聖女と直死 作:あるけ〜
説明不足っていう言葉があるけど、それって使う時点で既に手遅れなことが多いと思う。なぜかって?そんなの、終わってみないと説明が正しかったか判断できないからだ。
つまり何が言いたいかというと…
「いきなりかよ…」
急に倒れた俺を見て周りの大人たちが心配そうにこちらを覗き込むが、仕方ないと思って欲しい。5歳にして前世の記憶が戻ったとか冗談にも程がある。というか…
「記憶をなくすとは言ってたけど…」
いや、まさか気づいた時には5歳児だとは…。感覚的には5歳までの記憶に上乗せしたような感じなので、幸い此処が何処だか分からないなんてことはない。とはいえ、もとの俺の記憶の最後はあの神と話してた所だ。いきなり大量の情報が一気に入ってきたために脳がオーバーヒートを起こしたようだ。容姿は黒髪黒目といかにも日本人といった感じで、もとの自分と大差ない。(まぁ日本なんてあるわけないので極東と呼ぶことにするが)
周りを見ると俺のここでの育て親の爺さん(俺は拾われたことになっている)と1組の夫婦が話しかけてきた。適当に話を合わせておくが、記憶が戻った以上、今後対応等で不審に思われるのは避けられないだろう。まだ二十歳前の学生だったと言っても精神年齢の差が大きい。此処はオラリオから離れた村のようだし、早めに出て行った方が良いかもしれない。
思考を巡らせていると視界にいたずら書きの様な線や点が見え始めた。
ーっと、まずいまずい。
こんな感じに見えるのか。今後は気をつけて行動しなければ。制御出来るように練習しないといけない。
とりあえず今のうちに出来ることはしておいた方がいいだろう。言葉は通じるようだが、文字は早く覚えなければ。
ーところで、そこの影からこちらを見ているのは誰だろうか?
声をかけると驚いたように飛び出してくる。
柱の影から出てきたのは、俺と同じくらいの身長をした少女だった。銀色の髪を腰まで伸ばし、アメジスト色の瞳を持つ、整然とした印象を受ける。
どうやら先程一緒にいた夫妻の娘らしい。先日この村に移住してきて、うちの隣に家を建てたそうだ。是非仲良くしてやってくれと頼まれた。
同年代の友達ができるのは嬉しいことだ。
こちらの表情を窺う少女に声をかける。
「君、名前は?」
一瞬身体がビクついたものの、ゆっくり透き通った声で、
「…アミッド・テアサナーレ、です…。」
「そうか。俺は…」
奇しくも前世と同じになった名前を口にする。
「シキだ、よろしく。」
記憶が戻ってから4年が経った。
今では9歳になり、普段はアミッドの家の倉庫にある本を読ませてもらいながら、薬の調合の手伝いをしている。
今日は朝早くから農業の手伝いをしていたのでかなり眠い。さっきから7秒に1回レベルで欠伸をしている気がする。川岸で横になりながら、自分の今後について考えてみる。
「どうかしましたか、シキ?」
俺の様子を不審に思ったのか、隣に座っていた少女が声をかけてくる。
「ごめん、何でもないよアミッド。」
「大丈夫ですか?先程も倒れたと聞きましたけど。」
「心配ない、ありがとう。」
彼女の両親は薬師だ。育った環境で人は変わると言うが、ここまで大人びた少女は少ないだろう。ちなみに俺の親代わりの爺さんは農家を営んでいる。極東の出で、名前が和風なのもそれが理由だ。俺もたまに手伝わされているが、筋力がつくと思えばそこまで苦でもない。生きていく中で食料を作ることは重要だ。
この世界に来て良かったと思うことの1つとしては、やること全てが生活に繋がるということだ。以前いた世界では、『これ本当に将来生活に必要なのか?』といったものばかり学ばされてきたが、此処ではやること全てが自分や誰かの為になることが分かる。それだけでもやりがいがあるってもんだ。
