廃棄都市の"死神"ゆかり   作:紲空現

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005 "鏡面"琴葉姉妹の実験

 今日も都市には消極的な活気が渦巻いていた。通りを見れば常に何人かの姿を確認出来るが、しかしその年齢はおろか性別すら判然としない。点在する店からは活気の名残が外に漏れ出していたが、過去に情報と化学産業で栄えていたこの街は、いまやその遺物しか残っているものはなかった。

 

 ゆかりはお気に入りの外套を羽織り、今日も情報収集を行っていた。仕事の都合上、大きな休みを確保出来る時期はなかなかこないものの準備や根回しをするための資金源は大量に調達出来る。溜め込んだ換金物と資材を悪目立ちしない程度に投入しながら、ゆかりはここ一週間ほどで多くの情報源を確保していた。

 ここまでゆかりが大きく動いているのは、先日マキから伝えられた例の計画の文書、その一部が原因である。完全な情報でなく、また情報としての価値すら危うい現状ではあるが、それはゆかりにとって蜘蛛の糸にも等しい活路であった。具体的な手がかりをなに一つ入手出来ていなかったこの10年。進展があるときについ動いてしまうのも無理のないことだった。

 

 そんなゆかりがやや早足で都市を歩いていると、だれかに呼び止められた。ゆかりがそちらを向くと、やわらかそうな赤めの髪に赤い目があった。そう、琴葉姉妹の片割れ、琴葉茜がちょいちょいと呼びかけてきていたのだった。

 一本だけ路地へ入ったゆかりは茜から話を聞く。脇へ移動したのは、直感的に人目を集めすぎない方が良いと感じてのことであった。

 

「すまんなあ、急に呼び止めて」

「いえいえ、いいんですよ。それで今回はどんな用事で?」

「そないに顔を硬くして警戒せんでもええんやで、ゆかりさん。別に、見かけたから声を掛けただけや。まあよかったらちょっとお話でもとは思うとるけど」

「そうですか。それでしたら、ここから2ブロック南にある店はどうでしょう」

「おお、ええなあ。ほんならそこで20分後に」

「……ええ、そうですね。それでは後ほど」

「せやなあ。ほなまた」

 

 相変わらず癖の強い発音をする片割れは、のちほど合流することをゆかりに告げて喧噪に消えていった。一度別れたのはゆかりが有名人であることも関係しているが、きっとそれだけではないのだろう。この都市には、相手が事情を推し量れるほどに自分のことを明かす人なんてどこにも居ない。それはゆかりにとって真実とも言えるほど確信している経験則であった。

 

 

 ◇

 

 

 18分後、ゆかりは店の中で相手を待っていた。この店は一般に休憩所と呼ばれている類のもので、実体としては昼間に営業している酒のない酒場のようなものだ。つまり、ある程度人が集まり、そこそこの軽食__とはいえ例の"石飯"が主だ__と、あとは各種情報屋が出している新聞その他を収拾分類したもの、そしてついでとばかりに置かれている掲示板がある場所である。夜には本当に酒場となるここは、ここら一帯の情報ハブといって差し支えないほどの場所であり、当然ながら有名な店であった。

 ゆかりは交換した"石飯"を水でふやかしながら、のんびりと相手を待っていた。そこへ、待ち人が予告通りにやってくる。慣れた様子で手早く交換を済ませると、茜はゆかりの向かいの席へと腰掛けた。そして、ゆかりに向けて口を開く。

 

「今日は突然にすまんかったなあ」

「いえ、いいんですよ。それより、相変わらずそれが好きですね」

 

 そうゆかりが指摘したのは、茜の交換してきた物資の一つであった。茜はそれの入った袋を開封して湯を注ぎつつ、ゆかりに苦笑を投げかけた。

 

「この『湯でもどるエビフライ』のことやろ? どうしてもやめられへんくってな。おかげさまで、今でもこれはよう食べとるんよ。幸い双方の軍事レーションに選択されとるゆうか、そうなるように仕向けたっちゅうか、そんなこんなでここでもまだ手に入るっちゅうわけやな。まあ美味しいさかいに食べるんやけど」

「仕向けるって、また大胆な……まあ確かに、ここ最近はチョコミントアイス風味シロップという謎物質と合わせて流通してるなあと思っていましたが」

「調味料が増えるんはええことやからなあ。どうせ石飯に付ける味は多いに越したことはないし、作るんもそない難しいっちゅうわけでもないからな」

「いやいや、それでも難しいとは思いますが……」

「そんなことはないで? せやなかったら旧時代のチョコミント中毒者が要らぬ争いを起こしたところで、一般流通はせえへんかったはずや」

「それはまた……」

「まあ、ウチらが分かりやすい素材で作ったものをそれらしく戦場の死体に紛れ込ましただけやから、上手くいったんは奇跡的なもんやけどな」

「またそういう技術を……はあ、相変わらずどこかトンでますね」

「失敬な。ウチらは思うままを実現するだけやで」

 

