聖女と直死 作:あるけ〜
昔から人が多いのが苦手だった。
様々な場所からまるで鳥が囀るように音を発しているのを聴くと、どうしてもそれら全てが邪魔に感じて仕方がない。
まぁあくまでそう感じるだけで、別に絶対嫌という訳でもない。そんなどうでもいいことを考えながら、天高くそびえ立つバベルへと入る。
ーこういう塔って、耐震とか設計に問題があって倒れた時の責任者は誰になるのかな?建てられたのはかなり昔の話だし、関わってた神とかが責任問われるのか。うちの主神が関わってたりしないよな?
結局どうでもいいことを考え、昨日ナイフを投げたまま回収し忘れたことを思い出す。
「まぁ昨日だけでも思ったより稼いだし、もっとちゃんとしたもの買ってもいいけどな。」
使いやすさ重視だ。ひとまず素材を売ってからにしようと周囲を見廻していると声をかけられる。
「あらシキじゃない。もう来たのね?」
「あ、ヘファイストスさん。丁度良かった。」
「3日ぶりくらいかしら、今日はあの子は一緒じゃないのね?」
「あいつは暫く店の手伝いです。ダンジョンには俺1人で潜ります。」
それに関しては少しごねていたが、理由を説明すると一応は納得したようだ。
まぁ俺も、アミッドが1人で潜るなんて聞いたら黙っていられる自信無いから、人のこと言えないんだけど。
「そう。で、何の用かしら?」
「えぇ。ナイフの補充と、昨日の探索で手に入れた素材を売りに来まして。」
「成る程ね。いいわ、ついでだから私が見てあげる。」
よし、ここまではいい流れだ。
「この素材なんですけどね。」
バックからウォーシャドーのレンズを取り出して見せる。
「…何?この素材。」
「出来ればきちんとした部屋で話をさせてくれませんか?口外しないという約束で。」
「…あなた、やっぱりとんでもない子ね。」
鍛治神であるヘファイストスさえ見たことのない素材。冒険者なりたての子供とは思えない高度な会話。
ーまったく、ディアンったら面白い子を見つけたものね。
「いいわ、ついて来なさい。」
鍛治神に連れられしばらく歩いた後、部屋へと入る。
「普段私が働いている部屋よ。ここなら人も来ないわ。」
「神様も働くんですねぇ。」
「そりゃあそうよ。働かないようなやつもいるけど、子供達にばっかり働かせて自分は楽するなんて示しがつかないじゃない。」
うちの神は命令ばっかりしてるけどな。あぁでも、俺の腕を治したのはあの爺さんだったな。いや、エリクサーを作ったのは多分団長だからやっぱり何もしてないのか?
…今度暇な時観察してみるか。
ヘファイストスが紅茶を淹れ、机に並べる。
「それで?これは一体何の素材なのかしら?まさか盗んできたとは思わないけど、かなりの高品質ね。なかなか良いものが打てそう。」
「あぁそれ、実はウォーシャドーの頭なんですよ。」
ヘファイストスが口に含んだ紅茶を吹き出しかけてなんとか飲み込むが、器官に入りむせる。
「はぁ⁉︎ダンジョン初日に6階層まで行ったの?普通死ぬわよ?」
「正確には5階層まで登ってきた個体ですけどね。それに俺一応レベル2なんで、多分問題ないですよ。」
「その歳でレベル2とか…。はぁ、あなたの実力が高いのは理解したけど、この品質、上層で採取出来るような物じゃないわよ?」
「とある方法で、モンスターを殺しても灰にならないようにすることが出来るんですよ。なんかそこそこ硬くて綺麗だったんで、ウォーシャドーを殺した後で剥いで持ってきたんです。」
神との交渉に内心かなりびびってはいるが、なるべく冷静な態度を装うために紅茶を飲みながらゆったりとした口調で話す。人は神に嘘がバレるらしいが、別にこういった場で相手を欺くのは何も嘘だけではない。高校の面接で鍛えた精神力でなんとか抑える。
「そんな訳で持ってきたはいいんですけど、うちのファミリアじゃ使えないって言われてしまって。治療薬の材料になるようなもの以外はこちらに売らせて欲しいと思い、来た次第です。」
「成る程…確かにディアンのところじゃあ使えないわねこれは。」
驚いてはいたが、この説明に納得したようだ。紅茶を一口飲み、話を続ける。
