「以上だ、ではこれから一年間よろしく頼む」
そう言って、クラスの担任、平塚静先生は締めくくった。
どうやら、比企谷とも同じクラス、だが当分は学校に来れないだろう。ちなみに原作に出ていた人物もまた同じクラスにいるいる。
例えば、あの女子よりかわいい男の子、戸塚彩加であったり。
例えば、来年の文化祭の実行委員長になるであろう相模南など、まぁいろいろだ。
「じゃあ、自己紹介を始める、私はもう職員室に戻るから、あとは君たちで適当にやるといい」
そう言って平塚先生は出ていった。……自由だなー。あと人は。でも、もう名前覚えてそうだが。
さて、そうも呑気なことを考えている場合ではなかった。小中学校でイマイチ馴染めずに来ている。
当たり前だ。前世の記憶だけあるが、コミュニケーションは家族以外ないんだから。
……ここで、友だちを作りたくもあるが。
そんなことを考えるとすぐに、自分の番が来てしまった。
「えー、あっと上野英輝です、趣味は読書、えー仲良くしたいです、はい」
終わった。別に噛むわけでもなく、面白いことを言うこともなく終わった。『趣味は、読書』って言うやつの絡み方分かんねえだろうな……。俺も分かんねえ……。もうちょい絞れ。
拍手がまばらに起こり、その後も自己紹介は問題なく進んでいった。
学校最初の日は、軽い学校の説明や自己紹介があっただけで終わった。その後は、部活体験などに行くらしい。
クラスを観察してみると、ぼちぼちとグループができつつあった。特に相模南は、女子の中ではかなりのトップカーストに属している。
怖いな……、マジで猿山みたい。
しかし、もちろんのことだが孤立している者もいる。一番目立つのは、戸塚彩加だろう。
女子よりかわいい容姿をもっているが男。どちらの目線から見ても異質なのだろう。
異質なものは、集団からは孤立させられる。きっと、それは人間がまだ言葉を扱えない獣だったころからの名残なのかもしれない。
戸塚は一人、テニスのラケットを持ち、部活へ行こうとしていた。学校紹介のときから行くことを決めていたのだろう。
少し、その心細そうな横顔は頂けなかった。
ふと、前世の幼少期を思い出した。病院から出て初めて学校へ行ったとき。いきなり来た異物の俺は子供の王国には入れなかった。
……勝手に自分と重ね、その人物を押し計ろうなんて、傲慢な行為だ。ソイツと自分は別の人間なのだから。理解しようだなんて、分かろうだなんて、できるはずがない。
それはソイツの自己満足でしかない。
だから、これは俺の自己満足だ。
気まぐれだ。なんの意味もない。ただ、友だちを作るだけの一歩だ。
「……もう部活決まってんのか」
戸塚が俺の席の後ろを通りかかるとき、聞こえるか聞こえないかの声で呟いた。
「え、あ、うん!ずっとテニスやってたから…!えっと…」
「上野だ、ずっと帰宅部でな、……テニス部、いっしょに見にいっていいか?」
戸塚は、花が咲くような顔で笑い、にこやかに細い首を縦に振った。
「うん!よろしくね!上野くん!」
……なるほど、これは可愛いな。可愛い。いや、うーん可愛い……。
「うえええぇぇぇぇ、もう無理だ、吐きそう」
「だ、大丈夫……?上野くん?」
残念ながら、前の人生の名残か知らないが運動は全く出来ないのだ。じゃあ、勉強はできるのか?と言われるとそういう訳でもないのだが。
見学の新入生は、ランニングをさせられていたが、少し走ったあとバテてしまった。
「戸塚……、俺、これ走り終わったら結婚するんだ」
「え!?どうしたの!?ほんと!?」
まあ、分からんよな。こいつ、素直だなー。心配になるわ。むしろ、戸塚と結婚したいまであるな。
「冗談だ、俺のことはいいから先走ってろ、大丈夫だ」
「でも……」
戸塚は、心配げに顔を俯けた。
「いいから、いった、いった」
そう言ってドンと背中を押した。……軽いなぁ。
春の、暖かな昼下り。青空はキラキラと光っている。前の人生ではほとんど、無機質な天井を見て過ごしていた。
しかし、吐きそうになりながらもクラスメートと、青空の下で汗を流すのも悪くは……、悪くは……。
いや、もういいな。一回流したらいいや。
学校に残っている生徒が帰り始めたころ、辺りはすっかり夕陽に染まり、夕暮れに染まった桜の花びらがハラハラと散っていった。
「今日は楽しかった!?どう?上野くん、テニス部入ろうよ!」
「いや、俺途中からのびてたじゃねえか」
苦笑いでそう告げる。確かに楽しくないわけではないのだが、体力がないのだ。
「けど、フォームとかタイミングとか、すごい上手いけどなぁ」
「あー…まあ、ちょっとな」
原作で、戸塚と比企谷がやっていたのを見てテニスの試合見まくってた、とは言えないか。
ふと、足を止める。深い鐘の音色が時刻を知らせていた。
白銀の流れるような髪がサラサラと、夕陽に光っている。
玉のような汗がツーと、細く白い首筋に流れた。
「うん?どうしたの?」
戸塚彩加は、燃えるような夕日を背に、こちらを振り返った。
こういう景色を、比企谷は見ていたのだろう。いや、見るのだろう。これが彼の守りたかった日常なのかもしれない。
もちろん、そんな推測にはなんの意味もないのだが。
「いや、俺本当に総武高校に来たんだなって」
戸塚は、少し不思議そうな顔をしたあと、はにかんだ。
「もー!今更?上野くん!……ひ、ひできくん」
まぁ、いろいろあったが、結局分かったことは『とつかわいい』。これが究極。異論は認めない。