魔法少女LyrischSternA’s   作:青色

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19話 蝶は飛ぶ 12月1日

「ハヤテはどうですか?」

「もう熱も引いて食欲もあるから、たぶんもう大丈夫だとは思うのだけど」

 

 私が聞くとシャマルが心配そうにベッドに横たわるハヤテを見て言いました。

 

 シャマルは昨日、ハヤテが熱を出してしまったため、一日中看病をしています。騎士達は心配をしていましたが、蒐集をやめるわけにもいかず。結局は交代制で蒐集に出かけましたが、夜は蒐集を中止して家に居ました。

 今日はシャマルと私が留守番で、他の3人は蒐集に出かけています。ハヤテの熱が引いたのと、昨日の分の蒐集を取り戻したいからです。私達にとって、時間とは決して余っているわけではありません。

 

 食事は私とシャマルの二人で制作しています。昨日はハヤテに合わせておかゆを作ったところ、ハヤテから

『おかゆかと思うたら豪華な雑炊が出てきたんやけど。巨大なブラックタイガーが横たわっとるし。美味しかったけど』

と、言われました。喜んで頂けて、幸いです。

 

「もう大丈夫やて。シャマルは心配性やな」

「でも、はやてちゃん」

「この通り、すっかり治って元気はつらつや。むしろ、ベッドの上でじっとしている方が辛いんよ」

 

 ハヤテは顔色も良く、すっかり治っているようには見えます。しかし、私の心配は治ったかどうかではありません。闇の書の侵食による体調の悪化ではないかということです。まあ、侵食で風邪が起きる事はないでしょうが。

 

 ハヤテの下半身の麻痺は闇の書がリンカーコアを侵食する為に起きるものです。一定期間蒐集が行われずに項が埋まらないと、闇の書が所有者のリンカーコアを侵食しまします。そして今、あまり蒐集はすすんでいません。

 

 この事からハヤテに影響が出ている可能性は非常に高いでしょう。私という本来ならば居ないはずの存在も、悪影響を及ぼしているかもしれません。私もまた騎士達と同様にハヤテの魔力を動力としている可能性があります。

 

 そして、最近ハヤテの様子がおかしい事に気が付きました。急に寂しがったり、急に遠ざけたり。精神が不安定となっているようでした。どう考えても妙な事です。なにか隠しているとしか思えません。

 

「それじゃあ、石田先生に聞いてみて、許可が降りたらという事でいいですか?」

「もう大丈夫なんやけどなぁ……これ以上いうんは我儘やね。それじゃあ石田先生に一応聞いてみよか」

「はい。じゃあ、お電話しますから、ちょっと待っててくださいね」

 

 シャマルが病院に電話をかけに行くと、ハヤテの部屋に残ったのは私とベッドで暇そうな顔で横たわるハヤテだけになりました。じっとハヤテを見ていましたが、今は不調を訴える様子はありません。ハヤテの性格ですから、例え体に不調があったとしても、隠している可能性が高いと思います。ですが、それを知ったからと言っても何も出来ないのは同じ事かもしれません。

 

「ん? シュテルどうかしたん? そんなに見ても、なんも出えへんよ?」

 

 確かに何も出てきそうにはありませんね。もし今現在、苦痛に苛まれているとしたら、ハヤテは精神だけで魔法の域に達していると言えるかもしれません。例え問い詰めたところで、きっと何も言ってはくれないでしょう。

 

「いいえ。別になんでもないですよ。ハヤテが勝手に動き回らないように見張っているだけですから」

「私も信用ないなー。そんなこと、せえへんて」

「この事に関しては信用がないのですから、諦めてください」

「もう、シュテルは厳しいんやね」

 

 放って置くと、勝手に着替えて家事を始めそうな気がします。

 

「そうや! シュテルも一緒に寝るのはどうやろう?」

 

 一瞬、思考が停止する。なぜ、これまでの会話から一緒に寝るという話になるのかがわかりません。

 

「何故そうなるのですか?」

「ええやん。私も1人で寝るんは暇やし、シュテルも見張るだけなら一緒に寝ても出来るやんか」

 

