事件発生時刻のアリバイがなく、遺産目当てという動機もある耕造の甥・俊之の自宅を捜索するため、ヨシヒコ一行は彼のアパートがある港付近へやって来た。地区ウン十年と思われる古い木造アパートの一室が俊之の部屋だ。玄関には鍵がかけられていたが、前回大幅にレベルアップしたムラサキがどんな扉でも開けてしまうアバカムの呪文を覚えていたので、それを唱えて中に入った。
俊之の部屋はシンプルなワンルームだった。六畳の部屋に机とタンスが置いてあるだけで、生活感はまるでない。一行はさっそく捜索を始めた。
「……っていうか、令状も無いのに勝手に家宅捜索して大丈夫なのかよ」
メレブがもっともなことを言う。通常、警察が容疑者の家宅捜索をするにはもろもろの令状を取る必要がある。そのためにはそれなりの証拠を集め、裁判所に提出し、家宅捜索の必要性を認めてもらわなければならない。令状も無く家宅捜索を行うのは捜査ではなくただの空き巣だ。
「いいんじゃないですか? 我々がいつもやってることですし」悪びれた様子もなく言うヨシヒコ。
「ま、そうだな」
メレブもあっさり納得した。ヨシヒコ達が他人の家に上がりこんで勝手にタンスやツボの中を調べ、そこにあるモノを持って行くのは日常茶飯事である。家人がいないときはもちろん、居るときでさえ構わずやるが、その行為を誰かにとがめられることはない。いわば、勇者の特権である。
捜索といってもそもそも物があまりないため、タンスの中と机の周りを調べるだけだ。タンスの中にはめぼしい物は無く、机の上にはプッシュ式の固定電話があり、その横にメモ用紙が一枚置かれていた。収穫はそれだけだ。メモには『こめいちご』と書かれていた。
「買い物のメモでしょうかね?」ヨシヒコは首をひねった。「米とイチゴ、あるいは、米が一合……どちらにしても、事件には関係ないように思えますね」
「でも、推理小説とかじゃ、こういうのはだいたい重要な証拠になるよ? 何かの暗号とか」ムラサキが言った。
すると、メレブが「フッフッフ」と、不気味に笑った。「判ったぞ。謎を解くカギは、電話だ」
「電話? これのこと?」ムラサキが机の上のプッシュホンを指さす。
「そう。今は一九八五年。この時代、まだまだ一般家庭にはダイヤル式の黒電話が主流だった。しかし、この部屋にあるのは最新式のプッシュホン。これを見て俺はピンときた。『こめいちご』とは短縮ダイヤル。『*15』なのだ」
「おお」と、ヨシヒコが感嘆の声を上げた。「よく判りませんが、さすがメレブさんです」
「褒めても何も出んぞ。ではヨシヒコくん、かけてみたまえ」
ヨシヒコはメレブに電話の使い方を教えてもらい、言われた通り*15にかけてみた。何度のコール後に繋がると、
《もしもし、俊之か? すぐに港に来てくれ。例の物を渡すからな》
それだけ言うと、がちゃん、と、電話は切れた。
「どうだった?」と、メレブ。
ヨシヒコも受話器を置いた。「港へ来てくれとのことです。例の物を渡すからと。それだけ言って、切られました」
「何か新たな展開がありそうだな。よし、早速港へ向かおう」
四人は港へ向かった。あとには、荒らされまくった部屋が残った。
港は俊之の部屋のすぐ近くなので、五分とかからずに到着した。この街は古くから港町として栄えてきたので、港付近は大きなホテルや遊園地などがあり、かなりの賑わいだった。
しかし、ヨシヒコたちが呼び出されたのは、そんな賑やかな地域からはかなりはずれた場所だった。シャッターが閉ざされた倉庫がいくつも並び、外には貨物用のコンテナがたくさん積み上げられた、ひと気の無い波止場だ。
「でもさ、あたしらが行ってもダメなんじゃない?」波止場へと向かう途中、ムラサキが言う。「俊之じゃないし、そもそも見た目から怪しいし」
ヨシヒコらの格好は元いた世界のままだ。この世界の衣装とは明らかに異なるため、かなり浮いてしまっている。
「変装でもするか?」と、メレブ。
「変装かー。それでごまかせるかな?」
「お前、モシャスの呪文は覚えていないのか?」
「あー。さすがにまだ覚えてないね。あれはかなり高レベルの呪文だし」
「そうか。あれが使えれば簡単だったのにな」
モシャスとは、他者に変身する呪文である。この呪文を使うと、見た目はもちろんHPとMPを除く身体能力、さらには記憶さえも含めて他者になりきることができるのだ。この呪文で変身すれば相手にバレることはほとんど無いが、非常に特殊な呪文ゆえに覚えるのは高いレベルが必要である。
