…………。
ダンジョーはメレブのひつぎから世界樹の葉を取り出した。
ダンジョーは世界樹の葉を使った! ムラサキは生き返った!
ムラサキはザオリクを唱えた! メレブは生き返った!
ムラサキはザオリクを唱えた! ヨシヒコは生き返った!
ヨシヒコが意識を取り戻すと、鼻熊町の入口付近の雑居ビルが立ち並ぶ道だった。今回の捜査がスタートした場所である。目の前に、髭面の中年戦士ダンジョーと、モスグリーンのキャミソールワンピにマントを羽織ったムラサキ、金髪マッシュルームカットをしたインチキ臭い詐欺師のような風貌のメレブの姿があった。一瞬、今までの出来事は夢だったのではないかと思ったが、ムラサキとメレブの青ざめた表情に、すぐに夢ではないと思い直した。
空に例の文字と輪っかが現れ、続いて仏が映し出された。ヨシヒコはメレブから眼鏡を借りる。
「おお、ヨシヒコ! 死んでしまうとは何事だ!」
仏は尊大な表情で定番のセリフを言った後、コロッと表情を変えて続けた。「……てか、何やってんの? 君ら殺人事件を捜査する側だよ? 犯人を逮捕する側だよ? 君らが殺されてどうするのよ。勇者としても刑事としても、面目丸つぶれだよ?」
「申し訳ないです」ヨシヒコは恐縮しながら答えた。「まさか、文江さんがあんな行動に出るとは」
「ホント、完全に油断してたわ」ムラサキもバツが悪そうな表情をする。
「それで、あれから文恵とヤスはどうなったんだ?」メレブがダンジョーを見た。「もう捕まえたのか? まだだったら、早く捕まえないと」
「…………」
「…………」
仏とダンジョーは、神妙な面持ちで黙り込んでいる。
「どうしたんです? なにかあったのですか?」ヨシヒコは訊いた。
「いや、捜査を再開する前に、いくつか確認しておきたいことがあるんだが」
ダンジョーが真剣な表情で言った。元々ダンジョーは他の三人と比べてあまりおふざけをしないタイプだが、それでも、今ほど真剣な表情になることは、あまりない。
ただならぬ雰囲気に、ヨシヒコはごくりと息を飲んだ。「な……なんでしょうか?」
「お前たちが襲われた時の状況を、できる限り詳しく教えてくれ」
そう言われ、ヨシヒコたちは、まずこれまでの捜査の内容から話した。現場検証から関係者への事情聴取、俊之の逮捕から、京都での事件、耕造たちの過去と、洲本での捜査、などなど。それらの捜査の結果、ヤスと文江が兄妹であることが判明し、ヤスを問い詰めたところで文江が現れ、二人は協力して耕造を殺し密室状態を作ったことを認めた。
そして。
「――二人を逮捕して警察に引き渡そうとしたら、突然文江さん……いえ、文江が豹変し、我々に襲い掛かってきたんです。あまりに突然の出来事で、反撃する暇もありませんでした」
ヨシヒコはそう締めくくった。
「文江に襲われたんだな?」話を聞き終えたダンジョーは、表情を変えることなく言った。
「ええ、そうです」
ヨシヒコがそう答えると、ダンジョーは仏と顔を見合わせた。仏が無言で頷く。ダンジョーも頷き返すと、ヨシヒコに視線を戻した。
「ヨシヒコ、もう一度訊く。お前たちを襲ったのは沢木文江、これで、間違いないんだな?」
「そうです。なんでそんなにしつこく訊くんですか? それより、早く文江の捜索を」
ヨシヒコは署へ戻ろうとしたが。
「まあ、とりあえず俺の話を聞け」ダンジョーはヨシヒコを引きとめた。「お前たちが死んでいる間に、俺も少し捜査してみたんだ。まず、お前たちが取調室で殺されているのを発見したのは事務員の女性だ。部屋にはお前たち三人が血まみれで倒れていて、他の者の姿は無かったと証言している」
「それはそうでしょう。我々を殺して、そのまま部屋に留まっているとは思えません。すぐに立ち去ったはずです」
「そうだな。それで、事務員の女性は署内の担当部署に知らせ、捜査が行われた。すぐに署内にある監視カメラの映像の確認がされたが、残念ながら取調室にカメラは無く、犯行時の様子は映っていなかった」
