あべこべ世界で幸せに   作:セッカ

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プロローグ

雪が降り頻るクリスマスの夜。

 

辺りには腕を組みながらデートを楽しむ若いカップル達の喧騒につつまれ、色取り取りのイルミネーションに照らされていた。

 

本来であれば外に出ることすら憚られる程の寒さなのにも関わらず、笑みを絶やさないカップル達……否、この寒さの中だからこそ、身体を冷やさぬよう身を寄せ合う事で互いに暖め合い、愛を深め、幸せを感じ、特別な夜を過ごせるのかも知れない。

 

少し前までの俺だったら、その光景を見るだけで自分の惨めさを改めて認識し、これ以上見てられないと家へと引き返しただろう。

 

それでも俺は降り積もった雪をしっかりと踏みしめて、待ち合わせなどにでも良く使われているという時計台の前にいた。

 

いくら服を着込んでいるといっても、10分もの間動かずに留まり続けていれば、当然身体は冷え込む。

手足はかじかんで自由が効かず、人並み程度に焼けていた肌は病的なまでに青白くなっていた。

 

そんな状態になってまで俺がここにいる理由。

『クリスマス』『辺りに密集するカップル』『待ち合わせスポット』…これだけのキーワードがあればその理由は誰でも察する事ができるだろう。

 

「カナデくーん!」

 

ハッ!として声の方に目を向けると彼女はいた。

眼鏡越しでなければ満足に見ることも出来ないその目では、遠くで手を振る彼女の顔を認識する事は難しい。

が、その人は待ち焦がれていた俺の交際相手、その人だった。

 

「カナデくんよりも先に着くつもりだったのになぁ〜逆に待たせる事になっちゃうなんて思わなかったよ」

 

目の前まで来た彼女はそう言っていたずらな笑みを浮かべた。

「そんなに私と会いたかったの〜?」とからかってくる彼女だったが、だんだんとその顔に赤みが帯びていく。

 

「ほんと、こんなに冷たくなるまで待っててくれたんだね……嬉しい」

 

すっと伸びてきた手が俺の頬を撫でる。

彼女も相当冷えているのか頬を触れる手は雪の様に冷たかったが、それと相反して顔は熱く、彼女と同じように赤く染まっていった。

 

「カナデくん…」

 

頬を撫でていた手が抱きしめられるように首の後ろに回され、必然と彼女との顔の距離が近くなっていく。

だというのに近くで見ている筈なのに俺はその顔をハッキリとは認識出来ないでいた。

 

極度の緊張のせいなのだろうか?もしかしたら長時間寒さに震えていたせいで身体が弱っているのかも知れない。

 

それでも、目の前にいる彼女がしようとしている事、求めている事はハッキリと理解できた。

 

彼女の身体に手を回す。

かじかんだ手では彼女の温もりも感じられないが、どれほど今が幸せなのかは実感できた。

彼女を、この幸せを手放したくないと、かじかんだ手で強く彼女を抱きよせる。

 

「君を、絶対に幸せにしてみせるよ」

 

今、俺が感じているこの気持ちを君にも知って欲しいから…

 

その一心で、俺は自分の唇を彼女にそっと近づけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

瞬間、全身に走る激痛で目を覚ましたカナデは雪と血溜まりに埋もれていた。

 

辺りにはカップル達の姿も色とりどりのイルミネーションもなく、誰もいない街頭に照らせた道路の上に倒れ込んでいた。

そこには、彼女の姿もーー

 

「……そうい、や……僕に、彼女なん…て……」

 

ーーいなかった。

 

今になって思い出した。自分が、轢き逃げに遭い死にかけていることを……

 

既に親を亡くしている俺は20歳を過ぎた今でも独り身で、クリスマスなのにも関わらず定時をとっくに過ぎた時間まで働きに出ていた。

そのせいで自分にも不注意はあったかもしれない。

 

背後から突っ込んでくる車に気付けなかった俺は衝撃と共に冷たい雪の上に投げ出された。

その時に気絶してしまったらしい。何が起きたのか分からないまま、遠ざかっていくエンジン音を最後に意識を落とした所までは覚えていた。

 

となると、さっきまで見ていたのはただの夢だったのだろう。

彼女の温もりが感じられなかったのも、顔をハッキリと認識出来なかったのも全部夢だったから。

 

今のこの現状こそ夢であって欲しいと望むが、全身に走るこの痛みが、俺が現実にいるのだと教えてくれる。

 

ーーどうせ死ぬなら、あのまま死なせて欲しかった…

 

好きな子と付き合って、デートして、結婚して…幸せになりたいと言うのが俺の夢だった。

もう、この身体が助からないと言う事は自分でも分かる…なら、あの甘い夢に溺れたまま死にたかった。

中途半端に助かってしまうと、どうしても「まだ生きていたい」と叶わない願いに縋ってしまうから…

 

「……いや、だ……し…死にたく、ない……ッ!」

 

俺の身体が雪の様に冷えていくのが分かる。あのまま死ねていたのならこんな思いをしないですんだのに…目前に迫った死への恐怖がなお俺を苦しめる。

 

「……俺は…ま、だ…」

 

口から掠れた声だけが漏れる。

既に指一本すら動かせない程に弱り果て、目蓋が再び重くなっていく。

 

「…しあ…わせ……に……」

 

 

 

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