ヤンデレ幼馴染に恋人だと勘違いされる話   作:夜桜さくら

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彼らは歩み出した

 仏壇の前で、手を合わせる。

 礼服のような簡素な黒ワンピースに身を包んで、葵は光輝に黙祷を捧げていた。

 

 ──アユくん。

 

 葵が、久しぶりに俺の名前を呼んだあの日、葵に見られないようにと表に出せなかった仏壇を表に出した。

 葵は大泣きしながら俺の母親や自分の両親に平謝りしていて、もう大丈夫だと言っていた。

 

「アユくん」

「ん」

「ごめんね。今日一日、付き合ってほしい」

「いいよ」

 

 泣き続けていた葵の目元は少しはれぼったく、痛々しい。

 でも表情に宿っているのは悲壮感ではない。

 未来へ歩くための、笑みだ。

 例え作った笑顔だとしても……それを自分で作ったという事実は、未来へ歩くための意思表示に等しい。

 

「どこでやる?」

「んー。不都合がないところ……コウくんとアユくんの部屋でいいかな?」

「じゃあそこで」

「うん」

 

 葵がやりたがったのは、思い出の振り返り。

 正直、まだ不明瞭なことが多いのだと彼女は言う。

 どこまでが夢でどこからが現実なのか……すべてを呑み込むために、そうしたいそうだ。

 俺もやりたいと思ったので、大賛成した。

 

「葵、ところでさ」

「ん?」

「……いつからそう思ってた?」

「そう、って?」

「いや、俺と光輝の……なんていうのかな」

「あぁ」

 

 葵は歩きながら微笑む。

 

「最初アユくんをコウくんだって思っちゃったのは……たぶん本当に現実逃避。二人、全然似てないのにね」

「いや俺らを似てないって言うの葵くらいだから」

「みんな見る目ないよねぇ……全然違うのに」

「高一のとき入れ替わりっこゲーム光輝の発案でやってたけど……意外と光輝の友達気付かないんだなってほんと演じながらびっくりしてた」

「あーあったね! アユくんがコウくんの友達と一緒にいるから不思議だったんだよね、あのとき」

「葵に名前呼ばれたとき心臓はねたわ」

 

 くすくす、と笑い合いながら階段をのぼって──やっぱりこっちの部屋でしよう、と葵は光輝の部屋を指差す。

 そうしようか、とうなずいて、光輝の部屋の中に入る。部屋の中は、母が定期的に掃除をしているため埃っぽさはないが……それでも、どこか哀愁を感じるのは、主観的な感情要因なのだろうか。

 内装に特別なところは多くないが、俺の部屋と違ってゲーム用のモニターがなく、好きなアーティストのポスターが張って合って、サッカーボールが転がっている。

 

「わー……なつかし」

「ちょっと前までよく来てただろうに」

「気持ち的にね。大事。……懐かしいって思えてることが、驚きだなぁ」

「そっか」

「うん。やっぱり……自分ひとりで整理つけてからとか思ってたけど、全然違うね。アユくんがそばにいてくれるのが……すごく心強い」

「……そっか」

「うん」

 

 手にしていたアルバムを、部屋の中央に広げる。

 思い出といえば、まずここからだろう、と。

 

「わーかわいー」

「赤ん坊のころから見るのか……」

「大事だよ!」

「あ、はい……」

 

 幼稚園生になる前の、三人組。

 葵、光輝、歩。

 親同士の仲が良いこともあって、三人まとめて面倒を見られていた、らしい。

 

「わー……さすがにこのころのことはあんまり覚えてないな」

「え、逆に覚えてることあんの? 俺なんも覚えてない」

「んーとね。幼稚園に入る前、二人とクラス違うかもって言われてぐずったのは覚えてる。……ママに怒られたなぁ」

「あー。結局三人一緒だったっけ」

「うん」

 

 小学生。光輝が公園でサッカーをしている一枚写真。俺と葵がベンチで眺めている写真。

 

「……なんかこのころからもう性格違うなって感じだな。目つき……」

「二人ともかわいいのに」

「……」

「かわいいよ?」

「……」

「ふふ」

 