「だろうな」とメレブが言った。「八十年台は、取調室の可視化なんて考えもしなかった時代だからな」
ダンジョーはさらに話す。「幸い、署の入口と廊下に設置されたカメラのいくつかに、犯行時間前後に出入りする不審な人物が映っていた。確かに、沢木文江に似ているそうだ。しかしこの時代だ。いかんせん鮮明な映像ではないから、断定はできないらしい」
「何を言ってるんです」ヨシヒコは反論する。「被害者である我々が文江に襲われたと言っているんです。間違いないでしょう」
「それがな……あり得ないんだよ」
「あ……あり得ないって、どういうことですか?」
ヨシヒコが問うと、ダンジョーは、ヨシヒコ、ムラサキ、メレブ、と、一人ずつ順に目を合わせ、そして言った。
「沢木文江は……遺体で発見された」
「……え?」
一瞬なにを言っているのか判らず、きょとんとした表情になるヨシヒコたち。文江が遺体で発見された。つまり、文江は死んだということだ。たったそれだけのことを理解するのに、長い時間を要した。
ダンジョーはヨシヒコたちの理解が追いつくのを待つように少し時間を置き、やがて言葉を継いだ。「遺体が発見されたのは、洲本の実家があった空き地だ。あそこで、文江は全身に灯油を浴び、自ら火を点けたらしい。焼身自殺だな」
「じゃ……じゃあ、私たちを殺した後、洲本へ渡り、自殺を……?」
文江に襲われた時の様子を思い出すヨシヒコ。狂ったような笑い声をあげ、わずかなためらいさえも見せず次々とヨシヒコたちを殺害していった。普通の精神状態でできることではない。だからこそ、自らの命もためらうことなく断てたのだろうか。そんなことを思う。
「それが、違うんだ」
首を振るダンジョー。何が違うのか、ヨシヒコには判らなかった。
ダンジョーはさらに続ける。「文江が焼身自殺を図っているのを発見したのは、向かいに住む主婦だ。お前たちが文江に関する話を聞いた人だな。彼女が、夕飯の後片付けをしている最中、空き地で何かが燃えているのを窓越しに見つけ、すぐ消防に通報したんだ。それが、夜の八時三十三分だ。はっきりと、記録に残っている」
「八時三十三分……え……?」
おかしい……何かがおかしいことに、ヨシヒコは気が付いた。それはあり得ない。だが、なにがあり得ないのかは判らない。判らないが、本能がそう警告している。
ヨシヒコたちが高速艇に乗り洲本へ着いたのは、確か夕方の六時頃だ。帰りの便は八時が最終だったから、捜査は早々に切り上げ、最終便に乗って洲本を後にした。署に戻ったのは九時半ごろ。その後、耕造の屋敷の地下迷宮を再捜査し、また本部へ戻り、ヤスの正体を暴き、文江が現れ、逮捕しようとして襲われた。その時の正確な時間は今となっては判らないが、もう深夜と言ってよい時間だっただろう。
しかし。
文江は、夜八時三十三分に、洲本で自殺している。
「そうだ」と、ダンジョーが頷いた。「文江が自殺をしたのは、お前たちが署に戻るよりも前の時間だ。文江は――お前たちを襲う前に死んでいるんだ」
「――――」
ヨシヒコはムラサキたちと顔を見合わせた。ダンジョーのいうことは理解したが、到底受け入れることはできない。
「そんな……何かの間違いじゃないですか?」ヨシヒコはダンジョーに視線を戻す。
「いや、間違いではない。文江には歯の治療歴があり照合済みだ。現場には遺書が残されており、その筆跡鑑定でも同様の結果が出ている。焼死体は、沢木文江のもので間違いない」
「でも……それじゃあ、おかしいじゃないですか……?」
「そうだ。おかしいんだ」
判らない。顔を伏せ考えるヨシヒコ。文江が八時半過ぎに死んでいたというのなら、ヨシヒコたちの前に現れたのは誰だったのだろう? 死人がヨシヒコたちを殺したとでもいうのか? ありえない。
「……そうだ」と、ヨシヒコは顔を上げた。「ヤスさん……いえ、ヤスはどうなったんですか? 彼が、何か仕組んだのかもしれません。何か、トリックを仕掛けて……別人の死体を文江に見せかけたとか……具体的にどういうトリックなのかは判りませんが、とにかく、ヤスを探しましょう。それで何か判るはずです」
