ヤンデレ幼馴染に恋人だと勘違いされる話   作:夜桜さくら

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彼女は苦い紅茶を淹れる

 

 毛布のぬくもり、自分のにおい。

 自分のベッドの中というのは、究極に安心できる場所だ。

 安心できるからねむれる、ねむれているから安心できる。理性によるものか本能によるものかはさておき、まどろみの中というのは心地いい。

 

 ピピピ、という電子音が、聞こえる。

 

 快・不快を認識する間もなく、条件反射的に枕元のスマートフォンに触れてアラームを切る。

 そうしてまた、すやすやと。

 霞む視界の中、猫のように小さく丸まっていた。

 覚醒と睡眠の境界線でゆっくりして……しばらくしてから、目を開ける。

 

「……起きた?」

 

 目覚めを察知したのか、声が降ってくる。

 主張の激しくない小さな声。それに対して、声にならない返答をして、もぞもぞと目を覚ましていく。

 

「……おはよう、葵」

「うん。おはよう、()()()()

 

 やわらかく微笑む(あおい)が、ベッドそばにいた。

 

「起きて。朝だよ」

「……ねむい」

「朝ごはん食べられないよ」

「……うぇあ」

 

 ぼんやりとした意識が、彼女と言葉を交わすことで引き上げられて、徐々に鮮明になっていく。

 ベッドの上で目をこする俺の姿を、私服姿の葵が見ていた。

 半そでのブラウスに、若草色のスカートに身を包む彼女は、とても可憐だった。

 ふわふわとした髪は腰に届きそうなほど長く、小さな顔なのに目はくりくりと大きい。抱きしめれば折れてしまいそうなほど華奢な体躯。

 横になっていると、普段見下ろしている葵を見上げることができるから好きだった。

 

「じゃあ下で待ってるから」

「ん」

 

 葵の後ろ姿を見送ってから、ふわぁ、とあくびを一つ。

 

「……まだ、あんまり慣れないな」

 

 幼馴染の女の子が起こしに来るという漫画の中にしかなさそうなシチュエーションを振り返って、つぶやいた。

 

 

 

 

 

 

 葵は幼馴染だ。

 生まれた年が同じで、親が仲良く、物心ついたころから一緒にいた。

 いまでは恋人として、朝起こしに来てくれるようになっている。

 

「おはよ」

「おはよう、コウくん」

 

 顔を洗って制服に着替えて、リビングに。

 葵は席に着いて、マグカップでスープを飲んでいた。

 俺の席にはトーストとハムエッグ、野菜ジュースとヨーグルト、それから紅茶。

 紅茶と野菜ジュースが別枠でおいてあるあたり、用意したひとの趣味嗜好がうかがえるなぁ、などと思いつつ、席に着く。

 

「いつもありがとう」

「どういたしまして」

「うん。いただきます」

 

 ちなみに、我が家は単身赴任で父は不在で、母は普通にまだ寝ている。

 朝にばたばたしたくないという俺の意向と、朝のんびり一緒に過ごしたいという葵の意向がかみ合って、俺たちの朝は結構早いほうだった。

 家を出るまで、あと一時間は優にある。

 

「……」

「……」

 

 テレビもついていない静かな空間。食器の音、衣擦れ、咀嚼音。それ以外無音の、食事の時間。

 俺はトーストをかじって、もぐもぐ、と食事を進める。

 葵はそんな俺をじーっと見つめていた。俺は、彼女の聞きたいことを汲み取って口を開く。

 

「美味しいよ」

「ほんと?」

 

 この言葉選びでいいのかはわからなかったが、彼女の顔は喜色に染まった。

 なら、これでよかったのだろう。

 

「コウくん、朝はそんなにってことだったしトーストしか焼いてないから……もうちょっとやろうと思えばやれるんだよ? でも──」

「うん」

「優しいよねぇ。私の負担になることはしてほしくないって」

「……そうかな?」

「そうだよ。あ、ヨーグルトね。既製品なのはそうなんだけど、おいしいって評判の奴買ったの。私も自分で食べてみたんだけど、それ本当においしかったよ」

「へぇ」

 

 言われるがままにヨーグルトを口にすると、確かに「おっ」と言いたくなるものがあった。普段口にするのと違って、口当たりが凄く濃厚で、旨味を感じる。

 

「……美味しいな。でもこれ、高いんじゃないの?」

「ちょっとだけね。でもたまにっていうなら全然出せる範囲って感じ」

「ほーん」

「また買ってこようか」

「んー」

 

 まだ少し眠っている頭を動かして、返答を考える。

 この人に尽くしがちになってしまった幼馴染にそれを言うと、彼女の貯金がガンガン減っていきそうな予感があった。

 

「いや、いいよ。いつも通りで。いつも通りが一番いい」

「そう? ならそうするね」

「うん」

 