「いいわ。そういうことなら、うちで買い取ってあげる。でも、素材の価値がいまいちわかりにくいわね。実際に武器を打って使ってみないことには判断が難しいし…」
「じゃあ、買い取りは判断出来てからでいいですよ。急ぐ必要は無いですし。その素材は価値を分析するのに差し上げます。」
少年の返答に目を丸くする。
「無償で提供するってこと?」
「えぇ。実際にどの程度のものかわからないと話にならないでしょう。初めてみる素材は一つ無償提供しますから、後はうちの主神と話をつけてください。」
「ディアンとの交渉はあまりしたくないけれど…。いいの?この話、あんまりあなたに得があるように思えないけど。」
「別に構いませんよ。使えない素材を持っててもどうしようもないですし。…最悪うちのファミリアで無理矢理使うという手もありますけど、ヘファイストスファミリアほど有効活用出来るとは思いませんからね。」
こちらをちらちら見ながら話す少年に溜息をつく。いい感じにこちらを持ち上げているように見えるが、要するに自分たちのところでは使わないから買い取れと言っているのだ。実物を見せられた後では無駄にするのも惜しい。
「この間の言葉は訂正するわ…。あなた、ディアンに結構似てるわよ。まったく…いいわ、交渉成立。価値が判断出来次第、買い取ってあげる。」
「どうも、ヘファイストスさん。」
してやったり、という顔に再び溜息をつくが、悪い気はしない。
「…ほんとに子供なのかしらね?まぁいいわ。流石に無償で貰うのは悪いしディアンに文句を言われそうだから、代わりにその辺の武器を持っていっていいわよ。うちの子たちの作品なんだけど売るか微妙な物もあるから。」
部屋の扉の近くに並べられた武器を指差す。様々な種類のものがあるが、色が全身黒の短剣やリーチが異様に長い刀など、一味変わったものが多く見える。
「それはありがたいですね。投擲用のナイフも補充しなくちゃいけなかったし。」
「そういえばさっきも言ってたわね。かなりの量買ってた筈だけど、どうしたの?」
「いや、回収するの忘れちゃいまして…」
「まったく…。いい?いくら安くてそこまで丈夫じゃない武器でも、鍛治師が汗水垂らして打ってるものなんだからね。今後は壊れたとかじゃなく失くすなんて真似は許さないわよ?」
「り、了解です。」
さっきまでの余裕の態度は何処へ消えたのか。成る程、こういう手は効くのね。
「そこの武器はいつでも持っていっていいわ。あなたに死なれると折角の取り引きも台無しだし、私なりのサービスよ。」
「いろいろありがとうございました。失礼します。」
立ち上がり、置いてあった中で一番しっくりきた短剣を手に取る。
「本当よ。そんなんじゃあの子に呆れられちゃうわよ?女は頼り甲斐がある人に振り向くんだから。」
「…あの日、ずっと隣にいると約束したんです。今更そんな心配してませんよ。」
「まったく、生意気な子ね。調子に乗ってるとすぐに死んじゃうわよ?」
部屋から出ていこうと扉に向かい、こちらに背を向けている少年に嫌味ったらしい台詞を吐く。
「あいつを残して死ぬつもりはないね。」
顔だけ振り返ってそう言い残すと、会釈だけして部屋を出て行く。
「…あら、随分と男前じゃない。彼女も幸せ者ね。」
本当に10歳の子供なのかしら?その辺の冒険者には無いような強い覚悟を感じる。
「ホント、これから忙しくなりそう。」
少年が置いていった素材を眺めるとそう呟く。とりあえず自分で打って試してみるか。そう思って槌を掴むと鍛冶場へと入る。
ー彼に触発されちゃったかしら?
火の中に入れた素材を見ながらそんなことを考える。昨日たまたま見かけた、小さな背中に少女を背負った少年の後ろ姿を思い出して笑みを浮かべる。
滅多に使われることのない鍛治神の鍛冶場に、日が暮れる頃まで部屋一杯の金属音が鳴り響いた。
ヘファイストスはダンまちには少ない、普通の大人の女性って感じで結構好きなんですよね。いや、一番はアミッドだけど。今回はアミッド要素少なかったんで、次回あたりは入れたいですね。
…多分次回も少ないですすいません。そのうちきっと出てくる。