000 幕開け
はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、ぐ、がはぁっ、はぁ、はぁ……
__どうしてヤツがここに居る!?
俺は最近この廃棄都市についたばかりだ。だが、どうしてあの怪物がここに居る……嘘だ嘘だ嘘だ、どうして、どうして__
「__確か、この辺りに居ると思うんですが」
廃棄都市に、死神が舞い降りていた。死神は汗をかかない。死神は息を荒げない。死神は何よりも速い。
そんなヤツに、俺は目を付けられてしまった。この声が聞こえたということは、もう俺の命は長くないのだろう。あのとき早まって、欲望をその辺の娘にぶつけなければ……だが、その後悔をする余裕はない。ただ俺は、無様に逃げるだけ。生き残るだけ。そう思わなければ、俺は、
「__逃げても無駄ですよ」
死神は音を立てない。死神は姿を見せない。死神は何よりも恐ろしい。
走る。走る。息がおかしくなり胸が張り裂けそうなほど走って、だが、それでも、俺は走り続ける。ヤツから逃れるために。
都市の奥地、路地の裏から裏へと進路を変え、薄暗いコンクリート迷路を全力疾走する。未処理の汚染物質が撒き散らす気が狂うような悪臭が肺を満たし、いやに綺麗な路地が調子外れな足音を反響させている。だが、もう、気にする余裕はなかった。俺には死神が憑いているのだから。ああ、どうすれば、これを祓うことが出来るのだろう。いもしない神に祈るべきなのか?
「__そんな事をしても無駄ですよ」
死神が地に降り立ち、その男の正面に回り込んだ時。そのとき男は、両手を胸の前に組み、涙を流していた。息が切れたのか泣いているからか、速く不規則な嗚咽を漏らし、地面に醜くも膝をつけ、意味を読み取る必要のない譫言をブツブツと唱えている。
対照的に、それを見下ろす死神は容姿が全く掴めない。男とするにはやや低い背に平たいシルエット。灰色のロングマントとフードが全てを覆い隠しているが、フードからちらつく紫色のもみあげとそのやや高めの声から類推するに、女性と判断しうる程度の情報だけをソレは持ち合わせていた。
「私は容赦しません。あなたを赦すことはない」
死神がどこかから取り出した銃を男に向ける。男の目からは滂沱の涙が溢れ、赦しを求める祝詞が連綿と紡がれる。だが、死神は、一切の躊躇なくそのトリガーを引き、男の頭が消滅した。
死神は赦さない。死神は心がない。死神は何よりも人を救う。
轟音が一瞬の静寂を産み、暗い路地に霧が立ちこめてきた。死神、そう呼ばれた結月ゆかりは、その身を風景に溶かしながらぼそりと呟いた。
「私はしがない一兵士で、そしてここの法。故に慈悲はないのです」
__これは、この地に暮らすボイスロイド達の物語。どこかネジの外れた少女達の、物語。