「それが、そっちの方もおかしなことになっていてな」ダンジョーはため息をついた。
「おかしいって、何がですか? ヤスが何かしたに決まってる、それ以外には考えられない」
ダンジョーは両手を広げてヨシヒコの前に出した。「まあ落ち着け。お前、洲本に行ったとき、沢木一家の心中事件について、ちゃんと調べたか?」
「いえ……船の時間があったので、自宅跡周辺の捜索と聞き込みをしただけで、すぐに帰りました」
「そうか。そこで洲本署に立ち寄ってきちんと調べていれば、違った結果になったかもしれんのだがな」
「どういうことですか? もったいぶってないで、早く教えてください!」
もはや掴みかからんばかりの勢いのヨシヒコを制し、ダンジョーはゆっくりとした口調で続けた。「沢木一家の心中事件があったのは十五年前の十一月十七日の夜九時。家に灯油をまいて火を点けたものと見られている。通報したのは、これも向かいの主婦だ。すぐに消防が駆けつけ、消火活動がされた。幸い文江は救出されたが、両親らは、焼け跡から遺体で発見された」
「……え……?」
ダンジョーの話を聞き、すぐにその違和感に気が付いた。
文江の両親は、家に灯油をまいて火を点け、一家心中を図ったが、幸い文江は救出された――ここまでは、ヨシヒコが聞き込みをした内容と一致する。
だが、いまダンジョーは、
両親ら――つまり、父と母の他に、もう一人、いる。
沢木一家は四人家族だ。文江が救出されたのならば、もう一人の遺体は……。
「そうだ」と、ダンジョーがヨシヒコの考えを読んだように言った。「長男の康彦は、沢木家の両親と共に、その日、焼死体で発見されているんだ」
「――――!」
言葉を失うヨシヒコ。康彦は両親と共に焼死体で発見された。つまり、ヨシヒコたちと一緒に捜査していたヤスは、十五年も前に死んでいる人物ということになる。
「……そんなバカな……」
ヨシヒコは、ようやくそれだけ言うことができたが。
「いや、確かだそうだ」ダンジョーが否定する。「これも、歯の治療歴などから判断して間違いないらしい。文江の兄・康彦は、十五年前に死んでいる」
「そんなバカな!」我慢しきれず、ヨシヒコは声を上げた。「だって、我々はずっとヤスと捜査してたんですよ!? 署の人たちに訊いてください!!」
「もちろん訊いてみた。それによると、神戸の警察官に、真野康彦という人物はいないそうだ」
「な――っ!」
また言葉を失うヨシヒコ。ムラサキも、メレブも、何も言わない。もはやだれも理解が追いついていない。
ダンジョーは続ける。「署の人たちは、お前たちはずっと三人で捜査していたと言っている。防犯カメラにも、ヤスの姿は映っていない。お前らが殺された前後、部屋に出入りしているのは文江だけだ」
「……そ……そんなバカな……そんなバカな! 我々は、確かにヤスと捜査しました! ヤスが十五年前に死んでいたのなら、我々は、一体誰と捜査していたんですか!?」
「それはこっちが訊きたい」
ダンジョーは一度大きく息を吐き出すと、改めて問う。「――お前たち、一体誰と捜査をしていたんだ? そして、誰に殺されたんだ?」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
誰も答えなかった。その問いに対する答えは、誰も持っていない。誰にも判らない。ずっと一緒に捜査していたヤスは十五年も前に死んでおり、ヨシヒコたちを襲った文江はヨシヒコよりも前に死んでいる。この事件、死人が歩きすぎている。
「……え? ここ雛見沢?」
メレブがぽつりとつぶやいた。
ヨシヒコたちから少し離れた場所の電柱の陰から、妹のヒサと、ペットのマネマネが、ひょっこりと顔を出した。
「兄様……兄様にしては良いところまで行きましたけど、最後の詰めが甘かったですわね――」
そう言った後、ヒサは、「あはは」と、どこか狂気じみた笑い声をあげた。
その手には、変化の杖と、血まみれのせいなるナイフが握られていた。