バーテックスと戦うため、若葉たち五人の少女は毎日、中学の授業と並行して勇者としての特訓もこなしていた。
チョコボール向井と鈴木が指導するマルティスポーターでの筋トレもそうである。
そしてバーテックスもまた、回を重ねるごとに強さを増してきていた。
向井と鈴木は、このまま自分たちの訓練だけではやがてバーテックスに力負けすると判断。
新たに三人の指導員を導入することとなった。
「シャア、どうぞ」
訓練場に集まった五人の少女の前に、その新指導員を招き入れる鈴木。
入ってきたのは柔道着を着た百九十センチ近い長身の男性と、スーツを着たガッシリした体形の男性。
そして金髪にサングラスをかけメッシュ生地の服とレザーのパンツを履いた、独特のファッションの男性だ。
「みなさん、初めまして。悶絶勇者専属調教師のタクヤと申します」
金髪グラサンの男はタクヤ、スーツの男は葛城蓮、柔道着の男はAKYSと自分の名を名乗った。
AKYSは空手、葛城蓮は武器を使った、タクヤはそれ以外の闘技に関する指導をするという。
「よろしくお願いさしすせそ!」
顔合わせも早々に済ませると、少女たちは早速、三人の男たちによる新たな特訓を受けるのだった。
◇ ◆ ◇ ◆
バーテックスの侵攻が再開されたのは、少女らがタクヤたち師匠陣との訓練の完了を告げるられるのと同じタイミングだった。
「おめぇらは師を超えたのにまだ俺らを慕ってくれるんだな、マジありがてー!」
樹海に立つ少女たち。一同はすでに変身を終えて臨戦態勢に入っている。
「ひなたの神託によると、今回は『今までにな事態が起こる』そうだ。みんな、気を抜くなよ」
若葉がリーダーらしく、四人に向けて言った。
「なんなんでしょうね、今までにない事態って……」
「心配するな。なにが起きても杏のことはタマが守ってやるから、安心しろよ~」
不安そうな杏を、ヘーキヘーキと球子が励ます。
「みんな! バーテックスが来たよ!」
「なんか変……変よ変よ」
やって来る敵の影を見つけた友奈が叫ぶが、隣にいた千景が違和感を覚える。
「……! あれは星屑じゃない、すべて進化体ではないか!」
若葉の言うように、押し寄せる星屑の群れは最初から進化体の姿で現れたものだった。バーテックスの新たな戦略、ということだろう。
「今までにない事態って……もしかしてこれ?」
「なんだろうが、今回もタマたちが勝ぁーつ!」
「突出しないで土居さん、連携が乱れるわ。……指示を頂戴、
一番槍、と飛び出そうとする球子を千景が制止する。
さらに冷静に若葉に指示を仰ぐ姿を見て友奈は、ぐんちゃんも大人になったな~と感慨深く感じるのだった。
「……友奈は右、千景は左の敵を頼む。中央は私が、杏は後ろで援護を頼む」
「あっ、おい待てぃ! タマはどうするんだ!?」
「球子は念のため、後ろで待機していてくれ。バーテックスになにかおかしな動きがあったら、その時が出番だ」
作戦を振り分け、それぞれ行動を開始する。
前線で戦う若葉、友奈、千景の三人は、タクヤたちの新たなトレーニングのおかげでさらに鍛えられ、精霊の力を使わずとも進化体を余裕で倒せるまでに強くなっていた。
それでも進化体の数が多すぎィ! なため、杏の援護射撃があってもいくらかは取りこぼし、神樹への道を通してしまう。
だがそれも後方で待機中の球子の活躍で、全ての進化体を神樹にたどり着かせてしまう前に殲滅することは余裕だった。
「全然ゆるケツじゃんお前!」
バーテックスの手ごたえの無さに思わず余裕の笑みを浮かべる球子。
だがそこで、若葉たちが相手をしていた進化体に動きがあった。
星屑が寄り集まり進化体を形成するように、全ての進化体が集合し、融合を始めたのだ。
「……誰?」
そう漏らしたのは少女らの誰だろうか。
勇者たちの前に現れたのは、これまでに見たことのない形態をしたバーテックスだった。
数珠つなぎになった尾にも見える器官を有した異形。
その身は通常の進化体のさらに数十倍もあり、優に五十メートルにも達しているだろうか。
これこそ進化体を超える超進化体、バーテックスの究極形態である十二星座型の一体──スコーピオン・バーテックスである。
バキィ!(スコーピオン・バーテックスに叩きのめされる若葉、友奈、千景の音)
怪物は巨大な尾の一振りで、三人の勇者を吹っ飛ばしてしまった。
調子こいてんじゃねえぞこの野郎! ガキのくせによぉ、何が余裕だぁ、お前が弱いんだよ。(棒読み)
とでも言っているかのように、スコーピオンからは怒りの雰囲気が見て取れた。
吹き飛ばされた若葉らは樹海の幹に激しく叩きつけられ、脳震盪を起こしたようで気絶してしまう。
意識のない三人の横を、スコーピオンは悠然と通り抜けていく。
「やべえよやべえよ……」