「また何か考え事ですか?」
「いや、何でもないよ。それより、お父さんの体調はどうだ?」
確か彼女の父親は以前から体調が優れないと話していた筈だ。
その言葉に一瞬顔を曇らせるが、すぐにいつもの整然とした態度で、
「大丈夫です。最近は容態が安定して…」
「大変だ!誰か来てくれ!テアサナーレの親父が突然苦しみだして…」
「「‼︎」」
村の大人達の声を聞き、咄嗟に走りだす。アミッドの父親にはいつも世話になっている。こんな子供の身で何が出来るかわからんが、放っておくことは出来ない。隣を走るアミッドを安心させながら、彼女の家に向かう。
扉を開けて目に入ったのは、横たわり胸を抱えて苦しむ彼女の父親だった。呼吸が辛く見えることから、恐らく肺に関係する病気だろう。アミッドが血相変えて父親をどうにかして治そうとするが、まだ所詮は子供。病人の治療など出来る筈も無い。ましてや治療薬などこの村にある筈も無い。
周りが慌ただしい中、俺は妙に自分が落ち着いていると感じていた。無理も無いだろう。この光景を見るのは2度目だ。
前世の俺の母親も肺の病気で死んだのだ。
早期発見であれば、十分に治療が可能な病気の筈だった。だが俺達家族は、あの人の様子がおかしいことに気づかなかった。結果ウイルスは侵攻し、呆気なく世を去った。
まだ、あの時に比べて症状は軽い。今ならばまだ間に合う可能性がある。しかし、だからといって治療する場所も技術も俺は持っていない。半端な知識では状況を悪化させることしか出来ない。
視界の端で、父親の手を握り続けるアミッドの姿を捉えた。いつも静かな顔をした彼女の顔には既に余裕は無く、迫りくる父の死に怯える小さな少女の背中があった。
ー何か俺に出来ることは無いのか
そう思いながらも何も出来ずに彼女の父親を見ていると、視界に「線」が現れ始める。
ー!これなら
よく見ると男の胸の辺りで、別のものを示すように蠢く点があった。懐からナイフを取り出す。上手くいく保証は無い。でも出来なければ、彼女の父親は死ぬ。覚悟を決め、足を前に出して彼女の隣に立つ。
「シキ?ーっ⁉︎」
突然横に来た俺の気配に顔を上げ、その手に持ったナイフを見て驚愕する。
「一体何を…っ⁉︎」
アミッドの疑問に答えず、病人の胸にナイフを突き立てる。突然の奇行に目を見張り、今すぐやめさせようとするが、先程まで苦しんでいた父の表情が少しずつ穏やかになっていくのを見て、再び驚愕する。ナイフを抜き、何かを払うように振るうと、やがて静かな寝息を立て始める。
「血が出ていない…今のは一体…?」
内心上手くいったことにホッとしながら、立ち尽くすアミッドに顔を向ける。彼女の顔には、父親が助かったという安堵、友の行動に関する困惑など、多くの表情が見え隠れしている。周囲の大人達も、以前までのような小さな子供を見る目ではなかった。
ー潮時か…。
彼女の横を通り抜け、扉を開けて外に出る。人前でこの能力を使うことは避けてきたが、今回のことで俺が異質であることは周囲にばれてしまった。
家から少し離れた川岸に座り、遠くを眺める。山の隙間から都市の高い塔が見える。水面に映る自分の瞳が、蒼眼からもとの黒い眼へと戻る。
オラリオに向かうなら早いうちがいいだろう。一応家に手紙を残して行こう。荷物は…ナイフと小銭だけでいいか。食料は調達すればいい。
ーいやなに、もともと俺はあそこに行くつもりだったんだ。何も問題は無い。この目があるなら、モンスターも大して脅威じゃない。
アミッドには悪い事をした。目の前で幼馴染みが父親の胸を突き刺したりしたらショックを受けるだろう。大人びちゃいるが、まだまだ子供だ。時々危なっかしいところがある。出来ることなら横で面倒見てやりたいところだが、こうなっては難しいだろう。