 どうやら、昨日ずっと寝ていたので、寝ることに飽きてしまったという事のようです。そこでなぜ、私と一緒に寝る事になるのかは、いまだにわかりませんが。

 誰かを自分の境遇に巻き込みたいという事でしょうか? それだとハヤテの性格に反すると思われます。となると、単純に一緒に寝たいだけという事でしょうか。

 

「私は着替えていますから、寝ると服に皺が出来てしまいますので、どうか私のことはお構いなく、お一人で寝てください」

「ええ~。じゃあ、夜は? 夜なら寝間着やから、ええんちゃうかな? ヴィータも一緒に寝るけど、横はもう一つ空いとるよ?」

「それは、もうすでに一緒に寝る意味が無いと思うのですが?」

 

 どうしても一緒に寝たいと、ハヤテが意地になっている気配があります。ヴィータも居ますし、あまり邪魔をしたくはないのですが。

 

「ええやんか。別にちょっと一緒にベッドに入るくらい。シュテルのけちんぼさんめ」

「はぁ……」

 

 珍しく妙に子供っぽい……いえ、よく考えたら子供ですから、これが普通なのかもしれません。ハヤテは年齢の割にはとても大人びています。私や騎士達は年齢は関係ありませんが、そんな私達と対等に会話が出来る時点で、とても9歳児とは言えないのかもしれません。

 

 子供じゃない子供ですか。ナノハやハヤテを見ていると、本当の9歳児がわからなくなりそうです。そんなハヤテが我儘をいうのは、もしかしたら貴重なのかもしれません。やれやれ、仕方ないですね。

 

「まあ、そうですね。一度だけなら」

「え? ええの? 本当に?」

 

 私が了承すると、なぜかハヤテが目を丸くしました。

 

 まあ、別に私に拘る理由があるわけではありませんから、別に構わないです。闇の書の管制融合機が夢に出てくる可能性もありますし。そう考えると、ハヤテの横で寝るのも悪くはありません。

 

「シュテルがデレた。今日は何か起きそうな予感がするで。なにかとてつもないことが、空からブラックタイガーが降ってくるみたいな」

「止めましょうか」

「ちょ、嘘や、嘘やから怒らんといて」

 

 ブラックタイガーが降ってくるなら、全て私が捕まえてエビフライにします。

 

「じゃあ、今日は一緒に寝ような。そうと決まれば、こんな時間から寝てられへん」

「駄目ですよ」

「なんでー。そういう流れやと思ったのに!」

 

 レヴィが言いそうなセリフですね……。

 

「はやてちゃん、石田先生がはやてちゃんにかわってほしいそうです」

「今行くから、ちょう待って貰ってて。シュテル、車椅子取って来て貰ってもええ?」

「わかりました。少々お待ちください」

 

 ハヤテが勝手に車椅子に乗らないように隅に置いていたので、乗るのを手伝って上げましょう。

 

 

 病院への電話の結果、ベッドから出ることについては許可が降りる事に。外出についても様子を見て問題が無さそうならいいという事になり、結局は家の中で私とハヤテとシャマルで家事をする事になってしました。

 

 お昼の時間がすぎると、ハヤテが借りていた本を読み切るまで待ちます。私も特に用事はないため、一緒に図書館に行くために待つことにしました。久しぶりにゆっくりとした時間が過ぎていく。ここ最近、ずっと蒐集ばかりでしたし、管理局の局員との戦闘が続いていました。私も精神が消耗をしていたのかもしれません。特にナノハ達との戦闘は魔力を大きく削がれますから、なるべく避けたいですね。何もせずにぼんやりと庭を眺めながら猫たちの相手をしていると、魔力が充実していく気がします。

 

 夕方になり、ようやくハヤテが読書を終えました。今日は蒐集に出た3人もハヤテの体調を気遣って蒐集を早めに切り上げるとの事ですから、早めに帰宅したいところです。図書館で本を返却した後で合流できるのが一番いい気がしますが。

 

 

「もうすぐクリスマスセールの時期やね」

「へー、そうなんですか?」

 

 図書館へと向かういつもの道中、何時もと変わらない風景の中に赤い色をメインにした色鮮やかなPoPが見て取れました。“クリスマスケーキのご予約受付中”という文字が目に入ってくる。クリスマスについては知識として知っていますが、見るのは初めてです。

 

