「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛も゛う゛や゛だ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!」
球子の悲哀がこもったデスボイスが丸亀城に響く。
強敵、スコーピオン・バーテックスを新機能『満開』によって退けた杏は、どういう訳か親友である土居球子に関する一切の記憶を失っていたのだ。
戦いが終わり樹海化が解けた後、チョコボール向井と鈴木の手によって杏は病院に運ばれた。(この際若葉、友奈、千景も同様に搬送されている)
精密な検査の結果、脳にも体にもこれといった異常などは無く、なぜ特定の記憶だけが消失してしまったのか医者も「これもう分んねえな」と首をかしげていた。
満開を使ったことによる精神的な疲労が原因かもしれないと見当をつけ、杏はしばらく入院したのちいよいよ問題がないことが分かると、勇者が過ごしている寮へと帰されることとなった。
スコーピオンを倒したことでバーテックスの襲来がしばらくの間止まる、とひなたに神託が降されたことで、勇者たちは束の間の日常へと帰っていた。
退院した杏も元から怪我なども無かったおかげで日常生活も普段通り行え、これまで通り他の少女たちと共に授業を受けたり食事をとるなどして、日々を過ごしている。
だがやはり球子のことだけはどうしても思い出せず、彼女との間柄はすっかりぎこちないものになってしまった。
「はぁ~……」
杏と昔のようにいられない日々が続き、今日も球子は独りクソデカ溜息を吐く。
若葉も友奈も、千景もが二人の仲を案じていた。
「乃木さん、どうにかしろ(無責任)」
「いや……そげな……ことは……」
無茶ぶりを言う千景と言葉に詰まる若葉。
しかし、二人の仲を取り持ついい考えが浮かばないのは千景も友奈も同様だった。
このままでは勇者としての連携にも乱れが生じ、いずれバーテックスとの戦いにも致命的なミスをもたらすかもしれない、と大社の方からも不安の声が聞こえてきている。
なんとかしないといけないのは確かなのだ。
と、そこへヒタヒタと足音を立てて──なぜなら裸足だから──、いつも通り海パン一丁のスタイルを崩さないチョコボール向井と鈴木のコンビがやって来た。
二人は球子の前に立つと、落ち込み真っ最中の少女を覗き込む。
「わぁ、これが普段は元気ハツラツとしてる土居様の今の姿ですかー。こんなにらしくないとは思わなかったぁ」
「中々ヤツレた体してるねぇ(ねっとり)」
その声に気付いた球子が顔を上げる。
「そうそうそう。(杏との心の距離が)遠いですよ。(体も心も)離れると狂っちゃうよ……どうしよ……」
杏は他のことはすべて覚えているのに自分のことだけが忘れられていることに、余計に寂しさを感じているようだ。
そして、球子が落ち込んでいる理由はそれだけではない。
「あの時、タマが杏を守るって言ったのに、実際はタマの方が守られて……杏があんなことになったのも、きっとタマのせいなんだ……」
満開という未知のシステムを使わせてしまい、それが杏の記憶喪失の原因ではないかと球子は考えていた。
自分が原因になってしまったのなら、その解決も自らが行わねばならない。と思ってはいるが、元より考えるという分野が苦手な球子にはそのアイディアも浮かばない。
ドウスッペ……ドウスッペ……と悩む少女の手を、ふいに向井と鈴木が引っ張った。
二人はそのまま球子の手を引き、彼女を杏の部屋の前まで連れて行く。杏は今、一人自室にこもっていることを知っていたから。
「お、おい、どうするんだ?」
なんとなく顔を合わせづらく感じていた球子が言う。
向井と鈴木は彼女の問いには答えず、バァン! と勢いよく杏の部屋の扉を開けた。
「ファッ!?」
部屋の中で読書をしていたであろう杏が、突然の訪問客に驚きの声を上げる。
「わぁ、これが伊予島様のルームですかー」
「色んな恋愛小説がありますねー。こんなに揃ってるとは思わなかったぁ」
向井と鈴木は部屋の中を見渡しそう言った。
