2021/07/06 疑問符の後の空白忘れを修正
相変わらず人通りが少しだけある大通りを、ゆかりは歩いていた。ちらほらと生き残っている建物を改造した店に入っていく人や、あるいは路地の裏へとスッた成果物を隠しながら消えていく人。ゆかりはそんな都市の日常を日常として認識しつつ、ふらふらと暇を潰しながらいつもの活動をしていた。
ゆかりがその情報網を強化してから1ヶ月。小さく情報が集まり始めているなかで、しばらく前にあかりから聞いたことが確かにそうであるとの情報もゆかりは得ていた。
ゆかりが聞いたところでは、"死神"の噂は想像以上に広く知れ渡っているらしい。ゆかり自身が噂として広まるように行動してきた結果であるため、その結果に限定してゆかりは満足していた。そしてまた、先日自身が
そのゆかりは現在、眼前にいる耳付きフードを着込んだ小物に銃を向けていた。ゆかりの正直な感想としては別に見過ごしても問題無い程度の存在ではあったものの、情報収集のカウンターバランスとして活動自粛していた分、強めの匂わせをしなければならなかったのだ。面倒な事をしているなと思いつつも、それなりに安定してきているこの現状は、維持するだけであれば初期のころ、8年前ほどに気を張り詰める必要はなくなっていた。
なにかを言う声を無意識に聞かなかったことにしながら、ゆかりは思索にふけっていた。しかしそろそろ頃合いだろうと、引き金を引き、頭を消滅させた。
◇
ゆかりが必要のための作業を終えて大通りに戻ると、不意に琴葉姉妹の姉の方に声を掛けられた。無視する訳にもいかないので振り向くと、茜は、別に何かあったわけでもないんやけどと言い訳しながら語り始めた。
「偶然見かけただけなんやけどな。まあそれで作業なんやけど、最低限の3種類はできたで」
3種類というのは、先日ゆかりが茜に依頼した解毒剤のことだ。ゆかりは必要と保険のため、少なくとも3種類の解毒剤を集めることにしていた。
「サンプルの入手には困ったけど、最近はやりやすくなってきたからなんとかなったんや。その一部がこれやな」
「ありがとうございます」
ゆかりはその薬が入った試験管を、フードの内ポケットへと仕舞い込んだ。
「それらの薬は別の場面でも使えるから先に渡しとくで。それで、ゆかりさんは最近どうなんや?」
「さして進捗はないですね。やっぱりあそこに行かないといけないようです」
「やっぱりそうなんやな。それで、いつ頃行くん?」
「それなんですけど、数日後からお仕事なので1ヶ月延期になってしまいました」
「それは仕方がないなあ。まあまだまだ準備した方がいいものはあるさかいに、準備しとくわ」
「助かります」
「ほな、そろそろやな。雲行き怪しいし、今日の雨はアカンみたいやからな」
「そうですね。それではま__」
「ゆかりさん?」
硬直したゆかりに向けて、茜は疑問を投げかけて、すぐに気づく。大通りの建物前で話し合っていた2人の対岸、そこにあった路地から出てきた白髪の女性がこちらを睨みつけていた。
かつかつと歩み寄ってきた女性を見て騒ぎになると確信した2人は、女性が来る方の反対側、今しがたゆかりが出てきた路地の方へと入って待つことにした。逃げるだけ無駄であることは三人が互いに承知している故の判断だった。
「あらあら、ゆかりさんに茜ちゃんじゃないですか。お久しぶりですわね」
「「……」」
「ところでゆかりさん、最近までうちのきりちゃんが無気力だったんですわ。原因があなたであることは分かっているので、ちょっとお話しませんこと?」
「ああ、そろそろ仕事なのでお手柔らかにお願いしますよ」
「あらあら、それでは手短に終わらせないといけませんわ。茜ちゃんにも聞きたいことがありますし、では今すぐに」
「いやなんでウチも狙われとるんや」
一触即発のそのとき、雨が降ってきた。本日の雨は排液系という予報らしく、それに違わぬどす黒い雨が勢いを増す。いかなボイスロイドといえども身体に障るため、一時休戦となった。
「……これはだめですね」
「せやなあ、うちは病弱やから早く隠れたいわ」
「……そうですわね。場所なら、そこの角にある空ビルの二階が丁度いいですわ」
「そうですね、そこなら誰も居ないですし、椅子と卓もありますし」
「せやったらほこまで行こか」
そうして、3人は険悪な空気のまま雨宿りをすることになった。
◇
到着して3人が丸テーブルを囲んで腰を落ち着けたころ。予想通りだれも居ない中、白髪の女性は右手に見えるゆかりへと声を掛けていた。
「さて、まずは、お久しぶりですわ、ゆかりさん」
「そうですね……イタコさん」
