部下のヤスを仲間にした刑事ヨシヒコ一行は、事件現場の耕造の家へやって来た。二階建ての立派な洋館だ。さっそく中へ入ろうとしたら。
「あれ? なんか落ちてるね」
玄関の前で、ムラサキが何か拾った。指輪のようである。
「ラッキー、さっそく使っちゃおっと」
ムラサキは指輪をはめて祈りを奉げた。途端に、MPが回復する。
「おいおい、証拠品かもしれないんだから、勝手に使って壊すなよ?」メレブが注意する。
「あ、そうだね。いつものクセで、つい」ムラサキはてへぺろと笑うと、指輪をはずした。「じゃあ、証拠品として取っとくね」
指輪をしまい、改めて屋敷に入る一行。遺体発見現場の書斎へ向かう。書斎は十メートル四方の広い部屋で、壁際に本棚と多目的キャビネット、そして、部屋の中央にテーブルが置かれてあった。
「ここが、遺体が発見された書斎です」ヤスが説明する。「耕造は、ここで血を流した状態で発見されました」
遺体はすでに運び出されており、耕造が倒れていたらしい場所にチョークで人型が書かれてあった。ムラサキは部屋を歩きまわりながら本棚やテーブルを確認していき、メレブは懐から手帳を取り出すと現場の状況をさらさらと書き込み始めた。
ヤスの説明によると。
被害者は山川耕造。消費者金融業、いわゆるサラ金の会社『ローンやまきん』の社長だ。妻・子供なし。
耕造には前科こそないものの、かなりあくどいことをしており、多くの人から恨まれていたという。
遺体が発見されたのは十八日の朝八時。秘書である
「ふむ、なるほどね」メレブは手帳に書き込みながら頷いた。
「そして、ここがこの事件の重要なポイントなんですが……」と、ヤスが口調を改めた。「遺体が発見されたとき、ドアには内側から鍵が挿し込まれていました」
ヨシヒコ達はドアを見る。ドアの外側と内側、両方に鍵穴がある。
「なにコレ? 変なドアだね」と、ムラサキ。
「古いドアには、よくあるタイプだな」と、八十年代の日本文化に詳しいというメレブが説明する。「このタイプのドアは、外からはもちろん、内側から閉める時にも鍵穴に鍵を挿し込む必要がある。両側から同時には挿し込めないから、内側に鍵が挿さっていた場合、外側からは鍵を入れることはできない。つまり、たとえ合鍵があったとしても、この状態では外から鍵をかけることはできないわけだ」
「つまり、この部屋は密室だったってことね!」目をキラキラと輝かせるムラサキ。推理マニアが喜びそうなシチュエーションだ。
「ボス」と、ヤスがヨシヒコを見た。「部屋が密室で、凶器のナイフは耕造自身の手に握られていたワケですから、自殺とも考えられますね」
「いえ、それは無いでしょう」ヨシヒコは断言するように言った。
「ま、そうだね。仏も、自殺じゃ面白くないって言ってたし」ムラサキも同意する。
「いえ、そんないい加減な理由じゃありません」ヨシヒコは、いつになく真剣な表情で続ける。「耕造は、首をナイフでひと突きされて即死の状態でした。これは、頸椎を切断されたと考えられます。動脈を切っても、出血多量で死亡するには少し時間がかかりますからね。頸椎は首の後ろです。自分で刺すには、あまりにも不自然です」
そう言って、ヨシヒコは右手でナイフを持つ仕草をして、首の後ろに持ってくる。ナイフの長さを考慮すると勢いをつけて刺すのはかなり難しそうだし、そんな自殺の仕方はあまりに不自然だ。
「自殺するなら、もっと自然な方法がいくらでもあるでしょう。ですから、これは間違いなく殺人です」
ヨシヒコはそう締めくくった。
「…………」
「…………」
「どうしたヨシくん。まともな推理しちゃって」驚いた表情のメレブ。
「いけませんか?」
「いや、もちろんOKよ。ちょっと調子狂うけど」
「じゃあ」と、ムラサキ。「犯人は、どうやって密室状態を作ったの?」
ヨシヒコはドアの前へ移動した。「この扉の鍵穴に鍵を挿し込んでおけば、外からは鍵が挿さらない。だから密室だ、と判断されたんですね?」
「そうです」と、ヤスが答えた。
「ならば、こういうのはどうでしょう? 犯人は耕造氏を殺害後、部屋の鍵を持って外に出て、外から鍵をかけます。翌朝、犯人は別の者に鍵がかかっていることを確認させた後、ドアをこじ開けて中に入ります。そして、一人が耕造氏の遺体を発見して驚いている隙に、ドアの内側の鍵穴に鍵を挿し込む……これで、一見すると密室状態の出来上がりです」
「どうしたどうしたヨシくん。今日メチャクチャ冴えてるじゃん」メレブはさらに驚いた顔で言った。