 さく、とまたトーストをかじる。

 葵と一緒に朝食を摂るようになったのは()()()()()くらいの話であるから、まだ感覚があんまりよくわかっていない。

 けれど、彼女はいつもスープしか飲んでいなくて、俺の朝食はトーストにハムエッグに……と明らかにコスト差が出ていて、それがどうにも不安を煽る。

 

「…………」

「……えと、私の顔に何かついてる?」

 

 かわいい顔がついてる、と言いかけて、やめた。

 冗談でも言うべきことではない。

 

「……なんでもない」

「そっか。ならいいけど」

 

 実際彼女の顔は整っていて、小さな体躯も相まって本当にお人形さんのようだった。

 きれいよりかわいい系で、言動も少し子供っぽいところがある。

 大きなマグをちみちみと飲んでいる葵の姿は、それだけで愛らしい。

 

 ふー、ふー。……ずず。

 

 猫舌で熱いものが飲めないのに、熱いものが好き。

 そんな彼女は、カップ一杯のスープを飲み干すのにかなりの時間をかける。

 もしかしたら食事の時間をそろえるために、自分のぶんを少なくしているのかもしれない。

 個人的には、もっとたくさん食べてほしいと思うのだが。

 いろんなことを思いながら、トーストを呑み込んでハムエッグを胃の中におさめてヨーグルトを食べて野菜ジュースを最後に流し込む。

 

「ふぅ」

 

 ごちそうさまでした、と手を合わせる。

 マグを両手で抱える葵は、お粗末様でした、と目を細めて微笑む。

 

「食器置いといて。あとで洗っとくから」

「……ありがとう」

 

 食器くらいこっちで洗うのに、と思う。

 

「……」

「……」

 

 葵がスープを飲むように、ちみちみと紅茶を口に含む。

 砂糖もミルクも入っていない紅茶は、すっきりとしていて、最後にほのかな苦味が舌に残る。

 葵はもともと紅茶党で、だから彼女が我が家のキッチンに入るようになってからは自然と紅茶が食卓に並ぶようになった。

 

「最近、結構暑くなってきたよね」

「そうだよなぁ。ちょっと前まで汗なんてかかなかったのに、最近は何もしてなくても汗かくようになってきた」

「夏だね」

「緑はかなり青々としてきたな。雑草とかも茂ってきた」

「へぇ、いいなぁ」

「……どっか、そのうち散歩とか行く?」

「行く。行きたい」

「……自然公園とか、でいい?」

「うん」

「どっかいい感じの場所あったかな……」

「調べとこうか?」

「……あー。じゃあお願い」

「ふふ。デートだね。楽しみだ」

 

 こんな他愛のない約束で、葵は嬉しそうにしていた。

 いいのかなぁ、と思わなくもないが、家にこもってるのも健康に良くないだろうし、悪いことではないだろう。

 

「……ごちそうさまでした」

 

 そうして、朝食を終える。

 食器を片付けて、荷物をもって、まだねむっている母親に「行ってきます」と言って、外に出ようとして──葵にくい、と袖を引っ張られる。

 

「ねぇねぇ、ぎゅーってしよ」

「新婚夫婦か?」

「はい」

「はいじゃないんだよな……」

 

 ちょっとだけ、困ってしまう。

 悩みながらつむじを見下ろして、手をのせて、よしよし、と頭を撫でる。

 葵は嬉しそうにはにかんで、俺も頬をほころばせていた。

 

「じゃあ行ってくる」

「ぎゅーは?」

「だめ」

「えー」

 

 ガチャ、と玄関扉を開けて、外に出る。

 

「じゃあ、またあとで」

「はい。行ってらっしゃい」

 

 はにかんで手を振る葵に手を振る。

 自分で言っておいてなんだが、本当に、こういうことをするから新婚みたいだななんて思ってしまうのだ。

 自己嫌悪で、少し、胸がざわつく。

 そして俺は学校に行って、彼女は学校へは行かず自分の家に戻って。

 しばしの間、別れる。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 学校を終えての放課後、葵と自室でレーシングゲームをしていた。

 これはここ最近の習慣と言ってもいい。

 葵は毎日家にやってくるから、そうなると手作業になるゲームプレイが一番一緒にいて気まずくないというのが主な理由だ。

 

「ねぇねぇコウくん。今朝の話覚えてる? デート」

「うん。何、良い場所あった?」

「うん。ええとね……ちょっと離れてて電車乗らなきゃなんだけど、大きい屋外植物園があって」

「へぇ植物園」

「いや?」

「そんなことないよ。一応俺もちょっと調べてはいたんだけどさ、植物園って発想はなかったから」

「あ、自然公園って話だったもんね。でもあれだよ、植物園っていうか、ほとんど公園みたいな感じだよ」

「じゃあそこに行こうか」

「うん」

 