彼らの言葉通り、杏の部屋には本棚一杯に小説が詰め込めるだけつめっ、詰め込まれている。
「ここは入口で、向こうに、伊予島様がいるんだ。今から、そこへ行こうよ」
鈴木が球子の背を押し入室を促す。球子はされるがままに部屋に入ると、オロオロしている杏の正面に座らされた。
その両隣に向井と鈴木も腰を下ろす。
「「まるで姉妹みたいだった、二人の素敵な関係をもう一度見せてお」」
向井と鈴木が声を合わせて言った。彼らも球子と杏のことを心配しているのだ。
それは勇者の連携が崩れるから、といった他の大社職員が考えている合理的な理由ではない。若葉たちと同じように、単純に二人の少女の関係性を案じてのことだった。
向井と鈴木の気持ちをくみ取った球子は、意を決して対面の少女の名を呼んだ。
「……杏!」
「は、はい! なんでしょうか、土井さん」
「ッ……! いや~、(今更そんな他人行儀な呼ばれ方をするのは)キツイっす」
「えーでも知らない人だし、なんかお母さん知らない人とお話ししちゃダメって言ってるよ」
「そっか、杏ちゃん、あー、お利口だね。じゃあ、ちゃんと、ご挨拶しなきゃね。タマは杏ちゃんのお母さんの娘の友達の、球子。君は、杏ちゃん。よろしくね!」
「うん」
「ほら、これで知らない人じゃなくなったよ」
「うん!」
よく分からない理屈で杏を言いくるめることに成功した球子。
その流れのまま、球子は杏にこれまでの二人の物語を話して聞かせる。
初めての出会いから続く闘いと、平穏な日常の日々を。
「どうだ、杏? タマのこと少しは思いだせたか?」
「……センセンシャル。ダメみたいですね」
「あっ、そっかぁ……」
「で、でも、私と土居さんってそんなに仲が良かったんですね。正直私たちって、正反対な性格してそうですけど……」
「そうだよ。(便乗) 杏は家で静かに読書してるのが好きってタイプだけど、タマは逆にアウトドア派で外で体を動かすのが好きだからな」
「まったく共通点が無いじゃないか、たまげたなぁ……。それなのに、どうして私とあなたは、仲良くなれたんでしょうか」
「二人とも真逆だから良かったんじゃないか?」
球子の言葉の意味が分からない杏は首をかしげる。
「なんつーのかな……。お互いに持ってないものがあるから憧れる関係っていうか、タマは杏みたいな女の子らしい所が無いから、杏のことをお姫様みたいな素敵な奴だなって思えるんだ。守ってやりたいと思える」
「……私は、土井さんのことをどう思ってたんでしょう?」
杏の問いかけに、球子はふいに口を閉ざしてしまう。わずかに頬を赤くし、照れているように言葉が出ない。
その様子を見て、向井と鈴木が球子の言わんとすることを代弁する。
「これですよ、白馬の王子様っていうんです。物語の中なんかに、存在しているんですよ」
「それはどいういうものなのか、ちょっと聞かせてみせてお」
「これは、お姫様を救いに現れるんですよ。主に、内気な女の子に、よく効きます。ドラマチックな演出ですね」
初めて勇者に選ばれた時、バーテックスに怯え動けずにいた杏を球子は颯爽と助けに現れた。
その時の印象から杏は球子のことを、王子様のようなヒーローとして見ていて、憧れを抱いてきたのだ。
「改めて言われると恥ずかしいな」
球子が小さく漏らす。
「ん、まあ、とにかく! タマたちはお互いに無いものを持ってる同士だから仲良くなれたんだ!」
「……ごめんなさい。それを聞いても、やっぱり私は土居さんのことを思い出せません……」
心底から申し訳なさそうに杏が頭を下げた。
球子は一瞬悲しそうな表情を浮かべるが、すぐにそれを消し明るい声でこう言う。
「あっ、いっすよ。昔のことを気にするのは終わり! 閉廷! じゃけん、これからのことを考えましょうね~」
「これから?」
「今のタマと杏がもう友達じゃなくなったとしてもさ、これから先も友達になれないって訳じゃないだろ?」
球子は杏の手を強く握りしめ言葉を続ける。
「杏! タマともう一度、友達になってくれ! オナシャス!」
過去が取り戻せないのなら、はじめからやり直せばいい。球子はそう考え、前を向くことにした。