 中学生。光輝と葵のツーショット。このころから俺は写真に撮られるのを嫌がり始めたので、極端に俺の写真だけ減っている。理由は、劣等感とか色々だろう。

 

「アユくん、このころから疎遠になっちゃって寂しかったな……」

「……」

「また二人で遊ぼうね」

「……うん」

「約束だよ」

 

 そのようにして、順々に思い出をたどっていった。

 こんなことあったね、という話から、こんなのあったか……? という話。

 それから、それらの年代にあった、アルバムには載っていない思い出話。

 

 朝から昼までアルバムを見て、閉じる。

 今日の午後はまだ重大なイベントが残っている。見ようと思えばまだ見ることはできたが、そうもしていられない。

 俺と葵と、二人の母親で同じ食卓を囲んでお昼ごはんを食べて、そこでも光輝の話に自然となった。

 今まで抑圧していた話題。葵がいたから話せなかったこと。悲しみを乗り越えるには、“思い出”にするのが一番である。

 笑って光輝の話をすることができるのが、幸せだった。

 

 そして食後に、二人の母親に見送られて、

 

「行ってらっしゃい、歩」

「行ってらっしゃい、葵」

 

 行ってきます、と二人で家を出る。

 ドアを開けた瞬間感じたのは、光。

 夏の光、太陽の明るさ、まぶしい世界。

 

 二人は、光の中並んで歩き始めた。

 

「……ねぇ、アユくん」

 

 家から少し離れたところで、葵は微笑みながら口を開く。

 正直昨日、今日の予定を聞いていたときは、もっと涙にぬれたものになるとばかり思っていた。

 だけど彼女の表情は、ずっと、笑顔。

 空の光も相まって、まぶしくて、目を細めずにはいられない。

 

「手、つないでいい?」

「……いいけど。どうして?」

「そうしたいから、かな? 理由にはなってないけど……ちょっと、自分でもなんて言えばいいのかはわかんないや。ただアユくんと、こうして、今日は歩きたいかな」

「そっか」

「うん」

 

 もう、恋人ごっこは終わっている。

 葵の恋人は光輝だった。

 だけどそう、今日くらいは、いいだろうと彼も思う。

 

 ぎゅっと、決して離さないように手をつないで歩みを進める。

 

 

 

 

 

 

 ガタンゴトン、ガタンゴトン……。

 手をつないだまま座席に座り、電車の揺れに合わせて体を揺らす。

 電車の揺れに身を任せるのは少し不思議な気持ちになる。自分の足で歩かなくても、当たり前のように前に進んでいく。

 

 自分の名前が“歩”であることもあり、彼はあまり急いた移動が好きではなかった。

 限りなく遅く、のんびりと。それでいいと思っている。

 

 だから、

 

『ただいま運転を見合わせております──』

 

 電車が停滞したときも、ただのんびりと待とうと思った。

 

「停まっちゃったな」

「だね。理由聞こえた?」

「さぁ……? まぁ、そのうち動くだろ」

「そうだね」

 

 世の中の大抵のことは、時間が解決してくれる。

 だから何もしなくても問題というのはいずれ問題でなくなる。

 とはいえ、大事な幼馴染の状態には彼も焦りを禁じえなかったが、それでもやっぱり時間が解決した。

 

 ただそばにいることしかできなかった自分は、葵に何をしてやれただろう。

 何もしてやれなかったなぁ、と思う。

 

「そういえば」

「ん?」

「今思い出したんだけど、軽井沢とかに葵が俺のことコウくんって呼ぶみたいなことは言ったんだよな……」

「あ、そうなんだ」

「なんか解決しちゃったし……面倒なことになる前に訂正しとかないとな……」

「あはは。うん。私からもう大丈夫って連絡しとくね」

「よろしく」

「ていうか私が悪いんだけど、スマホ取り上げられたのはちょっと色々不便だったな……。もうずっと友達と連絡とってないや」

「ですよね」

「インターネットって便利だよね。レシピの検索とかが捗るんだよ」

「あー……うん? お弁当のときとかどうしてた?」

「ママにちょっと……全面的な支援を……」

「なるほど」

 

