天然で儚げで可愛いらしい年上のお兄さんは好きですか?~オリキャラ中野家長男√~ 作:崇藤仁齋
なんだコレは?
その光景はこの一言に尽きた。
「金森長親!」
「河尻秀隆……!」
「片倉小十郎!」
「上杉景勝……!」
「つ、津田信澄っ!」
「三好長慶っ……!」
学校の周りを走って逃げる三玖を風太郎が追いかけながら二人して戦国武将の名前でしりとりをしているのである。
一見すると異様な光景だが息を切らして走りながら武将の名前を告げる二人の目は真剣そのもの。
何故このようなことになったのか。
それは遡ること二日前のことだ。
六人兄姉妹全員がバカであると言う驚愕の事実が判明してから一夜明けた月曜日の朝。偶然にも校門前でかち合った六人兄姉妹に昨日のテストを復習したか一問目を投げかけた。
呆れたことに誰も復習していなかったようで六人全員誰も答えることができなかった。
だがこれはおかしい。
風太郎の記憶では三玖だけがこの問題に正解していた。
なのに何故答えないのか。その疑問はその日の放課後に明らかになった。
三玖に学校の屋上へ呼び出された風太郎はひょんな事から三玖が戦国武将好きなのだと告白されたのだ。
自分の趣味を変だと恥ずかしがる三玖だったが風太郎はこれを好機と捉えた。
普段は眠たげで物静かな三玖が目を見開いてまくし立てるように武将の逸話を楽しげに話すのだ。日本史――安土桃山時代はもとより鎌倉時代から江戸時代を餌にすれば三玖を勉強に参加させられる。
その思惑の下、三玖の話に相づちを打ちつつ――マニアックすぎて風太郎には理解できず生返事になる事の方が多かったが――何とか日本史だけとは言え三玖を次の家庭教師の時に勉強に参加させられる。そう思っていた時だ。
「これ、友好の印。飲んでみて」
不意に自販機から購入した飲み物――三玖いち押しの抹茶ソーダを風太郎に差し出すと三玖は冗談めかしてこう言葉を続けた。
「鼻水なんて入ってないよ。……なんちゃって」
「(何て……? 鼻水って言った? どう言うこと?)」
「あれ? もしかして、この逸話知らないの?」
三玖の言った事が何のことなのかサッパリわからず馬脚を露わした風太郎に三玖は渡そうとしていた抹茶ソーダを引っ込める。
「そっか。知らないんだ。やっぱ教わることなさそう……」
斯くして三玖を勉強に参加させる作戦は失敗に終わった風太郎だったが次の三玖の言葉が風太郎に火をつけた。
「頭良いって言ってたけど、こんなもんなんだ」
偏屈で自信過剰。若干ナルシストの気もある風太郎だ。
こうまで言われて黙っていることができようか。いや、できようはずがない。
それからと言うもの学校の図書室にある戦国関連の書物を片っ端から借りて全て読破。果たし状を使い三玖を呼び出すと第二次川中島の戦いならぬリベンジマッチを持ちかけた。
それでもなお逃げる三玖に必死の説得を行ってようやく勝ち得た勝負方法がこの追いかけっこ武将しりとりなのだ。
生粋の戦国武将オタクと学校一の秀才は互いに譲らず追いかけっこ武将しりとりは激戦の様相を呈してきたがしかしこの二人、悲しいまでに体力がなかった。
「ぜぇ、はぁ、し、し、島津豊久っ!」
「はぁ、はぁ、さ、真田幸村……! もぉ、ダメぇ!」
「ら、ら、ら、こふっ!」
そうして二人ほぼ同時に芝生の上に倒れ込んだのだが風太郎の努力を認めたのか――逃げる体力が残っていないというのもあるが――三玖はもう逃げることをしなかった。
二人して芝生の上に横たわりながら風太郎は昨日答えられなかった答えを三玖に返す。
「鼻水は入っていない……。あれは石田三成が大谷吉継の鼻水の入った茶を飲んだエピソードから取ったんだろ?」
「……正解」
「この逸話にたどり着くまでに何冊の戦国関連書物を読んだことか」
