バキィ!(鬱展開を叩きのめす音)   作:ほろろぎ

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第一話 バキィ!(星屑と進化体を叩きのめす音)

 乃木若葉は鉄の女である。

 

 ──無論これは、彼女が鋼鉄製の身体を持ったアイアンマン!ということではない。

 乃木若葉は小学一年生の頃から、毎年学級委員長を務め続ける超がつくほどの生真面目人間だ。

 校則に違反するような生徒を見つけると、即座に「そんなことしちゃあ……ダメだろ!」と注意して周るスーパーマジメ君だ。

 彼女はクラスの中でも浮き気味で、他の生徒たちからも堅物とみなされ上記の鉄の女というイメージを持たれている。

 

 そんな若葉は現在、小学五年生。

 彼女は修学旅行中に訪れた島根県で地震に遭遇。避難してきた神社で、おしゃべりに興じているクラスメイトを注意するか悩んでいた。

 

(もう夜も遅いし、他の人たちの迷惑になるから注意した方が……いや、話すことで不安が和らいでいるかもしれないし、水を差すこともないか……)

 

 と考えていると

 

「やば……やば……(乃木さんに怒られるか)分かんないね」

 

 若葉の睨みつけるような──実際は睨んでなどいないのだが──視線を感じた生徒たちは、自主的に会話を中断してしまった。

 本当ならクラスメイトと仲良くおしゃべりしたかった若葉。キリッとした鋭い目つきと堅物という印象ゆえに訪れた悲劇だった。

 

「若葉ちゃん、そんなに落ち込んじゃあぁ~、ダメダメダメ」

 

 しょげている若葉に声をかける少女が一人。彼女の親友である上里ひなただ。

 

「しょんぼり若葉ちゃんもいいですわゾ~、これ」

 

 そう言ってひなたは、自前のスマートフォンで落ち込んでいる様子の若葉を写す。

 隙あらば親友の写真を撮影するのがひなたの趣味なのだ。彼女が写した若葉の画像は優に114514枚にも達するとかどうとか。

 

 ひなたはクラスメイトから誤解を受け落ち込んでいる若葉の手を引き、当のクラスメイトの元に連れて行った。

 驚く若葉。しかしひなたの執り成しによって若葉は誤解を解き、無事クラスメイトらと和解し、おまけに仲良くおしゃべりに興じることまでできた。

 

 一通り喋り終わり、友人となったクラスメイトたちは眠りについた。

 若葉とひなたは夜風に辺りに神楽殿の外に出かけている。

 

「ひなたのおかげで、私にも友達ができた。ありがとナス!」

「気にしないでください。若葉ちゃんの可愛さを、皆さんにも知ってほしかっただけですから」

 

 やっぱりひなたがナンバーワン! そう思い、若葉は深い感謝の念を抱くのだった。

 

「……ひなた?」

 

 不意に、微笑みを浮かべていたひなたの顔から表情が消えた。彼女はぼおっと、虚ろな目で虚空を見ている。

 

「……なにか、怖いものが、来ます」

 

 直後、空から絶望が降ってきた。

 

「なんだこれは、たまげたなぁ」

 

 若葉の目の前には白い体色をした、化け物としか呼べない存在がいた。それは空より無数に降り注いでくる。

 落ちてきた化け物は周囲の人々に襲い掛かった。

 

「きゃああああああ!!」

 

 神楽殿の中から少女の悲鳴が聞こえた。聞き覚えがある。それは、さっき若葉と友達になったばかりのクラスメイトの声だった。

 

「ッ!」

 

 若葉は慌てて神楽殿に戻る。彼女の目には件の友達と、今にも襲い掛からんとする化け物の姿が写った。

 

「やだ怖い……やめてください、アイアンマン!」

 

 アイアンマン──若葉に助けを求める友人たち。

 

「や、やめろー!!」

 

 若葉は叫んだ。しかし化け物は意に介さず、口のような部位を大きく広げ若葉の友達に食らいつかんとする。その時──

 

バキィ!(化け物が殴り飛ばされる音)

 

 突然、化け物が吹っ飛ばされた。なにが起こったのか、混乱する若葉と友人たち。

 

「シャア、帰って、どうぞ」

 

 その言葉を発したのは、化け物から若葉の友人を守るように立ちはだかっている、一人の男だった。

 男はビキニ状の白い海パンに見えるものを履いている。そして、それ以外はなにも身に着けていなかった。

 あらわになった体はかなり筋肉質で、彼が化け物を殴り飛ばしたのだと少女たちにはわかった。

 

「誰?」

 