いつか彼女が薬師になったら会いにこよう。それくらいなら許される筈だ。
とにかく、行くなら早いうちがいいだろう。恩恵をくれる神も探さなくてなくはならない。ナイフは先程使った時に置いてきてしまっていたが、家に手紙は置いてきたし、金も少しならある。馬車は使えないが、気楽に歩いていくのも悪くない。
そう思って歩き出そうとした時、
「待ってください、シキ。」
よく知った声が聞こえた。よく耳に残る透き通るような音に無意識に振り返る。
「…何処へ行くのですか?」
急いで走ってきたのだろう。息を切らしながら問うてくる。手には先程彼女の父の胸に刺したナイフを持っていた。
「…別に何処でもいいだろう。俺は此処を出る。始めからそのつもりだったんだ。
…お前には悪い事したと思ってるよ。」
「…父が目を覚ましました。」
「!…そうか。」
「…どうやって病気を治したのですか?」
「…治してなんかいない。唯、病気になった原因となるものを殺しただけさ。誇るようなことでもない。」
感情の昂りによって自分の眼が変化していき、視界に線と点が現れ始める。
「⁉︎シキ、眼が…」
「俺の眼はね、ものの死が見えるんだ。
万物には全て綻びがある。
生物にも、道具にも、時間にだってだ。
結果的にお前の父親救ったとしても、
俺がしたのは治療なんかじゃない。
唯の殺しだ。」
【直死の魔眼】
この世界に生まれて手にした能力。
ものの死が見えるなんて聞こえはいいけど、周囲の人や物の脆弱さが見えてしまうのも困ったものだ。応用が効くとは言っても、結局は殺すだけの力でしか無い。
「…それでも貴方は、命を救った。だから…ありがとう。私の父を救ってくれて。」
自己嫌悪に陥る中、アミッドのその言葉に救われた気がした。あぁ、やはり彼女は誰よりも優しく、俺を癒してくれる。
「さあ、帰りましょう、シキ。」
先程の決意も虚しく、その手を取ろうとした時、
ー地が揺れた。
肌を焦がす熱さと煙の匂いに目を開ける。
すぐ横にアミッドが倒れてるのを見て飛び起きる。急いで息があるのを確認してホッと一息つき、周囲を…
「ーは?」
見回そうとして、自分達の他に何もないことに気づく。美しかった景観は何処にもなく、生まれ育った村も無い。全てが火に呑まれ、生物の存在を許さないかの如く燃え広がる。
「…おい、村の人達は何処だ?」
ー何処かに避難している筈、避難していてくれ、頼む。
倒れたアミッドを背負い、火から逃げようと歩き出そうとしたところで、後方で爆発が起こる。
「なっ⁉︎」
爆風で足元に飛んできたものが視界に入った途端、
「…こ、れは。」
呼吸が止まった。
見間違い?
いやそんな筈は無い。
だって、これは、つい数時間前に、
ー俺が救った筈の人物の腕だったから。
「…お父、さん?」
背中越しに震えた声が聞こえる。
背中から重みが消え、その正体を確かめるように震える指で手を伸ばす。しかし触れることなく、寸前で止まる。
手首に巻かれていたのは、彼女が願掛けに巻いた薬草。病気が治るよう祈り、俺が作り方を教え作ったミサンガ。
腕の持ち主が誰か確信し、アメジスト色の瞳から涙が溢れる。
ー何故、どうして世界はこんなにも唐突に残酷に牙を剥く?
人の為にありたいと願った彼女をこんなにも苦しめる?
燃え盛る村から一体の翼を持った竜が現れたかと思うと、
彼らを逃がさないかのように、
道を塞ぐようにして降り立った。
怪物の咆哮に少女の泣、嗚咽はかき消され、
手首に巻いた薬草のミサンガが燃え尽きた。
拙い文章ですみません。誤字脱字ありましたら報告よろしくお願いします。
シキくんに姓はありません。拾い子なので。