「そうなんだ……」
この逸話はもとより先の武将しりとりからもわかるように風太郎はすごく勉強したのだろう。テストにほぼ出ないであろう知識なのに。自分と対等に話をするためだけに。
そんな風太郎の必死さに三玖は表情を綻ばす。
「まっ、結局はたまたま居合わせた千早がスマホで調べてくれたんだが」
だが次いで語られた風太郎の言葉に三玖は不機嫌そうな顔をして身体を起こす。
「私が武将好きって千早に話したの?」
「いや、言ってないが。兄姉妹にも秘密にする必要があるのか?」
横たわったままの風太郎が不思議そうな目で三玖を見る。
三玖は膝を身体に引き寄せ手を組んで縮こまると顔を伏せながら風太郎に語った。兄姉妹たちに対する劣等感を。
「兄姉妹だから言えないんだよ。六人の中で私が一番落ちこぼれだから……」
「ドングリの背比べとは言えこの前のテストで一番だったお前がか?」
「私は一花みたいに人付き合いは上手くないし、二乃みたいに料理上手じゃない。四葉みたいに運動が得意でもなければ、五月みたいに苦手な勉強を頑張れる努力家でもない。それに千早にはもっと及ばない……」
「三玖……」
「フータロー、あの子は本当にすごいんだよ。昔から身体が弱くて、何かあると度々寝込んで、飲みたくない薬もいっぱい飲んで、一昨年は生命だって危うくて……。辛くないはずないのにそれでも一つも泣き言を言わずに皆の前では笑顔でいるんだ」
千早のことを語る三玖の表情に尊敬の念が見える。
それほど三玖にとって千早の生き方というのは鮮明に映っているのだろう。
「それにね、私程度にできることは他の姉妹もできるに決まってる。五つ子だもん。それに千早もそう。あの子はもう一人の私たちだから」
「千早がもう一人の私たちって、どういう意味だ?」
「……詳しくは秘密。まぁ、後天的な六つ子ってことで考えてくれればいいよ」
「なんだそりゃ」
何かはぐらかされた感じがあるが三玖の表情からかなりセンシティブな話なのだろう。ならあまり深入りするべきではない。
それに今の風太郎にとって重要なのは前半の言葉だ。
この言葉で風太郎の中にあった推測は確信に変わった。
風太郎は身を起こして胡座を組みながら胸ポケットから一枚の紙片を取り出すと三玖に差し出した。
「これは……前やったテストの結果?」
「そうだ。これを見て何か気づかないか」
「あっ! 正解した問題が一問も被ってない……」
「そうだ。確かに六人みんな赤点候補の問題児。だが俺はここに可能性を見た。三玖お前言ったな。五つ子だから三玖にできることは他の四人にもできる。それは五つ子でない千早も同じだって」
「うん。そう言ったけど……」
「これは言い換えれば他の五人にできることは三玖にもできるということだ。一人ができることは全員できる! 千早も、一花も、二乃も、四葉も。五月も、そして三玖、お前も全員が一〇〇点の潜在能力を持っていると俺は信じている。だから俺はここに宣言する!」
そこまで言った風太郎は勢いよく立ち上がると三玖に向かって手を伸ばしながら続きの言葉を力強く言い放った。
「あいつらも、そしてお前も勉強させる。そしてお前たちには六人揃って笑顔で卒業してもらう!」
それは身勝手な理論と押しつけがましいお節介。
「なにそれ……。屁理屈……。本当に……」
本当に心の底からそう思う。
だが不思議と嫌な気分にならない。
いや、むしろどこか暖かで心地良い感覚に自然と口元が緩んでいることに三玖は我が事ながら今更気がついた。
「五つ子とその兄を過信しすぎ」
そう言って埋めていた顔を上げた三玖は微笑みながら差し出された風太郎の手を取ったのだった。
当作品のEDは“ウォーレン・ウィービー”の『HUMAN TOUCH』でどうそ。