 二人は止まった電車の中で、寄り添って、笑みを浮かべていた。

 いずれ電車は動き出す。

 いずれ人の心は癒える。

 だが一度止まったものは、ひとりでに動き出すわけでは、決してない。

 

 

 

 

 

 

 目的地は、駅から十五分程度歩いた場所にある。

 少し汗ばんだ手を握り合いながら、彼らは歩いた。

 

 途中、電話で注文をかけていたお花屋さんから花を買って、また歩く。

 葵は手をつないだまま、空いていた手で花を抱えている。

 

 やがて、墓地についた。

 光輝がねむっている場所。

 葵は、気が動転していたからここに来るのははじめてだった。

 

 ──ちゃんとコウくんにお別れがしたいの。

 

 それが先日、葵が歩に言ったこと。

 別れとは、はじまりの前段階。

 きちんとお別れをすることで、ひとは新しくはじめることができる。

 

 お墓は綺麗なものだった。

 汚れたり雑草が多量に生えていることもない。

 掃除をして、水を張って、花を供えて……彼らは慣れない手つきで、けれど丁寧に供養をした。

 

「…………」

 

 葵が手を合わせて、お辞儀をする。

 彼は前に別れをすませたから、葵に先を譲ったのだった。

 

 葵は、何を考えているのだろう。

 お辞儀は長く、ゆっくりとしていた。

 

 その後姿を、彼はただ眺めていた。

 

「──またね、コウくん」

 

 そして微笑みながら葵は振り返り、「アユくん。ありがとう」と。

 

 位置を交代し、歩は、兄へと話しかけるように、お辞儀をする。

 

 ──葵は、もう大丈夫。

 

 まず言いたかったのは、それだった。

 きっと光輝は、葵のことを何より憂いていただろう。自分の死で、恋人がだめになってしまって、悲しまない男ではない。

 

 葵のことを皮切りに、色々なことが頭を巡った。

 

 家が静かだ、とか。母さんがときどき泣いてる、とか。晩御飯のおかずが大量に出てきて余る、とか。そういえば光輝はアイス好きだったな、とか。家でゲームする相手がいないな、とか。

 

 現状のこと、どうでもいいこと。

 半分以上、文句のようなことが頭の中にあった。

 

 ──光輝がいなくて、寂しい。

 

 文句の裏側にはその感情があって、あぁ、それは葬式のときにも以前の墓参りのときにも頭をよぎらなかったこと。

 それはきっと、ようやく思い出として昇華することができたから。

 

 葵のことがあって余裕がなかったというのもあるだろう。だけどそれ以上に、彼にとっても光輝は大事だった。遺伝子を同じくした双子の兄弟。生まれてからずっと一緒だった相手がいなくなって、空虚を感じないはずがない。

 

 だけど葵が笑っていたから。

 

 彼が安堵するには、それだけで十分だった。それがないと、彼は光輝を思い出にすることができなかった。

 

 だから葵は笑っている。

 こぼれそうな涙をおさえて、歩の背中を見つめていた。

 

 自分のせいだということは知っている。歩が停滞していることは、ちゃんと顔を見れば、すぐにわかった。

 決して何もできないけれど、迷惑をかけることしかできなかったけれど、でも私が笑うと彼が安堵するのもわかったから。笑うだけで彼が安心できるなら、私はずっと笑っていよう。そういう風に、これから生きていこうと。

 

「じゃあ、また来るよ」

 

 光できらめく透明を流しながら、歩は兄に別れを告げた。

 

 


 

 

 翌朝。

 夏の明るい光を浴びながら、二人は家を出ていく。

 

「──行ってきますっ!」

「行ってきます」

 

 満面の笑みの葵と、気だるそうな歩。

 もう恋人じゃない彼らの手は、つながれてはいない。

 

 偽りの関係は終わり、本来のあるべき姿に戻った。

 

 だからそう、これからの歩みは、誰にはばかる必要のない本当のもの。

 彼らが何を想って、どう在るかは、彼ら自身が決めること。

 

 やさしいひかりに包まれながら、葵と歩はゆっくりと前に進んでいく────。

 

 

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