これまでの球子の、自分に対しての真摯な態度を見てきた杏は微笑みを浮かべ、球子の手を握り返す。
「なら私は、土居さんのその想いに……応えるッ!」
「! なら……!」
「うん。私でよければ、もう一度友達になってください、土井さん」
「違うだろ? もっかい言ってみな、たまっ、ちーって」
「……タマっち!」
「杏ぅ~!!」
球子は嬉しさのあまり、涙を浮かべ杏に抱き着いた。
杏は慌てることなく球子を抱きしめ、よしよしと頭を撫でてやる。
まるで昔の二人が戻ってきたみたいだぁ……。
そんな二人の姿を、向井と鈴木も微笑ましげに見つめている。
「君、亀山公園の桜の、お花見を計画してるんだって?」
鈴木が球子に言った。
「おっ、そうだな。杏との仲直り記念も併せてパーッと花見、やるぞおおおぉぉぉ! オエッ」
再びかつての笑顔を取り戻した六人の少女たち。
中野君お手製の弁当を持ち、たっぷりと花見を楽しんだのだった。
◇ ◆ ◇ ◆
球子と杏の関係が修復してから後日。
うって変わって、大社本部の会議室にチョコボール向井と鈴木はいた。
室内にはコンビの他にも、普段は表に出てこない大赦の上層部の人間や、勇者たちに稽古をつけたタクヤたち三人の師匠も同席している。
この日は、勇者たちについての重大な話し合いが行われようとしていた。
それは杏が使用した、満開システムについてのことだ。
向井と鈴木のコンビによって開発された満開は、バーテックスに対して圧倒的な力を発揮した。
しかしその代償として、勇者の体の一部を供物として神樹に捧げなければならないというデメリットがあることも発覚したのだ。それが杏の記憶の喪失の正体である。
「わぁ、これが予想外のアクシデントですかー」
向井が言った。
どうやら神樹に捧げる供物──散華──のことは、システムを造った二人も想定していなかった事態であるらしい。
「うせやろ? どうしてくれんのこれ?」
関西から来た上層部の大社職員が、コンビに散華の責任を問う。
「モシャモシャセン……」
「はぁ~、ほんまつっかえ! 辞めたらこの仕事? こんなアホらしyeah……」
「大変モシャモシャセン」
「それしか言えんかこの猿ゥ!」
「あのさぁ……もう責任の追及はいいから。改善案だしてもらってさ、終わりでいいんじゃない?(棒読み)」
向井と鈴木を叱責する関西クレーマー。
そこにもう一人の上層職員である白いのが、クレーマーを制止しに入った。
「それっていうのは何割くらいなの?」
白いのが、向井と鈴木に満開システムの改善状況を訪ねる。
すると向井は、すでにアップデートは済んでいると答えた。
「じゃあ最初に、『散華シフトシステム』」
ルイヴィトンのバッグから一束の書類を取り出すチョコボール向井。
向井が取り出した改善案の書類を、この場に集まったメンバーが目を通していく。
「えぇ……」
「やべえよやべえよ……」
「ウッソだろお前!?」
向井と鈴木以外の全員が口々に叫ぶ。
書類を読み終わった一同の間には、目に見えるほどの困惑と動揺と衝撃が走っていた。
ざわめく面々の中でただ一人、タクヤは席から立ち上がると向井と鈴木の前に歩いて行き、コンビの胸ぐらをつかみ上げ言葉を発する。
「何ぃー何つった今もう一回言ってみろうぇー?」
「これですよ、散華シフトって言うんです。勇者様の苦しみなんかを、軽減できるんですよ」
怒り心頭のタクヤを前に、二人は平然と返した。
「おめーは勇者たちじゃなく俺らを犠牲にするって言うんだな、マジおもしれー!」
「我々がどうやってこの世界を守るのか、ちょっと覚悟見せてお」
身を削って戦っているのはまだ十四、五歳の少女だ。
大人である自分たちも、勇者と共に戦う覚悟を見せろと向井と鈴木は言う。
「……俺たちはそんなさ……子供に任せっきりにするほどロクでなしじゃねぇんだよ」
向井と鈴木の真剣な思いをぶつけられたタクヤたち大赦の人間は、コンビの提案する散華シフトシステムなるものを受け入れた。
果たしてこれが本当に勇者の負担を減らすものとなるか、それとも更なる重荷を背負わせることになるか、それは神樹のみぞ知ることだろう。