廃棄都市の"死神"ゆかり   作:紲空現

10 / 11
009 戦場でささやかれる噂

 山間。国を出て西に進むと通ることになる山の中で、小隊は点呼を取っていた。人数は少ないものの軍事行動の困難な地域において活躍できる構成であったため、傭兵に近い形で東の国に参加していた。比較的統制の取れたあぶれものは、働かざるを得ないという点で評価され、そこそこの金と物資で雇用関係を結ぶことができていた。互いに牽制の段階であり目立った行動は取れないが故にできた隙間に入り込んだこの部隊は、ささやかながら戦局にも影響を与えることができていた。

 そんな集団は、臨時ではあるものの人物を雇っていた。孫請けにあたるもののその程度の裁量は残されていたし、相手もその要求を呑んでくれていた。少なくともこの集団から永遠に去る人数は減っているため、利のある話だと隊長であるオセルは考えていた。

 

「オセルの旦那、全員集合を確認した。欠員はなしだ」

「そうか、ペオース。よし、総員傾聴。本日の命令更新はなし。昨日の続きを行ってくれ」

「「「「了解」」」」

「旦那、占いの結果がでた。恐らく今日の日が昇った頃には到着だろう」

「ご苦労。それならば情報が上がってくるだろうから、私は情報整理と統括を行おうと思う」

 

 隊長のオセルと副隊長のペオースは、臨時の傭兵が再び来そうなことを知り、そしてそれを確信することなく待ち受けることにしていた。その最後のメンバーはこの部隊における名前ではユルと呼ばれていて、数年前の邂逅から今に至るまでかなり良い働きをしている。いずれ互いに本名を明かす日が来ることを、部隊の全員が望んでいた。

 

 そして朝日が昇り、確かにその人物はこの山間に現れた。灰のフードに紫の髪をした少女、都市では"死神"と呼ばれる存在は、最前線たるここより更に西の方から一人でやってきた。それを確認した隊員は隊長のオセルを呼び、すぐに確認が行われた。

 

「貴様は?」

「ええ。1倍の食料、2倍の弾薬、3倍の成果を約束します。私に名前を与えてくれますか?」

「ふむ。ならばユルという名を与えよう。名があるうちは一つであれる」

「そうですね。よろしくお願いします」

 

 確かに。そう確かにユルだと確認したオセルは速やかに食料と弾薬を隊員に用意させて、その間に状況の説明をユルに行った。ユルはそれをじっと聞いて、一つ鷹揚に頷くと、ちょっかいをかけてきたペオースと雑談ついでに情報を交換し始めた。

 

「ユル、最近の調子はどうだ」

「ペオースですか。そうですね、悪くはないです」

「そうかい。最近は東の本隊が動こうとしているし、そうなったら俺たちは御役御免になるかもしれない。そうなったときは、まあオセルの旦那が居るならついていこうかとは思っている」

「そうですか。そうなったときは、もしかすると私が雇うかもしれませんね」

「そりゃいいことだ。けれども、オセルの名の通り、別に争いが好みというわけでもない。全員がついてくるかは分からないな」

「それはそうでしょう。それに、何人残るかも分かりませんし、私の先も長くないかもしれません」

「それはそうだな。先なんて分からないし、自分の未来こそ最も思考の外にある。過去に礼して今を生きるので精一杯だ」

 

 そう言い切ると、ペオースは破顔しからからと笑った。そしてひとしきり笑った彼が手慰みに混ぜていたタロットを1枚めくると、現れたのは星の正位置。なにかを見つけたんだなとユルに声をかけると、ユルは一瞬固まった後にペオーズへ珍しくも微笑みを返した。

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 小隊と連絡を取り、報酬を先払い的に貰った結月ゆかりは、ついさっきまで自分が歩いてきた道とは別の道を進んでいた。単独で進んでいるのは、当初はゆかりと小隊で互いに警戒していたが故の措置で、今も互いの安全のために取り決めがされたためであった。また、ゆかりは殆ど眠ることなく昼夜を無視して行動できる。それを最大限活かすべくこのような体制になっていた。

 ゆかりはこの一連の仕事で少々の報酬を得られていたし、それ以上に情報という対価を非常にありがたく思っていた。都市にばかり居ては手に入らない情報も、戦場の霧に包まれることで、手の届く範囲であれば知ることができる。ついでに価値たる物資も得られる。あとは、多少西の人形兵を排除したところで特に文句を言われないし、都市から直接出向いている訳でもないから隠れ蓑にもなって、都市の安全を少しだけ確保することができる。色々と利害と現実が絡んだ結果、ゆかりは1兵士として静かなる戦争に参加していた。

 

 道を進みつつ、道中の建物に潜む西の兵士を弾の節約も込みで静かに殲滅しながら、資料を漁っていくゆかり。彼女が都市に戻る頃には、再び戦場に噂が広がっていることだろう。音のない"死神"が出る、と。




Tips:ゆかりはこの仕事を気に入っているらしいが、単独行動しかできないらしい

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。