。
「忘れたならもう一回聞くね。ねぇだんちょー、優しい嘘って何だと思う?」
「相手のことを想っての言葉だと、僕は思うよ」
「うん。ミュルもそう思う」
誰かを救える嘘もあるのだと、だんちょーが教えてくれた。
「だんちょーみたいに優しい嘘がつけるようにミュルも頑張ろうかな……」
「今の、凄く素直だったと思うよ」
だんちょーに茶化されて少しだけムッとしてしまう。
やられたらやり返さないと。
「ね、だんちょー。ミュルのチョコどうだった?」
「凄く美味しかったよ」
「良かった。味見してないから不安だったけど♪」
「そうなの?」
少し驚いてる様子のだんちょーに顔を近づけると、動悸が速まって胸が少しだけキュっと締め付けられる。
「ミュルもチョコの味が気になるからちょうだい。んっ……」
鼻先が触れ合う距離で見つめ合ってから唇を押し付けた。
唇から伝わる彼の熱に頭がクラクラする。
小さく口を開けて、舌先でちろりと彼の唇を舐める。
チョコを食べ終えただんちょーへの細やかな仕返し。
「あ、あの…」
「だんちょー…、ホワイトデーは3倍にして返してね…」
「い、今の3倍…?」
ゴクリと喉を鳴らすだんちょーを見つめながらニンマリと笑みを浮かべると、だんちょーは「しまった」と言わんばかりに頭を抱えた。
「知ってる?ミュルみたいな小さい子にハァハァするだんちょーみたいな人をロリコンって言うんだよ?」
「い、いや!好きな子がたまたま小柄だっただけで!」
「助けておまわりさ〜ん、ロリコン狼さんに襲われちゃう〜♪」
嘘をつかないのは難しい。素直になるなんて尚更。
でも、これからは。相手を傷つけない嘘をついていこう。
誰も傷つけない、誰かの為の優しい嘘を。
(ありがとね、だんちょー…)
くだらない言い合いをする二人の顔には、屈託のない笑顔の花が咲いていた。
fin
コマンドサイドストーリーに出るコマンドキャラは全員が魅力的ですね!
ミュルの小動物的な可愛さに震えた人もたくさん居たと思います。
彼女の素直じゃない所がホントに大好きで、その可愛さが少しでも伝わったら嬉しいです。
最後まで読んで下さった方、ありがとうございました!