ムラサキはあごに人差し指を当てた。「じゃあ、犯人は遺体第一発見者の沢木文江か、守衛の小宮、もしくはその両方ってことになるね」
「そうですね」と、ヨシヒコは頷く。「しかし、今の段階ではただの推理にすぎません。逮捕するためには、確たる証拠が必要です。捜査を続けましょう」
ということで、一行は書斎をくまなく調べることにした。
「あれ?」と、本棚を調べていたムラサキが声を上げた。「この本、なんか変だよ?」
ヨシヒコ達も見る。本を開くと、中が大きくくり抜かれていて、小さな鍵が一本入っていた。
「いかにも怪しいから、証拠品として持っておこう」
メレブが提案すると、ムラサキは「そだね」と言って鍵をしまった。
「後は、テーブルの上にマッチがあったくらいだな」
メレブがマッチを取り出した。『スナックぱる』と書かれてある。深海地にある、ダンジョーが待機している酒場だ。
「耕造行きつけのお店だったのかもね。一応、とっておくね」ムラサキはマッチもしまった。
書斎での捜査はそれで切り上げ、一行は隣の応接室へ向かった。この屋敷にあるのは、この二部屋だけだ。
「……って、なんでこれだけ広い屋敷なのに、二部屋しかないの。さっき二階もあったでしょ」ムラサキが言った。
「八十五年のゲームだからな。容量の問題だろ」メレブが答える。「部屋数が多くても、無駄な手間が増えるだけだし」
「まあ、捜査を続けましょう」
ヨシヒコの声で部屋を調べ始める一行。応接室も書斎と同じくらいの広さで、テーブルを挟んでソファーが置かれてあり、壁に額縁に入った絵がかけられてある。
「あ、テーブルの下に、何か落ちてるね」ムラサキがテーブルの下へもぐり、落ちていたものを拾った。「ライターだね。誰のだろ?」
「犯人のものかもしれませんから、一応とっておきましょう」
「ん、りょーかい」ムラサキはライターもしまった。
応接室で見つかったものはそれだけだった。まあ、事件現場ではないからそんなものかもしれないと、部屋を出ようとしたのだが。
「――ふむ、なかなかいい絵だな」
メレブが壁の絵を眺めて呟いた。花瓶に色とりどりの花が生けられた油絵だ。
「おーい、そろそろ行くぞー」ムラサキが呼ぶ。
「まあ待て、ひょっとしたらこの絵は、かの有名な『ひまわり』という作品かもしれん」
そう言って絵を触ろうと手を伸ばすメレブ。と、がたん! という音と共に、絵が床に落ち、額縁が割れた。
「あーあ、しらねーぞ?」ムラサキが呆れ声で言う。
「違う! 俺はまだ触ってない! 絵が勝手に落ちたんだ!」言い訳をするメレブ。
「待ってください」ヨシヒコが駆け寄った。「絵がかけられていたところに、何かあります」
壁には丸いボタンがあった。
「まんまるボタンはおひさまぼたん~、って感じ?」ムラサキも壁の前に立つ。「どうする? 押してみる? 扉が開くか落とし穴が開くかはわかんないけど」
「まあ、押してみるしかないだろうな。いくぞ?」
メレブはボタンを押した。
しかし、何も起こらない。
「ん? なんだこれは?」メレブは何度かボタンを押すが、やはり何も起こらなかった。
ヨシヒコがはっとした表情になった。「まさか!?」と言って応接室へ飛び出し、書斎へ向かう。ムラサキたちも後を追った。書斎の床には、なんと地下へ続く階段が現れていた。
「やはり、あのボタンはこれだったんだ。やりましたねメレブさん、お手柄です」
「いやいや、いわゆるひとつの今泉君的なヤツ?」
ヨシヒコの褒め言葉に、メレブは照れたように笑った。
一行は、さっそく地下を調べるため階段を下りてみた。が、地下は真っ暗である。
「えー? このダンジョン明かりがいるのー? めんどくさーい」
ムラサキが不満げに言った。ヨシヒコ達の世界では、どこのダンジョンも大体明るくできている。薄暗くて先が見えない所もあるが、近づけば見えるようになるので、基本的に明かりは必要ない。
「おっと、このタイミングで、どうやら俺は新しい呪文を覚えてしまったようだ」メレブが得意げな顔で言った。
疑わしそうな視線を向けるムラサキ。「オメーのことだから、どうせまたくだらない呪文だろ?」
「フッ……甘いな。今回覚えた魔法は失われた古代魔法・レミーラだ」
「レミーラですか!?」声を上げるヨシヒコ。「あの、暗闇を照らす光の魔法の! 今の状況に最適じゃないですか!」
「そうなのだ。自分の才能が恐ろしい」
「使ってください。さっそくレミーラを使って、この暗闇を照らしてください!」
