ヤンデレ幼馴染に恋人だと勘違いされる話   作:夜桜さくら

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彼女は眩く、美しく、そしてかわいい

 

 澄み切った夏の空が、青々と広がっていた。

 夏が深まるにつれて増していくであろう明度は、まだ朝だからか、淡く優しい。 

 草木も心なしか瑞々しく見える。

 

「……おー。植物園っていうからどんなものかと思ってたけど、本当に、公園みたいな感じだな」

「そうだね。なんだろ……木が多いからかな?」

「あーたぶんそう」

 

 入園してまず見えたのは、木、だった。

 特別性などない。日本のどこでも見ることができるような、ありふれた並木道。

 入園料は四百円。特段高くはない、が有料というだけで敷居は高くなるものだ。開園したてというのもあるだろうが人気は少なく……静かで、自然の溢れる空間が広がっていた。

 

「凄い好きだ、ここ」

「そう? それならここにしてよかったな」

「うん。ここいいね」

 

 葵は淡く笑んで、たったっ、と踊るように先を行く。

 くるりと振り返って、早く、と。

 

「弁当崩れるとか言ってたの誰だっけ……」

「あ。……あぁ~」

 

 明るい顔を一転させ、葵は不安そうにトートバッグを抱えた。

 それが面白くてふき出してしまう。

 

「笑いごとじゃないよー……」

「いやだって、うん。……ごめんだいぶ面白かった」

「ひどい」

 

 唇を尖らせる葵に追いついて、「どうしようか」と問う。

 

「コウくんは? どうしたい?」

「んー……俺は葵が行きたいところって言いたいところなんだけど……葵が特にないなら選ぶ」

「んー」

「園内マップ見る?」

「うん」

 

 二人並んで歩いて、入口の近くにある大きな園内マップを眺める。

 桜林、薔薇園、はす池、芝生地帯、休憩所……その他もろもろ。

 

「……結構広そうだなぁ」

「そうだねー」

「どこ行く? っていうか近いところから順々に、でいい気がするんだけど、どう?」

「うん。いいと思う」

 

 じゃあ行こうか、と。

 ならされた地面に沿って、並木道をゆっくりと歩いていく。

 背の高い木々の枝葉は道に影を作っていて、木漏れ日による明暗がとてもきれいだった。

 

「…………」

「……」

 

 ただの木に風情を感じる人というのは、一体どれだけいるだろうか。

 きっと間違いなく、多くはないだろう。

 そんな中、彼はありふれた日常のきらめきを尊ぶ、数少ない人種だった。

 もちろんありふれたとは言いつつも、植物園で好きな女の子と歩いているという付加価値はあるのだが、それでも、ただの木漏れ日に足を止めるのは彼の稀少性と言えるだろう。

 

「……」

 

 そしてそんな彼の横顔を、彼女は目を細め、眩しそうに見上げていた。

 葵は身長が低く、彼との身長差はおよそ二十センチ。だから見上げると、自然と空が、太陽の光が、視界に入るのだ。

 

 歩く、歩く、並木道を歩いて……──はた、と気付く。

 歩幅が違う、と。

 繰り返すが、彼と彼女の身長差は二十センチだ。当然足の大きさも異なるし、歩く速さも違う。

 成長期に入って、身長差が大きくなったあとに並んで歩くなんてほとんどなかったから、彼には歩幅の合わせ方がよくわからない。

 

「……荷物持とうか?」

「その質問三回目だよ。いいの、これは私が持つから」

「そっか」

 

 加えて、荷物は葵のほうが多かった。

 二人分のお弁当と、自分の水筒。それだけでかなりの重さになるだろう。

 ちょっとくらい負担を減らしてあげたい、と眉をひそめる。

 

「……まぁしんどくなったら、いつでも言って」

「その台詞も三回目だよ」

 

 こちらを気遣わせまいと、にぱ、と葵はあどけない笑みを浮かべる。

 ……これだから一層不安になるんだ、と彼は嘆息を吐く。

 

「……あ、でも──」

 

 葵は、少し言いづらそうに、口を開く。

 

「手を引いてくれると……嬉しいな、なんて」

「──……」

 