「そういえば、シグナムが道場の師範代の方に商店街の手伝いを頼まれたそうですよ」

「そうなんや? せやったら、これから忙しくなりそうやね」

 

 たぶんそれは蒐集で不在になる事への言い訳に使うつもりでしょう。私もなにか考えておいた方がよさそうです。神社でクリスマスを祝ってくれないものでしょうか。

 

 

 図書館に着くと、すぐに窓口で本を返却する。その後は、それぞれ目的の本がある場所に向かう為に別れる事に。集合場所は以前からハヤテがいる場所と決めています。

 ハヤテは童話の本を見ているか、小説コーナーか、休憩するための長椅子のある広い場所に居ますから、わかりやすいのです。とりあえず、私は建物に関する本がある場所へ。その後に童話の本を見に行く予定で行動を開始しました。

 

 王やレヴィが戻ったら、とりあえず住む場所を作らないといけません。ブルーシートの屋根でも十分ですが、バラック小屋とかはすぐに作れそうですし、どうでしょう? 時間はかかりますがログハウス風も捨てがたいですね。まあ、ダンボールでも十分ですが。

 ちなみに、橋の下に建てるのは規定事項です。あそこならば食糧問題とも無縁ですから。お金も、例の画像を売りさばけば……騎士達の写真を売ると捕まりそうですね。現地の治安組織にも手配書が回りそうです。

 

 さて、そろそろ童話でも……と、あれは。

 

 童話の本がある本棚の近くにある長椅子が置かれた休憩場所に5人の少女が目に止まりました。白いお揃いの服は、確か学校の制服というものだったはず。その5人の少女から隠れるように本棚の隙間から覗いてみると、そこにはハヤテと……ナノハとフェイト・テスタロッサ? なぜここに?

 

 しかも、妙に仲が良い。笑い声が聞こえてきそうです。図書館では静かにしなければなりません。

 

 そうではなく、これはいったい……。とにかくシャマルに連絡を取らなければ。

 

『シャマル、聞こえますか?』

『うん、どうしたの? シュテルちゃん』

『緊急事態です』

 

 手早く状況を説明します。ナノハとフェイト、それにご友人の二人が居る事を。

 

『ど、どうしよう。テスタロッサちゃんと、なのはちゃんが居るなんて』

『とにかく、二人をハヤテから引き剥がすのが先です。その後、ハヤテを回収して手早く離脱を』

『そ、そうね。でも、どうやって二人を?』

 

 さて、どうやって引き剥がしましょうか……。近くで事件を? いえ、それでは時間がかかりますし、何より現地の治安組織が対応してしまいます。館内放送で呼び出しも、あまり良い手ではないですね。私が呼び出したのが受付の方から伝わってしまいそうです。そもそも、ここは一階ですからすぐそこです。火災報知器も下策です。たぶん5人は固まって避難します。電話番号も知りませんね……。では、やはり念話通信で呼び出すしか無いでしょうが、理由が思い当たりません。

 

「はやてちゃんは、この近くに住んでるの?」

「うーん、まあ歩いてくるには遠いかな」

「そうなんだ? じゃあ、ここまでは誰かと?」

「あ、うん。付き添いというか、3人で来たんよ」

「へーそうなんだ」

 

 もはや一刻の猶予もありません。

 

『聞こえますか?』

 

 思念通話を送ると、ナノハの体がビクリと跳ねる。脅かせてしまって申し訳ありませんが、こちらも切羽詰まっています。

 

『この声……シュテルちゃん?』

『はい。近くであなたを見ています』

 

 本棚の隙間から覗いていると、なのはがキョロキョロして私を見つけようとしているのが見えました。グズグズしていると、私の名を呼びかねない。ここは要件だけ伝えて行動を促すべき。

 

『この図書館を出たところに公園があります。その一番奥にある雑木林まで来てください』

『え? 今すぐに?』

『そちらのフェイト・テスタロッサもご一緒にどうぞ。ちなみに私はすぐに去るつもりですので、来られるのでしたら早めにお願い致します。それと他の管理局の人が来た時は逃げますので、そのつもりで』

『フェイトちゃんも? あの、ちょっと。ちょっと待って!』

『では、これで失礼致します。ああ、そうそう。携帯のメールで呼び出しがかかったようにして抜ければいいと思いますよ』

『え、ちょっと待って、シュテルちゃん!』

 

