建物の屋根から緑色の刺客が矢を放ってきた。それをゆかりは軽いステップで避けたが、間断なく矢は降り注いでくる。向けた銃で応戦を試みるものの、ゆかりは劣勢を感じ取ったのか、薄暗い路地を大通りへ向かって逃げ始めた。後には緑色に染まり上がった道と、砕かれた建物の上層部分がちらほら。突然の戦闘に怯えて逃げ出した住人達が戻ってきた頃には、辺りの様子は一変していた。
ゆかりと刺客は路地の下と上を疾走しながら、互いに獲物を振るい合っていた。ゆかりの手から放たれる銃弾は刺客の頭を狙い澄まし、またある時は行く手を破壊する。刺客の攻撃は道を緑色に染め上げ、道という道を全てずんだに造り替える。しかし、互いにかすり傷ひとつ負わせることは敵わない。
このままでは埒が明かないと考えたゆかりは、対話で糸口を見つけることに決め、逃げながらも刺客へと語りかけ始めた。
「"緑鬼"ずん子、一体どれだけ街を破壊すれば気が済むんですか!」
「そんなのは決まっています。今の私たちの敵である"死神"が息絶えるまでですよ」
ゆかりは内心で嘆息した。これでは対処のしようがない。適当に痛めつけて撤退させるかと決定させつつ、ずん子から情報を聞き出す腹づもりだった。
「それで、今回の私の罪状はなんですか」
ゆかりは、相手がまともに答えてくれるとは思っていなかった。しかしずん子にはある思惑があった。ここで理由を話すことで相手に隙が生まれる可能性が微かにあると踏んでいた。よしんばそうは行かなくとも、多少は活動がおとなしくなるのではないかという淡い期待、いや願望をもって、ゆかりへ返事をした。
「そうですね、言ってしまいますか。今回の罪状は、私たちが手先として操っていた組織を崩壊させたことです。あと、個人的な恨みです」
「個人的な恨みについては思い当たる節しかないですが、組織を潰した覚えはないですよ?」
「自覚なしですか。あなたが先日、喫茶店で潰した人間。それがその組織の長だったんです」
そういわれて、ゆかりの脳内にはある記憶が蘇ってきていた。確かに、赦せない輩がいたから頭を握りつぶした記憶がある。嫌なことを思い出させてくれたお礼としてずん子の太ももめがけて3点バーストを叩き込んだが、しかし奥の建物を粉砕するに留まってしまった。ゆかりはずん子が意にも介さないかの如くひょいひょいと回避しているのをみて、ゆかりは自身が多少苛立ち始めていることを自覚し、自身をなだめることにした。
「おっと、やはりその銃は怖いですね。明らかに人外しか扱えないほどのじゃじゃ馬じゃないですか。どこから手に入れたかはさておいて、あのあと組織がどうなったか知っていますか? "死神"に睨まれたとして組織メンバー全員が離散し消滅。せっかく集めた人間も傀儡も全てパアです。まったくとんでもないことをしでかしてくれましたね。うちのきりたんもここ数日はふさぎ込んでいて、他の傀儡にも影響が出ているんですよ」
「なにを、人を駒かなにかの如く見るような発言をしているんですか。だから私はあなたたちが嫌いなんです」
「なにを言い出すかと思えば。それはあなたも同じでしょう? 人を数でしか見ていない"死神"にとっては__」
「その名で呼ぶな!!!」
ずん子にはいつも理解できないことがあった。目の前の女性は、自分達と同じように人を人でないものとして扱っているにも関わらず、それを頑なに否定しようとする。自身に付けられた枷である二つ名……それで呼ばれることを酷く嫌う。
そんな中でも、ずん子は乱射される銃弾に晒されていた。しかし矢を弓に番え続々と打ち落とし、周囲を射貫いていく。それらを並列にこなしていく姿は、確かに鬼と称せられるほどの身のこなしといえた。そしてまた、ずん子自身も、殺人鬼と掛けられたであろうその二つ名を気に入っていた。
そして、戦局は変わり始める。ゆかりの元へと一本の矢が抜け、その顔の近くを掠めていった。ゆかりは咄嗟に回避したものの、矢はゆかりが気に入っているフードを居抜き、それを手のひらサイズのずんだ餅に変えてしまった。ゆかりは即座にそのずんだを回収し、さらけ出された薄紫の髪をはためかせながらより早く疾走した。
ずん子には、それが滑稽に見えていた。結局のところ一番固執しているのは彼女だった。だからこそ少し面白くなって、からかってみることにした。
「あら、"死神"さん。あなたはパチモンじゃなかったんですね。今では町中にウサギパーカーを身に付けた老若男女が溢れかえっているから確信がありませんでした。ああ、でもこれで、あなたはもう"死神"とは呼ばれなくなったのですね! 良かったじゃないですか!」
返事は無言の弾丸として返ってきた。明らかに先ほどまでより早い弾丸を辛うじて回避したずん子は、しかしからかうのをやめようとは考えなかった。自身を脅かすような銃弾の嵐はずん子にとって心地よく、確かに自分が生きていると実感させるに足りる刺激だったのだ。
「返事はなしですか"死神"さん。たとえ誰もがあなたを認識出来なくなったとしても、私たちは絶対に忘れずその名を呼び続け、敵対したあなたを地の果てまで追い回します」
「黙れ……黙れ黙れ黙れ!」
「ああ、もうこれはダメですね。遂に壊れてしまった"死神"は、確かに人間ではなく機械__」
その瞬間、ずん子の頬にゆかりの鉄拳が突き刺さっていた。遙か彼方へと身体と意識を飛ばされながら、ずん子は思う。どうしてああも人間でありたいのか。私たちはアノ計画によって……けれど、もし彼女がその真実を知ろうとして、あるいはなにかをしようとしているのであれば、まだ交渉の余地はある。そうずん子は思い、郊外の地面に身体を打ち付け、その記憶は次に自宅で目を覚ますまで断絶した。
◇
ゆかりは路地で壁に身を預け、人目につかないよう物陰に隠れてその時を待っていた。そして時を迎え、ゆかりの愛するパーカーはずんだ餅から元の着慣れた姿へと戻り、一安心する。
ゆかりにとって、今回の戦闘は手痛くしてやられたという気持ちがあった。いくら相手がクズの振る舞いをして、狙って傷を掘り返してきたとはいえ、我を忘れてはいけなかった。忘れてしまったからこそ、貴重な切り札である己の能力を多少、いや思いっきり使ってしまった。そうしなければ屋根を走るずん子に追いすがり殴り飛ばすということは出来なかったが、自身の身にもダメージが入っていた。銃については仕舞うだけの冷静さを残していたが、いくら傍目が皆無だったとは言え、ゆかりからするとあれはやり過ぎといえた。
そしてゆかりは、先ほど言われた内容を
Tips:ゆかりさんは左利きらしい