自分たちの成長をさらに上回る力を見せつけられた杏が動揺している。ひなたの言う今までにない事態とは、このことだったのだ。
うろたえていたのは球子も同じだったが、杏を守らなければという思いからすぐに意識を切り替え、スコーピオンに対峙する。
「精霊の力を見ろよ見ろよ」
すかさず輪入道の力を体に降ろした球子。
巨大化させた旋刃盤を渾身の力でもって放るが
バキィ!(旋刃盤がはじかれる音)
スコーピオンが払うようにして振り回した尾によって、あえなく旋刃盤は叩き返されてしまった。
「ウッソだろ、お前」
帰ってきた旋刃盤を受け止めながら、球子は青ざめた表情を浮かべる。
勇者の力を数倍に高める切り札の精霊の力が、まったくと言っていいほど通じないのだ。
「……! タマっち危ないッ!!」
放心状態の球子の隙をついたスコーピオンが、すかさず尾の針を伸ばし彼女を刺し貫かんとする。
杏の叫びで我に返った球子は寸での所で盾を構え、針の攻撃を防ぐことに成功した。
スコーピオンは旋刃盤の防壁も構わず、二度、三度と針を叩きつける。
ガキン! ガキン! と針がぶつかるたびに火花が散り、旋刃盤にもヒビが入っていく。
「タマっちなにやってるの!? 早く逃げて!」
黙って敵の攻撃を受け続けている球子に、杏がたまらず叫ぶ。
「タマが避けたら杏が攻撃されるダルルォ!? だから、タマは動かない!」
スコーピオンの攻撃の射線上に杏がいるために、球子は自分の身が危険に晒されようと一歩も引く気は無かった。
「ドウスッペ……ドウスッペ……」
五人の勇者の中で一番非力な杏では、精霊の力を使ってもスコーピオンには太刀打ちできないだろう。
何か策は……と杏が考えている間にも、旋刃盤の亀裂は大きくなっていく。
杏は涙を浮かべ、球子に逃げろと叫ぶ。
「アカン、このままじゃタマっち先輩が死ぬゥ!」
「結構危機そうですねぇ」
「ッ!?」
唐突に聞こえてきた男の声に驚く杏。
彼女のすぐ側にはいつからそこにいたのか、チョコボール向井と鈴木の二人が立っていた。
彼らはどうやってか、時が止まっているはずの外の世界から樹海の中に、再び姿を見せたのだ。
チョコボール向井はどこからか一台のスマートフォンを取り出すと、それを恭しく杏に差し出した。
「これは……?」
「これですよ、満開って言うんです。十二星座型なんかを、倒すことができるんですよ」
新しいスマートフォンには、精霊の力をさらに上回る身体能力を付与する『満開』と呼ばれる新機能を搭載している、と向井は言う。
「満開……それを使えば、タマっち先輩を助けられるんですか!?」
「はぁい」
「ならやります! それを貸してください!」
杏は即決断すると、向井からスマホを受け取った。すでに球子の持つ盾も大きな亀裂が走っており、あと一、二撃の攻撃で砕かれてしまうだろう。
「満開ッ!!」
杏がシステムの起動コードを叫んだ。
大きく
神聖な雰囲気を漂わせる杏は、怒気を含んだ声で言う。
「タマっち先輩に、これ以上手は出させない……!」
杏は自身の専用武器であるクロスボウを両手で構える。
通常の状態のクロスボウは片手でも持てるほど軽量な物であるが、満開後のそれはサイズも大きくなっており、さらに正面に一本、左右に四本ずつ、計九本の矢がセットされていた。
スコーピオンが自身を狙う杏の存在に気付き、攻撃先を彼女に変えようとする。
しかしそれよりも早く、杏は引き金を引き矢を放った。
バキィ!(スコーピオン・バーテックスの御霊が砕かれる音)
放たれた九本の矢は正確にスコーピオンの急所を貫き、怪物の体は砂状の粒子となって崩れ落ちた。
「やった……私一人で……バーテックスを倒せた……」
杏は安堵したように呟くと、その場にバタリと倒れてしまう。満開で強力な力を使い過ぎたことによる疲労だろう。
球子が慌てて駆け寄り、杏を抱き起こした。
「杏! しっかりしろ!」
杏の体を揺さぶり、球子は必死に彼女に呼びかける。
「オラ起きろよ! 寝てんじゃねえぞいつまでもオラ! 起きろよオラ! オイ! ふざけんじゃねえぞ! 起きろよ、オラ!」
叫ぶ球子の横で、向井と鈴木が杏の容体を調べている。どうやら命に別状はないようだ。
そうこうしているうちに杏の意識が戻ってくる。
「……ぅ……」
「! 杏ぅ~、良かった、どっか痛い所はないか?」
「…………」
不安げに、杏の体に不調が無いか
「ん? どうしたんだ、杏?」
球子の顔を見つめながら杏は口を開く。
「誰?」
「……は?」
「貴方、誰ですか?」
「……ファッ!?」
伊予島杏は、親友であり姉の様に慕っている土居球子のことを、心の底から忘れ去ってしまっていた。
満開あんずんの武器はクロスボーンガンダムのピーコックスマッシャーがモチーフです