メレブが腕を組む。「そうなると、
変化の杖とは、その名のとおり変化ができる杖である。モシャス同様なんにでも変身することができるが、モシャスと違いなりきることができるのは外見だけで、強さや性格・記憶などは変身前のままである。しかし、比較的警備がゆるい場所に顔パスで侵入するなど、見た目だけで相手を騙せるような状況ではかなり有効なアイテムだ。もっとも、効果はパーティー全員に及んでしまうため、もし今の状況で使うと俊之が四人なんてことになってしまうのだが。
「変化の杖って、ヨシヒコの妹ちゃんが持ってるんじゃなかったけ?」と、ムラサキ
「ヒサですか? 確か、持ってたと思います」
「あの妹ちゃんのことだから、そこら辺にいるんじゃない?」
ヨシヒコたちが辺りを見回すと、少し後ろのコンテナの陰からひょっこりと顔を出し、こちらの様子を窺っているヒサが見えた。
しかし、ヨシヒコたちと目が合うと、すぐに顔をひっこめた。
「やっぱりいるね」ムラサキが言った。「どうする? 変化の杖、借りてくる?」
「いや、ちょっと遅かったな」
メレブが波止場の方を指さした。赤いシャツを着て黒いボストンバッグを持った怪しげな男が近づいて来た。
男は訝しげな目をヨシヒコたちに向けた。「なんだ、お前たちは?」
「俊之の仲間だ」ヨシヒコはとっさに答えた。「俊之は来られなくなったから、代わりに私たちが来た。例の物とやらを頂こう」
「いやー、さすがにそれは無理があるんじゃないかな、ヨシくん」と、メレブがツッコミを入れるも。
「判った」と言って、男はコロッと親しげな表情になり、ボストンバックから包みを取り出した。「じゃあ、これを受け取ってくれ。俊之によろしくな」
「あ、いいんだ。そこ信じちゃうんだ。見た目けっこう悪そうな人なのに、そこはもうちょっと疑った方がいいんじゃない?」
メレブのツッコミをよそに、ヨシヒコは男から包みを受け取る。
「これは……?」
包みの中は白い粉が入ったビニール袋だった。袋を開け、粉を指につけて舐めたヨシヒコは、大きく目を見開いた。「麻薬だ! この男を麻薬密売の容疑で逮捕しろ!」
「げげ! しまった!!」
男は逃げようとしたが、メレブとヤスによって取り押さえられた。
その後、駆けつけた麻薬取締官・通称マトリに、男とヨシヒコは麻薬取締法違反の現行犯で逮捕されたのだった。
「……てか、なんであの男だけでなくヨシヒコまで逮捕されるんだよ?」警察署の取調室に戻ったメレブは、あきれた口調で言った。
ムラサキは肩をすくめた。「仕方ないでしょ、麻薬舐めたんだから。あれだって、立派に麻薬使ったことになるもん」
逮捕されたヨシヒコは、隣の部屋でマトリから取調べを受けている。麻薬の使用歴、男との関係、背後にある組織の全容など、徹底的に尋問されているだろう。
「ま、ヨシヒコのことはほっといて、こっちの捜査を続けましょ」
ムラサキは取調室に俊之を呼んだ。
「話ならこの前しただろ。これ以上話すことなんてねぇよ」
不機嫌な口調で言う俊之に、ムラサキは彼の部屋で見つけた『こめいちご』のメモを見せた。
「このメモ書きは、あなたの部屋で見つけたものです。これは、なんですか?」
「あん? てめぇら、俺の部屋を勝手に調べたのか? 訴えるぞ! こんなことが許されるわけがない!」
額に血管を浮かべいきり立つ俊之。椅子から立ち上がり、ムラサキに掴み掛らんばかりの勢いだ。令状の無い違法な捜索だから、怒るのも無理はない。
しかし。
「それが許されるんです。あたしたちは、勇者一行ですから」
ムラサキがそう言うと。
「そうか。ならしょうがない」
俊之はけろっと怒りを治め、椅子に座り直した。
「いやあっさり認めるな。もうちょっと怒ってもいいと思うぞ?」と、メレブが言うが、構わず取調べは進む。
「それで、この紙はなんなんですか?」
「ああ、それ、ただのイタズラ書きよ」
ムラサキの問いに、とぼけた様子で答える俊之。
「イタズラ書き? そんな言い逃れが通じると思いますか? あなたの部屋の電話から、こめいちご、つまり、*15に電話したら、ある男が出て、すぐに港へ来い、と言われたんです。言われた通りに港へ向かったら、その男からコレを渡されたんですよ?」
ムラサキは例の包みを見せた。俊之の表情がはっとなる。
「麻薬です」ムラサキは続けた。「これを持っていた男と、思わず舐めてしまったうちの勇者は、逮捕されて取調べを受けています」