 そういえば、葵と光輝はよく手を繋いで歩いていたっけ、と思い出す。

 そして同時に思い至る。きっと、手を繋ぐことで、歩くペースを合わせていたんだろうな、と。

 

「ええと……」

「いや、うん。わかった。……つなごうか」

「うん!」

 

 葵と手を繋ぐのは、いつぶりだろう。

 小学生のときに何度かは、あった。

 歩幅が変わらなかったころ、身長が同じくらいだったころ。

 

 久しぶりに握った手は──小さくて、すべすべとしていて、柔らかくて、だけど脂肪がないゆえの固さが芯にあった。

 

 なんだか、少し怖い。

 どうして怖いのか、自分ではよくわからない。

 

「ふふ」

 

 けど、葵が嬉しそうにしてくれるならいいか、とも思う。

 

「……歩きづらくない? 大丈夫?」

「大丈夫。コウくんが手を引いてくれるから」

「……そっか」

 

 手をつなげて、歩幅を合わせて、一緒に並木道を歩き始める。

 少し歩くと並木道を抜けて、芝生が見えた。芝生で覆われた、広場。

 

「ここでお昼食べるの、いいかも」

「え。俺はいいけど……芝生に直座りになるのしんどくない? 休憩所とかなかったっけ」

「レジャーシートあるから大丈夫」

「準備いいな?!」

「こういうこともあるかと思って」

「さすが」

「えへん」

 

 次によったのは、紫陽花園。

 大きな特徴的な葉っぱは特徴的だったが、時期が時期なので、花はついておらず蕾だった。

 

「んー。まだ五月だもんね。もう少しで咲くかな?」

「まぁ、また来たらいいだろ。たぶん季節ごとに楽しめるような感じなんだろうなぁ」

「そういえば、マップに桜載ってたね」

「葉桜は葉桜で悪くはないんだけどな」

「じゃあ、あとで行く?」

「余裕があったらね」

 

 手は少ししっとりとしてきて、体温があがってくる。

 開園直後に入ったが、やっていることはほとんどただの散歩で、運動不足なら歩くだけでも疲れるものだ。

 彼も彼女も、そう健脚ではない。

 

「葵、大丈夫? どこかで休む?」

「まだ大丈夫。ありがとう」

「……時間はたくさんあるし、のんびり行こう。どこか休めそうなところがあったら」

「うん」

 

 その次によったのは、薔薇園。

 俺も葵も詳しくはなかったが、五月は薔薇の咲く季節であったらしい。ちょうど綺麗に赤く、黄色く、白く、ピンク色に咲き誇っていた。

 

「わぁ、きれいだね! すごい素敵……」

「そうだね。思ったより、なんか、緑の印象つよいな……」

「普段目にするのって……あんまり普段目にすることもないけど! 切り花が多いもんね」

「それそれ。こうしてみるとだいぶ印象違うなぁって」

「ね、ね。写真とろ」

「ん」

 

 きらめく水面。

 小さな池が、道脇にあった。

 

「マップにあったはす池ってここ?」

「……いや違うんじゃない? はすってもっとこう……水面にある感じの……。これ見た感じすっごい普通の池」

「ちょっと画像検索してみる。……あ、違う感じする。これたぶん普通の池だね」

「ふうん……? まぁいいか、綺麗なもんは綺麗だ」

「そうだね。この池可愛い」

「出たな。女子語」

 

 そうして順に、めぐっていった。

 歩いて、歩いて、歩く。

 花が咲いていないことを残念がって、咲いている花に喜んで。ただの草木を、聞こえてくる鳥のさえずりを、他愛のない風景も含めて、楽しんでいた。

 

 やっぱり少し疲れてきたので、早めのお昼にしよう、という話になった。

 休憩所は歩いている途中に見かけていたが、葵の希望で、どこか別の場所で食べようということになった。

 