 さて、これでどうでしょうか? ナノハの性格あらば、間違いなく来るはずです。効果はすぐに表れました。ナノハが挙動不審になってます。そして、急に携帯を取り出したかと思うと、何かしら話してフェイトを連れて図書館の外へと出ていくのが見えました。

 

『シャマル、二人を引き剥がしました。後はお願いします』

『すごーい。さすがシュテルちゃん。じゃあ、はやてちゃんを回収しに行くわね』

 

 はぁ……妙に疲れました。とりあえずこれで、当面の危機は去りました。後はシャマルがハヤテを連れて出ていくだけです。一応、出るまで近くで待機しておきましょう。

 

「それにしても、さっきのなのはちゃんって子、すごく似てたような気がするなぁ」

 

 あ……。

 

「なのはが似てるって、誰かと?」

 

 状況が非常にまずいです。とても、まずい。シャマルは? シャマルはどこで何をしているんですか? 

 

『シャマル、今どこですか? 少々大変なことになっているのですが?』

「あ、うん。髪型は違うし、目つきとか雰囲気とかは似てないんやけどね」

「へーそうなんだ? 同学年くらいの子かな?」

『えっと、料理の本を返していたから、もうそっちに着くわよ』

「まあ、だいたい同い年くらいやと思うよ」

「あの子と似てるなんて、ちょっと興味あるわね。どんな子なの?」

 

 万事休す。シャマル……あなたはいったい今、どのあたりですか。

 

「そうやね……努力家で一見するとクールな感じの子なんやけど、面白いところもあってな。自分よりも人の事を考えて動いてくれて、ずっと何かのためにがんばってる。そういう子やろか?」

「なのはにちょっと似てる感じはする、かな?」

「私の自慢の家族なんよ」

「へーいいな~。私も会ってみたいな」

 

 家族、ですか。なんと言えばいいのでしょう……。

 

 ところで、一見するとクールという事は、よく見るとクールじゃないという事ですか?

 

「あ、はやてちゃん。遅くなりました」

『ごめんなさい。後は任せて。上手くごまかしておくから』

 

 ようやくシャマルが到着したようです。とりあえず、ここは任せてナノハの元に急ぎましょう。

 

「そんなに慌てんでもええのに。ところで、しゅて「あの! はやてちゃん!」

「ちょ、なに? 急に大声あげて、どないした?」

「あの、ええとですね。先に出ているそうなので、そろそろ私達も行きませんか?」

「ん、そうなんか? でも、しゅ「あ! そう言えば、みんな今日は早く帰ってくるようでしたよ」

 

 とても安心できません。

 

「そうかー。じゃあ、今日は早めに帰ろっか。あ! そういえば、しゅて「はやてちゃん! その、そう! そう言えば、こちらの方たちは?」

「え? ああ、そうそう。二人は今日友だちになった、すずかちゃんとアリサちゃんや」

「ええと、こんにちは。月村すずかといいます。はやてちゃんとは童話好きが縁で友だちになりました」

「はじめまして、私はアリサ・バーニングです。私はすずかの友達で、その縁で」

「あーそうなんですね。今後とも、はやてちゃんと仲良くしてあげてくださいね」

「はい! メールのアドレスも交換してもらいました」

「あ、すずか。あんたいつの間に交換なんてしたのよ? 私にも教えなさいよ」

「教えてもらっても全然ええよ。後でアリサちゃんの連絡先をメールででも送ってな」

 

 まだですか、シャマル。

 

「じゃ、じゃあ行きましょうか。待たせるのも悪いですし」

「なんか急やな。じゃあ、すずかちゃんとアリサちゃん。今日はお話してくれておおきに、ありがとうな」

「うん。またね、はやてちゃん」

「じゃあね、はやて。今度はみんなで何かしようね」

「うん。いつでも連絡してな」

 

 ようやく危機が去ったようです。しかし、これからどうなるのやら……。どう考えても、ハヤテとあの4人は友人になってしまうでしょう。そうなると、どう考えても……前途多難です。

 

「でも、シュテル「はやてちゃん! さあ、買い物もありますから急いで行きましょうね」

 

 もう居ないので誤魔化さなくてもいいですよ、シャマル。あと、ごまかせていません。

 


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