「はん。なんだよそれ。俺には関係ないね」
「あなたの部屋の電話機に登録されていた男が、あなたに、と言ってこの麻薬を渡して来たんですよ? それを関係ないでは通らないでしょう?」
「しらねーよ。その男が勝手にやったことだろ。そんなんで、俺を逮捕できるのか?」
あくまでも無関係と主張する俊之。彼の言う通り、現時点での逮捕は難しいと言わざるを得ない。状況は限りなくクロに近いが、今のところ俊之と麻薬の関連性を示す決定的な証拠はない。逮捕するためには、自供を引き出すしかない。
「いいんですか? そんなこと言って」ムラサキは不敵な笑みを浮かべた。「これは、あなたの潔白を証明するチャンスなんですよ?」
「あん? なに言ってんだ」
「あたしたちは刑事課の者で、麻薬捜査は管轄外です。あたしたちの目的は、あくまでも耕造を殺した犯人を逮捕すること。いま、犯人として最も疑わしいのがあなたなんです。耕造が死ねば莫大な遺産が転がり込むし、あなたには事件発生時のアリバイが無い」
「それが麻薬とどう関係するんだよ」
「この麻薬を持っていた男は、十七日の夜九時にもあなたと取引をしたと供述しています。耕造が殺された時間です。つまり、麻薬の取引を認めれば、あなたは耕造殺しの容疑からははずれることになります」
「――――」
ムラサキの言葉に、俊之はまたはっとした表情になる。
それに満足したように笑うと、ムラサキはさらに続けた。「でも、もし麻薬取引のことを認めないのであれば、あたしたちはこれからもあなたのことを徹底的に調べ続けます。あなたにとって、もっとヤバいことが出てくるかもしれませんね? 叩けばいっぱいホコリが出てきそうですから」
じわじわと追い込むムラサキの言葉に、俊之は。
「――判ったよ。認めるよ」観念し、ガックリと肩を落とした。「あんたの言う通り、俺は十七日の夜、港でその男と麻薬の取引をしていた。これでいいだろ?」
「結構です。では、あなたの取調べは、このままマトリへ引き継ぎます」
「ふん、あばよ!」
罪を認めた俊之は、ヤスに連れられ、取調室を出て行った。
「罪を認めないからぶん殴ってムリヤリ自供させるのかと思ったら、話だけで相手に自供させるとは、なかなかやるなムラサキちゃん。さすがは推理マニア」
メレブのヨイショに、ムラサキは誇らしげに胸を張った。「フフン。暴力で自供を引き出すなんて邪道よ。いくら八十年代でも、そんなこと許されないわよ」
がちゃりとドアが開き、顔中青あざだらけのヨシヒコが入って来た。目の上は大きく腫れあがって、鼻血を流し、服もボロボロだ。
「……どうした? ヨシくん」と、メレブ。
「マトリの取調べで、ボコボコにされました。私は麻薬取引とは関係ないと言っているのに、全然信じてもらえず、こんなことに」
「まあ、それに懲りて、これからは暴力を慎むことだな」メレブはポンポンとヨシヒコの肩を叩いた。「それより、これからどうする? 俊之は逮捕できたが、俺らの事件とは関係なかったし、捜査はふりだし戻ったぞ?」
「そんなことないよ」とムラサキ。「確かに俊之は耕造殺しの犯人ではなかったけど、容疑から完全に外れたのなら、それは一歩進んだことになるもん」
「随分と時間のかかった一歩だな」
「まあ、捜査なんてそんなもんでしょ。で、次の捜査なんだけど」
部屋に戻ってきたヤスが、例の相関図をまとめたホワイトボードを持ってきた。メレブは俊之の項に大きく×をする。
「次に怪しいのは、耕造から金を借りていた平田だが……」メレブはヤスを見た。「娘の由貴子から、何か連絡は?」
「まだ何もありません。平田の行方は、不明なままです」
「そうなると他に怪しいヤツはいないし……手詰まりだな。どうする?」
「こういう時は、捜査の方針を変えるのよ」ムラサキはホワイトボードの耕造の項に星印を付けた。「容疑者を追うんじゃなく、今度は被害者の関係を洗うの。確か、事件現場にマッチが落ちてたよね」
「スナックぱるだな。確か、ダンジョーが待ってる酒場だ」
「耕造の行きつけの店かもしれませんね」ヨシヒコが頷いた。「行ってみましょう。何か判るかもしれません」
と、いうことで、一行は深海地のスナックぱるへと向かった。
誰もいなくなった取調室に、突然パッとヒサが姿を現した。その手には、姿を消すことができるアイテム・消え去り草を持っている。
「兄様、お酒も飲めないのに酒場に行って大丈夫かしら……ヒサは心配です」
ヒサは不安そうな表情でつぶやいた。