「やっぱりピクニックっぽいご飯にしたいなーってちょっと思って」

「あー……うんわかる。遠足のお弁当おいしいよな……」

「そうそう! 疲れるっていうのもあるんだろうけど、やっぱり特別感あるよね」

「疲労感的には、もう結構歩いてるしクリアできそう。あとはそれっぽい場所かな……」

「芝生のところは? ちょっと遠いけど、シート広げたらいい感じだと思う」

「んー。……日差しは? こんな場所に来といて今更だけど、気にしない?」

「日焼け止め塗ってるから、大丈夫だよ」

「んー……うん。まぁ、もうちょっと歩きつつ、場所探してみようか。ここどこでも飲食大丈夫だっけ?」

「うん。そのはずだよ」

「ならちょっと探そうか」

 

 葵は気にしない、と言っているが……まぁ一般論として、女の子は日に焼けることをあまり好まないんじゃないかなぁと思う。

 だったらやっぱり、何がしか屋根のある場所、と思って。

 

「どこがいいかな」

「私はどこでもいいよ」

 

 ぽつぽつと話をしながら、歩みを進める。

 手をつないでしばらくしたので、だいぶん歩き方にも慣れてきた。

 お昼となると、手を離さなきゃならないのが、ちょっと寂しいなぁ……と思っていると、大きな木が視界に入った。

 少し道からそれていて、かつ二人で座っても問題なさそうな平たさと広さ、枝葉で日も遮られていて、休憩場所としてはよさそうに思える。

 あそこにしよう、と提案すると、葵は笑顔でうなずいた。

 

 

 

 

 

 

「ふんふふーん」

「……」

 

 ちょっと、楽しい。

 レジャーシートを広げるというただそれだけなのだが、妙に楽しい。

 ぱぱっと広げて、二人で座って、お昼の時間にする。

 

「なんかちょっと緊張するな……誰か通りがかったらどうしよう」

「あはは。大丈夫だよ~。気にしない気にしない」

「そっか……」

「はい。お弁当」

「……ありがとうございます」

 

 好きな女の子の手作り弁当。

 ありがたくて、嬉しくて、受け取るときに深々と頭を下げてしまう。

 

「がんばって作ったから全部食べてくれると嬉しいな」

「うん……」

 

 食べていい? と視線で聞くと、うん、と首肯で返事がくる。

 お弁当の包みを解いて、中身を取り出して、ふたを開ける。

 

「あ」

「……」

「めっちゃ美味しそう……」

「ほんと?!」

 

 ぱぁぁ、と葵は笑みを深めて、嬉しい、と言う。

 

「えと……いただきます」

「はい。召し上がれ」

 

 葵は自分の手元の包みを解く気すらないようで、じーっとこちらを見つめている。

 がんばったんだもんなぁ、と思いつつ、どれから食べようかなとお弁当を見下ろす。

 

 鶏そぼろと錦糸卵の二色ご飯。から揚げ。卵焼き。ウィンナー。ピーマンの金平。プチトマト。ブロッコリー。

 

 なんていうか、めちゃくちゃ普通においしそうだった。

 

「いただきます……」

 

 思わず二度目のいただきますをして、彼は好物の鶏そぼろをまず口にする。

 甘い味付けの、ご飯が進む味で……文句なしに美味しい。

 けれど既製品のそれとは少し風味が違うような気がして、葵に問いかける。

 

「……これ、まさか手作り?」

「う、うん。全部作った……んだけど、変かな?」

「え、あ、ん? 全部?! え、唐揚げも?!」

「う、うん……」

「すっご……」

 

 料理をしない彼でも、揚げ物をお弁当にいれる面倒臭さは理解できる。

 というか彼の母親が「面倒だから」と常々言っていた。だから正直、唐揚げは冷凍だろうと思っていて……──あぁ、そういえば光輝は唐揚げが好きだったな、と気付いて。

 だからか、と微笑む。

 これは光輝が食べたらドン引きするほど喜んだだろうなぁ、と思うと笑顔になる。

 

「いや……すごいな。さすが葵だ。うん、おいしいよ。すごくおいしい」

「ほんと? よかったぁ……あ、お紅茶もあるからね。飲んでね」

「自分の水筒に入ってるから……自分のは自分ので飲もうよ」

「え、でもほら、足りなくなったりしたら……」

「はいはい」

 

 苦笑して、葵も食べたら? とうながす。

 