ゆかりにそう返事をされた東北イタコは、にっこりと笑みを浮かべた。しかしその目は最初と同じく据わったままで、本当に辺りが冷えているのではないかという錯覚を引き起こすほどには恐怖を感じさせるものだった。しかしゆかりは意にも介さず、平静のように返答を返すのだった。
「うちのきりちゃんがふさぎ込んでた原因だというのは前にずんちゃんから聞いてますわよね? 最近復活したのでここしばらくの嗅ぎ回りを確認していたんですけども、もしかして何か手がかりがあったんですの?」
「ええ、そうですね。それで茜さんに薬の調合を依頼していまして」
「そうやね。しかし、東北は本当に耳が早いんやなあ。どうせウチとゆかりさんのコンタクトも知っとるんやろ?」
「ええ、勿論ですわ、茜ちゃん。東北は基本的に情報収集が本懐なので、戦うのは苦手でしてよ」
イタコのこの発言はある意味で正しかった。イタコ自身、直接的な戦闘力は低く、東北家は"緑鬼"ずん子を除いて戦力として計上出来るほどではなかった。とはいえそこらのチンピラ集団なら軽く撃退することぐらいはたやすいのだが。
「そうなんですか。ところで先月おたくのずんだ狂いに手痛くやられたんですけれども、それはどうなんですか"呪殺師"さん?」
「ゆかりさん、それはそれ、これはこれですわ。まあ今回は報復に来た訳ではなくて単に八つ当たりと事実確認でしたのでそうお気になさらずですわ」
「なるほど。まあ例のモノが見つかったのは確かです。それに東北の皆さんと私は別ベクトルの存在とはいえ、出身は同じですからね。仲良くしていきたいものです」
「そういうあなたも辺りに殺気を撒いてますわ。本当は仲良くする気は無いのではありませんの?」
「へえ……」
「ゆかりさん、イタコさん、ストップやで。ここは一旦落ち着こうや。何もなしに相手を煽っていたら話が進まへんと思うで」
にこやかにヒートアップする2人を宥めた茜は一息ついていた。基本的に関わりを持とうとしないというか、そんな余裕があまりない私たちが戦闘に巻き込まれるのは御免被りたかった。そんな茜の内心をよそに、今度はイタコに水を向けられることとなった。
「そうですわね。ああ、思い出しましたわ、茜ちゃん。この前から頻繁に見かけるのはさておいて、やっぱり姉妹で魂の形が似ていますわ。そして、むしろ似ている方が間違いのようなきもするんですわよ。その辺り、どうなのかと思うんですわ」
「……ウチらのことか。それは気のせいやと思うで。確かにウチとあ…おいは双子やから似てて当然かもしれんけど、別の存在やで。せやから似とるけど違うもんや思うとるけどな」
「へぇ……」
「なんやそないに見つめてきて。その目、ちょっと気持ち悪いで」
「……あぁ? まあ、身体と魂が合ってないと辛いと思っているので、注視してただけですわ。それを考えるとゆかりさんも大概ですわよ?」
「イタコさん、それはどうでしょうか。私は至って健康ですが」
「いえ、恐らく時折幻覚を見るぐらいには酷いと思いますわよ?今倒れてもらうと困るので養生した方がいいですわ。それは茜ちゃんもですわよ」
「ウチもそうなんか。ってゆかりさん、固まってしもうたけど思い当たる節でもあるんか?」
「ああ、いえ、全く」
「皆さん気をつけて下さいまし? さて、雨も一旦開けたようですし
「あっ、ええ、お気を付けて」
「気をつけてな」
そういって、イタコはさっさと帰路についた。魂の
「さて、ゆかりさん。ウチもそろそろ夕方やさかいに今のうちに帰るわ」
「ん、ああ、分かりました、茜さん」
「ほなな」
◇
ゆかりは空になった空室で、再び降り始めた雨の音によって意識を現実に引き戻されていた。感覚的には自身でも察していたが、やはり身に負担が掛かっているのは確かなのだろう。しかし数日後からは仕事だ。まだまだ休むことはできなさそうだ。
「あー、あーあーあー、あーあー」
大嫌いな自身の声を辺りに流して、ゆかりは気合いを入れた。身体のため早期決着させることも検討しつつ、まずは結局の所、価値を得なければ飢えてしまう。まだ機械類を主食にしたくないゆかりは働かなければならない。ゆかりはお気に入りの外套から荷物をとりだして、裏返す。そうすると裏地の灰色が露出して、都市周辺の廃墟群に紛れそうな色へと変貌した。
荷物を再装備したゆかりは、銃のセーフティが掛かっていることを最終確認してから、仕事場へと移動するべく外へ出た。廃棄都市は真っ黒な闇と雨に包まれていて、すぐにゆかりの姿も都市に飲み込まれていった。
Tips:ゆかりさんの外套には物騒なモノが多数収納されているらしい