 俺としてはあまり外出しない葵が、外に出るきっかけになればいいなと思っていただけだった。でも公園じゃなくて植物園なあたり、やっぱり女の子はデートっぽさというものを重視するものなんだろう。

 

「いつ行く?」

「俺はいつでも──……あー、まぁ休日。土日のどっちかがいいな」

「じゃあ次の土曜日かな?」

「雨降らないといいけど」

「天気予報だと、晴れだね」

「そうなの?」

「そうだよ~」

 

 ところで並列処理能力というのは男性より女性のほうが高い傾向にあるという。

 つまり何が言いたいかというと、雑談に気を取られた俺はボロボロに負けました。

 

「ふふん。私の勝ち」

「……むぅ」

 

 プレイ時間だけでいうなら、もともと俺のゲームなので俺のほうが長いのだが、葵は存外ゲームが上手い。

 まぁ勝ち負けというのはどうでもよくて、二人で楽しめればそれでいいのだが実力は拮抗していたほうがゲームは面白いものだ。

 

「次は負けない」

「コウくん負けず嫌いだよねぇ」

「そんなことはない」

「ステージどこにする?」

「色味が明るいところならなんでも」

「さっき暗かったもんねえ」

「明るかったら負けない」

「そんな言い訳はじめて聞いたよ……」

 

 だいたい何のゲームをするにも、葵とNPCとで遊んでいる。

 二人用ならずっと二人で。

 学校にいないときはずっと、二人の時間を過ごしている。

 

「と、その前に飲みもの入れてこようかな。コウくん何がいい? 紅茶? 紅茶でいい? 紅茶淹れてくるね」

「あ、はい」

「ちょっと待っててね」

 

 葵はすたっ、と立ち上がって、居間へと向かった。

 本来お客さんである葵にこういうことをやらせるのは一般論からしてよくないのだろうが、尽くしたがりな葵のことを思うと以下略。

 葵のやりたいようにやらせてあげよう、というのが俺と母と、それから葵の母の三人で話し合った基本方針だった。

 今はうちの母も居間にいるが、葵が冷蔵庫やらポットをさわっていても、特に何も言うことはない。

 

「……お待たせー」

「おー、ありがとう」

「ご所望の品です。お紅茶さまです」

「紅茶好きだね、ほんと」

「えー。だって可愛いもん」

「……紅茶が?」

「うん」

 

 カラン、とマグカップに一片の氷が入った紅茶が二杯。

 室内のローテーブルにおかれたそれを手にとって、口に含む。

 今朝飲んだのと同じ甘さのない、舌に苦味が残るストレートティー。

 

「可愛い……?」

「まぁ……自分で言うのもなんだけど、女の子はそういうところあるから。仕方ないよ」

「あぁ、確かにいろんなのに言ってるような印象がないこともないかな……?」

「でしょ。そういう印象がないこともないこともないこともないよね」

「どっちかわからんくなるな……」

「私も言ってる途中でわかんなくなっちゃった」

 

 葵は微笑みながら、マグを両手で抱えて紅茶を飲む。

 

「……うん。美味しい」

「結構苦いよな、これ」

「……そうだねぇ。苦い」

「……もしかして、砂糖入れてないの?」

「紅茶は少し苦いくらいがいいんだよ」

「……? ふうん」

 

 そんな話をしながら、もう一戦しよ、と。

 再びゲーム画面へと、戻っていく。

 

 

 

 

 

 

 しばらく遊んだあと、葵を家まで送り届けた。

 家までとは言っても、すぐそこなので、大袈裟なことではないが、女の子はお姫様だから男には送り届ける義務がある。

 

「じゃあ、また明日ね」

「うん」

 

 手を軽く振って、別れる。

 玄関扉が閉まるのを見届けて、俺も、すぐ近くの家へと戻っていく。

 空には紅が差し込んでいた。少し前ならもう真っ暗だったのにな、という季節の推移を感じずにはいられない。

 

 はぁ、とため息を一つこぼして、自分の家の玄関をくぐっていく。

 

「ただいまー」

「おかえり、(あゆむ)

 

 相変わらず、複雑な顔をした母が迎えてくれる。

 また葵のこと、それから()()のこと、そして俺のことを考えているんだろう。

 

「葵ちゃん、どう?」

「いつも通りだよ。今日も俺のこと()()()()って言ってた」

「そう……」

 

 (あゆむ)が、俺の名前。

 光輝(こうき)は、死んだ俺の双子の兄の名前。

 

「心配ね……時間が解決すると、最初は思ってたけど……」

 

 葵は、兄、光輝の恋人だった。

 そして死んだ光輝の名で俺を呼ぶのは──

 

「いつか、ちゃんと元通りになればいいんだけどな」

 

 葵が、病んでいるからだ。

 

 

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