「あーでもよかった。味見はしたんだよ? でもやっぱり好みってあるからずーっと不安で。おいしくなかったらどうしようかなってほんと」

「うん」

「から揚げはね、実はちょっと焦がしちゃって……大丈夫そうなのをコウくんのところには入れてるんだけど、もしかしたらちょっと焦げっぽいかも。他はたぶん、大丈夫のはず……卵焼きもあんまり綺麗な色にならなくて、でも味は大丈夫だと思う。あ、トマトは絶対大丈夫だよ。新鮮!」

「そっか」

 

 確かにから揚げを口にすると、少しばかり焦げの風味がする。でもそれが少し嬉しいというか、ちょっとしたスパイスになっている。ちょっと焦げ気味のから揚げが好物になってしまうかもしれない。

 卵焼きも普通においしい。

 

「あ」

「ん?」

「錦糸卵あるなら卵焼きいらなかった……?」

「いや、いいんじゃない? おいしいよ」

「ほんと?」

「うん」

 

 普通においしくて、お腹空いてたのもあって、ぱくぱく食べたほうが葵も気持ちいいかなと思って。

 あっという間に、完食。

 

「……ごちそうさまでした」

「お粗末様でしたっ!」

 

 葵が今朝淹れた紅茶をごくごくと飲んで、ほっと一息。

 

「……いや全部美味しかった。めちゃすごいね。ありがとう」

「ううん全然! よかった~」

「葵も食べな」

「あ、うん!」

 

 えへへ、と言いながらようやく自分の食事に手を付け始めた葵を微笑ましく見て、可愛いな、と思う。

 朝四時に起きたとか言ってたし……揚げ物とかしてたみたいだし……本当にすごく頑張ったんだろうなあ。

 小さな口に食事をゆっくり詰め込んでいく葵を見ながら、微笑む。

 

 木漏れ日を見上げながら、初夏の風を感じながら、葉音を聞きながら穏やかな時間を過ごしていた。

 

 ぽつりぽつり、とどこを頑張ったとか、という葵の話に耳を傾ける。

 やがて葵も食事を終えて、二人でただお茶を飲む時間を飲みつつ、のんびりしはじめた。

 

「……」

 

 うつらうつら、と葵は船をこぎ始めた。

 お腹がふくれたこと、睡眠不足、運動による疲労。

 彼女がうたた寝をする理由は無数にあるが、問題は──

 

「……──ん。んんっ」

 

 頭を左右にぶんぶんと振って、眠気を覚まそうとしている彼女の在り方だろうか。

 安らげる場所でありたい、と思う。

 

 そのために必要なことってなんだろうな、と。

 

 光輝ならどうするだろう……と思って。

 わからないしわかってもたぶん無理だな、と彼は思った。

 だから、彼は彼なりに、ただできることを。自分にできることなんて、そばにいるだけだから、と。

 

「葵」

「ふぇ」

「おいで」

 

 膝を叩いて、おいで、と。

 葵はそんな彼の仕草を見て、疑問符を浮かべる。けれど、とろんとした目のまま、おそるおそると彼に近付いて、ことり、と彼の膝に頭をのせる。

 

 寝心地は、決していいものではないだろう。

 レジャーシートを敷いているとはいえ地面は固く、彼の膝は枕というには高さも固さもいまいちだ。

 

 けれど彼女は、嬉しそうな恥ずかしそうな笑みをふにゃりと浮かべて、彼を見上げる。

 葵の視界には、自然と光が映る。

 葵の花は、太陽を見上げるものだ。だが彼女が見つめる光は、空にあるものだけでは、決してない。

 

 木々の枝葉に遮られた光。

 

 木漏れ日というのは、足を止めてはじめて気付ける美しさを持っている。

 車に乗っていては気付けない。走っていても気づけない。木々で遮られ、減衰した、弱い光。

 強く激しい光の存在には誰だって気が付くが、弱い光は……足を止めてこそ、その本当の美しさに気付くことができる。

 

 葵は、眩しそうに……やわらかく微笑む、彼の顔を見上げていた。

 

「しんどくない?」

「……うん」

「じゃあ、ちょっと、このままでいようか」

「…………うん」

 

 ここちよさに身をゆだねながら、葵は目を閉じた。

 

 

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