廃棄都市の"死神"ゆかり   作:紲空現

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2021/05/25 細かな表現の修正


006 言伝の哲学書

 都市の一角。ゆかりは、そろそろ来るであろう存在を予見して、葉巻に火を付けながら来訪を待っていた。

 粗製らしい葉巻風のそれは科学的に合成されたもので、依存性は必要から保持されたものの、その内実はよく知られたものとはずいぶんと異なっていた。しかし味はそんなに変わるものではない。特にこだわりのない人間は、あるいはこだわりがあったとしても時局に逆らうことはできなかった。かくして、この化学煙草と化学葉巻は主要な製品として市場に出回り、この場所にも漂着していた。

 

 ナイフで吸い口を切り落とし、配給のライターで着火する。これは酷いなとゆかりは思いながらも、致し方のないことかと自身を納得させる。

 のんびりと着火しているが、待ち人は当分来ないだろう。それならばこの選択は誤っていないはずだと、煙を口に含みながらゆかりは壁面の排気管へ腰掛け、無心へと溶け落ちていった。

 

 

 ◇

 

 

 待ち人が来た。それはゆかりがそろそろ灰を処理する頃かと思っていたところへの来訪で、ゆかりは自身の考えが間違っていなかったことに安堵した。顔を上げて視線を向けると、お相手である白髪の少女がにこやかに笑いかけてきた。

 

「あら、ゆかり先輩、奇遇ですね」

「おや、あかりちゃんですか。また白々しい……」

「まあまあそう言わずに。今日はちょっとお話がしたいだけなんですよ、先輩」

「へえ……」

 

 ゆかりは、この"二十面"紲星あかりが苦手だった。まだ自身に大きな損害は出ていないものの、彼女が何を考えているのか、ゆかりには全く分からなかった。あかりは誰にでも優しく振る舞うし丁寧な対応をしているようなのだが、ゆかりの耳には常に暗い噂がつきまとっていた。周囲から人が消えたとか、あかりに尽くすファンが一定数いることや、その他いろいろと噂話が多すぎる。そしてゆかりはその本性も少しばかり知っている。彼女と深く関わることが危険であることをゆかりは分かっていた。

 

「それで、このごろ、何をしているんですか? 例の計画関係の話をマキさんに伺ってからは様々動いているようですし、ずん子さんと小競り合いをすることも何度か。あとは琴葉姉妹に薬の作成を依頼したりといった具合なのは分かっていますが、その目的が掴みきれなくて」

「はあ……いつものように全部お見通しというわけですか」

「ええ、私は私の知っている限りのことを知っているんですから」

「……」

 

 これだ。これもあるから、ゆかりはあかりが苦手なのだった。何を考えているか分からない、そして、何処で見聞きしたのかは知らないが、恐ろしいほど正確な情報を掴んでいる。ゆかりにとって、これは不気味でしかなかった。

 

「それで先輩、どうなんですか?」

「それは分かっているでしょう。あなたが知っている通り、そう、それだけのこと」

「へぇ……私が下手に出て聞いてみれば、やんわりと煙に巻こうとしやがる。"死神"、貴方は偽装が下手すぎなんだよ。だから"機狂い"のクズや"東北"どもと絡んでいることだって簡単に見通せるんだろが。だからとっとと吐けよ"死神"」

「……今のあなたに教える気はない」

「あら、そんなこと言わないでくださいよゆかり先輩。私はただ知りたいだけなんですよ」

「言葉を間違えましたね。今、あなたに教える気はない」

「ふぇぇ、そんな酷いことを言っちゃっていいんですか……? 私なら教えて……くれます? それともボクになら教えてくれるのかな、どうしたら"死神"さんのお話を聞かせてくれるの?」

 

 突然に乱暴な言葉遣いになったかと思えば幼子のような振る舞いで涙をこぼし、直後には純真な少年かの如く振る舞う。人格の交通渋滞、そう評するのがゆかりに取って精一杯の理解だった。

 しばらく吸っていなかった葉巻を咥え、口内に煙を充満させる。科学的な旨味が漂い幸福感だけが供給され、ゆかりは自分が少しばかり落ち着いたことを確認して口を開いた。

 

「そうやって詮索するから答えないんですよ、あかりちゃん。人を弄ぶのも大概にした方がいいかと思いますが」

「そうですね……私はゆかりさんと話しているのが楽しいのですが」

「またそういうことをあなたは。私の真似ですか?」

「てへ、先輩にはバレますか」

「バレるもなにも、自分のことですから」

「んふふ、やっぱり面白いです。さて本題なのだが、"死神"の噂が蔓延している。強度の高まりと連動し幻想は一段と自己投影を深め、偶像の錬成が弥増(いやま)して加速する結果となった。だからウチは先輩を心配しとるんやけど、どうなんやろなあ思てるんよ」

「噂……ですか。相変わらず何を言いたいのかさっぱり分かりませんね。もっとわかりやすく言ってもらえるといいのですが」

「それは無理ですよ、先輩。そうしたら面白くないじゃないですか」

「そうですか」

「もう、つれない人ですね」

 

 そう言い残し、あかりはまるで面白いものを見たかのような顔を作りながら去って行った。残されたゆかりはため息をついた後、再び化学嗜好品を楽しむ。あかりもこれも、元はと言えば人付き合いから生じたこと。本質的に好きではないものをしかし摂取して、ゆかりは平静を探して煙のただ中を彷徨っていた。

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 葉巻も半分以上がなくなろうかという頃合い。ゆかりは、己の目を疑う存在に気がついた。ゆかりの現在腰掛けている排気装置、その向かいの壁にデフォルメされた自身の姿が映っていた。そして笑い顔に変貌すると、壁からゆかりの嫌いな声が漏れ出してきた。

 

(ゆかり)さん、貴方はお人好し過ぎる。貴方の本質は悪い人。なにも考えずとも良い身分で在り、究極的自己犠牲を強要する必要は皆無」

 

 ああ、まただ。時折、一人でいると現れる幻覚。ゆかりにとって意味不明でありながら甘美な言葉を吐く存在。自身を(ゆかり)と称するソレは、ゆかりに取って鬱陶しい存在だった。

 

「縁ありて縁なく、不明瞭な存在は名付けられた。知れずとも良い、元より亡き者、在らぬ者、本質として自由を持つ自我体」

「また分からぬことを。散れ」

 

 ゆかりが一言発すると、虚構は消失した。謎の安堵を感じた頃には、もう葉巻が寿命を迎えていた。今の私に自由にして良いようなものは何処にもない。だからこそ私はそれを取りに行くというのに。

 

 

 濃厚な煙が雲に吸い込まれていく。起点を喪失した仮初めの龍が雲散霧消し、何も為すことなく認識からこぼれ落ちていった。片付けを終えたゆかりがその場を去ると、死神に纏わり付いた死臭に混じって、嘘まみれの安寧が糸を引き連れ立っていく。仄かな葉巻の香りはゆかりに微かばかりの色彩を加え、一時を延ばしていた。




Tips:あかりは四十面相と呼ばれる方が好みらしい
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