 茜は胸を張ってそう述べる。それをみたゆかりはため息を隠そうともせず、むしろ茜にぶつけるかのように大きく息を吐いた。やはり琴葉姉妹の化学技術はおかしいなと、再確認したゆかりであった。そして思うのは、最近の自分の胃袋はこの姉妹に握られていたのかということ。それを理解してしまったゆかりは、今度は内心で深いため息を吐くのだった。

 

「なんやゆかりさん、まるで心まで老け込んでしもうたような表情をして。まああとは、ちょいと情報をやな。もう知っとるとは思うけど、東の動きが活発やで。あとは、同じく東の方が化学調味料の準備が早かったで。西は化学立国やゆうんに、なんや不気味な話やなあ、知らんけど」

「ほう……なるほど。それは貴重な情報ですね。ありがとうございます」

「そんな大層なことでもないんやけどな」

 

 既にゆかりが良く知っている情報とは別に、怪しげな話も入手することが出来た。ソースからみるとそれなりに確からしいなとゆかりは考え、心に留めておく。いずれ必要になるだろうその時に備えておくのだ。

 

「それではこちらからも。東が活発なのは確かですが、例のもの、その情報の欠片を捉えました」

「……へえ、なるほどなあ。恐らくあの機械バカがやったんやろうな。それで? あんたは何をお願いしたいんや?」

「ええ、今すぐにではないですが、無法地帯へ進むときの解毒剤をいずれお願いするかと」

「……本気なんやな? わかった。ひと月で致命的な3種は用意しとくわ。代わりに、帰ってきたら教えてな?」

「わかりました。お願いしますね?」

「ああ、任せとき。完成したらウチか葵が渡しにいくさかいに」

 

 

 

 ひとしきり雑談をしたあと、茜はゆかりを見送っていた。黒紫の外套を羽織り、フードについたうさ耳を揺らしながら都市へと消えてゆく。それはごくごく自然な動きで、そう思ったときにはもう姿を認識することは茜にはできなくなっていた。やっぱり恐ろしい人やなあと内心で思った茜は、ふらりと帰路へついた。そろそろ陽が落ちてくる。そうなれば、それはもうウチの時間でなくなることを示しているのだから。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 相変わらず月は雲に覆い隠されていた。ゆかりが夜も何ヶ所か回って用事を済ませていると、昼のように誰かに呼び止められた。そちらを向くと、やわらかそうな青い髪に赤い目があった。そう、琴葉姉妹の片割れ、琴葉葵がちょいちょいと呼びかけてきていたのだった。

 

「ああ、ゆかりさんであってるかな?」

「ええ、そうですよ葵さん」

「よかった。ところでお姉ちゃんから、情報が出たって聞いたんだけど」

「そうですね。予想通りの人物から話がありまして。分かり次第連絡しますよ」

「ありがとう、ゆかりさん。そのためにも、ちゃんと3種の薬は用意できるようにするからね。できればヘドロ分解液も作れたら良いんだけど、それは難しいと思うからお気を付けてかな」

「ありがとうございます。ところでなんですが、今食べているのはチョコミントアイス風味シロップでふやかした石飯ですか?」

「そう。私たちで開発したもので、国に量産してもらっている嗜好品だね」

 

 ゆかりはやっぱりそうだったかと思った。葵はなにかを食べていたようだったが、完全に予想通りのものだった。ほのかに香りがするところからみると、相当力を入れて作り上げたのは想像に難くない。やはり変わり者の姉妹だなとゆかりは確信した。

 

「ところでゆかりさん。焦りは禁物だよ」

「焦り……そう見えていましたか。ありがとうございます」

「まあ、お姉ちゃんが感じたことを私が解釈しただけだけどね。さて、私の挨拶というか確認はこのぐらいかな」

「わかりました。それではまた、よろしくお願いしますね?」

「ええ……ああそう、もしかすると、私たちを見かける頻度が増減するかもしれないかな。その時はあんまり気にしないでもらえると嬉しいな」

「ふむ、心に留めておきます」

「それではまたね、ゆかりさん」

 

 そう言って、葵は去って行った。互いに偶然の遭遇であったが、確認をとることが出来たのはゆかりにとって重畳(ちょうじょう)であった。

 

 ゆかりはもうしばらく情報網を張って、機を待つことを決めていた。今日の感触で、それなりに時間がかかるのは必定(ひつじょう)。仕事が入る予感もしていることから、とりあえずは待ちの態勢に入るのが良さそうだと考えていた。言われたように、なにも焦ることはない。どうせ10年は待っているのだし、ここでし損じてはなんとも勿体ない。ゆかりは冷静に、念入りに準備を進めることにした。




Tips:ゆかりさんの外套の背にはウサギさんマークが描いてある
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