「うむ。では、使ってしんぜよう」
仰々しく言うと、メレブは杖を振りかざし、呪文を唱えようとした。
だがその前に、ぱちっ、と音がして、地下は明るくなった。ヤスが壁のスイッチを押して、電気を点けたのだ。
「さあ、行きましょう」爽やかに笑うヤス。
「…………」
「…………」
「…………」
「相変わらずオメーの呪文は役に立たねーな」
ムラサキとヨシヒコ達は、呆然と立ち尽くすメレブを置いて奥へと進んだ。
地下は、かなり複雑な迷路となっていた。いくつも道が枝分かれし、多くが行き止まり、あるいは元の場所へ戻るようになっている。さらには、通ると後ろの通路が閉まるといった大がかりな仕掛けもあった。
「よくもまあ、お金と手間をかけてこんな地下迷宮を作ったもんだね。どんだけ金持ちなんだろ、この耕造って人」呆れと感心が入り混じった声のムラサキ。
さらに進むと、『これ以上進むな』や『ここを曲がれ』など、あからさまに追い返そうとする落書きや、『もんすたあ さぷらいずど ゆう』という当時の子供たちには意味不明なメッセージもあったが、なんとか最深部まで到達できた。そこには、壁に金庫が取り付けられていた。鍵がかけられていたが、書斎の本棚で見つけた鍵で、あっけなく開いた。
「お金と手間をかけてこんな広い地下迷宮を造ったワリには、金庫が鍵一本で開くなんて、この屋敷の防犯意識はどうなってるんだよ」ムラサキが言う。「てかさ、耕造って、密室状態で殺されてたんだよね? 密室に隠し部屋や隠し通路があるのって、けっこうルール違反なんじゃない? この地下迷宮使えば、いくらでも密室トリック作れそうだけど」
「まあ、そこは所詮一九八五年の子供向けゲームだからな。深く考えるな。それより、中には何があるんだ?」
金庫の中には書類の束とメモ用紙が入っていた。書類は借用書で、
「八百屋さんか……」メレブが腕を組んだ。「この時代は、スーパーマーケットが次々と建てられ、個人経営のお店はどんどん苦しくなっていった頃だからな。それで、やむなくお金を借りたのかもしれん」
もうひとつのメモ用紙の方は、
「二人とも、耕造がお金を貸してた相手ってわけね」ムラサキが頷いた。「金銭トラブルは、殺人の動機としては定番だよ」
「じゃあ、この平田と川村ってヤツについて、調べる必要があるな」メレブが言った。
「ああ、ボス、そう言えば」と、ヤスが言って、懐から手帳を取り出してパラパラとめくった。「平田という男には、家族から捜索願が出されています。ええと……十七日から行方不明だそうです」
「十七日!? 事件当日じゃないですか!!」ヨシヒコが声を上げる。
「なんか、あからさまに怪しいな」と、メレブ。「そいつが犯人なのか?」
「でも、あまりにもあからさま過ぎるから、逆にミスリードなんじゃない?」ムラサキは首を傾ける。
「いえ……これはそんな単純な問題ではありません」
「お? 今日冴えまくってるヨシくんが、なんか思いついたらしいぞ」
「山川耕造が死に、平田という男が行方不明……これが、どういうことか判りますか?」
「だから、平田が犯人か、あるいはミスリードかの、どちらかでしょ?」ムラサキが答える。
「違うんです……耕造が死んで、平田が消えた……一人が死んで、一人が消える。これは……鬼隠しです!!」
ヨシヒコは、震える声で叫んだ。
「…………」
「…………」
「……ヨシくんそれアレでしょ?
と、メレブが説明しても、ヨシヒコは耳をふさいで首をぐるぐる降り、「信じない信じない信じない!」と連呼し続けた。
「ま、ヨシヒコはほっといて、とりあえず、関係者の事情聴取をしよっか?」書斎へ戻り、ムラサキが言った。
「そうだな」メレブがここまでの捜査状況を書き込んだ手帳を取り出し、パラパラとめくる。「現時点で話が聞けそうな関係者は……遺体の第一発見者である秘書の文江、同じく第一発見者である守衛の小宮、耕造の甥である俊之、そして、耕造からお金を借りていた平田の娘由貴子、の、四人だな。よし、じゃあ、一人ずつ取調室に呼ぼう」
メレブ達は「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……」とつぶやき続けているヨシヒコを引きずり、屋敷を出て警察署へ向かった。
一行が去り、誰もいなくなった書斎で、地下室の隠し階段が開いた。中から、たいまつを持ったヨシヒコの妹・ヒサが顔を出す。
「兄様、ちゃんと取り調べできるかしら……? ヒサは心配です」
ヒサは不安げな声で言った。