 男に見覚えのなかった若葉がつぶやく。こんな変態のような人物、この神楽殿に避難してきた人たちの中にはいなかったはずだ。

 

「すぐ復活しますよ」

 

 男が言った。

 なんのことだと訝しむ若葉。その横で、先ほど男が殴り飛ばした化け物がゆっくりと起き上がってきた。

 かなりの力で殴られたように見えたが、化け物はなんのダメージも負っていない様子だ。

 

「若葉ちゃん! 刀を、刀を探してください!」

 

 外からひなたの声が響いた。

 

「刀? 刀って、いったい……」

「わぁ、これが神樹様の選んだ勇者様ですかー」

 

 若葉の耳に聞いたことのない男の声が入った。

 声のした方に目をやると、若葉は再びおっぱげる。

 彼女の前にはもう一人、パンツ一丁で筋骨隆々の男性が立っていたのだ。先ほどの男との違いは、こちらは赤いパンツをはいている所だった。

 

「これですよ、生太刀って言うんです。星屑なんかを、やっつけることができるんですよ」

 

 男はそう言い、目を白黒させている若葉に一振りの日本刀を差しだした。

 

「いく……たち……」

 

 若葉は引き寄せられるように生太刀を手にする。

 錆だらけだった刀は少女が手にした途端、まるで新品のような輝きを取り戻した。同時に若葉の体にも未知の力が(みなぎ)っていく。

 

「神樹様に与えられた、その素敵なパワーを見せてお」

 

 男は、この刀で化け物をたおせ、と若葉に言う。

 

「いいですよ……(小声)」

 

 若葉は頷き、友人たちを襲おうとした化け物──星屑の前に立つと

 

バキィ!(星屑を切り裂く音)

 

 一刀のもとに切り伏せてしまった。

 さらに、周囲で人々を襲っている星屑も若葉はたおしていく。

 

「はえ~、乃木さんすっごい」

 

 助けられた友人の一人がこぼした。言う通り、若葉は小学生にあるまじき身体能力を発揮し、星屑を蹴散らしている。

 

「中々いい体してるねぇ(ねっとり)」

 

 マッチョ二人組も満足気に感想を漏らす。

 若葉の優位に見える状況だったが、それは突如覆された。

 多数の星屑が合体し、これまでと異なる姿へと『進化』したのだ。

 大きな角を持つ星屑の進化体が、その突起をミサイルのように打ち出す。

 射出された角は進路上の複数の人間を貫き、神楽殿を一撃で倒壊させてしまった。

 

「こんなの、勝てる訳がない……」

 

 敵の圧倒的な力を見せられ、ドウスッペ……ドウスッペ……と動揺する若葉。

 少女に再び、赤いパンツの男が声をかける。

 

「これですよ、勇者システムって言うんです。進化体なんかと、戦えるんですよ」

 

 男は一台のスマートフォンを差しだした。彼が言うには、このスマホを通して神の力を身に宿すことができるらしい。

 信じがたい話だったが、信じがたい現実なら既に目の前で起きている。

 若葉はスマホを受け取り、男に言われるようにアイコンをタップした。

 光に包まれ、若葉の姿は私服から桔梗を思わせる青い戦闘服へと変化した。

 生太刀を手にした時以上の力の漲りを感じる。

 

「てゐーっ!」

 

 若葉は進化体目がけて刀を振り下ろす。

 

バキィ!(進化体を切り裂く音)

 

 なんの抵抗もなく、進化体はあっさりと両断され消滅したではないか。

 

「流石に、神樹様に見初められただけのことはある」

 

 男の一人が感心したように言った。

 これで終わったかと思われたが、まだ星屑は辺りにうようよいる。それらは再び融合し、進化体を形成し始めた。

 

「これではキリがないではないか!」

 

 若葉が苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。

 そんな若葉にひなたが声をかけた。

 

「避難しましょう。安全な場所は、この方々が知っています」

 

 日向は男二人組を指す。

 

「ここは島根で、向こうに、四国があるんだ。今から、そこへ行こうよ」

「四国? 四国が安全だというのか?」

「はい…(無関心)」

 

 白いパンツの男が応えた。

 

「……わかった。生きたい者は、私たちについて来い!」

 

 男二人が何者か、若葉にもひなたにも、誰にも分からない。

 だが、彼らがこの危機を救おうとしていることは確かだった。

 若葉を筆頭に、人々は生き残るため一路四国へ向かう。

 徒歩で。

 

「これはキツイですよ」

 

 四国までの長い道のりの中で、人々は幾度もこの言葉を漏らすのだった。


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